とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第十八話






 戦乱の時代、ベルカ自治領において猟兵団と傭兵団の存在は群を抜いていた。猟兵達は実力で、傭兵達は金で足固めを行い、聖地に支配領域を拡大させていった。

暴力と金が支配しつつあった荒廃の大地に、白旗が突き刺さった。降伏宣言だと嘲笑っていた人々は、いつしか平和を求めて白き旗に集うようになっていった。

人望という人心掌握を用いて積極的に人助けを行い、人々とのつながりを広げて力を合わせた。その結果俺たちは勝利して、彼らは敗北した。


勝者と敗者が集う時、仲良くお食事とはいかないのが辛いところだった。


「おーす、オバちゃん。遊びに来たよー!」

「誰がオバちゃんよ、誰が! 私はまだ二十代、せめてお姉さんと言いなさい」


 紅鴉猟兵団の副団長だった、エテルナ・ランティス。異性を圧倒する暴力的な色気が醸しだされる、大人の女性。抜群のスタイルの持ち主で、美しき女豹のような野生の魅力に溢れていた。

"紫電"の異名を持つ実力者で、魔導師と戦士の両面で力を発揮する猟兵。聖地で勃発した戦争において、この場に呼んだレヴィと死闘を繰り広げている。

戦争では団長及び副団長両名が敗北、猟兵団員は敗走。戦争に関する全ての責任をガルダが取って、猟兵団の長の座を降りた。絶対の存在だったガルダ神の失墜で、猟兵団も壊滅。


今では副団長だった彼女が一種の民間軍事会社を新しく立ち上げて、教会の丁稚奉公という形で贖罪に追われている。


「こんにちは、シュテルさん。こうしてまたお会い出来て嬉しいです。機会あれば是非、プライベートでもお話させて下さい」

「父上の右腕として多忙な毎日ではありますが、時間があればかまいませんよ」


 傭兵師団『マリアージュ』を指揮していた団長、オルティア・イーグレット。次元世界各地よりやって来た傭兵達を取り纏めていた才媛である。

優美な容姿と美しく整えられたプロポーションに恵まれた、青い髪の麗人。宗教権力者達からの評価も高く、時空管理局や聖王教会から注目されていた女性だ。

人型兵器マリアージュを主戦力に、数多ある傭兵達を率いて聖地で起きた戦争に参戦。戦争中にシュテルと戦い、俺の娘として矛を収めた戦いを行って彼女の説得に成功した。


マリアージュは半壊させたが逃亡、傭兵団は解散。本人はというと時空管理局に引き抜かれ、キャリア試験を民間枠で満点合格していて、聖地での現場を任されている。


「何で子供まで連れて来ているのよ。大切な話があるとわざわざ教会を通して来たから、貴重な時間を取ってあげたのよ」

「この子はあんたと戦った、重要な関係者だ。この場にいる意味はある」

「へえ……私が敗者だと、知らしめたいと言うのかしら。ずいぶんとまた、趣味の悪い王様ね」


「敗戦交渉が進んでいないからな、あんたらの団長の件で」


 交渉を渋る民間軍事会社の女社長に、今でも尊敬の念が絶えないガルダ神の存在を強調して説明。案の定、唇を噛み締めて言葉を飲み込んでしまった。

嫌味の一つでも言いたくなる。団長は敗戦の念から処刑を望み、副団長達は助命の嘆願を行っている。異教の神という前例のない存在に聖王教会は板挟みにあい、俺に泣きついて来た。

交渉の場で優位に立つ為に相手の弱みに付け込むのは当然だが、指摘したのは交渉をスムーズに進める為でしかない。睨み合いは、戦時中で終わらせておきたかった。


だからこそ、こうして底抜けに明るいレヴィを呼んだのである。矢面に立たされている本人は、カラカラ笑ってる。


「何しろボクは、パパの娘だからね。ラクショーだったからって、落ち込まなくていいよ」

「楽勝ではなかったでしょう!? 大人げないから言わなかったけど、何だったらリベンジしてもいいのよ」

「おー、いいね。やろう、やろう!」

「早速交渉の場が温まってきましたね、父上」

「仲良きことは素晴らしきかな」


「……少しは、保護者責任を感じて下さい」


 お互い壮絶な笑みを浮かべて対決する二人を優しく見守っていると、時空管理局のキャリア組となったエリート女性が頭を抱えていた。すいませんね、この子なりのコミュニケーションなんです。

