とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第五十九話






 ジェイル・スカリエッティ、ジュエルシード事件においてクローン人間を製造する計画「プロジェクトF」に携わっていた科学者。フェイトや月村すずかの製造者。

この男の処遇については非常に繊細で、聖王教会でも賛否が分かれている。ただし時空管理局と聖王教会では、ジェイル・スカリエッティに対する見方が全く異なっている。

聖王のゆりかごを保有する教会は、あの大型戦艦に関する膨大な知識を持つ彼を取り込みたい。聖王のゆりかごを危険視する管理局は、彼を聖王教会から引き離したい。


重要なのは、どの組織も刑罰を用いて処断する方針が無い事だ。彼の罪を追求するのは、組織の闇を暴く事に繋がってしまうから。


(今度は、僕から追求させてもらうぞ。これは一体、どういう事だ)

(すまん、うちのアホが余計な気を遣ってしまった)


 そしてどの組織にも所属していない俺は、問答無用で仲介役をさせられている。言うまでも無いが一番面倒で、一番厄介な役目である。余計な仕事をさせやがって。

ローゼの気遣いについて察せられないほど、俺も愚かではない。いい加減社会の仕組みくらい、少しは理解してきたつもりだ。世の中に偶然な悪意など存在しない。

こちらとしては、蒼天の書の解析作業は公正に行って貰いたい。蒼天の書が元闇の書である事を重々承知の上で、思う存分暴いてもらいたいのだ。


しかし、時空管理局は違う。蒼天の書が何の問題もない事に越したことはないのだが、闇の書であった場合でも好都合ではあるのだ。


聖王のゆりかご発見に"聖王"降臨で、聖王教会という宗教組織は隆盛を極めている。時空管理局との関係も見直す動きまで出ているのだ。

比べて時空管理局は事件の黒幕である最高評議会が暴走して、地上本部や本局まで足並みが乱れている。両者の力関係が傾きつつあり、憂慮されているのだ。


時空管理局と聖王教会との間に壁はないが、互いに組織である以上力関係は非常に重要となる。司法組織や宗教組織であっても、権力は常に重視される。


だからこそ聖王教会側に失点が出てくる事を、時空管理局側は望んでいる。陥れるような悪意はない、ただ力関係を再度傾けたいのだ。

聖遺物である蒼天の書が闇の書であれば、聖王教会の権威に傷がつく。その傷こそが、教会へと斬り込む機会となり得るのだ。


ならば、この分析作業で偽装工作を行う事だってあり得る――ローゼはその点を懸念して俺に気を遣い、人自に介入したのだ。


(気を遣ったとは、どういう事だ。あの蒼天の書に、何か問題でもあるのか?)


 ――ほら見ろ、こういう風に思われるんだよ。気を遣うという事は、気を遣わなければいけない理由が生じているからだ。クロノ執務官が見逃すはずがない。

ローゼが気を遣う理由も分かっているので、本人を攻めにくいというのも難儀だ。分析作業を行う人員に作為があれば、分析結果に偽装が入る可能性も生じてしまう。

聖王教会側は聖遺物に何の汚点もない事が望ましいが、聖王教会に所属する人間全員が同じ思想を持っているとは限らない。人間、その気になれば小銭でも裏切れる。


時空管理局という司法組織の全てが正しいと言うわけではない事は、他でもない最高評議会が証明している。管理局の頂点に立つ彼らこそが、事件の黒幕だったのだから。


彼らの資本や支援は残さず奪い取ってやったが、だからといって無力になったとまで思っていない。テコ入れを行う可能性だって大いに有り得る。

そうした意味でローゼの気遣い自体は悪くはないのだが、こちらに疑念を招くリスクも生じてしまう。せめて事前に相談すればいいのに、あのアホめ。


どうやって誤魔化せばいいのか――簡単に頭に浮かんでしまう自分にこそ、疑問が出てしまう。カレン達のせいで、口先で誤魔化すことに慣れてしまったではないか。


(お前も知っての通り、ローゼは問答無用のアホ野郎だ。あいつは、自分への封印処置を決めたグレアム提督を強く警戒している。
この蒼天の書の分析作業でも、あいつの横やりが入るのだと思い込んでしまったんだ)

(それで人事に介入したとでも言うのか。あの蒼天の書は、君とは無関係だろう)

(逆だよ。この分析作業による結果で、蒼天の書と俺との関係性を疑われると思ったんだ。あの本に何かあれば、"聖王"扱いされている俺にも飛び火する)

(なるほど、彼女のこれまでの扱いを考えれば心配するのは無理もないか。しかし、だからといってこんなあからさまな真似をされたら、余計に君に迷惑がかかってしまうじゃないか)


