とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第二十一話







 正午は家族問題でえらく徒労させられた分、午後からの予定はテキパキといきたかった。フィアッセ・クリステラ、俺の護衛対象は公園での待ち合わせを希望したがハッキリと断らせて頂いた。

どうせロマンティックな再会と洒落込みたいのだろうが、なのはから聞いた熱狂ぶりから察するに、デート気分で延々と付き合わされるのは目に見えている。疲れた人間が行く場所は、病院しかありえない。

アリサを通じてセッティングをしてもらったので、自分の騎士を連れて病院へ一直線。病院は余計な無駄を一切省いた施設、海鳴大学病院なら健全に相談が行える。邪魔者は一切入らない。


そう予測していたのだが、俺は肝心な点を考慮していなかった――病院にはそもそも、健康かつ健全ではない人間が訪れる。


「あら、こんにちは」

「……貴様、何故此処にいる」

「ご挨拶ね。母さんの方がよかったのかしら」

「何であの女が関係しているんだ」


「病院から連絡があったのよ。貴方は今日、カウセリングを受けるのでしょう。今までどういう診断を受けてきたのか知らないけれど、本来家族の同伴が必要なのよ」


 昨日再会したばかりの、全く懐かしくもない幼馴染。ガリこと空条創愛が、病院の待合室で本を手に俺を待ち構えていた。今日は空色のスカートをはいており、白い足が目に眩しい。

今時珍しい長い黒髪が清楚に伸びており、華奢な背中を艶やかに彩っている。今まで数多くの美人に恵まれていたが、これほど美しい純日本人の女とはあまり縁がなかった。

これで相手がソアラでなければ目の保養だったというのに、実に惜しい。下手にヤキモキさせられるくらいなら、昔のようなガリガリ女でいて欲しかった。綺麗な女は、殴り辛い。


まあ、ガリの外見なんぞどうでもいいとして――


「病院から何故、孤児院に直接連絡が届くんだ。今までと対応が違うじゃねえか」

「今までの対応にこそ問題があると思うのだけれど……まあいいわ。貴方の所在が判明したのと、ほぼ同じ理由よ」


「ちっ、リスティの奴、協定を破りやがったな」


 リスティ槇原は、警察の民間協力者である。三ヶ月前の凶行により辞職や自首も検討していたようだが、被害者である俺やフィリス達の懸命な説得で元の生活に戻ったようだ。

そのまま元の関係にまで戻れたらよかったのだが、生憎と俺とヤツとの関係はまだ煮え切らない状態である。通り魔事件への協力の見返りとして協定を結んでいたのだが、敵対関係となって破棄されたのだろう。

ただでさえ世界中に自分を知られてしまったのだ、どのみちリスティとの協定はもう保たなかった。新しい協定は夜の一族と結んでいる。あの姫君達なら、無敵だ。どっちも協定相手が女だという点が、気になるが。

正式な手続きで孤児院に連絡されてしまったのであれば、文句を言える筋合いは全く無かった。俺の幼馴染をやっている分、ヒミコが来るよりマシだとよく分かっている。


「俺と同年代のお前が同伴で問題ないのか。同じ孤児じゃねえか」

「『貴方と同じ幼少期を過ごした』孤児よ、カウセリングの先生からすれば貴重な存在だわ。そもそも貴方と私は、離れていた期間の方が短いわ」

「……言われてみるとそうだな」


 孤児院を出て数年、海鳴へ流れ着いてから半年程度しか経過していない。たった半年で愛人やら婚約者やら騎士やら護衛やらメイドやらに加えて、自分の子供や妹達まで出来てしまった。その上、両親候補もいるという恐ろしさ。

加えて美人になった幼馴染まで揃った完璧な布陣なのに、一般人と明確に呼べる人種が誰一人いない。人間的には少しずつまともになってきているかもしれないが、人間関係はむしろ常識人とはかけ離れている気がする。

ガリに指摘されて改めて自分が身を置いている環境と、その変化の密度に震わされるが、かといって過去に戻っても長年の付き合いと呼べるのはこいつである。ガリという女と付き合っていた幼少期も、一般的とはいい難い。


ソアラは、静かに手にしていた本を閉じる。


「私も、今の貴方の人間関係を知りたいの。カウセリングの先生との診断は、実に良い機会だわ」

「俺の人間関係なんぞ知ってどうする気だ、お前」


「貴方の人間関係によるトラブルは今に始まった事ではないでしょう――

多発する"ネオン"とのトラブルで、母さん達先生との仲介を取り持っていたのは私よ」

「"デブ"との争いの発端は、そもそもお前にあったと思うのだが」

「ふふ、変わらないわね――彼女を今でもデブだなんて呼ぶのは、貴方くらいなものよ」


 ――俺が剣を持ったのはチャンバラごっこの延長だが、当時剣を向けていた明確な敵がデブと呼んでいた女だった。食料が生命線の貧乏孤児院で、図体に物を言わせて奪い取っていた暴虐女である。


