とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第二十九話





 ホテルに注文してお茶を出してもらい、一旦場を落ち着かせる事にした。シュテルが無慈悲に依頼人を切り捨てたので、精神的動揺が今でも激しい為だ。

美しい人には大変申し訳無いが、基本的なスタンスはシュテルと同じである。仏役と鬼役に分かれていても、返答自体は変わらない。答えは、ノーである。

依頼人の心情を察すれば心苦しい限りだが、人間生きていればどうしようもない事は起こり得る。不治の病になんぞかかってしまった以上、運命は決していた。


ようするに、断り方の問題である。依頼は断固として受けれられないが、仏役として俺の手腕が今問われている。


「フローリアンさん、私としては個人的に貴女の依頼は引き受けたい。ただシュテルの意見も決して的外れではないと思っているのです。
貴女は誰よりも優しく、それでいて聡明な女性だ。この子が指摘した事も間違っていないと、頭では理解して下さっている」

「それは……でも、だからってお父さんを見捨てるなんて!」


 あくまでも俺の推測だったのだが、フローリアンのこの反応から察するに見解は正しかったようだ。殴りかかった先程とは違って、語尾は弱まっている。

何が何でも助けたいというスタンスと、出来る限り手段は選びたいという感情。理屈と感情を切り離せる人間はそうそういない。人は、決して神様ではないからだ。

間違ったことばかりを押し通して、正しく願いが叶えられるとは思っていない。けれど手段を選んでいられる時間もない、ゆえにフローリアンは焦りだけを滾らせている。


父親は伏せており、母親も苦しんでいる。自分よりも綺麗な姉がいると先程言っていたが、彼女と同じく苦しんでいるのかもしれない。


「落ち着いて下さい。シュテルが問題としている渡航記録なのですが、要するに運搬手段を確立できないのは困るということなのです」

「運搬手段というのは……?」

「仮に私が依頼を受けて、貴女の父親を治すとしましょう。そうなりますと私がエルトリアに向かうか、貴女の父親をこのミッドチルダへ来て頂かなければならなくなります。
どちらにしても、不正な手段では訪問できませんよね」

「あっ!?」


 フローリアンは目を見張っているが、別に大した思い付きではない。少し落ち着いて考えれば、誰だって気付く問題点である。シュテルは一瞬で気付いて、糾弾材料としたのだ。

たとえ神様であっても、遠距離で奇跡を起こすことは不可能だ。世界間まで隔てていれば、どれほど手を差し伸べても届かないだろう。神様だって、遠い星の先までは行けない。


シュテルとは違って俺が穏やかに指摘すると、フローリアンは俺を糾弾するのではなく自分の至らなさを責めた。


「す、すいません、あたし全然そんな事考えていませんでした……どうしよう」

「貴女のお父様を、この聖地まで来て頂くことは出来ますか」

「む、無理です! お父さんはもう立ち上がることも出来なくて、だからあたしが……その、本当にご迷惑をおかけしますが、来て頂くわけには行きませんか。
あの、お金とか必要でしたら、あたしがいくらでも出します。いっぱい働いて、帰しますから!」

「お金は結構と言いたいところですが、貴女は高潔な人だ。世話になってばかりでは、貴女も心苦しいでしょう。具体的な費用や返済手段については改めて、相談しましょう。
まず最初の問題についてですが、スケジュールについては貴女を優先する事をお約束致します。ただ申し訳ないですが、少々立て込んでおりまして。

エルトリア出身の貴女はご存じないかもしれませんが、教会で今盗難騒ぎが起きていて荒れているのですよ」

「――っ!?」


 父親よりも聖地を優先する事に激昂するかと身構えていたが――キリエ・フローリアンの顔色は赤くなるどころか、青褪めた。


血に滲むほど拳を握り、強く唇を噛み締めている。痛いほどに瞼を震わせて、目を充血させている。実に、不思議な反応だった。どうしたんだ、一体。

父上が危ないこの時に盗難騒ぎが起きた不運を嘆いているのだろうか。まあ確かに、不幸にも程があると言っていい。次から次へと、厄介事が起きているのだから。

そう考えると、内心で苦笑してしまう。次々と問題がのしかかっている不遇は、他の誰でもない俺がよく分かっている。


(……妙ですね、この点について何も反論しないというのは)

(次から次へと厄介事が起きれば、そりゃ嘆きたくもなるだろうよ)

(なるほど、父上の苦労話をお聞きするだけで私も胸が切なくなります。ご安心下さい、私がいる限り未来はバラ色ですよ)

(今のところ、お前が来て苦労が増えているだけの気がする)


 頭の良い子なのでいつも助かってはいるんだけど、頭がいいから余計な知恵もつけてくるので困っている。可愛いけれど、難儀な子だった。


「その……ご迷惑を、おかけします」

「いえ、別にフローリアンさんが謝られる事ではありませんよ」

「……事件が解決しないと、その……お父さんを、助けられませんか?」


 ? 何なんだ、この態度。こんな時に事件を起こした犯人を責めるべきなのに、事件の事には一切触れずに父親のことばかり追求している。

父親を優先するべきという姿勢には違いがないのだが、俺の行動を制限している事件は彼女にとっても厄介な事柄の筈だ。何故、進捗を聞かないのだろうか。

鬼役のシュテルは務めを追えて、俺の動向を見守っている。ただその目は俺の次の態度次第で、重要な分岐点になると指摘していた。


――ふむ。


「先程も言いましたが、私は貴女の父親を助けたいと思っている。神ではなく、人としてであれば、教会の意向を優先する必要はない。
聖王というのも立場あってこそであり、あらゆる意味で優先するべき事項ではありません」

