とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第五十一話






 人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩く者。伝承にみえる天狗一族の長は、白髪の老人であった。

山岳信仰の深さを物語る山神である天狗の長、山伏を中心とする天狗の信仰は仏教に続く神秘観山岳信仰に結びついており、一族の頂点に立つ長は神威の域に達している。

天狗として世にあだなし、業尽きた後も再び人身を得ており、自尊心と驕慢を体現したかのような容姿。一本歯の高下駄を履いて、羽団扇を持って君臨している。


俺を睨みつける視線は苛烈そのもので、その眼光で人の命を奪える鋭さを秘めている。


「再び相見えたな、人の子よ」

「戦場での再会とは因果なものだな、天狗の長よ」


「……邪悪なる龍を率いるその器、如何にして磨き上げた。平和に濁りし日輪の国で手に入れたとは到底思えぬ」

「命短し人の時間が、俺を育ててくれた」

「ほざきよるわ。人妖融和などという夢想を唄うものが、人外魔境に飛び込んだというのか」


 無表情で肯定する。虚言を述べるのは無意味、さりとて真実を説明する間柄ではない。無言での肯定は真実とは遠いが、必ずしも否定とは為りえない。

異世界ミッドチルダのベルカ自治領、あの聖地は戦場であった。猟兵団や傭兵団、聖王教会騎士団に時空管理局、人外の怪物に戦闘機人、魔女にマリアージュ、挙句の果てに神の出現。

三ヶ月間の悪戦苦闘が、俺を鍛えてくれた。剣を捨て、剣の意欲も失ってしまったが、人として得られたものは大きかった。だからこそ、向き合える。


かつては恐怖していた山の神を相手に、同じ土俵に立てている。


「共存を唱えながら、強敵を排除するというのか」

「理想との矛盾を追求しているつもりならば、この戦争における本質を理解していないと言わざるを得ないな」

「どういう意味だ」

「お前達が見る人の愚かな歴史とは、決して繰り返されてはいない。あんたと俺との戦いは、人と人外との戦の歴史に連なるものではない。
今日此処で初めて、決するものだ。お互いの理想を背負った上で、敗北を決める。その為の戦いだ」


「人と天狗ではなく、儂とお前との宿命を決する戦――さりとて」

「お互い、部族を率いる者。ゆえに、戦争となる」


 部族同士の一騎打ち、一族を率いる者との決闘とは単純な一対一とはならない。王と王、二人の王による決闘はお伽噺でしか描かれない。現実における戦争は悲惨の一言に尽きる。

