とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第四十話






「お前らの世界のガキ共は、常に脱走したくなる衝動にでも駆られるのか」

「ママ〜、わたしのおにーさんこわいー」

「見つけてくれてありがとう。兄妹の感動の対面ね」


 すっかり迷子収容所と化した入国管理局へ、メガーヌの拾い子を引っ立てた俺達。襟首を掴んで連行した経緯に本人から文句を言われるが、生憎とレディに対する気配りが出来る英国紳士ではない。

待ち合わせ相手だったメガーヌは特に驚きもなく、我が子を連れた俺達を歓待。普通心配の一つでもしそうなものなので、案外出来レースだったのではないかと邪推してしまう。

クイントの拾い子達も脱走による経緯で知り合ったのだ、対抗したのだと考えるのは穿ちすぎだろうか。実際脱走した本人も平然とした顔をしているのだ、追求はしないけど。


とは言え一人で街中を出歩いたのだ、メガーヌも親の責任として我が子に注意した上で改めて紹介となった。


「この子が私の子供、"ルーテシア・アルピーノ"よ。ルーテシア、この人が貴方のお兄さん。そちらの女の子が……えーと、兄の子供になるのだから――姪のユーリちゃんよ」

「よろしく、ユーリ。なかよくしてあげるね」

「ふんぞり返ってる!? お父さん、なんというか私の方がお姉さん的な感じになるのでは!」


「分かるぞ、その気持ち。何しろ十代の男が、年頃の娘さんにお父さんと呼ばれているのだからな」

「娘に対しても、切れ味のいい切り返しですね!?」


 メガーヌ・アルピーノの遺伝子情報で造り出された少女、ルーテシア・アルピーノ。優れた魔導師の遺伝子情報から、言わば人造魔導師を造り出す研究成果がこの子だった。

時空管理局の最高評議会が違法性の極めて高いこの研究を支援する理由は、聞かずとも薄々察せられる。次元世界はとにかく広い、全ての世界を法で管理するには人手が足りなさ過ぎる。

まして才能ある魔導師を発見、もしくは育成するのもコストがかかるのだ。ならば、自分の手で一から造り出せる研究の方が確実だと思い切ったのだろう。


考えてみれば、俺は組織運営する上でその手の苦労は経験していない。俺の隣に座ってオレンジジュースを注文する、この可愛い魔導師のような子達が協力してくれたからだ。


「一応聞いておくが、その子の名前がルーテシアなのは最初からなのか? それとも、あんたが名付けたのか」

「前後関係を疑問に思っているのなら、それが違うと言っておくわ。この子は、私が名前をつけたの」

「なまえもない、かわいそうなひげきのびしょーじょだったの。むねにキュンときたかな、おにーさん」


「こいつのこの軽い性格も、お前の教育の賜物か!?」

「私がママになると申し出たら、なんだかはっちゃけちゃったの」


 自分には親がいないのだと諦めていた矢先に、綺麗で優しい女性が母親を名乗り出た。孤児からすればさぞ嬉しい出来事だったのだろう、生来の明るさを取り戻したという訳だ。

もしも俺やデブ達にも本物の両親が名乗り出ていたらどうなっていたか、考えてみる。何かが変わっていたのか、それとも何も変わらなかったのか。不幸に甘んじていなかったので、分からない。

ルーテシアがどういう境遇だったのか想像するのも嫌だが、本人が今明るく生きていられるのならそれに越した事はない。生意気なのも逞しい証拠だろう、目を瞑る。


可愛げがないどころか、ありすぎるのもまた問題ではあるけれど。


「この子の前で聞くのも何だが、どうしてルーテシアの名をこの子に名付けたんだ」

「この名前は貴方と私を家族として結びつけた祝福であり、聖地で育んだ絆を意味する聖名よ。私はこの子に、貴方のような素敵な人間関係を築ける子になって欲しいの。
素敵な人と巡り合える奇跡を与えられる事を、願って」