ガキの時分喧嘩で勝つ要素は技術ではなく、肉体である。体格差こそ勝敗の分かれ目であり、デブは当時の子供達から見れば要塞に等しい女だった。自分が生き残る為に平気で他人を虐げてきた、弱肉強食の少女。

そんなあいつと殴り合いで勝負するのは体力の無駄なので、俺も容赦なく剣を振るって戦った。俺は今もそうだが、子供の頃から女であろうと平気で戦える。殴り倒して、蹴り飛ばし、あいつが他人から奪った飯を更に俺が奪ったのだ。

それで全員に返せば美談だったのだが、奪った食料は俺が自分で食っていたので、俺もあいつと同類とみなされて嫌われた。嫌われ者同士の喧嘩に手出しするほど、ヒミコも暇ではない。


こうして、因縁の戦いが始まったのである。


「あの時の食事。私には分けてくれたのよね、貴方」

「止めに来た先生に説明してくれていたからな、分け前だ」


「……貴方が分けてくれたご飯の味は、今でもよく覚えているわ。とても美味しくて、忘れられないもの」


「良い思い出のように言っているが、余った分をお前に適当に渡していただけだぞ」

「ええ、残飯係をさせられていたのは分かっているわ。貴方に他の人間が振りかざすつまらない善意なんて、求めていないもの」


 こんな奴にカウセリングの同行をさせていいものか真剣に悩んでしまうが、俺の人となりをよく知っている人間である事には違いない。知られて困る過去でもないが、こいつから語られるのはなんか嫌だ。

ともあれ幼馴染と喋っていても不毛なだけなので、いい加減切り上げる。昔から追い払っても、何だかんだとついてくる奴だ。母親が来ないだけでもマシだと、思い込むしかない。


向こうも同感なのか、待合室の椅子から立ち上がった。


「ところで、そろそろ紹介してもらいたいのだけれど」

「お前に紹介してやる義理はない」

「私が貴方の紹介を延々と、そちらの方に行うわよ」

「すいません、紹介させて頂きます」


 聖王教会より聖なる栄誉を賜った聖騎士、聖地をあらゆる混沌から守り抜いた女騎士。正当な主に仕えるアナスタシヤは、主と旧友の会話に割り込む無礼は犯さない。傍に控えるのみである。

他者に興味を抱かない同類さえも関心を引く礼儀正しさ、日本人の美徳を体現したような女性に目を惹かれている。外国であろうと、異世界人であると、美しい人には同性でも注目させられるらしい。


ただ美しいがゆえに現実離れしていて、何とも説明しづらい。


「アナスタシヤ・イグナティオスさん。異国の騎士で、俺の護衛を務めてくれている」

「ご紹介に預かりました、アナスタシヤと申します。恐れ多くも陛下にお仕えする騎士として、お傍に控えております」

「……一応聞くけれど、剣士を名乗る貴方に合わせた冗談では無いのよね」

「不毛な論議になるので俺の事は置いておくとして、少なくともこの人は騎士階級を持った正当な騎士だ」

「日本人の貴方を陛下と呼んでいるのはどうしてかしら」

「異国での戦いにおける実績で、陛下の如く敬われている」


 海外での活躍はマスメディアが派手に喧伝してくれているので、全くの妄想にはならない。異国を異世界と捉えるかどうかは聞いた本人の勝手なので、追求も補足もしない。

疑惑を持った目で見つめられるが、俺は特に茶化さず見つめ返すのみ。主の発言に口を挟む真似はせず、騎士も追従するばかり。二人を交互に見つめて、ソアラは根負けしたように嘆息する。

まるで理解出来ないので、納得するのも諦めたのだろう。思考を止めたのではなく、無駄なリソースを排除する。徹底した合理主義ゆえの、才女らしい受け入れ方であった。


無駄に考え込んでしまう俺とは、その点が異なる。


「一応忠告させてもらうと、この男に仕えるのは並大抵の苦労ではないわよ。働きに報われない割に、苦労は多い」

「失礼ながら申し上げさせて頂きますと、私が陛下にお仕えする理由と、貴方様が陛下と生を共にされる理由に、さほどの相違はないと思われます」

「……驚いた、本物じゃない。この人の名声頼みであれば排斥出来たのに、厄介だわ」

「そこは素直に褒めておけよ、お前は!」


 侍ではなく幼馴染、聖王陛下ではなく"陛下"。冠ではなく本人を評価しての関係だと告げられて、ガリが目を丸くしている。色眼鏡無しで俺を見る同年代は昔、ガリとデブしかいなかったからだ。