可能な限りの手を尽くして、白旗と天狗一族との戦争にまでこぎ着けられた。人と人外との決戦であれば、世界を巻き込む戦乱となっていただろう。

この構図にまで持っていくのに人脈によるコネを使ったというのだから、人とは何とも罪深い。いざ尋常に勝負と、単純に持っていければどれほど楽であったか。


だからこそ俺は、戦争の渦中でこう叫ぶのだ――ここまで導いてくれた人達に、報いるために。


「剣士として、"いざ尋常に勝負だ"」

「――人間風情が、小癪な」


 天狗が持つ羽団扇には逸話が非常に多く、聖王の聖遺物に匹敵する伝承を持っている。剣を振るう者を剣士とするのならば、風を扱うものこそ天狗であった。

強靭な腕を持って振るわれた羽団扇から、圧倒的な風量を持つ暴風が発生。空気を切り裂く音が耳に届いたその時を安穏と待っていれば、死が訪れていただろう。

天狗にとって、風とは刃である。刃をその身に受ければ、斬られて死ぬだけだ。そして剣士にとって、斬られて死ぬのは恥でしかない。


剣士に拘らずともせめて、死に方くらいは選びたい。



「リライズ」



 リライズアップ、ダブルユニゾン。2機のユニゾンデバイスによる重複融合、人身一体の理に反する精神の融合。ユニゾン事故の最たる原因であり、無謀とも言える挑戦。

可能としたのは相性の一致ではなく、正反対の不一致。烈火の剣精アギトと、祝福の妖精ミヤ。あらゆる意味で相反する二人だからこそ、人という仲介を通してユニゾン出来る。

今この場に、ミヤはいない。融合機は、アギト一機のみ。けれど、宿りし魂は複数。荒御魂と幽霊が宿った神剣、その芯は竹の刃に過ぎない代物が輝いている。


魂すら照らし出す奇跡の光ではなく、魂すら焼き尽くす紅蓮の刃として。


「"火竜一閃"」


 俺が唱えたのではない、俺の声でアギトが吠えたのだ。これぞユニゾン事故、融合機が主を乗っ取る現象。禁忌とされる事故を起こして、本人達だけが壮絶に笑っている。

俺は神様でも、聖王でもない。重複融合なんて無茶を起こせば、凡人の精神なんぞパンクするに決まっている。容易く乗っ取られて当然であった。

だが、それでいい。剣を捨てた俺なんて、剣士ではない。拘りなんてもう捨てた。師匠もそう言ってくれた。だったら、持っていけばいい。


俺に情熱がないのであれば――


「アタシが燃やしてやる! おりゃああああああああああああああ!!」

「あの龍を超える豪炎だと!?」


 業風を、烈火が斬り裂いた。ユーリ・エーベルヴァインの結界内であれば、どれほど力が荒れ狂っても世界に何の影響も与えない。世界は今も平和に、この戦争を包み隠している。

