とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第二十三話







 ――心当たりはあったし、身に覚えも十分すぎるほどあった。魔龍の姫プレセア・レヴェントンと、異教の神ガルダ。奴らとの戦いはチャンバラごっこではなく、殺し合いにまで発展していた。

相手は俺を明確に殺すつもりだったし、俺も相手を斬るつもりで戦っていた。敗北した両者が今も生きているのはあくまで結果でしかなく、さじ加減一つ違えば死んでいただろう。

当時の心境を振り返ってみるが、敵を斬る事に対して躊躇も後悔もなかった。正当防衛がどうとかではなく、俺は明確に敵と定めて斬るつもりだった。道徳や良心なんて抜け落ちていた。

異常なのかどうかは、第三者に委ねるしかない。戦場で躊躇すれば死ぬという理屈も、状況によって幾らでも変わる。白旗の総力で挑んだあの戦は、ユーリ達が居た時点で過剰とも言えるのだから。


ただ、フィリスに指摘されてハッキリと自覚出来た――



楽しくは、なかった。














 夜。朝から慌ただしかった一日も瞬く間にすぎて、俺は月村邸へと帰っていた。カウセリングで深刻な病状だと診断されて、フィアッセやガリも無理を言わずにリスティの車で挨拶だけ告げて帰ってくれた。

フィアッセは気が気でない様子だったが、ガリは平然としたもの。俺がどんな人間でも付いていくのだと決めているあいつは、例え殺人鬼であろうと達観するのだろう。フィアッセを女性の観点で慰めていた。

剣は容赦なく奪い取られた、当然である。とはいえ取り上げられたのではなく、次の診断まで預かる形だ。人を殺す可能性がある精神病患者に、凶器を渡す医者など存在しない。フィリスの判断はどこまでも正しい。


精神に深刻な問題があるのなら、同年代では埒が明かない。ソアラに事情を説明して貰い、明日にでも母親を連れて再検査となった。実に嫌だが、俺の問題とあれば仕方がない。


正直なところ、それほど思い悩んでいない。結局のところ、問われている命題は変わらない。このまま人となるか、人である事を止めて剣士へと至るか。二つに一つでしかない。

精神の問題については、常識的な治療方法はある。孤独にならなければいい。プレセアはナハト達によって殺さずに済み、ガルダはクアットロ達の援護で倒せた。戦いが起きても、仲間を頼ればいい。

平和な国で生きていれば戦いは無縁、と楽観まではしていない。聖地での三ヶ月を除けば、俺の人生の大半はこの国で過ごして戦いが起きている。ただ、あくまで一人の場合だ。

誰かに襲われても護衛や騎士団がついているし、誰かに陥れられても夜の一族が解決してくれるし、誰かに助けを求められても家族や仲間が力になってくれる。一対一なんて、自分が望まなければ成立しない。


そう、結局俺個人の問題なのだ――今後、どうするべきか。



「カウセリングで病気だと診断されたのに、何故休ませてもらえないのか」


 仲間達との食事や恒例の家族会議は、今晩遠慮させてもらった。カウセリングの結果は家にも連絡が届いている。ユーリ達も気を使ってくれて、俺を一人にしてくれた。ナハトヴァールも、ファリン達と遊んでいる。

先程も言ったが、思い悩んでいない。たださすがに、家族との団欒を楽しめる心境でもない。カウセリングで深刻な診断結果が出た後で、家族と平気な顔で団欒出来るというのも不気味だ。俺もその辺の機微は理解している。

剣も手元にはないし、一人でさっさと休みたかったと言うのに、空気を読まない馬鹿が邪魔をした。月村邸で俺に遠慮しない女と言えば、一人しかない。俺が文句を言っても、あいつには馬耳東風。普段通りに俺を自分の部屋に連れ込んだ。


彼女の部屋にあるのは、万全に用意された最新型のパソコン――部屋は外から、容赦なく鍵をかけられた。この時点で、何の用事だったのか悟った。


『ごきげんよう、王子様。今夜こそゆっくりとお話出来ますわよね』

『貴方様には大変申し訳ございませんが、お手元のパソコンはこちらからのリモート操作となっておりますので、電源を切るのは不可能だと断言致します』

『物理的に破壊しようとすれば貴様に請求するからな、下僕よ。主との時間を蔑ろにする下僕には、容赦しないと思え』

『今度クリスとのお話を途中でやめたら日本まで行って殺すからね、ウサギ。一応言っておくけど、ウサギだから許してあげてるんだよ。クリスをあまり怒らせないでね』

『いきなり電源を切るのは酷いと思うよ、ボクも。地味に女心が傷つくんだからさ!』

『……』


 あの大奥、愛する男よりも横並びの女共の味方をしやがった。一切触れていないパーソナルコンピュータが勝手に起動した途端、壮絶な笑みを浮かべる女性陣に思いっきりキレられてしまった。男もいるけどね。

