とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第二十七話





「お呼びいたしまして申し訳ありません、お客様。本来であれば窓口で対応しなければならない案件であるというのに」

「ホテルアグスタの支配人であるあんたに、業務をお願いしているのはこちらだ。日々の支援に、こちらこそ感謝しているよ」

「そう言って頂けるのはありがたいですが、お出迎えも出来ずに恐縮です。改めてお久しぶりです、お客様」

「ホテルアグスタも完成して、各地方の有力者達にも利用される繁盛を誇っているそうだな。カリーナお嬢様もこの上なくご満足されていると伺っている」

「全て、お客様のおかげです。この御恩に報いるべく、努力を欠かさぬ毎日です」


 元売春宿だったアグスタを白旗の拠点として提供してくれた女将マイア・アルメーラは、カリーナお嬢様の推薦で最高級ホテルアグスタの支配人として立身出世した。

夢の高級ホテル支配人となった彼女は今も白旗の活動を手伝ってくれており、今では多くの依頼が寄せられる白旗の窓口として精力的に働いてくれている。カリーナお嬢様にも承認された兼任であった。

出迎えてくれた彼女の優しい微笑みは安宿時代の女将と変わらず、客への感謝と愛情で満たされている。見惚れてしまいそうな笑顔は、これからも大勢の客を魅了していくだろう。


有力者達からも数多くの縁談が寄せられていると聞くが、彼女は有力者達との関係を円満に維持しつつも自立を望んでいる。芳醇に利益を出している彼女だからこそ成立する、利得関係だった。


「依頼人のお名前は、"キリエ・フローリアン"様です。"聖王"様との面談を強く求められております」

「"フローリアン"……聞いたことがあるような」

「忍さんのメイドであるノエルさんが売り出されていたオークション会場に出席していた方々の一人だったかと」

「おお、そういえばいた気がするな。よく覚えていたな、シュテル」


 無機物の操作を行える召喚虫を操る魔女により攫われた自動人形ノエルは、有ろう事かオークションに売り飛ばされる事態に陥った。俺への嫌がらせが目的である。

万人を魅了する美貌を持つ自動人形の出品に金持ち連中が群がったのだが、次元犯罪事件の黒幕である最高評議会より全資金を分捕って俺が何とか購入に成功したという経緯がある。

考えてみればあの頃からノエルの態度が一変して俺に積極的に仕えてくれるようになったのだが、その機会となったオークション会場のシークレットメンバーに"フローリアン"の名前があった。


自動人形は俺が購入できたのでさして注目していなかったのだが――


「高額な利益が見込まれる逸品の数々には一切手を出さず、機能的価値の高い軍事品や生産品を購入されていたので印象に残っておりました」

「機能的価値の品々なんて、どうしてオークションに出品されているんだ。美術品の類ではないのだろう」

「オークションにも色々ありますが、魔女が売り出したあのオークションは金持ちの道楽面が強いのです。容姿端麗なノエルさんに飛び付く効果を狙って出品したのであろう。
そうしたオークションにはいわゆる機能美を求める変わり者が多くいるのですよ、父上。品質や芸術より機能を求める、娯楽というより道楽ですね。

趣味の範囲となりますがそうした一品は競争率も低いので、比較的安価で購入が可能です。業者と繋がりが出来れば、今後交渉次第で多くの品の購入も可能となります」


 "フローリアン"の出席は機能的価値の品々を購入し、業者とのコネを作る事が出狙いだったという事か。通信取引を行えば、顔も見せずに交渉が行える。

機能的価値の高い軍事品や生産品を求めた理由がよく分からないが、道楽と言われてしまえばそれまでだ。平和な世の中で剣を振り回す、風来坊な剣士もここに一人いるからな。

シークレットだったので名前しか分からなかったが、もし同一人物であるのだとすれば、病気だという父親がオークションで商才を発揮していたのだろうか。


"聖王"様に縋り付く小娘に海千山千の商人達相手に交渉できるとは思えないからな、大いに有り得る。


「それであんたが危険だと判断した根拠を聞かせてもらえるか」

「失礼ながら、お客様と同じ印象を持ちました」

「俺と……?」


「目的を達成する為であればあらゆる事を厭わず成し遂げる、そうした強い意志です。わたしはその覚悟を、同年代の少女が持っているという事が恐ろしく感じられます。
病気であるというお父様を治すという目的に、そのような覚悟を持つ事に非常に強い危機感を覚えました」


「不治の病であるとすれば、悲壮感を持つのは当然じゃないのか?」

「マイアさんの懸念とは"聖王"の奇跡に縋るしかない筈の少女が、あらゆる事を厭わず成し遂げる覚悟を持っているという点です。
父上に縋るのはあくまで平和的な解決であり、少女が他にも何か手段があるのではないでしょうか?

