とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第六十ニ話






 八神はやての安全を確保するべきか、ユーリ達の安全を保証するべきか――考えあぐねた末に、考えるのをキッパリと放棄した。一言で言う、分からん。

本当にどうすればいいのか、分からない。ハッキリと言えるのはどっちを選んでも、俺が損するという事だ。はやてであろうと、ユーリ達であろうと、どちらを失っても俺が困る。

そこまでして何故、俺が選ばなければならんのか。光明が見えたからと言って、闇雲にダッシュしても躓くだけだ。あらゆる壁を突破出来るようなスーパーヒーローではないのだ。


クロノ達の説明はまだ続いている。とにかく今は、手掛かりを求めて耳を傾けるとしよう。改竄した人間よりもまず、改竄された内容だ。


「その夜天の書が改竄されてしまった事で、魔導書本体にどんな悪影響が出てしまったんだ」

「悪質な改竄が行われた事により、各次元世界を回って収集する機能が転生機能へと変貌しまったんだ」

「転生機能……? 夜天の書が闇の書へと変わった理由がそれか」

「いや、厳密に言うと違う。転生機能によって闇の書へと書き換えられたのではなく、闇の書が持つ機能がこの転生システムだ。
転生機能により、闇の書が仮に破壊されたとしても主を巻き込んで転生してしまう。本体をどれほど破壊しても、また出現してしまうんだ」

「自分の主を取り込んで、無理やり生まれ変わらせるのか。エグいシステムだな……」


 自分なりに、推理してみる。仮に法術によって改竄されたシステムであれば、持ち主が望んだ願いとは永遠不滅なのだろう。不老不死とは違った形で、自分の永遠を約束する仕組みだ。

不老不死だと自分自身の形を永遠に固定する事になってしまう。才能も固定化されてしまい、成長や変化が決して望めない。自分がよほど大事でもなければ、まず途中で嫌になる。

だが永遠の不滅だと、話が異なる。魂さえ変わらなければ、器はどうでもいいのだ。転生機能を用いれば、あらゆる自分へと生まれ変われる。理想を掴むことだって、夢ではない。


魔導書本体をキーに転生システムを組み込んでしまえば、自分に何があったとしても魔導書が機能してくれる。その逆も然り、よく考えられた悪辣な仕様であった。


「夜天の書の復元機能も、『無限再生機能』へと変化してしまったんだ。これもまた、悩みの種だ」

「名前だけで、簡単に想像がつくな」


 ――無限再生機能、聞き覚えがある。ミヤが破壊された時、ナハトヴァールが彼女の残骸を飲み込んで、自分の中から再生した。あの子の能力を、リインフォースがそう呼んでいた。


ナハトヴァールが闇の書から生み出された子供であるのならば、機能を持って誕生した経緯にも説明がつく。そもそもあの子は、夜天の魔導書のシステムそのものらしいから。

嫌な符号だった。時空管理局が手を焼いているという点が、実に厄介だ。あの子そのものに罪がなくても、正体が発覚すれば目をつけられる危険性がある。


この点は注意深く、聞いておかなければならない。


「君の想像通り無限とも言える再生機能を保有している為、闇の書の完全破壊は実質不可能とされているんだ。どれほど破壊しても、即座に再生してしまう」

「剣で斬れれば、話は早かったんだがな」

「はは、君からすれば一刀両断で済ませたい事ではあるだろう。上級魔導師の編成チームで挑んでも、完全なる破壊は困難とされている。過去幾つかの例があるが、ひとまず割愛する。
我々管理局が闇の書に神経をとがらせている理由も、理解してもらえたと思う。これらの機能により、闇の書の破壊が難しいんだ」

「たかが一冊の魔導書だと侮れないんだな。そこまで大掛かりな戦力となると、大義名分も必要となってくる」


 時空管理局は次元世界を管理する強大な司法組織だが、決して独裁国家ではない。次元世界に人々が住んでいる限り、世論というものが蔓延ってしまう。

管理局側からすれば完全破壊しなければならないロストロギアだが、世間から見れば危険な魔導書一冊にすぎない。大袈裟に軍を編成すれば、何事かと騒ぎ立てるだろう。

政府と民間の認識なんて隔絶していて当然だ、情報量が違う。説明できない事が多くあることくらい、政治に少しでも関わった俺が実感として理解している。難儀なのだ、実に。


ナハトヴァールに無限再生機能がついているのならば、あの子は実質傷一つ付かない元気な子だという事だ。小さいなりで街中を駆け回る子なのだが、心配は無用らしい。


「魔導書の破壊が困難だとすると、次に考えられるのはやはり封印か」

「当然の考え方だな、君自身もあの子のことで随分と悩まされていたからな――と、すまない。無神経だった」

「気にするな。少なくとも、クロノ達は何も悪くない」


 ジュエルシードを動力源とする自動人形ローゼの封印を結構したのはグレアム達時空管理局だが、同じ職員だからといってクロノ達を恨むつもりはなかった。

恨み言を並べるのも筋違いだ、少なくとも管理局の決定そのものは間違えていない。安定しているからと言っても、ジュエルシードを放置する理由にはならないのだ。

安全策があるのであれば、誰だってそちらを取るだろう。俺だって対象がローゼでなければ、仕方ないの一言で見捨てていた。世間に全く貢献しないアホでも恩があるため、それこそ仕方なかった。


