とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第六十話






 科学分析技能士、ジェイル・スカリエッティ。聖王教会より派遣された彼の存在は物議を呼んだが、結局のところ黙認された。提督の名誉の為、されてしまったと言っておこうか。

元より聖王教会より正式に派遣された科学分析技能士、時空管理局最高顧問官が反対する事は世論を大いに騒がせる。時空管理局も、聖王教会も望んでいない波乱である。

それでもジェイル・スカリエッティの存在は危うく、強硬に反対する事自体は出来たが、聖女様ご本人の弁護を論破出来なかったグレアム提督に軍配が上がる事はなかった。


驚くべき弁論である、ただ感心するしかなかった――なぜかこちらにガッツポーズを送っているのは、イメージにそぐわないけれど。


「話が長引いてしまい、予定の時間をやや過ぎております。 お二方もお忙しい立場の方々、そろそろ分析作業に入らせて貰いましょう」

「騒がせてしまい、申し訳ありません。我々は異存ありませんが、提督はいかがですか」

「……やむを得まい。ただし、スカリエッティの動向は常に見張らせてもらうぞ」

「偉大なる提督殿に立ち会っていただけるのであれば、作業にも力が入るというものです」


 多くの犯罪者を黙らせた提督の眼光に対しても、ジェイルは慇懃無礼な態度で畏まるばかり。肝が座っているのか、気が触れているのか。何にしても、面倒な男ではある。

シスターであるドゥーエに案内されながら、考えを張り巡らせる。そもそもの話、ジェイル・スカリエッティは何故この分析作業を引き受けたのだろうか。

ローゼの要請が発端となったのは事実だろうが、今のような論議を招くことくらい想像がつくはずだ。管理局の重鎮の前に立つリスクまで背負って、わざわざやって来た理由とは何か。

確かトーレが俺を聖王だと認めた起因は、闇の書の主だと誤認した事だ。となると――


(元闇の書である蒼天の書を、ローゼの要請を機に分析したいのか。厄介だな……万が一、あの魔導書が本命だと言われてしまうと)


   聖地での一連の事件では常に味方とはなってくれたが、そもそも本心が読めない男ではある。俺に興味を持っているようだが、その興味の行く末は何処にあるのか。

聖地のような波乱を望んでいるのであれば、平穏な結果を望んではいないだろう。蒼天の書が元闇の書である事自体は、真実なのだ。闇の書だと言われてしまったら、どうしようもない。

そう考えてみると、ヤバイ気がする。今までの勝負事は到底勝ち目のない戦いであっても、戦いを行うのはあくまで俺だった。だが、今回は違う。


もっとも重要な局面を、ジェイル・スカリエッティ本人に任せてしまっている。勝敗は、あの男の匙加減にかかっているのだ。


(ローゼの奴、つくづく面倒な事をやってくれたな……分析結果に、俺個人の意志は反映されない。この土壇場で裏切られたら、終わりだ)


 根回しを頼めるような男ではない。万が一にでも俺がそれを口にしたら、奴は即刻俺を見限って何もかも台無しにするだろう。正義感ではない、面白くも何ともない行為だからだ。

犯罪者として忌み嫌われ、本人もまた戦闘機人を有した非合法な研究を行っている男。正義も悪もあったものではないが、唯一己が心にだけは誠実だった。

関係は決して深くはないが、自分の研究に掛ける情熱だけは本物だった。剣にかける情熱を失った俺だからこそ、よく分かる。奴は決して己だけは裏切らない。


ジェイル・スカリエッティの秤が今の俺をどう定めているのか――他人の評価で、自分の命運が決まる。


「蒼天の書の分析作業における工程については、事前に説明があったかと思われます。本日、本局から執務官殿や顧問官殿まで直々に視察に参られている。
私独自の作業工程を追加するつもりはありませんので、ご安心を」

