とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第二十八話






 母親から、デブの現状については一通り聞き出せた。道場破りの一件はあいつ本人か、あいつの手のものか、全くの別人なのか。追い詰める手掛かりは、今のところ持っていない。だから、考えるのは止めた。

孤独だった頃は一人で何でも考えて行動しなければならなかったが、今はガリ達頭脳メンバーが居る。犯人がデブであれば、確実にガリが追い詰める。あいつらからの捜査報告を大人しく待つとしよう。

俺への怨恨が目的であれば直接狙ってくれればいいのだが、身構えていてもどうしようもない。妹さんのみならず忍者部隊に騎士団まで揃っているのだ、探偵ゴッコなぞせずとも犯人は捕まえられる。


午後のカウセリングを終えた後母親とお茶をして、空き時間を消化。今晩の予定は、ナカジマ一家とのディナーである。


「洋食レストランの予約か。俺は和食が好きなんだが仕方ないか」

「ミッドチルダからの移住者なのですから、まず近しい食文化を堪能して和気藹々といたしましょう」


 保護者であるクイントとゲンヤはミッドチルダからの移住者、正しき立場を持った人間なのだが管理外世界への移住となると勝手が異なってくる。彼らに頼まれて、今晩の席をシュテルが用意したのである。

シュテル本人も日本に馴染みはない筈なのだが、この賢き娘は父と同じ日本人となる努力を欠かさない。今では俺よりも日本の現代文化に親しんでいる。携帯電話やコンピューター機器の操作はすでに上である。

異世界ミッドチルダのベルカ自治領で三ヶ月ほど生活していたので、ミッドチルダの食文化についてはある程度舌を通じて理解している。和食より洋食に近いというのは少々癪だが、仕方がない。


実際はミッドチルダに和食もあるのだと知ったのは、後の話である。


「パパのいもーと達とのご飯か、楽しみだな。あの子達とこの前いっぱい遊んで、仲良くなったんだよね」

「ちと賑やかな子達ではあるが、異界に怯まず生きようとする逞しさはあるようだ」

「お父さんの妹さん達だけあって、良い子達だと思いますよ」

「すばるー!」


 脱走劇こそはた迷惑ではあったが、顔合わせ自体は先日成功している。我が子達と我が妹達が遊んで、子供らしく交流を深める事が出来たようだ。ナハトは特に、あの時追いかけっこをしたスバルがお気に入りのようだ。

子供達同士で遊んで仲良くなるのが家族になる一番の近道だとは思うのだが、大人は大人なりにこうした親睦会による交流の場が必要らしい。世界会議や聖地で大人の世界を知った俺としても、馴染みのある感覚だった。

交流を深めたという儀式、憩いの場を設定する事で事実を確定する。子供から見れば無駄な徒労に思えるだろうが、大人には納得出来る事実がないと不安なのだ。血の繋がらない家族であれば、尚更に。


約束の時間となり、ナカジマ一家が揃って店を訪れた。


「兄さん、お待たせしました」

「この前は妹達が迷惑をかけてごめんね、お兄さん。厳しく叱っておいたから、もう大丈夫だよ」

「ごめんなさい、リョウ兄。ナハトちゃんたちも、このまえはありがとう」

「わ、わるかったな、アニキ……もうめーわくはかけねえから」


「顔合わせの前から、お兄さんをさせてごめんなさいね。でも可愛い妹達でしょう、その気になってくれたかしら」

「おいおい、いきなりか。まずは美味い飯でも食いながら、ゆっくり話そうや。酒もあれば息子と酌み交わせるんだが、今日は自重しておくか」

「さり気なく家族交流のど真ん中に立たされた気がしているよ」


 合流した途端、妹達に取り囲まれてしまっている。性格が悪いブサイク共なら嫌気が差すのだろうが、どの子も可愛らしくて素直であるため情の一つも湧いてしまう。厄介な一家だった。

店の前で騒いでいても仕方ないので、店に入って予約の席へと案内される。これほど大勢ならメニューに悩まされると思っていたのだが、心得ているシュテルは名店のコースメニューを予約していた。


