とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第八十一話






 ――俺に引導を渡すのは彼女であると、予感はあった。



「参ります、陛下」


 裁定者、アナスタシヤ・イグナティオス。聖王教会騎士団に所属する、騎士の中の騎士。紫のドレスを着た、女性。麗しき貴婦人であり、凛々しき武人でもある。

誉れ高き銀色の騎士甲冑を装備した、長剣の剣士。剣神とまで称えられる剣技の持ち主で、騎士団随一。世界中の信者及び自治領の民より絶大な支持を受けている、誉れ高き剣の騎士。

"聖王"に絶対の忠誠を誓って聖王教会騎士団を除隊、管理外世界にまで同行して付き従ってくれた。その忠誠は彼女の理想であり、その正義は彼女の心情である。


そのどちらも持ち合わせていない俺は、金メッキに飾られた王。嘘偽りの剣士は、聖騎士により処断される。


「遠慮なく来い」


 シュテル達とは違い、彼女は生粋の剣士。剣以外のあらゆる要素を排除すれば、剣士には実力しか残らない。才能以前の問題であり、剣士の真実は公に晒される。

思えば彼女ほど、虚構に目を奪われた存在はいないだろう。誠実なこの女性は他の誰よりも清らかであり、清められた水よりも麗しく輝いている。

自分の口からついたのではなかろうと、否定をしなかった以上彼女にとっては真実であった。騙していたのと、何も変わらない。


一対一の決闘に、嘘偽りはない。互いに剣を持って向かい合った時点で、全ては終わってしまった。


「始め!」


 魔導師ではない彼女の剣に、非殺傷設定などありはしない。よって武器に非殺傷設定を加えるのではなく、空間を構築する結界に非殺傷設定を加える事でこの決闘は成り立っている。

空間に設定された判定により、決闘者にダメージを与える仕組みだ。あくまでも仮想による負傷であり、設定を解除すれば健康体に戻る。実に便利な設定である。


だからといって、おままごとでは済まされない――痛みとは、精神まで蝕むのだから。


聖王教会における聖人が地を蹴って、駆ける。女性らしいしなやかな身体は弾丸のごとく駆け抜けて、長剣と共に急接近してくる。速いという感想まで、間が抜けている。

スタイル抜群の月村忍が羨む肢体は今この瞬間女性騎士を構築する牙城と化し、主を守る絶対の騎士として無限の強さを遺憾なく発揮した。


長剣が、振り上げられる。


「払い面」


 不幸中の幸いだったのは、お互いに中段の状態で対峙していた事。恐るべき切れ味で振り下ろされた剣を横に払って、すかさず眼前にまで来た彼女の面が空いた瞬間を打つ。

攻撃を仕掛けたが、相手を斬る為ではない。払い面が通じるのは相手が互角か格下の場合のみ、天上の相手であれば攻撃でさえも防御の為の悪足掻きでしかない。

完璧なタイミングでの払い面は一瞬で切り替えされ、目にも留まらぬ速さで一閃される。斬られたという確信は、斬られずに済んだという安堵に変わる。


覚悟を決めた途端、肉体の主導権を奪ったアギトが回避してくれた。


(約束しただろう、アタシが必ずお前を勝たせてやる!)

(……アギト)


 涙が出るほどありがたく、情けなかった。虚勢を張っていることは、明らかだった。アギトが屈服していないのは、自分が敗北するより許されない事があるからだ。

騎士剣術とは、剣で相手を制圧するための技術。特にベルカの騎士では両刃の剣が主であり、片刃である日本の刀とは扱いが異なる。彼女はその長剣を、細腕で自由自在に扱っている。

鍔迫り合いになんてならなかった。力でさえも、彼女には敵わない。切れば斬られ、切り返せば斬り飛ばされ、切り押せば斬り廻される。空間の設定が、ダメージを伝えてくる。


腕や足、胴体や背中、隙を見せた部位を欠かさず斬られている――血は流れずとも、斬られてしまえば同じだった。


"何をしているのですか!? 己が主を傷付ける無礼者は、私が誅します!"

"気が狂っている王様は引っ込んでろ"


 ネフィリムフィストは、使えない。


使わないのではなく、使えないのである。ネフィリムフィストは人魔一体の極技、聖王オリヴィエが無類の強さを発揮する極意。ゆえに、使えない。

聖騎士アナスタシヤ・イグナティオス、彼女ほどの騎士であれば聖王オリヴィエに肉体を譲る一瞬を斬り込むだろう。ネフィリムフィストを発動した段階で、斬られてしまう。

魔導師であれば相手がユーリであっても実用的な技だが、聖騎士アナスタシヤ・イグナティオスにだけは通じない。神速の域に達している剣士に対して、一瞬はあまりにも長過ぎた。