「当然だ、お前が勝手な作業を追加する等到底許されない。立場をわきまえたまえ」


「これは手厳しい、自重するといたしましょう。"聖王"陛下から、何かご希望などございますか?」


 博士の一言により、その場に集った重要人物からの視線が集まる。どういうつもりなのか分からないが、いずれにしてもこれは最後のチャンスだった。

直接希望を言えば、グレアムに確実にバレる。かと言って変に遠回しな言い方をすれば、クロノに勘付かれる。妙な言い方をして、聖女様の不信を買ってはならない。

この機会を、絶対に逃してはならない。考えろ、考えるんだ。ジェイル・スカリエッティが裏切らないように一言、何か言うんだ。こいつにだけ伝わるように、言い含めろ。

こいつに――ジェイル・スカリエッティのような男に、自分の命運の全てを預けるような真似をしてはならない。八神はやての人生だって、かかっている。


こんな男に……


……。



……くそっ



「何も、ない」

「ほう……私に、全てを任せてもよいと?」


 ……何を考えているんだ、俺は。はやての人生だってかかっていると言うのに、何でこんな男に全部任せているんだよ。本当に、自分が嫌になってきた。

一応言っておくが、信じてなんていない。裏切る可能性は大いにある。奴が波乱を望んでいるのならば、蒼天の書が闇の書だと断定した方が盛り上がるのだ。

当然時空管理局は蒼天の書の引き渡しを要請し、聖王教会は聖遺物の引き渡しを絶対に拒む。蒼天の書を巡って両組織の関係が一層悪化すれば、聖地と地上本部の衝突は避けられない。


そうなれば、俺と最高評議会との全面戦争だってありえるのだ。


「俺は剣士で、あんたは科学者だ。自分の仕事をすればいい、それだけだ」

「……」


 クロノ・ハラオウンやギル・グレアム――彼ら以上に、ジェイル・スカリエッティが目を丸くして俺を見つめている。


ジェイル・スカリエッティに向けられる目は、厳しい。俺だって、こいつを善人だとは思っていない。しかし、俺本人も他人を悪しきざまに罵れるような男ではない。

そもそも蒼天の書が、元闇の書である事は事実なのだ。ただ改竄されて、新しい本へと生まれ変わっただけ。そういう意味では、俺だってクロノ達に嘘をついているのだ。

罪悪感そのものはない。隠し立てしているのではなく、蒼天の書は『クロノ達が探している闇の書』ではないのだ。暴き立ててもはやてがやばくなるだけなので、言わない。でも、嘘はついている。


心から信じてくれるクロノを欺いているこの俺が、ジェイル・スカリエッティに何か言える資格があるのか? 嘘をついているこの俺が、こいつに嘘をつけというのか?


冗談じゃない。俺はもう剣士じゃないが、人を弁舌で欺くような人間にまでなりたくない。嘘を強要させて、科学者であるこいつの矜持まで汚すような真似は御免だ。

剣への情熱を失ってどれほど辛いか、他でもない俺がよく知っている。もしも他の誰かに、斬りたくない人間を斬るように強要されたら、絶対に断る。たとえ殺されようと拒絶するだろう。

いざとなったら、俺が闇の書の主だと言えばいいんだ。はやてと闇の書を繋ぐ線がない以上、俺が自ら名乗り出れば信じてくれるだろう。その上で、蒼天の書の安全性を主張すればいい。


俺は、ジェイル・スカリエッティを信じない――ただ、この科学者に自分の仕事をさせるだけだ。


「分かりました。陛下のご意向通り、我々の仕事に努めさせて頂きましょう」

「スカリエッティ博士、この分析には私の秘書官であるエイミィ・リミエッタ、彼女に補佐を務めてもらいます」

「了解した。リミエッタ秘書官、よろしくお願いする」

「ええ、こちらこそ」


 保管ケースより取り出された蒼天の書が、科学分析台に載せられて解析作業が始まる。立ち会いと言っても真正面から凝視するのではない、通信画面に表示される分析データを追うのだ。

クロノ執務官やグレアム顧問官は専門外とは言え、豊富な経験を積んだ管理局員だ。正確に分析されている魔導書のデータは、彼らの目で正当に見極められている。

専門分野でもなければ、経験も積んでいない俺は、蚊帳の外だった。不正があるのかどうかも、データを見るだけでは何も分からない。結局、運命を預けるしかなかった。


正直なところ、気が気じゃない。そもそもジェイルを信じていないのだ、余計に不安が募る。何故一言でも言わなかったのか、大量のデータが表示される度に自分の選択に悲鳴を上げそうになる。


一応の救いは、蒼天の書に俺が改竄した頁が記載されていなかった事だ。アリサの顔とか出たらやばかったのだが、彼女達の頁もシュテル達の誕生と合わせて分離されたようだ。

まあ幾ら何でも、改竄された頁がそのままなんてことはないか。聞いた話だと闇の書には偽装機能があるという話だし、頁の表面くらいはどうにでも出来るのかもしれない。


「……」

「……」


 クロノもそうだが、グレアムまで何も言わないのが怖すぎる。データ見るだけで難癖でもつけてくるかと思っていたのだが、何にも言わずに真剣に魔導書の解析データを目で追っている。

ジェイル・スカリエッティと共同作業を行っているエイミィもクレームを付けず、真剣そのものだ。秘書官である彼女の能力はずば抜けている筈なのだが、必死な顔でキーを叩いていた。

それほどまでに、ジェイルの分析能力の高さは際立っているのだろう。どれほど優秀であっても、天才に秀才が並ぶのは至難の業だ。汗の量で、才能の差を少しでも補うしかない。


後はジェイルがどんな回答を出すのか――教会でこんな事を俺が言うのも何だが、結果は神のみぞ知る。



解析作業が、終わった。



「この蒼天の書は、闇の書ではありません」


「……本当か? データを誤魔化しているのではあるまいな!」

「私は教会預かりの科学者です。分析データをご所望であれば、教会に申し出て下さい。私本人は、全データを渡すことに異存はありませんよ」


 ! 闇の書ではないと、断定してくれた……!?


