とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第七十七話






 真剣勝負は何でもありとはいえ、家族や仲間が相手となれば殺し合う訳にはいかない。無法が許されるのは敵が無法だからであって、合法的な相手に無法を犯す訳にはいかなかった。

ユーリ達が本気で戦えば、世界のバランスが破綻する。魔法には無縁な管理外世界では戦えず、戦場は次元世界ミッドチルダに移される事になった。

此処は魔法が合法だが、決闘は御法度な次元法に管理された世界。よって決闘場は聖地に設置される事になり、聖王教会の承認を得て模擬戦という形で行われる。


公認ではなく黙認なのは聖王教会ではなく、むしろこちらへの配慮。関係者のみの果し合いで行えるという訳だ。


「黒幕の存在がなければ、クロノ達に協力を求めてもよかったんだがな」

「戦闘機人の子達とも戦うのでしょう。情報が漏れれば、相手を刺激することになってしまうからやめておきましょう」


 聖地ではかつて聖王教会騎士団と決闘を行ったが、あの時は集団戦であり、今回は個人戦。領域に結界が設置されるのは同じだが、範囲は以前より限定されている。

この結界式を用いれば物理攻撃も通るので、剣が有効となる。騎士団長との決戦では、俺の剣がほぼ通らなかった。自分の未熟が原因だが、今回ばかりは勘弁してもらいたい。

聖王教会管轄で行われる私闘なので、責任者としては聖女カリム・グラシア。立会人は修道女シャッハ・ヌエラと、見習い査察官のヴェロッサ・アコースが見届けてくれる。


そして公平なる戦闘とあって、審判も用意されたのだが――


「どうしてお前が審判なんだ、ローゼ」

「身内人事です」

「公平な決闘だと言っているだろうが!」


 聖女様の護衛兼聖地の救世主として今や信徒達から絶大な支持を受けている、ローゼ。かつての執事服ではなく、大仰な法衣を着た少女と代わり映えしない再会を果たした。

考えてみればこいつに天下を取る機会を譲ったせいで、剣の意欲が損なわれたとも言えるので、今の俺の精神状態はこいつが原因でもあるのだ。恩返しの為とはいえ、随分な代償を払ってしまった。

聞いた話だと今回の審判も聖女様から聞いて率先して名乗りを上げたらしく、無表情な美貌を晒して堂々と立ち会っている。懐かしさも何もない、アホな少女だった。


立場確立の為とはいえ聖女が主であるというのに、平気な顔でまだ俺を主だと言いのけている。幸いにも聖女様が笑って許して下さっているので、事無きを得ているのだが。


「ご安心下さい、主。どれほど完膚なきまでに叩きのめされても、主が勝利だと言い張ります」

「俺のプライドを全く考慮しないご配慮、どうもありがとうよ」

「隙があればコッソリ加勢致しますのでお任せ下さい。イレインに交代します」

「さりげなくもう一人の自分に責任を擦り付けるのはよせ。あの子も別タイプのアホだから、ノリノリで参戦してくるぞ」


 どういう訳か忠誠心は高めだが、融通とか配慮がきかないタイプのイレイン。俺の力になれると、俺が望んでいないにもかかわらず、完全武装で乗り込んで来そうだった。

ローゼによるとイレインも俺に会いたがっているらしく、主導権をよこせとローゼの中で暴れているようだ。公平な審判なんぞ絶対出来ないので、今はローゼに任せている。

同じアホではあるが、ローゼはその点過度な干渉はしないので、口ではあれこれ言っても俺の意思を尊重するだろう。殺し合いにはならないから、ローゼの介入は無いと言っていい。


ただし、これは真剣勝負である。殺し合いにはしないと言っても、相手に気を使って戦ったのでは意味が無い。


「この決闘は、非殺傷設定を前提とした私闘です。所有するデバイスも徹底的に事前検査を行い、設定を義務付けております」


 ――砲撃なんぞかましておいて非殺傷とはなんぞと猛烈に聞きたくなるのだが、本当に人が死なないので恐れ入る。ショック死とか十分あり得ると思うのだが、どういう配慮が加わっているのだろうか。

世界を揺るがす破壊であろうと、生命には影響しない設定。膨大な数の臨床試験を行わなければ、これほど厳密かつ厳格な設定は行えない。デバイスには刀剣類もあるので尚更だ。