 ――偶然だと、一笑出来なかった。注文した冷たいオレンジジュースを美味しそうに飲んでいるこの子も、奇跡によって授かった娘だったからだ。

本来ならば決して巡り会えなかった異世界の人達と出会えたのも、多くの偶然が幸いにも与えられたからだ。神だの何だのは信じないが、まぎれもなく俺は恵まれていた。

メガーヌはその出会いを祝福として、娘に喜びと共に与えたのだろう。恵まれた人間関係を自分のものとはせず、我が子に授ける。


剣に拘っていた自分だからこそ分かる、彼女の美点であった。剣を捨て、剣士であることに拘らずとも、誰かに授けるなんて真似は俺には出来ない。


「クイントから聞いているわ。ギンガちゃん達を、貴方の妹として認めてくれたそうね。正式に、養子縁組を決めたのかしら」

「此処は俺の縄張りだからな、異世界で生きていく苦労は俺もよく分かる。面倒くらいは見ると、約束しただけだ」


「だったら、問題ないわね。私達と家族になりましょう」

「ちがつながってないなら、ごーほーだもんね」


「このポジティブさは、絶対親子だろう!?」

「血が繋がってなければ、合法になるんですね!」


 ユーリは何故か目を輝かせている、さすが俺の娘らしいアホな子だった。いい加減、親権問題は片を付けるべきかもしれない。ややこしくて仕方がないからな。

ベルカ自治領を管理する聖王教会では、意見は真っ二つに分かれている。"聖王"に身元は必要ないという意見と、"聖王"となった代表者に正式な身元が必要だという、正反対の意見だ。

神を冠する理想論であれば前者、人を重んずる現実論であれば後者。教会だからこそ分かれる意見というべきだろう。神を絶対とするからこそ、神の取り扱い方に悩んでいる。


天秤が釣り合っているのであれば、俺が決断すればそちらへと一気に傾く。つまり、俺の意見が今後を決めるという訳だ。自由には責任が伴う、良い例である。


「申し出ている私から言うのも何だけど、今後ミッドチルダで活動していくのであれば身元は必要になると思うわ。
今は聖王教会が貴方の立場を保証してくれているけれど、あくまで貴方が"聖王"であることを前提とする立場よ」

「打算ありきだというのは、よく分かっている。だからこそ今、意見が2つに割れているのだろう。
管理外世界を天の国と称しているのも、聖王教会としては都合が良いからな。探りようがないし、他勢力からの干渉も行えない」


「管理外世界については、時空管理局側からも法の整備に苦慮しているのが現状ね。文化や価値観の違いもそうだけど、経済や政治的事情も複雑に絡むから」


 地球からすれば宇宙人との遭遇に等しいからな、異世界なんて。俺だって異世界に馴染んでいるのではない、面倒見の良い連中だったから理解し合えただけだ。

管理外世界を複雑怪奇と位置付けているのであればこそ、身元を不明とするのはある種の安全策となり得る。立場を明確にしてしまうと、立ち振舞い方に制限が生じてしまうからだ。

社会人からすればそれが責任だというのであろうが、立場が神であれば誰でも悩むだろう。俺だって本当は嫌だけど、ローゼ達の事がある。あんなアホでも、恩があるからな。


ここ日本でも今の俺は単なる、孤児院からの脱走者だ。浮浪者だと言い切ってしまってもいい、特に仕事も学業にも励んでいないからな。


「へーきだよ、わたしがえらくなってめんどーをみてあげる」

「ほほう、具体的に言うと?」

「おみずのせかいですよ、いやん」


「こいつ、一人で生きていけるんじゃねえか?」

「この世界に馴染んでもらおうと、色んな本を見せたのは教育上良くなかったかしら」


 絶対週刊誌とか読んでいるぞ、こいつ。入国管理局にはその手の雑誌も、確か待合室にあったからな。学習能力の高さも、人造魔導師ならではの才覚なのか。

大人の会話となってしまったので一旦保留にして、食事を注文して囲む。家族団欒はこの場にいる誰もがあまり経験していないことだ、手料理ではなくても堪能できる。

ユーリ相手には少し恐縮していたようだが、姪だと分かってルーテシアはすっかり叔母さんぶっている。姪っ子扱いされて困り果てているようだが、それでもユーリは談笑していた。


自分の子供が人と仲良くする光景を見て、幸せを感じない親はいない。


「ユーリちゃん、可愛いわね。こんな子が、国家戦略級兵器を正面から受け止めたとは信じられないわ」

「痛かったの一言だったからな。我が子ならば、逞しいもんだ」

「貴方が親権について悩んでいるのは、あの子達の素性が絡んでいるからでしょう」

「……」


 ――食後のお茶を飲みながら、メガーヌが核心に触れた。俺という人間を理解しているからこそ、俺の悩むが何なのか察している。捜査官としての当然のスキルに、舌打ちしそうになる。