  分析結果を告げるジェイル・スカリエッティの表情は真剣そのもので、科学者としての顔をしていた。

味方として嘘をついてくれたのか、科学者として真実を述べてくれたのか。蒼天の書は闇の書ではない、それは事実であって真実ではない。その解釈を、あの男はどう捉えたのだろうか。

いずれにしても、これで結論は出た。分析作業結果について秘書官であるエイミィ・リミエッタも同意しており、分析作業を見聞した聖女様からも異存は出なかった。


前のめりになって分析データを見やるグレアムを尻目に――クロノは深々と、安堵の息を吐いた。


「よかった……少なくとも、君は闇の書に選ばれたマスターではなさそうだ」

「そこまで安心されると、逆に不安になってくるんだが」

「はは、ここまで協力してくれたんだ。約束通り、闇の書に関するデータを君にも連携しよう。今、ユーノに準備させている」


 よし、大幅に前進である。時空管理局が保有している闇の書の情報があれば、リインフォースや守護騎士達の暗部が確認出来る。どの程度危険だったのか分かれば、今後格段に動きやすくなる。

難事に直面した際に一番怖いのは、何も知らない事である。ジュエルシード事件でも何も知らなかったせいで、なのは達は傷つき、はやてが巻き込まれて、アリサが死んでしまった。

闇の書はもう消滅しているから、闇の書について何も知らなくていい事にはならない。重ねて言うが闇の書の消滅はあくまで事実であって、真実ではない。クロノ達は今後も捜索するだろう。


過去にクロノ達が関係する事件が起きたのであれば、尚更だ。行方不明はある意味、発見よりも性質が悪い。悪魔の証明を行うのであれば、前提となる知識は必要不可欠だった。


「……やはり、到底信じられん」

「そこまでお疑いであれば、分析データの全てを教会に求められたらどうですか」


 ギル・グレアム提督が食い下がってくるのは、容易く読めていた。簡単に諦めてくれるとは、全く思っていない。たとえ真実であろうと、この男は疑うだろう。

老害だとも、腐敗だとも、思っていない。この男の見識は決して、衰えていない。あの蒼天の書は元闇の書であることには、間違いないのだから。

加えて犯罪者であるジェイル・スカリエッティが分析を行っているのだ、疑わしく思えるのはある種当然だろう。俺も俺で、全く信じていなかったのだから。


俺がさり気なく提案すると、怪訝な顔をしてグレアムは視線を向けてくる。


「君は、この分析結果についてどう思う?」

「その質問に、何の意味があるのですか。俺は闇の書について知りません。知らない魔導書とこの魔導書を想像で比較しても、貴方の懐疑心は晴らせないでしょう。
それでも敢えて言わせてもらえば博士の分析結果を見て、クロノ達が納得したのであれば信じます。俺は、彼を信じていますから」

「宮本……」


 何で嬉しそうな顔をするんだよ、お前は。お前の方から言ってくれた言葉じゃねえか、当然のように受け止めてくれよ。

結局グレアム提督本人の疑惑こそ晴れなかったが、クロノ達は蒼天の書の分析結果を受け止めて引き上げる事となった。後日承認を得て、今回の分析結果が管理局に提供される。

クロノ達もグレアムも隅から隅まで分析データを調べるだろうが、何の問題もない。分析結果が白である以上、むしろ彼らに必死で確認して貰いたいくらいだ。

確認すればするほどに、彼らは信じるしかなくなる――この戦いは、俺達の勝利だ。


それにしても――


(……どうして闇の書ではないと、言ったんだ?)


 目を合わせずに、自問自答のように問いかける。裏切るタイミングは今しかなく、今裏切れば最高の結果となっていただろう。

正当に、俺を追い詰めることが出来たはずだ。"聖王"という確たる立場を得た今の俺にとって、今回の分析作業は明らかな隙だったのだから。


彼は、言った。


(私は、自分の仕事をしたまでだ)

(……)

("君に任された"仕事を、ね)


 くつくつと笑う博士は、いつも通り不敵で――怪しげで。


本当に、楽しそうだった。













<続く>








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