とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第四十二話






 シュテル達の身元はどうにかなりそうだが、守護騎士達の身元を説明するのは難しそうだった。ローゼのように身元保証するには、爆弾を抱えている事を明らかにしなければならない。

夜天の魔導書が闇の書へと変貌したのは恐らく、悪意ある改竄が行われたからだ。シュテル達と守護騎士達との認識の違いから、双方の知識を比べ合わせれば明白となった。

つまり守護騎士達に責任そのものはないが、魔導書のプログラムである以上、本体に問題があれば時空管理局は強硬な手段に出る可能性が十分にある。


ただリスクこそ伴うがいっその事、事実を明らかにして思い切った手段に出る手もある。魔導書本体は聖王教会に保管されているのだ、教会に事実を説明して身元保証をしてもらう事も出来る。


問題は時空管理局を蔑ろにしているという点だ。ローゼやアギトについても、クロノ達の理解をかろうじて得られたからこそ聖地に乗り込めた。彼らを飛び越えてまでやっていいものか悩む。

時空管理局に所属している以上、クロノ達は最高評議会やグレアム提督達との繋がりを絶てない。そのどちらも、守護騎士達に対して理解を示すとは到底思えなかった。


一晩考えてみた結果、俺が出せた結論はきわめて凡庸なものだった。


「現状報告がてら、クロノ達と話し合って来る」

「アタシらの事を話すつもりか?」

「その一歩手前だ。聖王教会に保管された蒼天の書について、見解を伺ってみる」


 人間地道が一番、半年以上に亘って苦労した俺なりの結論だった。早道や近道は天才にだけ通れる道であって、楽をしたい気持ち一つで歩める道ではない。だいぶ、痛い目を見たからな。

結局、正答や王道が見つからなかった。名探偵にはなれないのであれば、足を使って駆け回るしかない。いい考えが思い浮かばないからといって、奇策に出ればいいというものではない。

自分に対するリスクは恐れないが、仲間達にまで迷惑がかかるのであれば話は別だ。強行すれば確実にしわ寄せが来る、あくまで堅実に物事を進めていこう。

自分が凡庸かどうかは分からないが、少なくとも天才と言い切れる仲間達が多くいる。彼らが力となってくれれば、俺はどんな事でも成し遂げられる。


そんな俺に出来ることは、力となってくれる家族や仲間達を守ることだけだ。剣士は常に、自分の武器の手入れは欠かさない。


「地道な道筋ではあるが、堅実で悪くはないと思う。我々としても、蒼天の書について管理局側の見解が気がかりではあったからな。
すまないな、宮本。お前には、迷惑をかける」

「聖地の活動では、のろうさやザフィーラには世話になった。今後とも協力を仰ぐ上で、当然のことだ」

「でしたら、クラールヴィントを持っていって下さい。細工は施しておきますが、アームドデバイスなので管理局側にもさほど警戒はされない筈です。
聖地ではずっと貴方が装備していましたし、この子も貴方の補佐を望んでいますから――近頃、私に反抗的で困ります」


 珍しく恐縮するシグナムに、俺は黙って首を振る。そもそも俺は自分一人でこの一件を解決できるとは思っていない、俺一人に感謝されても逆に困る。皆で解決していこうではないか。

クラールヴィントも、そうした力の一つだ。指輪なんぞ女の飾り物くらいにしか思っていなかったのだが、今ではつけていないとなんだか不安にさせられる。

リニス達教育者からの修行装備に加えての、補助デバイス。自分自身がなんだか雁字搦めになっている感じもするが、いざという時に力となってくれるので外せなくなった。

快く自分のデバイスをレンタルしてくれたシャマルではあるが、デバイス自身には最近冷遇されているようだ。他人の指に馴染んでいるのは、確かにどうかと思わんでもない。


「時空管理局との重要会議となれば、頭脳が求められるでしょう。私の出番ですね!」

「向こうだって、頭いい人ばかりでしょう。ボクのようなひらめきが求められると思うな―!」

「いざとなれば、時空管理局との全面対決が予想されます。何かあった時、お父さんは私が全力で守ります!」


「ふふふ、お前達にはすまないが、今日父に求められているのは我だ!」


 朝食を作っていたエプロン姿のディアーチェが、どうだと言わんばかりに胸を張っている。ユーリ達から悲鳴が上がる中で、本人は実に得意げだった。事実なので、俺も黙って首肯するしかない。