旬の野菜のポタージュにオードブル盛り合わせ、お魚料理にお肉料理、加えて有名シェフの自家製パン。腹を空かせた子供達が大喜びするコース料理であった。


「新しい家族の門出に、乾杯!」

『カンパーイ!』


「……俺の了承なく、子供達が乾杯させられてしまった」

「わはは、そろそろ観念する時じゃねえか」


 一家の大黒柱であるゲンヤではなく、娘息子を大勢養子にした逞しきママさんが乾杯の音頭を取った。実に釈然としなかったが、親父に進められて渋々杯を酌み交わすしかない。正式な手続きではないのでいいか。

厳粛な大人達とは違って、食欲旺盛な子供達はよく食べて、よく笑っている。というかうちの子供達はともかくとして、ギンガ達は本当によく食べる。子供らしい体格なのに、食事の量は凄まじい。

ギンガなんてたおやかな娘さんなのに、大きなパンを美味しそうに食べている。小さな体のスバルもノーヴェと争うように、大きなお肉をがっついている。ナハトまで触発されて、大きな口を開けて食べていた。


俺も好き嫌い無しでよく食べる人間なのだが、子供が出来ると男というのは変わるものらしい。子供達が好きな料理については、自然と遠慮する癖がついてしまった。


「この子達については本人の承諾もあって、正式な養子縁組の手続きを行ったわ。地上本部からの左遷に便乗して、移住の手続きも完了したわ」

「上層部側からしても、厄介な人間はとっとと左遷させたかった。奴らの強行に乗った形か、意外と小狡いな」

「戦闘機人の子供達――とりわけ違法研究所から救出された孤児達となると、本部も扱いに手を焼いていたからな。下手に上層部に決めさせるより、こっち側から結論出してとっとと移した方がいい。
事件の黒幕である最高評議会に手出しされちゃ、こっちとしても厄介だったからな。左遷に乗じた管理外世界への移住となれば、連中も手出しできねえだろう」

「黒幕を調べていた捜査チームの連中が処分に納得してくれるんであれば、向こうとしても万々歳か。互いの事情が上手く噛み合った感じだな」


 左遷の処分までされたというのに、混乱に乗じて脱出劇を演じるとは見事な処世術だった。名うての捜査官と地上本部の現場指揮官の手腕が、惚れ惚れするほど発揮されている。

正確に言えばゲンヤのおっさんまで左遷された訳ではないのだが、協力者という関係も捜査チームが丸ごと左遷されれば仕事上の繋がりは細くなってしまう。実際は繋がっていても、どうしても制限はされてしまう。

だからといって、クイント達は黙って転がるタマではない。左遷されるというのであれば、流れに乗じて目をつけられている戦闘機人達を逃せられる。俺が身柄を預かっているセッテ達と同じく、上層部は手出し出来なくなった。


その分左遷は受け入れてしまうことになるのだが、クイント達は悲観していなかった。


「お前さんが"聖王"様である以上、聖王教会方面からの捜査は行えるからな。連中との協力体制もメガーヌ捜査官を通じて行える。俺達だってこのまま泣き寝入りする気はねえさ」

「仕事方面については、貴方が心配することはないわ。私達にとって問題があるとすれば、この子達と貴方の関係についてよ」


「色好い返事を送ってやりたいところなんだが、ちょいと問題が出てきた」


 赤の他人であれば話さなくてもいいのだが、俺の家族となりたいのであれば事情くらい話しておく必要がある。この二人、俺の事を諦めそうにないからな。

シュテル達だけであれば別に心配なんぞする必要はないのだが、妹達まで家族となるのであれば火の粉が飛ぶのは避けたい。戦闘機人は性能の高い能力を有しているとはいえ、人間の嫉妬は内面への悪影響となる。

道場破りの一件、デブの話を聞いてしまった後だとやはり気にかかる。憎たらしい男が可愛い娘や妹達を連れていると分かれば、真っ先に殺したくなるだろう。


明るくて賑やかな家族ほど、幸福の象徴となるものはないのだから。


「道場破り――今もそうだけど、昔の貴方もなかなかのやんちゃだったのね」

「その様子から察するに、ミッドチルダでも道場破りの概念はあるのか」

「管理外世界で生きてきたお前さんにとっては魔法自体に馴染みがねえからな、どうしてもそっちに着目するのは無理もねえ。だが実際、ミッドチルダも格闘技の文化や技術は古来より研鑽されている。
道場と呼ばれるもんだって当然あるし、次元世界に覇を唱えている古流道場なんてものも珍しくはねえ。となれば当然、高名な道場に挑む馬鹿野郎だって出てくるさ。