俺の武器は荒魂を宿した竹刀だが、ユニゾンデバイスのアギトに非殺傷が設定されている。自分の身体を弄られる事に激しい抵抗のあるアギトが、大人しく検査を受けたのには驚きだった。


それほど真摯にこの決闘に向き合ってくれているのだろう。己は武器だと徹底している使命感には、一人の剣士として尊敬に値する。


「この決闘において、審判にはあらゆる権限があります。当事者が望んでも続行は不可能だと判断すれば、決闘を終了させる場合もあります」


 聖王教会からの唯一の条件だった。非殺傷であっても、"聖王"に万が一があってはならない。きわめて不本意なのだが、仲間や家族も強く申し出たので渋々承諾するしかなかった。

魔龍の姫君や異教神との戦闘を、周囲に見せ付けてしまったのが迂闊だった。死に物狂いで食らいつく俺の戦いを見せたせいで、剣士としての気性が明るみに出てしまったのだ。

殺されようと、相手を殺す。敵を斬るまで戦い続ける剣士の業は、俺の生命を危める行為だ。非殺傷であっても、身体は容赦なく傷ついてしまう。見過ごせない危険性なのだろう。


元々彼らには不本意な戦いを強いているのだ、受け入れるしかなかった。命懸けを望んでいても、譲れない一線はお互いにある。


「救護班と医療班の二チームも編成いたしました。あらゆる万が一に備えておりますので、どうぞ存分に力を奮って下さい」

「……何故チームを二つに分けたんだ。救護か医療、どちらでも良いと思うんだが」


「主が無茶をした場合殴って止めるメンバーと、主が無理をした場合殴って治すメンバーです。目的が異なります」

「万が一に備え過ぎていて、涙がでるわ!」


 無理と無茶は違うので、どちらにも備えて班編成を行ってくれたらしい。実にありがた迷惑だったが、どちらも本当に必要となりそうなので癪に障る。

入国管理局を通じた異世界への個人ルートが開通されたので、シャマル達も聖地へ来られるようになった。勿論顔パスとはいかないが、融通は相当にきく専用ルートである。

あくまで私闘なので大規模な戦闘には発展しないと思われるが、荒御魂の存在もあって用心はしなけれならない。あらゆる配慮を利かしてこそ、彼女達との戦闘が成り立つ。


彼女達の協力があってこそ――この子との戦闘が、成立する。



「では第一戦、主の対戦相手はユーリ・エーベルヴァイン様」



 金髪の幼い少女が、戦場へと降臨する。沈む事なき黒い太陽、影落とす月――ゆえに決して砕かれぬ闇、ユーリ・エーベルヴァイン。

純白のバリアジャケット、袖の長い上着を着たへそ出しルック。炎の模様の入った紫色の袴のようなズボンを履いており、剣道着を好んでいる父譲りだと微笑んでいた。

特定魔導力を無限に生み出し続ける永遠結晶エグザミアを核とした、無限連環機構システム。少女の姿を模した怪物であり、世界を破壊する力を完全制御出来る大魔導師。


強さという概念では、決して測れない。あらゆる概念を超越した、強大なる存在。


「よ、よろしくお願いいたします!」

「お、おう……まあ、肩の力を抜けよ」


「わ、分かっています。お父さんの子に恥じないように、全力全開で頑張ります!!」


 ……俺ごと世界を破壊すると宣言されているのかどうか、真剣に悩んだ。見ろ、外野が大いに慌てふためいていやがるぞ。第一バッターという点も、本人に異常な緊張感を与えている。

彼女達の幻想を壊してしまうという懸念に苦悩していたのだが、今になって思うと逆に良かったかもしれない。ディードとは違い、ユーリには俺の娘である事に負担となってほしくはない。

実際に戦えば、否が応でも父の真なる実力を知ってしまうだろう。戦えばユーリの足元にも及ばない、尊敬する父の実態を知ったら彼女がどう思うだろうか。


それでも、俺は自分の剣を選んだ。決闘を挑んでしまった以上、もはや悔いはなかった――戦えばどのみち、ユーリに刃を向けるのだから。


「実戦形式、ルールで定められたあらゆる戦法が許されます。双方共に、悔いなき戦いを」


 ユーリ・エーベルヴァインは俺に似ず、本当に優しい娘である。そして、ユーリ・エーベルヴァインは俺という剣士の娘でもあった。

戦いが始まろうとするその瞬間、あらゆる恐怖や逡巡を振り切って彼女は空へ駆け上がった。戦場は荒野を模したフィールド、障害物のない広大な平野ではその上空もまた戦闘領域。