荒れ狂っているのは戦場のみ、台風の如き業風の中で烈火が暴れ回っている。風の檻で炎が荒れ狂う地獄、壮絶な渦中に取り巻き達が慌てて飛び退いた。

戦争において、一対一は非現実的。どれほど戦略を駆使しても、勝者と敗者を一人ずつ並べるのは難しい。俺とて、同じだ。

決闘を申し出ておきながら、仲間達の協力を思う存分得ている。そして相手も、剣士との勝負なんて望んでいない。


「強欲な剣士め、生意気に気炎を吐きおるわ。足元が疎かだぞ!」


 空気まで荒れ狂う戦場で、大地が鳴動する。

天狗の揺さぶり、長ではなく一族全体の秘奥義。天狗一族そのものの力が結集して、大地を根幹から覆された。

地震とは、災害である。建造物を破壊して、火災や土砂災害などを引き起こし、人的被害をもたらす。人は足場を失うだけで、容易く均衡を崩す生き物だ。

その点、天狗は翼を持っている。山を住処として、大空を戦場として生きている。天狗の揺さぶりとはすなわち、大地に住まう人を滅ぼす技であった。

魔導師ならいざしらず、俺は剣士である。剣士は足こそ基本であり、足場こそ理合である。大地を覆されれば、剣士は敗北するしかない――俺は身動き取れず、歯を食いしばる。


天狗の長は人を知らずとも、剣士をよく理解している。火の国はかつて剣に生きる国であり、侍と呼ばれる存在があった。俺の知らぬ歴史を、彼は実際に目の当たりにしている。


「認めよう、貴様は確かに成長した。だが、人は何も学んでおらぬ」

「矛盾している。人間を認めながら、お前は人を否定している」

「脅威があるがゆえに排除し、愚かであるがゆえに否定する。我らの意思は何も変わらぬ!」

「そうとも、あんた達は何も変わっていない。時代に取り残された愚か者だ」


「ならば貴様はどうだ、剣士よ。この世界は、剣士が生きる場所であるというのか。その剣は、誰に向けている!」


 お前も所詮同じであると、天狗は諌める。罵倒しているのではない、叱責しているのだ。同じ戦場で相対する者同士、同格であると彼自身は語っている。

大地が悲鳴を上げる中で、俺は唇を噛みしめる。天狗の指摘は、正しい。この剣はもう、誰にも向けられていない。俺が敵としていた大人達は、俺なんて見向きもしなかった。

天下を叫びながら、民主主義の国で生きている。一つに纏まった国の中で、天下を訴える愚挙。侍はおらず、剣士は滅び去った。刀は折られ、剣は捨てられた。

馬鹿にしていた大人達は、俺よりもずっと立派に生きている。チャンバラごっこはもう、誰もやっていなかった。遊んでいた同世代の連中はもう、大人になっている。


そして俺も剣を捨てて、剣士に拘らなくなった。ならば何故、今も剣を持っているのか――


「俺は今、お前に剣を向けている」

「人を斬ることを恐れ、人で無き我らを斬るというのか。剣の業に溺れた、浅ましき者よ」

「もう一度言うぞ」

「むっ……!?」


「俺はお前に、剣を向けている!」


 天狗の長と戦うために、剣を持っている。人と人外の融和ではなく、剣士と天狗が互いの意思を貫くべく戦っている。時代や価値なぞ、何の関係もない。

拘りはもう、捨てた。たった一人の人間として、俺は戦う。この身は剣士であれど、宮本良介という存在は人間だ。

大層な理想や御託なんて、必要ない。戦うことが今求められているから、戦うのだ。たとえ意欲なんてなくたって、戦う意味があれば戦える。


戦う価値は、此処にいる。俺と共に戦ってくれる仲間達が、ここにいる。


「我が騎士、アナスタシアよ。王道を阻み民を苦しめる古き者達を、成敗しろ」

「畏まりました、我が主よ」


 その場にいた誰もが、目を見開いた。鳴動する大地に、足場はない。ならばどうするのか――聖騎士は『空』を蹴ることで、その答えとした。

空中を蹴り、大地の上を駆けて、空の怪物を斬り裂いた。風が襲いかかれば風を切り、岩が押し寄せれば岩を切り、羽根が迫り来れば羽根を切る。そして、天狗の悲鳴さえも斬り裂いた。

天狗一族全体の大技であれば、一族の数が減るにつれて効果も衰える。天狗一族の秘技とは恐れ入ったものだが、一族が乱れれば技の統一は行えない。


聖騎士の極技に人外の強者が恐れ戦く中で、山神である長はどこまでも冷静であった。


「若き女人の身でその剣技、恐れ入る。美しきその技に対し、儂も全力を持って応えると――」

「何度言わせる。俺はお前に、剣を向けているぞ」

「ふん……足腰立たぬ身で、ぬけぬけと言いよるわ」


 鼻息荒く長が駆け出そうとしたその時、進路上に剣をぶら下げて俺が立ち塞がる。地震の影響は酷く、足が骨に至るまで軋んでいる。天狗は、見抜いていた。

奴が聖騎士に目を奪われていたのは、俺はもう戦えないと認識したからだ。全く持って、正しい。神速どころか、駆け出すのも困難だ。

足が弱った剣士なんて、もはや敵どころか無害そのものだ。いつでも殺せる敵なんて、獲物でしかない。だからこそ、人は愚かだと奴は言うのだろう。

山の神は、偉大であった。その点は認める。もとより実力で勝てる相手ではないことは、承知している。


「あくまでも儂を敵というのであれば、儂もお前を敵として認めよう」


 敵と認められたのであれば、奴は確実に俺を殺すだろう。神速は使えない、アギトでは奴を超えられない、俺自身では勝てない。

人魔一体、ネフィリムフィストは無駄。聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトがどれほど達人であろうと、足腰が立たない剣士に取り憑いては技が出せない。

母体がガタガタであれば、聖王技は体現出来ない。アリシアは論外、精霊にまで昇華しても山神相手には無謀だった。格の違いは明白である。


まさかここまで追い詰められるとは思っていなかった――筈はない。元より、自分の実力は自分が分かっている。



  「竜の息吹」



 ――大地の鳴動が、止んだ。

現実とは時に、お伽噺よりも美しい。どれほど圧倒的な暴風も、どれほど苛烈な烈火も、どれほど荒々しい地震であろうと。


少女の拳一つで、静まり返る。


「なん、だと……!?」


 静まり返った戦場で、大地に刺さった拳が引き抜かれた。誰が信じられるというのだろう、あんな小さな拳で極地地震が収まったなんて。

聖騎士の活躍で混乱していた天狗達でさえも、唖然呆然としている。天狗一族の技が、拳一つで制圧された。

本当に、愚かである。そもそもの話が、間違えている。俺が戦場に立って剣を振るっているのは、仲間達の為だ。仲間達の居場所を守るためだ。それは、私情なのだ。


では俺は今、何の立場で指揮を取っているのか。この戦争を行ったのは、誰なのか。



天狗は一体何に、宣戦布告をしたのか。



「剣士さんを、傷付けましたね?」



 夜の一族の王女――月村すずかが、指を鳴らした。













<続く>








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