毒づいてはいるが、本人なりの照れ隠しなのは分かっている。握手こそしないが、二人の間に拒否反応は一切ない。知識人と騎士は、理解し合った眼差しで見つめ合うのみだ。

騎士団を連れていたら話はややこしくなっていただろうから、午後からの護衛にアナスタシヤを選んだのは正解だった。特に揉め合うこともなく、診断の手続きに入る。


予約していたので待たされることなく、フィリスの診察室へ呼ばれた。


「お帰りなさい、良介さん。また貴方の元気な顔が見れて、安心しました」

「頭の怪我も治ったみたいで俺も安心したよ、フィリス」

「リョウスケ! 会いたかった、お帰りなさ――い……?」


「こんにちは。この人とお付き合いさせて頂いている、空条創愛です」

「おい!?」


 診察机の椅子に座って微笑みかけるフィリスと、両手を広げて再会の抱擁を交わそうとするフィアッセ。そんな二人の前に冷然と待ち構えているのは、俺の幼馴染ソアラ。

何故急に立ちふさがるのか、今更いちいち思い悩んだりしない。フィアッセの好意を敏感に察して、条件反射的に立ち塞がったのだ。こいつは無駄を極端に嫌う。

俺との関係で完結しているガリにとって、フィアッセの好意は邪魔でしかない。騎士の忠節とは違って、人間関係を乱す真似は絶対に許さない。


ある意味では、頷ける。徹底して排除していけば、人間関係による問題なんて起こらない。二人で共生すれば、それで完結するのだから。


「……どういう事なの、リョウスケ」

「何をボケっとしているんだ、フィアッセ」

「えっ……?」


「俺はお前の護衛だ。お前は俺にどうして欲しいのか、言ってくれ」

「あっ……うん! リョウスケ、私を抱きしめて!」


「おりゃあああああああ!」

「ちょ、ちょっと……!?」

「あーん、激しいよー!」


 ソアラが立ち塞がろうと知ったことではない。俺は思いっきり両手を広げて、ソアラを豪快に巻き込んでフィアッセを抱きしめた。ふふふ、剣士の懐の深さを侮ってもらっては困る。

愚か者め、俺が女同士の修羅場くらいで怯むとでも思ったのか。惚れた腫れただの、知ったことではない。魔龍の女でも容赦しなかったこの俺が、幼馴染如きで躊躇するようなタマではないわ。

女二人くらい抱き締められなくて、どうするというのか。思いっきり抱き締めてやると、さすがスタイルのいい女二人なだけに、柔らかさも半端ではなく堪能させられた。


それらを黙って見ていたリスティが、一言告げる。


「リョウスケ、お前……女の扱いが上手くなったな」

「お前とのいざこざで、嫌でも勉強させられる」


「ふふふ、そう来るとは思わなかった。正直どうやって謝ろうかと思い悩んでいたのだけれど……言葉を変えるとしよう。
お帰り、リョウスケ。あの時は、救ってくれて本当に感謝している」

「お互い、生きて会えてよかったよ」


 フィアッセ・クリステラ、リスティ・槇原、フィリス・矢沢。かつて崩れてしまった人間関係は時間を経て、見事な修復を見せていた。三人共に、笑っている。

笑顔の意味も、今となって分かる。この人達が笑っているのは、俺が笑えているからだ。隣人が微笑んでいるのを見て、この人達も心から笑えるのだろう。


生憎と自分の顔は見れないけれど――フィアッセ達にようやく会えた俺はきっと、



素直に、笑えているのだと思う。





「さて、円満に仲直りできたところで友人として遠慮なく聞くんだが――お前の傍に控える、そのグラマーな金髪美女はどなたかな?」

「円満に終わったんだから、不和を煽るなよ!?」

「うんうん、私もずっと気になってたの。その人の良介の見る目ってその……美由希が恭也を見る目と同じというか」

「違う、違う。明らかに、お前の邪推」

「良介さん……剣が振れなくなった理由というのは、まさか」

「お前までなんてことを言うんだ、フィリス!?」


「リョウスケは、私の騎士なんだからね!」

「そうだぞ、ボクの大事な友なんだからな!」

「私と付き合っていた確たる事実もあるのよ」


「カウセリングに来た男を疲れさせるな、てめえら!」

「良介さん、カルテを振り回さないで下さい!?

……もう本当に、お手のかかる患者さんですね、ふふ」


 笑顔で、ひっぱたいてやった。フン。












<続く>








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