(だから、アホだと言っているんだ。あいつは俺が有利になればいいとしか考えていない)

(ふーむ、困った事になったな……僕としても、君を庇い立てできないぞ)


 一応、納得はしてくれた。ローゼはアホだという認識が決め手となったのは、ちょっと笑える。クロノ達も結局そう思っていたんだな、あいつの事は。

話さなかった点もあるが、基本的に嘘は言っていない。この分析作業で少しでも俺を有利にするべく、博士を招いたのは確かだからだ。露骨すぎるから困っている。

救いがあるとすれば、ジェイル・スカリエッティという特異な存在だ。あいつが俺の味方かどうかは、結局のところグレーなのだ。戦闘機人達の協力的な姿勢に基づいているだけだ。


……実際はセッテがブーメランを素振りでもしたら全員問答無用で平伏するのだが、本人達の名誉の為に黙っておこう。


「到底、容認できん。聖女殿、申し訳ないが時空管理局顧問官として彼の参画に異を唱えさせてもらう。その上で、聖王協会に対しても厳重に抗議させていただこう」

「ご気分を害されたのであれば、謝罪させて頂きます。その上で、貴方様にお伺いしたい」

「何を問われるのでしょうか」


「蒼天の書の分析員、ジェイル・スカリエッティ氏。彼の採用に、何の問題があるのでしょうか」


 ――大胆な質問である。一目瞭然としか思えないのだが、聖女様の美貌に陰りはない。神を信仰する正しさに照らされた彼女に、曇りはなかった。

聖女とまで呼ばれた彼女からの問いかけに、グレアム提督はやや鼻白む。知っていて言っているのか、知らずに問うているのか。いずれにしても不遜だった。


だからといって、面食らうような人間ではない。あらゆる戦場を駆け抜けた老提督は、堂々と異を唱えた。


「ジェイル・スカリエッティは我が時空管理局において、次元犯罪に加担した罪に問われている。再三、引き渡しを要望した筈だ」

「次元犯罪への加担に問われているのであって、明白な証拠はございません。言うならば、加担させられた容疑にかかっていると言うべきでしょう。
両者の論法は、似て非なるものです。こちらとしても、明確に理由を述べさせて頂いています」

「詭弁だ。彼の背後に黒幕がいようとも、彼が違法な研究に従事していた事は間違いない」


「人造魔導師製造計画に、戦闘機人の製造――違法な研究に『加担させられていた』容疑がかかっていますね」


 裂波の気迫で訴える老齢なる提督に対して、終始穏やかに微笑んで丁寧に受け答えしている聖女。実に意外であり、大いに納得させられた。

俺への面談は過剰なまでに歓迎されたので腑に落ちなかったが、ローゼに決定するまで今までの護衛候補は容赦なく追求して棄却していた経緯を持っている。

聖女とまで呼ばれる彼女の温厚さには不釣り合いな評価だったが、今を持って納得させられた。グレアム提督ほどの強い追求を受けても、平然としている。


聖女様の発言には、大きな影響力を持つ。彼女が怯めば、聖王教会の威厳まで損なわれる。だからこそ、この応酬には重要な意味があるのだが――


「彼は己の罪を認め、我が教会で懺悔されております。ならば聖王様の名の下に、彼の罪は教会で裁くべきでありましょう」

「引き渡しにはあくまで応じられないおつもりか、聖女殿。時空管理局の法に反すると受け取られかねない」

「ご心配は無用です。此処はベルカ自治領、時空管理局の法による正当な自治権が与えられています。聖王教会は、己が権威を持って彼を受け入れるまでの事です」

「聖王のゆりかごに、ジェイル・スカリエッティの確保――ミッドチルダの人々に、大きな不安を与える所業だ」

「ごもっともだと思われますわ。ですが、ご心配には及びません。我らには、聖王様がおられます」


「……本当に、彼が"聖王"だと思っておられるのか!?」


 全く動じていないばかりか、聖王教会にとって急所となるでしょう点にまで踏み込ませている。おいおい、グレアムにそこまで言及させて大丈夫なのか!?