不用意な発言だったと謝罪するクロノに、笑って首を振った。もう解決した以上、本当に笑い話だ。


「闇の書における最大の問題は、その封印処置が行えない事だ」

「どういう事だ。グレアム提督は、散々封印を提唱していたじゃないか」

「提督が提唱されている封印は、ローゼの件とは性質が異なる。まず封印が何故行えないのかというと、闇の書はそもそも主以外のシステムへの干渉を拒否する。
外部から強引な操作は、先程述べたように転生機能が働いてしまうんだ。闇の書のプログラムの停止や改変が出来ないとあれば、封印処置も不可能となる」


「封印処置――つまり機能停止させようとすると、魔導書が転生してしまうという事か」

「理解が早くて助かる」


 理解が早かったのではない、以前似たような話をリインフォースから聞いたのである。時空管理局の見解を聞かされて、ようやく得心がいったのだ。なるほど、こいつは難儀だ。

危険な機能を停止させようとすると、勝手に転生してしまう。さりとて機能に干渉しようとすると、拒否する。我儘にも程があるというもんだ。


今のところ聞いた話では、俺の推論を補強する証拠が出てこなかった。改竄され干渉不可能になった後で今のような仕様変更が起きたのであれば、法術使いの線が濃厚だったのだが。


干渉できないシステムを改変したのは、俺の法術。シュテルも改変が行えることを確信したからこそ、俺に接触してユーリ達の解放を願った。リインフォースも感謝してくれた。

悪質な改竄が行われたのは、当初の改竄が行われる前か後か。普通に考えれば、改竄された後の話だろう。悪質な改竄が行われたからこそ、現状に至っていると見るべきだ。

そして悪質な機能を持ったままということは、現在に至るまで法術使いは現れなかった事になる。うーん、最初に改竄を行った人間が誰なのか知りたい。こいつが法術使いであれば、手掛かりとなるのだが。


時空管理局を調べたいのだが、先程の自問自答が繰り返される。一体どうするべきなのか、本当に分からない。


「転生と一口に言うが、実際のところどういうシステムなんだ」

「ユーノの調査によると、転生される先は闇の書に合致する魔力資質の持ち主を次元世界中から選ぶようだ。生まれ変わった本は、全頁が空白になっている」


 ――げっ、蒼天の書も全頁が空白だった筈だ。まずいぞ、蒼天の書が闇の書から転生した本だと勘繰られる危険がある。クロノ達はともかく、グレアムなら強引に結び付けそうだ。