自分を開放し、剣を解放し、あらゆる全てから放たれる。剣には、執着しない。剣士には、拘らない。人であろうとは、しない。人でなしには、ならない。


あの子が駆け上がった大空のように、自由となろう――たった一人で旅をしていた、あの頃のように。


「始め!」

「クリムゾン――ダイブ!!」


 天より、黒い太陽が流れ落ちてくる。


恐るべき勢いと速度――鳥よりも早く、弾丸よりも速く、音よりも疾い。それでいて、巨大なる強大。

真っ白な上空を、闇色の炎が塗り潰している。結界が、決壊に震え上がっている。観客席に控えるあらゆる強者達が、歓声と悲鳴を上げていた。

激突すれば大地が破壊され、俺は骨も残らないだろう。非殺傷であることが、何の救いとなるのか――


隕石に激突すれば、人間はただ粉々になるだけである。


「御神流 奥義之六」


 そして俺は――隕石を斬ったという、経験がある。


「薙旋」


 天狗の長が放った隕石を叩き切った技、偶発的であろうとも実戦経験は絶対に裏切らない。一度手にした以上、再現は困難であれど不可能ではない。オリヴィエ達がいるのだから。

相手はユーリ・エーベルヴァイン、隕石などとは格が違う。御神流の奥義であろうとも、切り傷一つ与えられないだろう。自分の父の実力を、彼女は肌で感じた筈だ。

されど、相手は無機質の岩ではない。感情を持った少女であり、父の娘だとはにかむ愛らしい娘なのだ。怪物であろうと、人の心を持っている。


本当に斬れなくても――斬られたという実感は、与えられる。


「――っっ!?」


 物理的に斬られた訳ではなくても、御神流の奥義であれば実感は与えられる。肉体的なダメージではなく、精神的なダメージでユーリは顔を歪めた。

勢いは殺せないが、突撃技は狙いもまた重要である。精神的苦痛によろめいたユーリは、照準を若干狂わせてしまう。その刹那こそが、剣士の求める間合いであった。

大地を蹴って、駆ける。空を飛ぶ翼はないが、地を蹴る足はある。襲来するユーリに対して真正面ではなく、右からの押し出しで剣を振り上げる。


流れる星を相手に、激突なんぞ愚の骨頂。飛んでくる燕が相手ならば――翼の軌跡に沿って、刃を振るう。


「小手打ち!」


 竹刀を振り下ろしたら、手首を回内するようにスナップ。うちわを仰ぐような感覚で、剣を振るう。空を飛ぶ鳥を仰げば、鳥は風の力に流されて羽根を巻き上げてしまう。

ユーリ・エーベルヴァインを斬った剣は爆発し、荒御魂のオリヴィエが呻き声を上げる。神刀は容易く消されて、剣の光は黒き太陽に飲み込まれてしまった。手が痺れている。


そして、ユーリは――


「あいたたた……」


 羽根を巻き上げられて隙を出し、突撃した自分の手を払われて地面へ盛大に激突した。剣によるダメージはなく、不時着によって頭を打ったと言うだけである。

奇跡は、起きなかった。斬れなかったという、当たり前の現実しか残らない。刹那のタイミング、ほんの少しでも狂えば俺が破壊されていただろう。

痛みに呻いていたユーリが、起き上がった。子供が地面に転んだところで、多少痛いだけだ。何のダメージにもならない。


ユーリ・エーベルヴァインは今、宮本良介という男の実力を知ってしまった。


「凄いです、お父さん!」


「は……?」

「私、斬られたの初めてです!」

「全く斬られていないじゃないか、お前!?」


「ズバッと斬られて、ウッとなってしまいました。もしお父さんが本気で斬るつもりだったのなら、私は真っ二つにされていたんですね!
お父さんには、とても敵いません。やっぱり凄いです!」


 いやいやいや、斬られてないというのに!? 感覚で斬られたから、それが何だと言うんだ!

しまった、こいつは剣士の娘だった。剣士の娘であるのならば、斬られた感覚には人一倍鋭い。剣には敏感であるからこそ、過大解釈してしまう。

目をキラキラ輝かせて、飛び跳ねんばかりにユーリは俺を褒め立てている。何という迂闊、せめて破門にしておくべきだった。



ユーリ・エーベルヴァインの称賛を受けて、観客席より盛大な拍手を上がった。違うっつーに!













<続く>








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