一応言っておくが、我が子達の中で序列があるのではない。聖地の事も当然話題に出るのは間違いないので、俺の留守を預かっているディアーチェに出席してもらうだけだ。

今回の会議は入国管理局内で行われるので、護衛チームは館内周辺の警護。管理局が関係する施設なので、表立って聖騎士や騎士団は活動できず、護衛として妹さんが警護につく。


ちなみに今日、ディアーチェの他にナハトヴァールも連れて行く事になった。留守番となったシュテル達も、納得するしかない理由がある。


「ナハト、元気にしていましたか!」

「リーゼ!」


「ああ、こんなにやせ細って……よしよし、お父さんにいじめられたのですね。一緒に帰りましょう」


「何処へ帰るんだよ、おい」

「仮にも時空管理局員が、虐待の事実捏造はやめなさいよ」


 管理外世界へ左遷されたとはいえ、俺のホームグラウンドだ。クロノ達のその後の動向を伺うのは、当然と言える。その為にもっとも適した監視役が、白旗に所属するリーゼアリアだった。

時空管理局のエリート局員であり、グレアム提督の右腕とも呼べる存在。聖女の護衛が正式に決まってグレアムが撤退した後も、本人の希望もあってリーゼアリアは今も白旗に属している。


グレアムは俺への刺客として送り込んだのだろうが――


「感動の再会はいいけど、間もなく会議の時間だぞ」

「ナハトヴァールにお土産のおもちゃを買ってきました。私がナハトヴァールの面倒をみますので、アリサに全部お任せします」

「全部ってあんた……一応言っておくけどあたし、良介の全面的な味方よ」

「どうぞ、ご勝手に。私はナハトと遊んでいます」


 立場上敵対している関係なのだが、心底グレアムに同情してしまう。エリート局員をここまで堕落させた罪悪感に、苦しめられる。本当に申し訳ない事をしてしまった。

出世コースを歩んでいた女エリートの堕落なんて週刊誌程度のゴシップだと思いこんでいたが、実際目の当たりにすると痛々しくて見てられない。どうしてこうなったのか。

グレアムの悲願なんぞ知ったことではないと言わんばかりに、よちよちとナハトを笑顔であやしている。闇の書の話をする上であいつがいないのは実に好都合なのだが、いいのかな――


何にしてもロストロギア関連に目を尖らせているグレアムに気取られないのは、都合がいい。リーゼアリアが今遊んでいる子だって、闇の書から生まれた子供だからな。


「リョウスケ、メガーヌから話は聞いたわよ。養子縁組の件、ようやく了承してくれたのね。あの子達のお兄さんになってくれてありがとう!」

「話を勝手に進めないで、クイント。リョウスケ君は、うちのルーテシアちゃんのおにーちゃんになるんだから」


「……もうお前の弟でもいいよ、俺は」

「冗談でも勘弁してくれ。母さんがその気になったらどうしてくれるんだ」


 美人ママ候補さんが睨み合っている中、溜息混じりに提案するとクロノが本気で嫌がってくれやがった。一応提督殿を見やると、いい案とばかりに微笑んでいる。本気にされると三すくみになってしまう。

とは言え世界を管理するプロの局員達、時間が来れば立場を弁えて会議室に出席する。変わらず議長はリンディ、合同チーム代表として同列にゼスト隊長も座っている。

本人の顔色を窺うが、その後レジアス中将に関して苦悩の色は見えなかった。分かり合うまでとことんやればいい、未熟な俺の気付けでも発破にはなったようで安心した。


まず議長は、聖地の代表者としてディアーチェの紹介を行う。本人も堂々たる姿勢で、俺の後継者として名乗りを上げた。


「どうしてこんな覇気のある子があんたの後継者として収まっているのか、心底不思議だわ」

「父は偉大な御方だ、我ほどの王であろうと父の代役が務まるのか疑問に思うその気持ちは理解できる。父は局内でも良き理解者に恵まれているようで安心したぞ、うむ」

「何でだか知らない間に、あんたの理解者にさせられてる!?」

「自己を常に高みに置く姿勢は、宮本によく似ているな……」


 嫌味を言ったつもりなのになぜか真摯に返されて、度肝を抜かれているエイミィさん。その隣で肩を落としているクロノが、なんだか笑えてくる。苦労をかけます。

その後俺が留守中の聖地の様子を、ディアーチェが物語る。やはり懸念材料は魔龍と龍姫の処遇、異教徒達の信仰、聖王のゆりかごの存在――そして時空管理局との、今後の関係。