父上にも経験がお有りでしょう。かつてアリシアさんの復活を望んで、アルハザードを求めていたプレシア・テスタロッサの前例を」

「どうしてお前が知って――そうか、精霊のアリシアが話したのか」


 大魔導師プレシア・テスタロッサはジュエルシードを使用してアルハザードへ行こうとしていたが、アリサを復活させた法術を知って俺に奇跡を懇願した。

アルハザードは未確定な存在である、法術はアリサを復活させた前例がある。より確実な方法を選んで、あの女はレンを攫って俺を脅迫してまで法術による奇跡を望んだ。

結局激闘の末に決着し、アリシアは復活こそしなかったが霊魂だけはこの世に残せた。妥協案という形で収まった事件だったが、フローリアンは同じことを望んでいるとシュテルは警告する。


法術以外に方法があるのだとすれば、考えられるのは一つしか思い浮かばない。


「オークションに出席していた本当の目的はもしかして、ロストロギアを狙っていたのか。あの会場には確か、公的に承認されたロストロギアもあったよな」

「不治の病を治すロストロギアとなると奇跡の一種なので出品は望めないとは思いますが、目的の一つであったかもしれません。
いずれにしても全て憶測の域を出ませんが、窓口であるマイアさんの判断であれば二つに一つしかありませんね」


「――危険だから追っ払うか、危険だから受け入れるか」


「そこまでの判断となれば後は信頼の問題ですよ、父上」

「はい、わたしはお客様をこの上なく信頼しております。ですのでこうして、申し訳なく思いますがご判断を仰ぎました。
"聖王"様と会うまで帰らないとまで仰られていたので、心を落ち着かせるべくホテルのお部屋を用意させて頂きました。今お食事を取られて、おくつろぎされております」

「……心遣いの出来る女将さんには、頭がさがるよ。分かった、会って話を聞こう」


 アポイントを取って出直してこいというのは社会的なマナーであり、追い詰められた少女に行うとそのまま戻ってこない可能性がある。もし強硬的態度に出られたら、この対応は悪手だ。

ホテルアグスタの支配人が取った対応は無礼なお客様をむしろ手厚くおもてなしして、高級ホテルのお部屋で歓迎するやり方を取った。これほど歓待されれば、追い詰められた少女は逆に面食らう。

今頃スイートルームで萎縮しているであろう少女の気持ちを思うと、マイアの手腕が恐ろしく感じられる。十代の少女が最高級ホテルで支配人に歓迎されたら、度肝を抜かれて当然だ。


ほぼ間違いなく、このやり方はカリーナお嬢様の薫陶を受けている。一人ホテルで最高級のフルコース料理を食べている少女が、可哀想になってきた。多分悲壮感なんてもう微塵もないだろう。


「お待ち下さい、父上。一対一の面談は、我々としても認められません」

「相手が望んでいるんだぞ」

「聖地での事件では、常に父上が一人になった瞬間を狙われていたのをお忘れですか」


 ――げっ、珍しく護衛の妹さんがシュテルに同意して激しく頷いている。同行していたのろうさ達もめちゃくちゃ睨んでいた。前科が死ぬほどあるので、何も反論できない。


「私が同席するので、同年代の話し相手として紹介して下さい。依頼人にとって父上は異性、同性であり父上の身内一人の出席であれば納得されるでしょう。
アギトさんとミヤさんは父上の懐で待機し、すずかさんには部屋の前で護衛していただきます。のろうささんとザフィーラさんは、周辺の警戒を行う体制で行きます。

ホテルにはアナスタシアさんを始めとした騎士団に待機して頂きますので、不測の事態が起きれば即座に対応できるでしょう」

「……物々しい警戒ぶりですな」

「フローリアンさんは別にしても、蒼天の書を強奪した犯人が次に狙うとすれば父上です。この程度の用心は当然です。聖地全体はディアーチェが睨みをきかせていますので、ご安心を」


 普段は俺と一緒に行動するのが目的で犬のように従いてきていたシュテルが、この事件においては参謀役でして思う存分手腕を発揮していた。

とにかく俺の安全を最優先に行動しており、事件解決に向けて優れた頭脳を発揮している。たまにお茶目な行動を取っているが、真剣勝負となれば剣士の娘として凛々しく先手を打っている。