後日聞いた話なのだが、先日俺が話の途中で強引に通信を切った後、凄まじい勢いで日本を代表する夜の一族綺堂さくらにクレームを叩き込んだらしい。俺の所業を知ったさくらが、忍に手を回してこの状況である。

どれほど怒っているのか、俺の嫁さんであるヴァイオラの様子を見れば分かる。どんな事があろうと俺の味方である彼女が、何も言わずに静観しているのだ。これ以上、恐ろしいことはない。


怒り狂った彼女達に必要なのは謝罪ではなく、お相手である。俺が何故話を途中で切ったのか、察せられないほど彼女達は無能ではない。謝罪なんてしたら逆効果である。


『今日という今日こそはお話を聞かせていただきますわよ、王子様。三ヶ月も待たせたのですから』

「だから二、三ヶ月はかかると前もって言っていただろうに」

『本当に三ヶ月かけるあたり、貴方様の意地悪さを感じますわ。私の心を乱す、イケないお人』

「話は事前に聞いているんだろう、俺からもまた事情を説明しなくても」

『貴様から直接聞かされなければ、到底私の飢えは満たされぬわ。主をやきもきさせおって』

「たった一ヶ月の付き合いで、何故それほどのめりこんでしまうのか」

『ウサギはね、クリスに飼われる為にドイツへ来たんだよ。折角捕まえたんだもん、もう離さないからね』

「くそっ、何故俺はあの時ロシアンマフィアの乗る車に落下してしまったのか」

『君がいない間、皆から君との馴れ初めを聞かされたんだけど、凄い出会い方ばかりだね。ボクのように友達になったのはむしろ普通なのかな』

「お前もお前で、普通とはいえない会い方だったと思うぞ。事情があったから仕方ないけど」

『でもあの時貴方が来て下さったおかげで、こうして婚約することになったもの。私はとても幸せな女だわ』


 聖地で出来た女性関係そのものよりも、三ヶ月間の俺の行動について俺の口から聞きたいらしい。今日はもう休みたかったが、この分だと徹夜を覚悟しなければならないようだ。

思い悩んではいないにしろ、さっさと寝るのも味気ない。かといって夜を一人で過ごしているのも、不健全だ。こいつらには今日の事で相談もあったし、ついでに話をしておこう。

聖地へ行く前に、異世界事情は概ね白状させられている。下手をすれば、自力でミッドチルダまで辿り着けそうな力を持った連中である。下手に隠し事するよりも、素直に打ち明けた方が良さそうだ。


他の連中と違って、こいつらは人外の事情にまで長けている。皮肉だが同じ人間よりも、人外の女達には自分の全てを打ち明けられた――


「――こういう経緯で娼婦を金で買ったんだ。不幸中の幸いと言うべきか、娼婦はベルカ自治領生まれなのか教会の事情に詳しくて」

『王子様。話を聞く限り、その娼婦の方はほぼ間違いなく聖女様ではないかと思われるのですが』

「何で信徒達の崇拝を受ける聖女様が、あんな破廉恥な服を着て街中を彷徨っているんだよ」

『……我が祖国アメリカ映画のローマの休日を是非オススメいたしますわ』



「喉笛噛み千切られそうだったから、咄嗟に歯を砕いて――おい、クリスチーナ。ワクワクしているところ申し訳ないが」

『どうしたの、ウサギ。早く続き、続き!』

「そろそろお前の姉貴が卒倒しそうなんだけど、続きを言っていいのか」

『あー、ディアーナってウサギに甘々だから、かすり傷一つでもうるさいんだよね。一応言っておくけど、ディアーナが今のボスなんだから血なまぐさい話なんて余裕だよ。
単に、ウサギが傷づくのが許せないだけ。ウサギの悪口言うだけで、そいつを経済的に破滅させちゃうから』