今クロノ達もそうだが、グレアム一派も蒼天の書の分析データを総掛かりで洗い直している筈だ。分析データに何の問題もないのだが、その問題の無さが逆に不審を煽る。

その不信感が闇の書の危険な機能と結び付けられれば、厄介な事になる。蒼天の書は転生による変化ではないが、法術による改変なのは間違いないからだ。


くそっ、また悪魔の証明になってしまう。改竄した本人の事も調べたいのに、どうして次から次へと難題が――



「そのご説明ですと、蒼天の書が闇の書から変生した魔導書である可能性も出てきますね」



 ――俺は、言っていない。クロノ達も、何も指摘していない。

血の気が引いていくのを感じながら、隣を見やる。アリサ・ローウェル、俺が誰よりも信頼しているメイドがハッキリと言い切った。


蒼天の書が、闇の書から変生した本であると。


「なっ……何を根拠に、言っているんだ!?」

「根拠も何も、ご説明頂いた内容から推理したまでです。こんな単純な推測、この場にいる優秀な皆さんなら誰でも想像できるでしょう」


 違うわ、馬鹿。その推測を、他でもないお前が言っているから皆混乱しているんだよ。誰がどう聞いたって、お前から指摘するなんて絶対に変だからだ。

蒼天の書が闇の書だと判明してしまうと、蒼天の書の主は誰がどう考えたって俺になってしまう。俺が、闇の書の主だと誤解されるのは間違いない。

そうなると、グレアムあたりが喜々として俺に追求してくるだろう。あらゆる意味で、俺の立場がやばくなってしまう。


それを何故、他でもないアリサが指摘しているのか――どう見たって、裏切りだった。


「アリサさん、貴女……自分の言っていることが、理解できているのかしら」

「勿論ですとも、リンディ提督。あたしとしては、断固として見逃せない案件です。この可能性は是非、あたし達の手で追求するべきです」


 おいおいおい、どうしたんだアリサ。ジェイル・スカリエッティよりヤバイ裏切りを、今この瞬間にかまさないでくれよ。

考えてみれば、俺はアリサが裏切る可能性なんて全くといっていいほど考慮していなかった。他人を全く信じなかったこの俺が、アリサを無条件で信頼していたのだ。

今にして思うとどうかしているのだが、今この瞬間に至っても混乱するばかりだった。裏切られた怒りや悲しみよりも、混乱することしか出来ない。頭が真っ白だった。


「もしも蒼天の書が闇の書だとすれば、この件は解決じゃないですか」

「……は?」


 だから、アリサが言った言葉が理解できなかった。


「か、解決とは一体……?」

「解決でしょう。蒼天の書の分析データは、何の問題もなかったんです。闇の書は転生して、何の問題もない魔導書へと生まれ変わったんですよ」

「いやいや、闇の書の転生機能はあくまで本体を隠す偽装にすぎない。今は真っ白でも機能が再開してしまえば、闇の書へと戻ってしまう」

「徹底的に分析しても何も出なかったんですよ、クロノ執務官。偽装しているからと言って、何の痕跡も出ないなんて事がありますか。根幹のシステムまで異なっているんです」

「だ、だから我々は別物だと思っているんだ!」


「あたしは転生して、別物になったのではないかと指摘しているんです。もしも実証されれば、闇の書は消滅した事になります。これは極めて重要な事なのではないでしょうか。
皆さん、落ち着いてよく考えてみてください。時空管理局より過去から現代へ渡って調査された情報と、聖王教会に保管されている蒼天の書に関する情報には、類似点が多い。


もしも両者が繋がれば――これ以上ないほどの、好機ではありませんか!


蒼天の書は聖王教会で厳重に管理されており、今後も最秘奥として収められる。主の最有力候補は誰がどう見てもあたしのご主人様であり、社会的に確立された人物。皆さんとも懇意に接している。
全ての符号が、皆さんの手の中にあるのですよ。これは闇の書事件を解決する、最後のチャンスです。

聖王教会と時空管理局、両組織が一致団結して望める絶好の好機。ご主人様が主である今だからこそ、事件解決へと繋がるのです」


 こ……こいつ、なんてことを考えやがる……!?


誰もが不審だと思う点の全てを、事件解決への符号へと変えやがった。怪しいと思われる点の全てを事件解決の証拠だと提示することで、不信を洗い流しやがった。

万が一真実に辿り着いても、全く問題ない。だって本当に、闇の書は消滅したのだから。問題だったのはどうやってそれを証明すればいいのか、その点だったのだ。

俺の口から言い出せば何故知っているのかと追求されるが、情報という観点で調べられた後であれば何の問題もない。悪魔の証明は、プロである彼らが積極的に行ってくれる。


全ての論点を今この瞬間、アリサは相手に押し付けてしまったのだ。今この時しかないという絶妙なタイミングを、狙って。


「まずは徹底的に洗い直してみましょう。ご主人様が選ばれたのであれば、聖王教会も積極的に動いてくれます。ご主人様の法術も関連しているかもしれません。
もし転生に何か問題があって真っ白となってしまったのであれば、過去の事件が関係しているかもしれません。

グレアム提督が仰っていたという11年前に起きたという事故について、教えて頂けますか。それと、改竄を行った当時者の事もお聞かせください」

「あ、ああ……いや、だが――」

「聖王教会については、こちらにお任せください。念の為、要請書を書いて頂けますか? 聖王教会の最重要情報とされている、聖典について調査を行いますから」


 ニコニコ笑いながら、悪質な要求を行うアリサ。自分達が欲しがっている聖典の情報を、まる管理局が望んでいるかのように言いやがったぞ。

闇の書事件の解決と聞かされて、クロノ達もにわかに沸き立っていく。全てのピースが『自分達にある』と聞かされて、今しかないと思いこんでしまったようだ。


こういう手口を、世の人々は――詐欺と、呼んでいる。


「――はやても、ユーリ達も大切なんでしょう」

「アリサ……」


「あんたは、余計なことを考えなくていいの。難しいことは、あたしが全部考えてあげるから」


 得意気に笑うアリサの笑顔は、とても意地悪で――可愛かった。












<続く>








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