とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第三十三話






 試合は理法を全うしつつ、公明正大に試合を行い、適正公平に審判される。よって試合規定で定められた方法により行い、勝敗を決する事を原則とする。

試合は、3本勝負を原則。試合時間は10分を基準として、延長の場合は5分を基準とする。主審が有効もしくは試合中止を宣告した時、試合再開までに要した時間は、この時間に含まれない。

時間内に勝敗が決しない場合は延長戦を行い、先に一本取った者を勝者とする。ただし判定や規定による勝敗、時には引き分けとする事もできる。


判定により勝敗を決する場合技能の優劣を優先、次いで試合の態度の良否によって判定とする。


「――俺とデブの性格を把握した上での規定だろう、これ」

「当然でしょう。幼少期の貴方達は熱くなったら、相手の身ぐるみを剥いでまで奪い合いをしていたのだから。規定で定めておかないと、泥沼化するわ」

「それとデブが俺に勝った場合、お前を紹介してほしいとの事だ」

「今更紹介なんて不要だと思うのだけれど、あの子や貴方の希望は理解しているつもりだからかまわないわ」


 禁止行為事項として禁止物質を使用もしくは所持、または禁止方法を実施する事とする。審判員に対して、非礼な言動をする事も禁則事項に含まれる。

禁止行為を犯した者は敗北として相手に2本を与えて、退場が命じられる。退場させられた者の既得本数や既得権は一切認めない。不正が発見された者は、その後の試合を継続することが出来ない。

ただし今回は異種格闘技戦である為、有効打突においては充実した気勢、適正な姿勢をもって、相手の有効部位を正しく打突して、残心あるものとする。


この有効打突の決定は、2名以上の審判員が有効打突の表示をした時に決する。


「当人同士では決められないのか」

「理由は、先程と同様よ。貴方達、徹底的に打ちのめすまで絶対にやめないから」

「なるほど、だから3本勝負としたのか。1本だと偶然だと言い張る事も出来る」

「意地を張られても困るから、偶然の要素が入らないようにこちらも徹底しているわ」


 審判に従事する者は審判長と審判主任、審判員を構成とする。審判員の選定は夜の一族が行い、原則としてお互いの関係者の選出は許されない。

白旗の関係者は歴戦の勇士が多く、この手の試合には公明正大に審判を行うだろうが、身内からの選定を認めないのは当然なので文句は言わなかった。デブからも、この点について異議はない。

審判の構成は後に通達があったが、本当に俺やデブが全く知らない人間ばかりだった。ただし身内の試合となるので全くの第三者ではなく、口の固い人間が選ばれている。


つまり今回、うちの関係者は全員観戦者もしくはサポーターとなる。


「身内贔屓は駄目だという事でして私が志願いたしました、父上。
万が一父上が敗北いたしましたら、どうぞ思う存分私に甘えて下さい。父上のあらゆる劣情を受け止めてみせますとも」

「パパ、安心して。ボク達がこーめーせーだいにパパを応援するから!」

「お父さんに――コホン、試合で何かありましたら、私が絶対守りますからね!」

「父は堂々と戦ってくれば良い。対戦相手が良からぬことを企んでいたら、我が裁いてくれるわ」

「やっつけるー!」


「全員、クビ」

「我が子であろうと容赦ないね、侍君……」


 うちの騒がしい身内は置いておくとして、公正な試合を遂行するための必要な権限を有する試合運営関係者は本試合における関係者一同で固められている。

試合会場及び試合運営関係者の選定と段取りを行ったカレン達はリアルタイム中継で観戦、当該試合運営の全般を行うフィリス達は運営席から試合を見定める。

俺やデブは規定上は選手であるので、選手に対する責任者として、綺堂さくらとエッシェンシュタインの現当主が直々に参られている。


エッシェンシュタインの現当主、つまり綺堂さくらの姉である。


「ご無沙汰しています、姉さん」

「うちの子が迷惑をかけてごめんなさい、さくらさん。我が子可愛さのつもりはないのだけれど、あの子の気持ちにも応えてあげたいの」

「あの子達も当人達の問題だと受け止めているからこそ、この試合を望んだのだと思います。私達に出来るのは、あの子達の行動に対して責任を取ることでしょう」

「ええ、全てが終われば必ず取ると約束するわ」


 エッシェンシュタインの現当主は先日の世界会議には参席していなかったが、あの会議は特別な場なので別段不思議な話ではない。

綺堂さくらの参席が一時的でも許されたのは、月村すずかの保護者及び責任者であったからだ。試合の警備を行っている妹さんに、当主殿も敬意を払っていた。

姉妹と聞かされていたが、容姿は意外と綺堂さくらに似ていない。夜の一族は女系の傾向が強い為、女性に関する特徴は個々で際立つものであるらしい。

遺伝子が強い証拠なのだが、一族の秘匿性により次代に恵まれにくいのが何とも悲しい現実であった。いずれにしても、当主殿は常識人であった事は救いである。


つまり問題なのは当人、御堂音遠であった。


「貴方と戦うのは孤児院以来ですね。ドイツを救った英雄より挑戦を頂けるなんて光栄の極みです」

「……本当に鍛え上げていたんだな、お前」


 明らかに音遠用にデザインされた特注品、格闘戦において隙のないトータルファイティングの戦闘服を着用。華やかでありながら、苛烈な気迫を感じさせるコスチュームで挑んでいる。