人々の不安の影は"聖王"の威光に照らし出されて消えており、聖地の治安は聖王騎士団と聖地在住の白旗が連携して守っている。猟兵団と傭兵団の関係者達も、贖罪として聖地の守りに努めている様子。


俺の不在は、このディアーチェが埋めてくれている。元より王の器のある覇道の申し子、そのカリスマ性は絶大であった。


「今のところ穏便に事を進めておるが、時空管理局地上本部からの干渉が日々強くなってきておる。こちらとしてもこれ以上口出ししてくるのであれば、思い切った手段に出なければなるまいよ」

「最高評議会の暗躍と、レジアス中将の台頭か」

「聖王のゆりかごについて、マスメディアを通じて生意気にも公然と批判しておる。奴らめ、どうやら聖王のゆりかごについて詳細を調べておるようだ」

「危険な兵器であることを立証して、聖王教会への圧力を強める腹か……局側としての意見は?」

「聖王のゆりかごにおける対応については、むしろ僕達は聖王教会側の判断を求めている。厳重な管理を訴えてはいても、一度は起動が確認されたロストロギアだからな」

「ユーノさんが調査資料として教会だけではなく、管理局側からも求める動きを察知されたようなの。私達としてもゆりかごの詳細は知っておきたいところだから、ジレンマね」


 クロノとリンディの見解はごもっともで、俺としても反論の余地もなく悩ましい。聖王教会の威光を利用している立場だが、クロノ達にも普段世話になっているので邪険にも出来ない。

どの問題も難しいが、特に聖王のゆりかごは俺としても扱いには大変困っている。危険な兵器である事は調べるまでもなく分かっている、聖王オリヴィエの伝説が如実に物語っているのだから。

当の本人が荒御魂になってまで世界に復讐しようとしている以上、世界を破壊するだけの力があったのは間違いない。伝承が確かだったからこそ、彼女は変わりなき世界に絶望したのだ。


聖王のゆりかごは取扱い方次第で、荒御魂を暴走させる危険があった。今は、竹刀の中でアリシアが嫁として姑を介護してくれているけど――それもそれで、謎に満ちた関係ではある。


「王となった父がいるのだから、あのような歴史の遺産になんぞ頼る必要はあるまい。父の代理として、我が毅然と対応してみせようではないか」

「ふっ、実に立派な娘を持ったな。教会や管理局のしがらみに惑わされない、公明正大な正義感だ」

「君の代理として彼女が責任を果たしてくれるのであれば、我々としても安心できる」


 自分が褒められている訳でもないのに、娘が賞賛されているのを見るとなんだか気分がいい。不思議な感覚ではあるのだが、これまた不思議と違和感もなかった。

ディアーチェの主張は単なる王道だというのに、正論に匹敵する力強さがあった。ゆりかご発見や起動に一喜一憂するだけの教会や、ロストロギアに右往左往する管理局より、よほど頼もしい。

ゆりかごには依存せず、さりとてゆりかごの価値を否定しない。教会と管理局との間で中立を図るのであれば、それこそ王道を歩む気概が必要だろう。

地道に歩むだけの俺とは違って、ディアーチェは堂々と王道を歩んでいる。天才とはまた違った、王としての生き方だった。

周囲から賞賛を惜しみなく浴びながらも、父の娘だから褒められているのだと言わんばかりに俺を誇り高く見上げる娘が愛おしい。頭を撫でてやった。


「時空管理局として、聖王のゆりかごの存在に懸念を抱いていることはよく分かりました。
それほど神経を尖らせているのであれば、ゆりかごで発見された魔導書にもさぞ興味がお有りでしょう」


 娘にいい子いい子している俺の横腹を、アリサは無造作に小突いた。魔導書の事を提言する絶好のタイミングを逃すなと、無言で叱られた。うぐぐ、迂闊にも気付かなかった。

確かにロストロギア関連の話題が出たのであれば、これほど絶好の機会はない。アリサは流れを読み取って、違和感を感じさせずに魔導書の件を持ち出してくれた。相変わらずいい仕事をしてくれる。

発見された魔導書と聞いて、クロノ達は顔を見合わせて沈黙する。やはりこいつらにとっても、注目すべき点だったのだろう。ここは是非とも、管理局側の見解を伺っておきたい。


