とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第十四話







 ――ハメられたのだと気付いたのは、会議終了直後に拘束された瞬間だった。


プロの捜査官による拘束術は実に的確かつ迅速であり、犯罪者の逃亡を一切許さない恐ろしさがあった。次の予定に気付いて逃走を図ろうとした俺の行動を読んだ、見事な戦術である。敵ながら天晴であった。

クロノ達との捜査会議を終えた後は、ナカジマ家族とのランチ。捜査会議に参席していた二人と、そのままランチへ流れ込む予定が組み込まれている。戸籍問題の議論で揉めた後に入れるべき予定では断じてない。

結局リンディ達に相談しても、結論はそれこそ親子水入らずで話し合うしかなかったのだ。会議後に続いて延々と話し込みたくなかったのだが、次の予定が休息を許さない。悪魔のスケジュールであった。


面倒くさがり屋な俺の性分を見事に分析しているメイドは大した理解者だとは思うのだが、俺の精神的疲労も少しは察してもらいたい。


「では、失礼致します」

「帰ってしまうのか、妹さん!?」

「ご家族での大切な話に、お邪魔するわけには参りません」


 俺の精神的癒やしである妹さんは、非情にも退席。俺の護衛を使命としている妹さんらしくないと焦ったのだが、冷静に思い出してみると許可したのはあろう事か今朝の俺であった。ガッデム。

護衛体制や人員が充実してきたので、俺のスケジュールに合わせた交代制を採用。基本的には護衛筆頭である妹さんが始終警護に出るのだが、プライベートな予定に関しては交代制を採用する規則。

正午の予定であるクイント達とのランチでは戦闘機人関連の話題となるので、セッテ達聖王騎士団が護衛につく事になる。団長のセッテも心得ているのか、既に入国管理局へ詰め込んでいた。


妹さんからの引き継ぎを受けて、セッテも最敬礼。現地での護衛なので修道服ではなく、騎士団の制服で着任。海外交流推進政策を掲げる海鳴であっても、セッテ達の場合整った容姿で既に目立っている。


「メガーヌから話は聞いているわ。貴方達が、リョウスケに保護された子達ね。聖地ではうちの子の力となってくれて、ありがとう」

「陛下をお守りする事は、我々の使命」


 クイント・ナカジマが時空管理局捜査官と知っているだけに対応はやや固いが、俺の母親候補である事を前提に返礼。チンクやトーレも、無言で頭を下げている。実に複雑な関係だった。

かつては追う者と追われる者、運命の歯車が少しでも狂えば敵対していた関係。双方共に負の感情などありはしないが、立場が感情移入を許さない状態。改善するにはやはり、俺が仲立ちしなければならない。

もっともローゼやアギトと違って、主犯であるジェイルが司法取引を通じて立場の改善にあたっている。司法に関与しない俺としては、単純に双方を取り繋げばいいだけの話である。


クイント達もセッテ達も、人間的には実によく出来た人達。憎しみ合ってさえいなければ、関係改善はさほど難しくはない。


「アリサから事前に事情は伺っていたけど、俺に会わせたいガキ共がいるそうだな」

「ええ、本当はメガーヌも同席したがっていたんだけど、同件で面会しなければいけない子がいるから」

「子供……? おいおい、まさかあいつも誰か引き取るのか!?」

「あら、お兄さん欲が出てきた?」

「うるさいよ」


「少し込み入った話になるから、引き合わせる前に少しだけ時間を貰えるかしら。事情を話しておきたいの」


 快諾しそうになって、ふと考える。一般家庭における深い事情とやらを聞いてしまえば、それは身内になるのと同義なのではないのか。聞いておいて、知らん顔は出来なくなるだろう。まさかこれも作戦なのか。

本来であれば気付いた時点で断るのだが、問題は戦闘機人に関係する内容である事。クアットロ達は聖王教会管轄下に置かれているが、決して安泰ではない。時空管理局では違法とされる技術で改造されている。