オルティア・イーグレットには因縁あって嫌われているのだが、シュテルが間に立ってくれているので少しは緩和されている。余程、うちの子を気に入ってくれたようだ。

シュテル本人は極めてマイペースで友人同士でも態度を変えたりしていないが、それでも本人なりには接点は持っているようだ。頭が良い者同士、話しやすいのかもしれない。


いずれにしても交渉出来る場となったので、改めて話を持ちかける。


「ベルカ自治領の派遣責任者となったオルティア氏と、聖王教会委託の民間軍事会社社長となったエテルナさん。
二人にこうして話を持ちかけたのは他でもない、うちの主戦力であるユーリ・エーベルヴァインの事だ」


 ユーリ・エーベルヴァイン、その名を出しただけで大凡察しがついたらしい。戦場でユーリの力を見せつけられた、歴戦の強者である二人の顔色が変わった。

ユーリ・エーベルヴァインという、破格の存在。あの戦争において、ユーリ一人でも制圧できたであろう圧倒的な実力。天地を揺るがす力を持った、強大な魔導師。

一個人ではなく戦士、戦士ではなく戦力、戦力ではなく災害。どのような比喩表現を用いても、彼女の強さは測れない。それほどまでに絶望的な、力。


プライベートではドジって涙を滲ませるような気弱っ子なのだが、敵対者からすれば驚異そのものであった。


「そちらから話を持ち掛けてきたのなら、遠慮なく聞かせてもらいましょう。あの子、一体何者なの?」

「時空管理局地上本部から、ユーリ・エーベルヴァインの監視と勧誘を厳命されています。情報提供頂けるのであれば、相応の対応はお約束できます」


 こちらから見せ札を出すと、過去精鋭揃いの組織を成立させていた女傑達が交渉の手札を見せてきた。ユーリの情報がないという腹具合と、ユーリへの分析を知らせるという心積もりを。

ユーリにおける現状認識を聖王教会と時空管理局所属の両名から聞き出せた時点で、この交渉には意味があったと言える。交渉に価値を与える彼女達の手腕には、脱帽させられる。

戦時中にこれほどの切れ味を見せつけられたら、さぞ難儀させられただろう。戦争という闘争の場での決着で済んだのは、不幸中の幸いだったかもしれない。


頭脳戦で挑まれたら、アリサなしでは到底勝てない強者揃いだった。


「ユーリ・エーベルヴァインは、聖王のゆりかごより発見された聖遺物より誕生した存在だ」

「なっ、魔導兵器だとでも言うの!?」

「このベルカ自治領においては、稀有な存在とは言えまい。人型兵器マリアージュなんてものまで存在していたのだから」

「! なるほど、それで敢えて私もエテルナさんと同席で呼ばれたのですね」


 ――そういうことにしようと言ったのは俺ではなく、俺の隣で紅茶を飲んでいるシュテルである。我が家の頭脳は真実を混ぜた嘘ではなく、嘘を混ぜた真実を述べるべきだと助言した。

両者は似ているようで、異なる。真実を混ぜた嘘は突き詰めれば嘘であり、この二人は嘘を見破る調査力と分析力を持っている。発覚すれば、この関係は破綻する。

だが嘘を混ぜた真実であれば、嘘が混ざっていたとしても疑惑あれど疑念は持たれない。交渉の場で全てを明らかにしないのは当然であり、配慮であるのだと勝手に誤解してくれる。