俺だったら大いに狼狽するであろう、"聖王"の正体。俺が聖王であるかどうかは、水掛け論だ。虹色の魔力光とゆりかごの起動、そのどちらも実証不可能な証拠である。

俺が認められているのは、あくまで聖地で成した実績だ。実績を積んだ人間だからといって、聖王である証にはならない。こんな公式の場で、明らかにするべきではない。


雲行きが怪しくなってきてクロノも止めるべきか悩んでいたその時、聖女様が唱えた。


「勿論です、この御方こそが天の国より参られた偉大なる聖王様。それを証拠に――」

「証拠があるとでも?」

「聖王のゆりかごについて博識な彼が聖王様に忠誠を誓い、己が罪を懺悔するとまで申しております」

「なっ――」


 何だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

グレアムどころか当の本人である俺まで唖然呆然とする中、ジェイル・スカリエッティはあろう事か、


その場で、ひざまずいた。


「偉大なる聖王様、謁見に賜りまして我が罪を懺悔する身勝手をお許し下さい。私は他でもない時空管理局の最高――」

「ま、待て!? この場で何を並べるつもりなのか!」

「これは異な事を仰りますな、提督殿。私はただ聖王様に、己の罪の全てを懺悔するまで。全ての真実を明らかとすることが、我が責務。
貴方も真実を追求するべく、この場に参られたのでしょう」

「お前の告白が真実である証拠が、何処にある!」

「此処は聖域、神がおわず場。嘘偽りなど、あろうはずがない。その真実を疑うというのであれば私が信奉する神の冒涜であり、聖王教会への犯意であると受け取ります」

「私は最初から、抗議しているではないか!」


「ならば、貴方は最初からこの蒼天の書の分析作業に意味など無いと確信しておられる。貴方の立ち会いに、何の意味もありませんな」

「ギル・グレアム顧問官。貴方は何故本日、我が教会へ参られたのでしょうか。私は不思議でなりません」


「ぐっ……」


 ――何だ、この論法。恐るべき主張の組み立て方に、俺はぐうの音も出なかった。どういう頭の構造をしていれば、こんな論調を思いつくんだ。

グレアムがこの分析作業を疑問視していることは、誰の目にも明らかだ。ただしその疑問は当然であり、時空管理局には一切の非もなかった。

だがこの論調で責め立てられたら、あたかもグレアムの持つ疑惑がそのまま時空管理局からの嫌疑と受け止められかねない。神への疑問は、宗教にとってもっとも忌むべき所業なのだ。


司法組織としての正しさを、宗教組織としての正義で跳ね除けてみせた。これでは、グレアムに反論できない。なぜなら彼は組織の一員であって、代表者ではないのだから。


黒幕である最高評議会であれば、あるいは反論できたかもしれない。もしくは聖王教会に今ほどの権威がなければ、時空管理局にねじ伏せられていただろう。

だが、この現状においては違う。聖王教会にとって聖王は絶対であり、聖王への忠誠を持って懺悔を述べたジェイルは言うならば『正当なる罪人』なのだ。


神の名でもって裁かれた罪人の罪は、民衆の正義では暴けない――此処は、聖地なのだから。


「じゃあ早速、分析作業を始めてもらおうか」

「待て、まだ話は終わっていない!」

「ならば、どうぞごゆっくり別室でお話下さい。俺達は、何の異議もありませんから」


 だったら、乗るしかない。ジェイルの話術に乗せられるのは癪だが、論破してしまった以上は彼に合わせるしかなかった。

こいつ、意外と演技派なんだな。ひざまづいておきながら、きっと顔は笑っているに違いない。背中が笑いの衝動で揺れているのは、丸わかりだった。

人をおちょくることに関しても、天才的な男である。だが気になるのは、何故聖女様まで団結しているのか。聖女様からすれば、彼は犯罪者のはずだ。


これが娼婦だったら、俺は絶対に正しいのだと信じ切って任せるだろうが――彼女の真意は、相変わらず読めない。


「クロノ執務官、まさか君まで!?」

「彼が正しいとは思いませんし、彼の罪は裁かれるべきでしょう。ですが提督、僕達は――承知の上でこの場を訪れています。
此処は聖地であり、聖王教会が管理する施設。ジェイル・スカリエッティであろうとなかろうと、どうにでもなるんです。

僕は、ジェイル・スカリエッティを信じているのではない――宮本良介、彼を信じて此処へ来ました」


 ……言葉を、失った。聖女様の見事さやジェイルの悪辣さ、彼らの論調さえもひれ伏してしまうであろう、クロノ・ハラオウンの信頼。

信じているから、任せている。これほどの言葉に、反論する余地があるだろうか。どんな小癪さも、何の意味もなかった。

俺がどうすればいいのか悩んでいる間も、クロノは全く揺るがなかったのだ。なぜなら、信じているから。


神だろうと無かろうと、関係ない。他人を信じて、此処へ来ている。それ以上の正しさなんて、必要ない。


「――あいつには、敵わないな……」

「でしょう。クロノ君は本当に、カッコイイんだから」


 自慢気に語るエイミィ、彼女もまた信じている。時空管理局や聖王教会、彼らが唱える正義よりも――クロノ執務官の正しさを、信じている。

誰が勝者なのか、言うまでもなかった。













(――ありがとう、シャッハ。念話、助かったわ)

(台本を書いたのはあのメイド様ですので、お気になさらずに)













<続く>








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