戦闘機人問題は、レジアス・ゲイズ中将の台頭によって非常にデリケートな問題へと発展している。成功例がある以上、聖王教会管轄下にあっても油断は出来ない。事情を知らないままでは、危険だ。


しかもこれから紹介される子達は、時空管理局側の管轄に置かれている。赤の他人のままで済ませてしまうと、いざという時助けの手を差し伸べられなくなる。


「一応聞いておくが、先ほど話題になった一件が絡んでいるから引き取ったんじゃないだろうな。子供の親権問題じゃすまなくなるんだぞ」

「無関係、とは言わないけれど、決してそれだけが理由ではないわ。私が貴方に相談を持ちかけているのも、息子となってくれる子である事だけが理由ではない。
うちの人も私も今日という日まで随分悩んだんだけど、会議の席で貴方が私達に言ってくれた言葉で勇気付けられたの。


貴方には、是非とも知ってほしい――あの子達に関する、全てを」


「……分かった、まずは話を聞こうか。セッテ達に、子供達の相手を頼んでおくよ」

「ありがとう、入国手続きもあってうちの人が今から行くから、同席をお願いするわ」


 子供達の相手なんて嫌がるかと思いきや、セッテは勿論の事チンクやトーレまで快諾。聖王教における修道において、子供の面倒は大切な義務であるらしい。俺よりも教育が行き届いている連中であった。

入国管理局で正当な手続きを行うというのであれば、本格的にこの管理外世界へ滞在する腹積もりらしい。子供の育成環境は非常に重要だと思うのだが、ミッドチルダでなくて本当にいいのだろうか。

自分の世界を卑下する気は全く無いのだが、孤児院時代を過ごしている身としては、より良い環境で育って欲しいという想いを他人事の範囲内で持っている。実際話を聞けば、他人事ではいられないのだろうが。


ひとまず場所を移す事にはなったのだが、拘束をいっこうに解いて貰えていない辺り俺の人間性をよく分かっている。心境としては、渋々なのだから。


「捜査協力者である貴方は、捜査の経緯をある程度分かっているわね。貴方の捜査協力と博士の司法取引により、戦闘機人製造工場や関連施設に私達は一斉捜査を行った。
ジェイル・スカリエッティは戦闘機人研究における第一人者ではあるけれど、独占しているわけではない。完成度は違うけれど、類似の研究を行う違法研究者も多くいたの。スカリエッティはあくまで捜査の延長上に浮かんだ人物」

「――時空管理局の最高評議会が黒幕であれば、成功例を多く求める上で優秀な研究者や施設を取り揃えるのは当然か」


 本人の弁ではないが、ジェイル・スカリエッティはミッドチルダの長き歴史上でも突出した研究者であるらしい。研究の主軸であった事は間違いないだろうが、黒幕は彼に頼り切りではなかった。

いや彼への支援という意味でも、類似の研究を別施設で行わせていたのは間違いない。そうした枝分かれによって研究は拡大していき、やがて成功へと至ったのであろう。

クアットロ達だって元は廃棄された研究資材であったところを博士が拾い上げて、戦闘機人へと改善して救い出したのである。嫌な言い方だが、他にも実験体や廃材があっても不思議ではない。


捜査の関する経緯をある程度と表現したのも、口にはしづらいその点を踏まえての説明なのだろう。俺も言及はしなかった。


「違法研究者達はほぼ一斉に逮捕、研究施設及び関連資料も回収。そのまま送検してやりたかったけれど、貴方が説得してくれたおかげでまずは確かな証拠固めから入っている。
捜査においてはその流れで進めていくとして、問題は施設類で発見された子供達。貴女が察している通り――全員が、戦闘機人よ」

「子供達と言っていたが、セッテと同じ年頃なのか?」


「ほぼ同年代だけど、年の差はあるわよ。可愛い子供達なのだけれど……自分自身の事を自覚、させられているわ」

「……研究されていたのであれば、当然か」


 自分自身が生まれたのではなく、作り出された人間だと、否が応でも知らしめられたらどういう気持ちになるのだろうか。同情するべきかどうか考えてしまうのは、クアットロ達を見ているからだ。