レジアス中将との交渉に向けても、CW社に連絡を取ってフェイト達に指示を送っていた。フェイトを手伝っていたアリシア、アリシアと一緒にいたオリヴィエも俺の所へ向かっているらしい。


俺の危機を知った自称母親と婚約者は随分心配しているようで、翌日には合流するとの事だった。


「そして肝心のフローリアンさんの神様お願い依頼ですが、鬼役と仏役をそれぞれ担当いたしましょう」

「何だよ、それ……?」


「まず大前提として、法術を使用してフローリアンさんのお父上を治すのはいけません。絶対に、了承しないで下さい」


「……」

「私は――いえ我々一同、必ず貴方を止めますよ。今法術を使えば確実に、犯人に発覚するのです。過去時空管理局のクロノさん達も法術の使用を観測して、貴方が法術使いだと見破りました。
犯人に知られるだけならまだしも、下手をすれば世に知れ渡る危険性も高いのです。"聖王"の奇跡が実在すると分かれば、聖王教会も今後の父上に対する態度を変えるかも知れません。

自由なんてほぼ間違いなく無くなります。剣士として生きる道が完全に途絶えるのですよ、父上!」

「一応警告しておいてやるが、お前が使おうとすればアタシがぶん殴ってでも止めるからな。どんなに恨まれようと、てめえを絶対にはやての元に返すんだ」

「少女の心痛を察するお前の優しさは尊重するが、我としても容認できん。のろうさと同じく、非常手段に出させてもらう」

「リョウスケ、ミヤは何とも言いづらいですが、その……」

「いいよ、ミヤ。おめえは優しいやつだからな、アタシがこいつを止めるから心配するな」

「――剣士さん」


 ぐは、妹さんまで身を乗り出してきた。このまま突っぱねると、階下に待機しているアナスタシア達まで飛んでくるかも知れない。説教タイムの始まりである。

確かにフローリアンの気持ちを思うと多少同情してしまうが、あくまで多少である。プレシアの願いを断っておいて、フローリアンの願いを受け入れることは出来ない。

状況は確かに違うが、人の領域を超えた願いなのは確かなのだ。安易に奇跡を発揮していたら価値が下がってしまうし、他の依頼者も続々押し寄せることだってありえる。


そもそも制御不能な力なのだ、何でも可能な便利な能力ではない。闇の書も手元にない以上、法術を発揮すると犯人の手にある蒼天の書が改竄されてしまうかもしれない。


「分かった、分かったよ――だけど、どう断るべきか」

「そこで、鬼役と仏役です。私が鬼に徹してフローリアンさんの依頼を全面的に拒否するので、父上は仏役としてフローリアンさんの味方に徹してあげて下さい」

「い、いや、でも、フローリアンの願いは断るんだろう? どのみち、恨まれるんじゃないのか」


「交渉において、わざわざ100か0かの両極端にする必要はないのです。互いに妥協点を探り合った上でそれぞれの利益を確保するべく交渉を行うことこそが、正当な取引です。
私が完膚なきまでに否定しますので、父上は妥協案を探って提示して下さい。絶望の底から蜘蛛の糸を垂らせば、どんな人間でも希望を見出して縋り付くでしょう。それこそ、神様のように。

具体的に言いますと、私は病気は治せないので諦めるように言いますので、父上は病状を改善する方向でフローリアンさんの全面支援を優しく訴えて下さい。

例えば聖王教会の権限を利用して良い病院へお父上を移して治療する、もしくは名医や魔法医を紹介して改善を探っていく。スカリエッティ博士に頼るのもいいと思います。
あるいはそれこそ今進めているレジアス中将との交渉による、時空管理局地上本部からの支援を受ける形ですね。次元世界を管理する彼らであればあるいは治療方法を知っているかも知れない」

「なるほど……完治は難しくとも、延命による手段で状況改善を行っていくんだな」

「それでも立派な人の奇跡だと、私は思いますよ。追い詰められているからこそ、完治か死の両極端に囚われていると思うのです。
父上――貴方を私達が心から父として尊敬しているのは決して、法術使いによる奇跡によるものではありません。


この聖地で貴方が作り上げた人の繋がり、人間関係の輪――聖王教会や時空管理局も含めた人々の縁が、貴方の最大の魅力であり力であると思っているからです」


 安易に奇跡に頼り、自分の個性を殺さないでほしいと、シュテルは手を握って熱く語っている。今までやってきた方法は必ずしも奇跡頼りではなかったはずだと、説き伏せていた。