「い、いいんですか、あたしなんかを優先して――その、シュテルさんを責めたあたしがいうのもなんですけど……事件解決も、大切なお役目ではないかと」

「貴女を助けることも大切な仕事ですよ、フローリアンさん」

「っ……ありがとう、ございます……ごめんなさい、ごめんなさい」


 本心を伝えると、フローリアンは涙を流してひたむきに頭を下げ続ける。お礼を言うのは分かるけど、何故謝罪するのだろうか。そんなに心苦しいのかな。

事件が起きたことはこの子にとってはただの不幸であり、別にこの子が責められるべき事ではないのだ。憎むべきは事件を起こした犯人だ、この子は何も悪くない。

随分暗くなってきたので、いい加減明るいニュースに切り替えていこう。


「まず渡航手段を確立していきましょう。フローリアンさんが此処へ参られた経緯は敢えて聞きませんが、私がそちらへ行くには正規のルートが必要になります」

「あ、あたしと一緒に来るというのではいけませんか?」

「貴女のような美しい人に誘われるのは非常に魅力的ですが、実に残念なことに私は聖王としての立場がありまして注目を集めてしまいます。
人目を忍ぶのは不可能ではありませんが、後に発覚してしまうと今回非正規ルートで来た貴女さえ守れなくなる。かといって教会や管理局には目をつけられたくない、そうですよね?」

「……はい」

「分かりました。幸いにも私には教会や管理局に信頼できる仲間がいますので、内々で承認が降りるように働きかけましょう」

「で、でもそれは、あたしの事が結局バレてしまうのではありませんか!?」

「いえ、貴女ではなく惑星アルトリアそのものを紹介するのです。未開の惑星として私が彼らにプレゼンテーションして、調査の名目で訪問する。
そこで惑星に滞在するフローリアンさん達に接触し、両親の病気を把握できれば組織としての救護も行える。

この際です、私が持つあらゆる特権をフローリアンさんが徹底的に役立てて下さい。彼らの組織力を、徹底的に利用してやろうじゃないですか」

「! で、でも、そんなに上手くいきますか。惑星エルトリアは、誰からも見捨てられた星で……」

「世界中が見捨てても私は決して貴女を見捨てませんよ、何でも相談して下さい。
管理局や教会の力、そして我々白旗の力を使えば、ご両親もエルトリアにおいても良い医療環境が整えるでしょう。まずはそこから初めて、お父さんの治療を始めましょう」

「……ありがとう、ありがとうございます! この御恩は絶対、忘れません……ううう」


 ――泣いて感動してくれるところ大変申し訳無いのですが、今言った提案は全て鬼役だったシュテルさんが念話で俺に説明した事である。俺はただの腹話術の人形であった、すまない。

それに、打算もある。エルトリアが住民も見捨てた未開の惑星であるというのであれば、人の世界に生きられないあの連中の移住先には最適かもしれない。

荒廃が進んでいる環境らしいので調査が不可欠となるが、文明もない太古の地球環境を生き延びた連中だ。彼らにとっては人類こそ脅威であり、人の少ない環境は荒れていても居心地は良い筈だ。


それに連中には、不思議な力を持っている種族も多々いる。環境を整える力もある、俺が睨みをきかせていれば悪さもしないだろう。


「ではまずエルトリアにおける情報と、お父さんの医療診断データを持ってきて頂けますか。情報漏洩を気にされていると思うので、このホテルで交換して分析作業を行いましょう。
管理局と教会への交渉は先程お伝えした名目で我々が行いますので、貴女が矢面に立たない事をお約束致します。

明日の夜、またお会いしましょう。私は事件の調査で昼間出ていますので、何かあればホテルの支配人に伝えて下さい」

「分かりました、データはすぐに持ってきます。よろしくお願いします!」


 歓喜と期待に満ちた笑顔で、ガッシリ握手してくれた。とりあえず交渉は成立、依頼自体は断ったが協力するという形で収められた。

結局のところ問題となるのは、父親だ。最悪、出来る限り手を尽くしたのだという言い訳で謝罪するしかない。結局、出来ることは限られているのだから。

エルトリアへの訪問には納得してくれたので、現実面としては完治ではなく延命の線で進めていこう。話を聞く限り医療環境もまともに揃っていなさそうなので、延命は期待できるかも知れない。


このホテルの部屋はフローリアンが滞在するので、俺たちが部屋を退出する。フローリアンが頭を下げて見送ってくれたが――


「あたし、貴方のことを信じています聖王様」

「聖王と呼ぶのは出来ればやめて下さい、私は人として貴方の力になりたいだけですから」


「では――"魔法使い"さんと呼びますね。子供っぽい呼び方でごめんなさい、あたしにとっては特別なんです」

「……分かりました」


 どれほど信頼されても――最後には、裏切るのだ。奇跡を起こせない以上、どうしようもない。

延命にしても、どれほど慰めになるのか分からない。フローリアンは納得してくれるだろうか、それとも諦めてくれるだろうか。

恨んでくれるのであれば、まだいい。最悪なのは、絶望されることだ。希望を、信頼を裏切られて、絶望されるのが何よりも痛ましい。


俺を殺そうとしたリスティや、高町美由希のように。


(キリエ・フローリアン、俺にとっての運命の人か――その通りかも知れない。剣を失った俺への、試練となるのか)


 非情にならなければ、剣士なんて務まらない。他人を斬らなければならないのだ、剣を振るのであれば。

いつまでも躊躇うことは、許されない。


俺の剣は、何処にあるのだろうか――















 そして次の日――事件が、起きた。















<続く>








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