話の流れからすれば聖遺物とは何かという論点となるのだろうが、言い逃れは簡単にできる。


「ゆりかごで発見された聖遺物については、厳重に秘匿されているからな。知っている事もあるんだが、打ち明けられない。その点については申し訳ないというしかない」

「はいはい、分かってるわよ。アタシも、教会に雇われている身だからね。知りたいけど、追求できないわ」

「管理局としても同意見です。聖王教会との関係もあり、派遣されている身分では許可されないでしょう」


 簡単に納得してくれた。俺だったら嘘八百並べて追求されていたであろう場面を、シュテルの助言でいとも容易く回避できるとは驚かれる。

本人は当然ですと言わんばかりに落ち着いているが、私の手柄ですとばかりにこちらを見る目が輝いている。はいはい、ありがとうありがとう。後で散歩に連れて行ってやるからな。

自分の娘を犬のような扱いをしつつ、交渉を進めていく。ユーリという存在における力の概念を、聖遺物という証拠を見せつけて納得させる材料とする。


驚異とは強大かつ未知であるからこそ、恐怖を与える。真実が明らかになれば、どれほど強き力であろうと少なくとも納得は出来る。


「彼女は今己の力を存分に発揮して、ボランティア活動を行っている。人々に危害を加える気はない」

「危害は加えていないけど、商売の場を荒らされるのは困るのよね」

「力の在り方には称賛いたしますが、善意の活動であっても承認出来ない事もありますよ」


 うっ、やはり聖王教会や時空管理局には煙たがられていたのか。よりにもよって俺が気付かず、あの愛人が気付いていたという点がムカつく。うぐぐ、何故俺は気付けなかったんだ。

教会や管理局が手をこまねいていたことを安い報酬で容易くやられたら、人々は助かっても組織は大いに困る。正義であっても、縄張りというのは存在するのだ。

正しいことをやるのに活動範囲があるというのは変な話なのだが、生憎と今の世界は誰かのものだと決まっていないのだ。領土権があり、所有者の許可が必要となる。


ならば、どうするべきか。俺は白旗のトップとして堂々と――



腰を、低くするしかなかった。



「だから、二人をこの場に呼んだ。今後の活動についてお互い、きちんと話し合って決めていこうじゃないか」

「あ、あんたね……そっちが勝ったんだから、それこそ教会通して言いつければいいじゃない」

「俺は別にそれでもいいんだけど、ユーリが肩身の狭い思いをするだろう。救済活動を主に行うのは俺達トップではなく、現場の人間だ」

「誠意を見せてくれれば、私からこれ以上追求はいたしませんが……強気なんか、弱腰なのか、何だかよく分からない人ですね」


 現場で働く人々の感情というのは、厄介である。リーダーとメンバーの間で意思の差異があるのは当たり前だが、その当然を容認するかどうかは話が異なってくる。

完全な相互理解は難しいにしても、メンバーが働ける環境づくりをするのは上に立つ人間の責任である。今回ユーリの件では、その自覚が大いに欠けていた。

こういった泥臭い交渉に、奇跡なんてものは存在しない。目の覚めるような逆転劇も、心沸き立つ感動も、魂が震える興奮もありはしない。


ただの安っぽい、人間ドラマしかないのだ。


「あんたがどういう人間なのかいまいち分からなかったんだけど、やっぱりよく分からないわね」

「今まで現場で睨み合っているしかなかったからな、これを気に話し合わせてくれ」

「シュテルさんが同席してくださるのであれば、私も異論はありませんよ。貴方と二人きりというのはお断りいたしますが」


「……何でこんなに嫌われているのよ、あんた」

「……色々あってな」

「……痴話喧嘩の匂いがする。いっそ酒飲ませて押し倒しちゃえばいいのよ、こういう堅物はコロッとまいっちゃうから」

「……おっ、いいね。じゃあ今晩、親睦会でもやりますか」

「……お酒、奢ってくれるのね!」


「聞こえていますよ、二人共!!」


 けれどそれは、決して嘆くことではない。ユーリ・エーベルヴァインが脅威の対象ではなく、人としての当然の問題として認識されたという何よりの証なのだから。

ロストロギアじみた存在だと思われれば人類の脅威となってしまうが、力を持った少女だと認識されれば大人が対処すれば済む話となる。


会議室で、責任者が顔を合わせて辛気臭く話し合う――この程度のことで解決するのであれば、何よりだ。















<続く>








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