家族の問題を取り上げられてしまうと、ユーリ達の素性をどうしても明るみに出さなければならなくなる。俺の身元を確かなものとするには、俺の子供達も確かな身元としなければならないからだ。

ストリートチルドレン、大世界の路頭で生活している子供達。時空管理局や聖王教会が総力を上げても身元が判明しないとなると、別の疑惑が生じる危険性があった。


戦闘機人、人造魔導師――ユーリ・エーベルヴァインの実力は、破格に過ぎる。前代未聞の強さを持つ能力者、疑惑を持つには十分すぎた。


「正直に言うと、私達も若干ユーリちゃん達の素性は疑っているの。良い子達なのは分かっているのだけれど、どうしても私達は人の善し悪しだけで判断できないから」

「勘ぐられるのは、当然だ。追求されないだけでも感謝はしている」

「あの御三方がユーリちゃん達を迎えたいと申し出て下さっているのは、そうした疑惑を考慮しつつも彼女達自身を思っての申し出だと思うわ。あの子達を思うのならば、決断するべきよ」


 メガーヌ・アルピーノの話は、誠意に満ち溢れていた。先延ばしにせず、今この場で決めるべきだろう。いい加減、あの子達の為にも有耶無耶な態度は出来ない。

三役の方々は、信頼できる。個人的な信条で抵抗こそあるが、メガーヌやクイントは理想的な両親だ。この世界と異世界を両立するのであれば――


身元は、確かなものとした方がいい。決めた、少なくとも俺は今後自分と家族を確かな身元とするべく行動していく。


その上で、申し出を受けるべきか考える。身元を保証する提案を飲むのは簡単だが、問題がある。言わずと知れた、ユーリ達の素性だ。幾ら何でも秘密のままには出来ない。

法術については問題ない、クロノ達が既に知っている。彼らが知らないのは、八神はやてが保有する魔導書の存在だ。夜天の魔導書から、ユーリ達が誕生した。この点がネックとなる。

シグナム達には絶対に魔導書の存在を口外しないように、口止めされている。彼らとの協定は、破れない。しかしながら、現状は今改善されつつある。

あの魔導書は今、聖王教会預かりとなっている。夜天の人の努力によって、状況が改善された。交渉するべき余地は、生まれているのだ。


だったら白旗のリーダーとしてヴィータ――のろうさ達やユーリ達を預かる俺が、管理局や聖王教会と交渉するべきだろう。


「分かった、申し出を受ける」

「本当に!? 今更嫌だと言っても遅いわよ、今日から家族皆で一緒のお布団よ」

「極端すぎるわ!? ただし、手続きは待ってほしい。察しの通り、ユーリ達の素性はやや特殊なんだ」

「力になれることがあれば、なんでも相談にのるわよ」

「相談しづらい点だと、理解してくれ。それに今俺自身、手続きされるのはまずい。クイントから話は聞いているかもしれないが、今俺は命を狙われている。
あんた達が介入できない、この管理外世界での問題だ。この問題を抱えたまま養子縁組の手続きをすると、多分問題ありとみなされるだろう」

「……そうね、ただでさえ管理外世界の子供となると査定は厳しくなる。気を悪くしないで聞いてほしいのだけれど――」

「法の外にいた人間だ、戸籍の取得が厳しくなるのはよく分かる。得体の知れない異世界人だからな」


 "聖王"という立場なら鶴の一声で押し切れるとは思うが、権力によるゴリ押しは現状ではまずい。龍族や異教徒達、時空管理局の最高評議会といった、外部勢力に狙われているのであれば特に。

外交問題が絡んでくると、話は政治的にもややこしくなる。加えて管理外世界では、人と人外との戦争にまで発展しかけているのだ。

味方が着実に増えているのは確かなのだが、味方が増えるに連れて敵まで増えてきている気がする。どうしてこうなったのか、俺としても頭が痛い。


ただまあ、養子縁組の話が前向きに進んで、涙ぐんでいるメガーヌを見ると、俺としてもこれでよかったとは思える。


「おにーさん、おにーさん。わたしもいっしょに、いきたい!」

「突然何言い出しやがるんだ、この小娘」


「かわいいめいとあそびたかったのに、ことわられたの。おにーさんがかいがいりょこーに、いくって!」


「何故、こいつに言った!?」

「ごめんなさい、泣かれそうになったもので!」

「海外旅行……?」


 ――ぐっ、知られてしまった。メガーヌに詰め寄られて、俺は渋々白状する。



「戦争に行くんだよ」













<続く>








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