正直なところ、シュテルの主張には異を唱えたかった。俺は単に、助けられてきただけだ。恩返しはまだ途中であり、今もこうして誰かに救われている。

俺は剣を振るうことしか出来なかった。通り魔は倒すことしか出来ず、プレシアは戦うことでしか止められず、世界会議ではテロリスト達相手に戦い、挙句の果てに高町美由希達と斬りあった。

そしてディアーチェを救うべく剣を捨て、竹刀は破壊して剣を失った。この手にあるのは今、それこそ法術しか残されていなかった。今の俺に、何が出来るのだろうか。


それにしても――


「……そのやり方だと、お前がフローリアンに恨まれるぞ」

「私は父上以外にどう思われようと、何も気にしません」


 容姿こそ高町なのは似で俺とは異なるが、性格面で俺と似ている。相手をどうやって斬るのか、味方をどうやって守るのか。効率を重視して、我が身は振り返らない。

俺に遠慮しているのではなく、本心で何も気にしていないのだろう。フローリアンにどう恨まれても、平然と明日を生きていくに違いない。肝っ玉の大きい娘っ子だった。

我が子として大いに問題があるのだが、そもそも父親が問題なので、本人に指摘するのは天に向かって唾を吐くのと同じである。子は親の鏡とは、よく言ったものだ。


いずれにしても、シュテルの提案は理にかなっていた。


「よし、その方針で行こう。皆、よろしく頼む」

「ではフローリアン様にお繋ぎ致しますので、少々お待ちください」


 俺としてもフローリアン本人に思い入れはないが、大切な人を失いたくないのはよく分かる。アリサも、多くの人に助けてもらったのだ。

奇跡は起こせないにしても、可能性は広げてやりたい。シュテルの言う通り、完治は難しくても、改善できる余地はあるかも知れない。


キリエ・フローリアン、彼女に会って話を聞くとしよう。















 シュテルの指示通りに護衛体制を確立した上で、ミヤとアギトを懐に入れて、シュテルとフローリアンが滞在する部屋へと伺う。

支配人のマイアより直接取次を行うと、息せき切ってすぐに会いたいとの連絡があったそうだ。マイア本人にも、涙に震えた声で何度も取り次いでくれたお礼を言ったらしい。

そういうプレッシャーをかけてくるのは止めてもらいたいものだが、鬼役となったシュテルの表情に動揺はない。部屋をノックして、いよいよご対面となった。


高級ホテルの一室――文句なく一流と言い切れる豪華な部屋で一人、ソファーに座っていた少女が立ち上がって――



……



……え?



「きょ、今日はお時間取って頂いてありがとうございます! あたしは何でもしますから、どうかお父さんを助けて下さい!」

「どうぞ、落ち着いて下さい。私は聖王陛下の娘である、シュテルと申します。陛下との対談をご希望されておりましたが――
見目麗しい女性であらせられる貴女様と陛下との二人きりですとあらぬ噂を立てられますので、娘である私の出席をお許し下さい」

「あっ、そうか……そうですね、あたしはよくても聖王様の迷惑になっては駄目ですよね、ごめんなさい……でもその、依頼の内容については――」

「無論この場の会談内容は一切、外部に漏らさないことを、父の名において誓いましょう。勿論貴女様本人のことも、この場限りのことと致します」

「ありがとうございます、シュテルさん。なんか、色々すいません。いきなり押しかけたあたしに、こんなによくしてもらって」


「この部屋は期限を設けず取っておきましたので、どうぞ心ゆくまでご滞在下さい」

「ええっ!? そ、そんな、あたし一人でどうしてそこまで……」

「聖王陛下は貴女様の事を深く憂いており――陛下?」


「美しい」


「……は?」


「これほど美しい人を、見たことがない」

「えええええええっ!?」


 ――これまで多くの女性、多くの人間を見てきたが。


"おいおいおい、どうしたんだこいつ!? 今まで美人に囲まれても、鼻で笑っていた剣バカが!?"

"あー、リョウスケと付き合いは長いので、ミヤは分かります。多分、良介のいう『美しさ』をいうのは――"


 キリエ・フローリアン、これほど綺麗な人を今まで見たことがなかった。

一体どうやって作り出したというのか――この芸術的に鍛えられた、肉体を。















<続く>








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