無許可の決闘には管理局が目を光らせちゃいるが、いちいち民間の試合にまで首を突っ込む暇な部署はねえ。怪我人が出ても練習の一言で片付くし、この手の乱闘沙汰はなかなか厄介なんだよ」


 この世界の現代社会では昨今暴行だのなんだのには何かと口煩い世の中になっているのだが、ミッドチルダではその点は寛大であるらしい。魔法だの魔導師なんてものまであるくらいだからな。

騎士団との決闘でも怪我人を出さない見事なシステムがセッティングされたし、格闘技についても安全を最大限配慮したシステムが確立されているのだろう。そうであれば、道場破りも暴行事件にまで発展しない。

システムが決闘を成立させてくれるのであれば、わざわざ法まで犯す必要そのものがないのだ。俺だって正しいやり方で存分に腕試しが出来るのであれば、道場破りなんぞしなかった。


話はよく分かったが、生憎とここは管理外世界だ。


「万が一俺の心当たりが犯人であれば、引き続き俺を付け狙ってくるだろう。そんな矢先に、可愛い妹達が出来ればどうなると思う」

「貴方の考える通り嫉妬が動機であれば、飛び火する危険性は確かにあるわね。怨恨という動機は、極めて厄介だから」

「俺としちゃ、腑に落ちない話でもあるんだがな――お前さんの気性ならばむしろ、自分から乗り込んでいきそうなもんだが」

「話しただろう、今の俺は剣への意欲がない。剣に対する執着がなければ、戦いを求める気持ちが出てこない」


「……思っていたよりも、深刻ね。危険を恐れず戦うよりも、危険を恐れて守りを固めてしまう」

「そしてその診断結果が確かであれば、お前さんはガキ共や妹達を守る為に危険を冒さなくなっちまう。だから自ら、犯人も追い詰められない」


 現場指揮官や捜査官ともなれば、加害者や被害者の心理状況を読むのは長けている。俺の話を聞いて、俺の心理状態も的確に把握している。話が早くて非常に助かる。

そうなのだ、今の俺の問題点はその点に尽きる。剣への意欲が失われた原因が他人にあるのであれば、自ら危険を冒そうとしなくなる。他人が、巻き込まれるからだ。

デブにしてもそうだ。有望な容疑者であれば、とっとと乗り込んで追い詰めればいい。それが出来ない最たる原因は、剣を振る意欲を失った剣士たる俺の精神状態にある。


自分の意志で他人を斬れず、人のためなら斬れる。それはつまり仲間達を傷付けたくないということである。そして他人を傷つけない一番のやり方は――



戦わないことだ。



「変に悩むことじゃないと思うわ。管理局員でもない貴方が本来、自分から率先して犯人検挙に乗り出す方が間違えている」

「ああ、そういうのは俺達の仕事だ。この国で言えば、素直に警察を頼ればいい話。しかしながらお前さんに繋がる奴が容疑者とあれば、なかなか難儀な事になる」

「歯痒いとは思っているんだがな、どうしても自分で戦って何とかしようとする気持ちが出てこねえ。剣が必要だってのは、感覚として分かってはいるんだよ。
あんた達からすれば、大人しく心強い仲間達に頼る方がいいんだろうが」

「ええ、例の騎士団の子達や聖騎士様もついているのでしょう。皆と協力して事に当たりなさい、私も勿論協力するわ」

「お前さんの話はよく分かった、今は結論は出さなくていい。ただ危険だとは思うが、ギンガ達がお前を兄と呼んで慕うのは許してやってくれ」

「分かっている。堂々と仲良し兄妹ゴッコしていれば結局敵を怒らせちまうだろうけど、一線は守るさ。ギンガ達は賢いし、その点は分かってくれるさ」


 大人の話はここまでとして、美味しい食事を囲みながら妹達や我が子達と仲良く話し込む。幸いにもスバル達とシュテル達は大層気があって、本人達もすっかり仲良しになっていた。

こうして交流を深めたかったのだが、途中で野暮な電話が入る。シカトするつもりだったが――着信は、ガリからだった。


無関係とは思えないのでその場を後にして、こっそりと電話に出る。


「今、忙しい。手短に要件を言え」


"第二の道場破り、今度は高町道場――高町美由希という剣士が、負傷した"



 ――道場破りをしたあの時、たまたま出稽古に来ていたのは『高町美由希』。


俺の過去が、完璧に追跡されていた。













<続く>








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