「出ばな小手」


 出ばな小手とは相手が打とうとした瞬間に、空いた小手をすかさず打ち返す技。実に小手先の技である。悪足掻きはみっともないと、アリサは笑うだろうか。

目にも見えない連撃に対して、目先の技で打ち返し続ける。光が走る度に傷つき、斬られ、打ちのめされるが、致命的な剣閃だけは打ち返せている。だから、何だというのか。

彼女に、焦りはなかった。美しいとも言える技の連続を、顔色一つ変えず正確無比に斬り続ける。彼女は幾手もの先が見えており、俺はただ目先の剣戟を歯を食いしばって打ち返しているだけだった。


――辛かった。どれほど戦っても、勝利はありえない。


「応じ上げ」


 剣における応じ技は自分が攻めて、相手が技を打ってきた時に空いた部分を打つ技。応じることで相手の反応を窺って、隙が見えるのを待って剣戟を繰り広げる。

笑い話だった。何時間費やしても、隙なんて出てこない。相手は圧倒的な強さで一方的に斬り続けているだけだ、余裕を持って斬っているのに隙が入り込む余地はない。

空間に、火花が飛び散っている。長剣と竹刀がせめぎ合って、魔力と剣戟が華を咲かせている。美しく見えるが、オリヴィエの霊気とアリシアの魔力が舞っているだけだ。俺の力によるものではない。


「逆胴」


 逆胴は本来相手の胴を狙って打つ技だが、俺の照準はあくまで長剣に向けられている。相手の剣の腹を目掛けて、ただ剣を振り続けている。せめて、1合1合を正確に当てて。

応じ技と返し技、基本を駆使して挑んでいる。斬られないようにするのが精一杯、しかも一刀両断を避けているだけ。単純な切り傷を数えれば、もうキリがなかった。

救命チームのシャマルが、唇を噛み締めて立ち尽くしているのが見える。無駄な抵抗だと止めようとする義務と、無駄であろうと抵抗しているという判断がせめぎ合っているのだろう。


――顔を上げるのも、億劫になってきた。これ以上やっても辛いだけ、けれど剣を振るい続けている。


聖騎士は、手を休めなかった。裁定者は、手を緩めなかった。主であろうと徹底的に、聖王であろうと容赦なく剣を振るい続けている。相手を斬るまで、決して斬るのをやめない。

神速は、使えない。ネフィリムフィストは、使えない。魔法は、使えない。何かを使おうとしたら、斬られる。それほどまでの理不尽、それほどまでの実力差。

剣しか無かった、斬るしか無かった。俺にはただそれしかなく、それ以外にはあり得なかった。だからこそ――思い知る。


ここで剣を捨てれば、今度こそ断ち切れるだろう――全ての未練を、今ここで。


「ご立派です、陛下」


 正眼の構え――剣先を相手の目に向けて構えた俺を目の当たりにして、聖騎士アナスタシヤ・イグナティオスは目を潤ませた。

正眼の構えとは、人の構えである。攻撃するにせよ防御するにせよ、この構えを基点とすることであらゆる状況の変化に対して対応できる。剣にとって、極意でも何でもない。

現代では、剣の基本として最初に教えられる構えである。あらゆる可能性を潰されて、俺が最後に選んだのは――


剣だった。剣を通じて歩む、道であった。


「私は、貴方を敬愛しております」

「――俺のことは全て、分かっただろう」


「はい、貴方を知る機会をお与え下さって感謝しております。何度でも申し上げましょう、貴方は立派な御方だ」


 何を言っているのか、俺には分からなかった。何を言っているのか、俺以外には分かっていた。この決闘を見守る全ての者達が、声を張り上げてくれている。

剣におけるあらゆる意欲が失われようと、俺は最後まで剣を選んだ。敗戦だと分かっていても、相手を斬る事を止めようとはしない。ここまでやって、分かった。


娘のために捨ててしまった剣、従者のために渡してしまった栄光――何の意味もなくなった俺の剣でも、俺の仲間達にとっては価値があったのだ。


今までやってきた全ては、無駄ではなかった。価値があったのだと分かり、胸が熱くなるのが分かった。以前のように殺意に燃え上がっていないが、心を温めてくれている。

改めて剣を取り、構えた。勝ち目はなにもない。奇跡は起こらない。どれほど尽くしても、聖騎士を斬れることは断じて無いだろう。


それが、この決闘を終える理由にはならない。


「続けようか」

「どこまでも、お付き合いさせて頂きます」


 日が――暮れた。


何時間やったのか、覚えていない。延々と斬り続け、斬られ続けた。分かっているのは、相手が無傷であったという事。分かり切った結末だった。

そして俺は、斬るのを止めなかった。どれほど傷ついても、止めなかった。どれほど斬られても立ち上がり、剣を振り続けた。どれほど、心を斬られようとも、


決闘が終わるまで、俺は立って斬り続けていた。


「……嘘をついていて、すまなかった」

「陛下――貴方の剣に、嘘偽りは何もありませんでしたよ」


   決着は、最後までつかなかった――と、その場にいる誰もが祝福してくれた。













<続く>








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