――ところが。


「宮本、率直に聞くが」

「な、何だよ……?」


「あの魔導書は本当に、聖王のゆりかご内で発見されたのか」


 ――何故そう思ったのか、問い詰めたい衝動が喉元までせり上がってきた。疑問に疑問で返したら肯定したのと同じだ、世界会議で迂闊な反応をする恐ろしさを痛感させられている。

クロノ達が疑問に思ったからには、何か彼らなりの判断材料があるはずだ。つまり時空管理局は蒼天の書、もしくは原典である闇の書について何か知っているのかもしれない。

一番聞きたかった点はまさにそこなのだが、剣士だからといって急所ばかり狙ってはならない。急所狙いだと見破られたら、殺意に気付かれてしまう。敵とならないように努めなければならない。


かつて剣士として敵に恵まれた人生を覚悟していたのに、今ではその覚悟は何処へ行ってしまったのやら。軟弱になったのではないと、思いたいが。


「俺に聞かれても困る。ゆりかご調査に行った時は、お前達に話した通りの惨状だったんだ。当時、あの場所にあったとしか言いようがない」

「ふむ、確かに"例の魔導書"ならば自律行動も行える。たまたまゆりかご内で発見されても、不思議ではないか」


 怪しまれずには住んだが、逆に怪しいと思える発言が飛び出した。クロノにしては迂闊だと一瞬思ったが、考えてみれば俺達は敵ではない。むしろ俺が構えてしまっているのが問題だ。

気心の知れた関係であれば、隠し事なんぞする必要が無いのだ。俺だって守護騎士達の件がなければ、こうして警戒せず情報共有が出来ただろう。

シグナムが今朝謝っていたのは、俺の立場が複雑なものとなってしまう謝罪の意味もあったのか。気にするなとは言えないだけに、何ともいい難いものがある。


ややこしい立場に立たされてしまったが、こちらか一方を選ぶ必要はない。この件については、あくまで中立の立場で調整すればいいのだ。


「あの魔導書について、あんた達は何か知っているのか」

「――確証はないのだが、僕達が永きに渡って行方を追っていた魔導書に似ているんだ」


 ……クロノ達が、追っている? やばい、ひたすら面倒な予感がしてきたぞ。


「お前らが追っている事と、ゆりかごからの発見された事への疑惑とどう結びつくんだ。似たような本なんていっぱいあるだろう。そもそも書名もなかったんだぞ、あの本」

「聖王教会はあの魔導書を聖遺物としているが、本の内容について聖王教会は君に報告を上げていないのか」


 ま、また返答に困ることを聞きやがる……クロノ達から見れば当然の疑問なのだが、俺からすれば突っつかれたくない疑問である。

聞いていないと言えば、聞かされていないと勘ぐられる危険がある。教会も知らないと言えば、疑惑を深めるだろう。さりとて知っているという訳にもいかず――うむむ。

悩んでいると、今度はディアーチェがくいくいと剣道着の袖を引っ張る。何だ、一体――あいたっ!


「実を申しますと、議題に上がった魔導書について良介から報告があるんです――そうですよね、ご主人様!?」


 豪快に脇腹を肘でえぐりながら、凶悪な笑顔でアリサははよ言えと発言を促した。なになに、俺に何を求めているんだ!?

魔導書に関する報告と言われても、何を言えばこの場が収まるんだ。クロノ達は明らかにあの魔導書について疑惑を抱いている。この疑惑をどうやって回避すればいいんだ。

アリサの目が険悪に歪む中、袖を引くディアーチェが徐々に不安そうな顔になっている。いつも自信に満ちたディアーチェが不安になる理由?

そんなの、親子の問題くらいしかありえな――あ!?


す、すまん、アリサに我が子達……すっかり忘れていた!


「すまない、お前達に報告するのが遅くなってしまった。実はこの魔導書については、先程話題に上がった親権問題とも大いに絡んでくる」

「? 君の親権問題と、魔導書がどう関係すると言うんだ?」


「実はこのディアーチェを含めて、俺の子供達は――あの魔導書から生まれたんだ!」

「な、何だと!? じゃ、じゃあやはり、君が闇の書の主として選ばれたのか!?」


「……」

「……」


「え?」

「え?」



 ――意外と、溝は深かった。













<続く>








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