大きな胸に剥き出しの肩が女性らしさを強調しているが、手足の装備や肌の保護は徹底されている。戦闘スタイルは分かりにくいが、少なくとも徒手空拳である事は明白だろう。

巨体のデブがこれほどの美姫にまで仕上がるのは、金の力だけでは説明がつかない。並々ならぬ努力と尋常ではない追い込みが、ここまで容姿を磨き上げたのだ。


スラリとしているが、痩せてはいない。戦闘服から覗かせる気品と色気が、同性の多い観客でさえ圧倒していた。


「剣道服に竹刀、今も着実に剣の道を歩まれているのですね」

「この道以外に生きる術を知らなかったからな」

「教えて差し上げますよ。その道をどれほど歩んだところで、私が居る限り大成は出来ない。他の道を歩まれた方が賢明ですよ」

「賢明、ね……」


 本人なりに不敵な物言いであったのだろうが、今の俺からすれば着目すべき意見であった。事実、竹刀袋から竹刀を抜いても感慨はまるで無かった。

聖王のオリヴィエと花嫁のアリシアの魂、二人の存在が困惑しているのが伝わってくる。剣を手にしても気迫が感じられない、昔の俺からすればありえなかった。

常に命懸けだと、緊張していたつもりはない。だが確かに、剣における昂ぶりはあった。その気迫がないことに、俺自身戸惑っている。


運営席から見守るフィリスも、出来れば剣を捨ててほしいのだろう。こうしてしがみついているのは、理由があるゆえと信じたい。


「お前こそどうして強さを追い求める。結婚相手も決まったのであれば、人生は安泰だろうに」

「まだまだ足りません。幼い頃に受けた仕打ちは理不尽であったのだと、今の私自身が証明しなければなりません。幸福を掴むには、理不尽を跳ね除ける強さが必要なのですよ。
貴方も同じ理由で、剣を取ったのでしょう。剣士でなければ、貴方の大成はありえなかった」

「そこまで知り得ておきながら俺を否定するのは、自己否定になるぞ。俺達はお互いすれ違ってさえいない、平行線上なのだから」

「っ……思い上がらないで下さい。私は今の貴方に相応しい女です、貴方を実力で叩きのめして証明してみせますから!」


 話は終わりだと、憤慨した様子で背を向けて試合の場についた。いきなり怒られて困惑させられたが、合点がいってため息を吐いた。

迂闊にも、虎の尾を踏んでしまった。そもそもあいつは、俺が自分を顧みずに立身出世を果たした事に頭の線が切れてしまったのだ。

いじめられっ子が、いじめっ子にお前とはもう関わらないと言われても怒るだろう。だが事実ではあるので、常に気にしていたというのも変だ。難儀な女である。

愛情と憎悪は同列の感情であることを、思い知らされる。どちらも常に、相手を思い焦がれているのだから。


「相互に、礼」


 主審による合図で互いに礼をして、蹲踞してお互いの拳を合わせる。思い悩んでいても、試合は行われる。心を引き締めて、望まなければならない。

向こうはこちらが剣だと知っており、俺はあいつの戦い方を事前に調べている。対戦相手を調べるのは基本中の基本、徹底して隠蔽が行われていたが過去の対戦相手から話を聞けた。

道場破りを行った剣術道場での戦い方、高町美由希の足を傷つけた手並みからすると――


「始め!」


 ――フリースタイルの格闘技。猛然と襲いかかってがっちり構えた相手を倒す、テークダウン。


孤児院時代と同じ、巨体を活かした体当たり。体脂肪の量がかつてとは比べ物にならない位少ないのだが、驚異的な筋力で昔とは比較にならない重圧で襲い掛かってきた。

この時、俺は本当に迂闊だった。相手がデブから女に化けたと知っているのに、昔と同じやり方で捌こうとした。巨体を蹴り飛ばして、薙ぎ払う。昔はこうすれば、勢い余って転がりまわった。

すかさず蹴りを出した瞬間デブは凶悪に微笑んで、俺の片足を取り――猛然と、俺を倒しにかかった。


「テークダウンから、片足タックルだと!?」


 剣士は剣を振る腕が基準ではない、むしろ剣を振るための足腰が重要なのである。こちらを抑え込まれると、剣士は為す術がない。

片足を取って相手を倒しにかかる、片足タックル。相手からテークダウンによって片足を奪ってバックを取り、相手の肩を床につかせてフォールを狙う。

レスリングであればこれで一本なのだが、これは異種格闘技戦。相手の動きを制するだけでは、無得点。それが分かっているから、この女は笑っている。


凶悪なまでに美しく、嗤っている。


「私をデブだと言いましたね。私が女になったのだということを、思う存分堪能させて差し上げますよ」

「アダダダダダダ!?」


 フリースタイルのポピュラーなグラウンド技。相手の腰をロックし、横へ1回転。相手の足首を交差させて固めることで、相手の下半身の動きを封じる。

その体制で締め上げられたら、豊かに膨らんだ胸を押し付けられる。女性格闘家はそれが分かっているからこそ、真っ先に羞恥を捨てる。恥を捨てた女ほど、怖いものはない。

この状態で締められても、力任せに解くことは出来る。だが問題は、俺が剣士だということ。下半身を封じられたら、上半身のバネが生かせられない。


その上、この力――まるで万力!?


肉も骨も砕かんとばかりに締め上げてくる凶暴な力に、俺は悲鳴を上げた。













<続く>








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