「マフィアのボスの報復とか、怖すぎる。ちなみに、お前は?」

『クリス? クリスは勿論、壊すよ。クリスの可愛いウサギに傷一つでもつけたら、死んだほうがマシだと思えるほど切り刻むから』

「お前も十分甘々じゃねえか!」



「――それで戦いを終えた俺を前にして、その騎士が忠誠を誓うと真名を告げて」

『貴様、私に許可もなく女の騎士を迎え入れたのか!』

「何故、女だといい切れるんだ!? 騎士だと言っているだろう!」

『始終一貫して騎士だとしか告げぬのが、怪しい。清廉潔白にして、神に信奉を捧げる忠節の騎士。さぞ美しき女を迎え入れたのであろうよ』

「何だよ、その無駄な洞察力!?」

『我を甘く見るでないぞ、下僕よ! 貴様は黙って私に忠誠を誓っておればいいのだ、騎士が必要であれば私が探してやる!』



「結局、その騎士団長との決闘そのものは俺の負けだったな。魔法の扱いに長けていない俺では、魔法戦は不利だった」

『でも聖王教会騎士団とは和解して、団長さんとも協力関係を結べたんでしょう。友達を立派に増やしているじゃないか』

「友達といえるのかどうかは、今でもよく分からないな。人間関係は広がったと思うけど、友達となるとなかなか難しい」

『その点ボク達は固い友情で結ばれているから、離れていても繋がっているよね!』

「俺、向こうに行ってお前のこと一度も思い出さなかったわ」

『酷いよ!? ボクは毎日、君を想っていたのに!』



「――それでですね、大商会のお嬢様の紹介により由緒正しい家系のお嬢さんを紹介されまして」

『婚約を結んだと、言うのですね』

「お見合いのような形で何人も紹介されたんだけど、結局そのお嬢さんとの関係が良縁になってしまった。年齢としてはカレンの弟より年下だけどな」

『貴方は、どう思っているのですか?』

「俺には、お前がいるだろう」

『っ……お気持ちは大変嬉しいのですが、婚姻が成立したとあっては』

「二国間どころか、二世界間での婚約話だからな。法律上の問題がないとは言え、お前が心配するのはよく分かる。ただ、やましいことは一切していない。
だからお前の事も、彼女の事も、お互いにきちんと紹介するつもりだ。年齢の事もあるし、複雜な事情も多く絡んでいるから、きちんと話し合った方がいいと思っている。

好き嫌いで婚約話を進められない事については、お前に対しても謝りたい」

『私が望んだ婚約を、立場と事情があったとはいえ貴方は受け入れて、私を迎え入れてくれた。それでけで十分よ。私は一族の女、世間一般的な結婚は行えないと覚悟している。
良家の娘であるというのであれば、その子も幼い身であっても覚悟はしている筈よ。紹介して貰えるのであれば、話してみたいわ』


 俺個人との感性とは異なるにしても、カレン達の感性は独特だ。一般人では眉を顰めたり、怪訝に思うエピソードでも、彼女達は自分達の感覚で整理して的確に指摘してくる。

頭が優れている点はあくまでも前提でしかなく、世界を影から支配する連中は独自の嗅覚で情報を嗅ぎ分ける。さりとて感情には無縁ではなく、私情を大いに挟んで異世界の動乱を楽しんでいる。

覇者とまで呼ばれる夜の一族の姫君達との会話は際立っているからこそ楽しく、とても興味深い。気がつけば随分な時間が経過していて、彼女達も満足そうに飲み物を飲んでいる。


人と人外、剣士と吸血姫――その境界線は、何処にあるのか。


「剣への意欲が、失われた」

『……』

「懇意にしている医者の診断によると、俺は剣士となったそうだ。他人を斬る自分、敵を斬る俺、相手を殺せる侍――自分がかつて理想としていた、存在に』

『今は違うのだと仰るのですか、王子様』


「昔と今とでは、明確に違う。気付いたんだ、今の俺は剣を楽しんでいない。剣は武器となり、相手は敵となり、自分は剣士となっている。戦いを求めているのではなく、備えてしまっている。
かつて理想としていた存在となったことで、むしろ理想を忘れてしまっている。敵がいるから、剣を持つ。常戦の覚悟は必要であれど、義務ではなかった筈だ。

敵を倒すのが目的であるのならば、剣である必要はない」


『私見ですが、恐らく――異世界そのものではなく異界の異なる強さ、魔法に触れたのも原因の一つでしょうね』

「ああ、多種多様な価値観を知り過ぎた。まあ、俗にいうと――」


『ようするに、"他人の影響を受けた"のであろう。ふん、その年で思春期か、下僕よ』

「はは、面目ない」


 やはりこいつらには、直ぐにバレてしまう。そう、結局はそういう事だ。本来であれば学び舎で影響を受けるので、平和な感覚に流されてしまう。

ただ俺の場合戦場にいて剣を振るい続けたので、戦地での影響に脅かされた。だから危なっかしい状態となっているのだが、問題の本質は自分の主が言った通りなのだ。


影響を受けやすい思春期が今、俺に訪れた――



『――私は』

「ヴァイオラ?」


『貴方がどんな人になろうとも、変わらずついていくわ』

「ありがとう。お前から、その言葉を聞きたかった」













<続く>








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