あいつらだって廃棄された連中だというのに自分自身に悲観せず、自分の能力や使命を自覚して生きている。俺は連中を最初から人間ではなく戦闘機人だと扱っているのに、何故か忠誠を受けている。

子供達の気持ちは、未知数。最初から自分が戦闘機人だと自覚していれば、当然のように受け止められるのか。それとも自分達は違う存在だと知って、嘆き悲しむのか。どんなに考えても、分からなかった。

俺も俺で自分が人を斬る剣士だと自覚しているが、別に悲観はしていない。ただ俺の場合社会からはみ出して生きてきたので、参考になる例とは言い難いが。


「こう言っちゃ何だけど、捜査官であるあんたが引き取ってこの管理外世界で育てるのは残酷なんじゃないのか。魔法も何もない世界、文化も価値観も異なるんだぞ」


 仲間達を連れて行った俺だって、聖地での生活は困惑する事が多かった。ジュエルシード事件での遭遇では、魔法だの何だので恐慌に陥ってしまった。文化の違いとは、それほどまでに恐ろしい。

その子供達がどんな環境で生まれ育ったのか知らないが、文化圏で言えば間違いなくミッドチルダに精通している筈だ。新生活を始めるからといって、新世界で生きていけばいいというものではない。

平凡な田舎町であれば変わり映えしないかもしれないが、それでも地球とミッドチルダでは環境の差は歴然だ。どうしてそこまでして、戦闘機人に肩入れするのか分からない。


可哀想だという理由一つで引き取っていけば、キリがない。捜査官であるクイントだって、その点は痛感している筈なのだ。


「……レジアス・ゲイズ中将が、私達の上司である話はしたわね?」

「? ああ、さっき聞いただろう」

「彼が上司である以上、私達が戦闘機人に関係する事件を追っていたのは把握されている。つまり彼と繋がっているであろう最高評議会にも、私達の事は伝わっているの」

「?? だから、何だよ」


「戦闘機人とは、旧暦の頃より開発が試みられた人型兵器。遺伝子調整に干渉するプログラムユニットの埋め込みにより、高い戦闘力を持つ素体が作り出される。
その過程で人体に身体能力を強化するための機械部品を組み込んで、人の身体と機械を融合させた超人が誕生する。

違法研究所から救い出された子供達には――私やメガーヌの遺伝子情報が、使用されていたの」


 ――月村すずかは、祖先の墓より暴き出された遺伝子で誕生したクローン人間。本人に関する遺伝子さえあれば、優れた技術や能力を持つ素体は作り出せる。皮肉にも妹さんの存在が、俺の心を落ち着かせてくれた。

俺から見てもクイント・ナカジマや、メガーヌ・アルピーノは優れた魔導師。時空管理局の最高評議会が黒幕であれば、一捜査官の遺伝子情報を手に入れるのは難しくない。髪でも爪でも、細胞があれば何でもいい。

女性は、男性よりも遺伝子が優れていると聞いた事がある。使用する細胞は、優秀であればあるほど望ましい。尚且つ素性が確かな女性魔導師の優れた遺伝子であれば、素晴らしい実験材料となるだろう。

息を呑んでしまったが、場に飲まれるのは憐憫に溺れるのと同じだ。クイントだって、そんな事は望んでいないだろう。母を名乗る人間に対して、息子が嘆いて何の解決になるのか。


世話になったこの人達に、恩返しすると誓ったのだ。だったら悲しみになんて沈むな、何でもいいから声を張り上げろ。


「自分の遺伝子が使われているから、自分の子供も同然だと思っているのか」

「私はそう思っているし、あの子達にもそう思って貰いたい。この広い世界の下で家族は居るのだと、安心させてあげたいの」

「お人好しな奴だな、勝手に自分の遺伝子を使われているだけだろうに。今日面会に行ったというメガーヌも同じ気持ちか」

「何だかんだ言っても、メガーヌは私の親友よ。気持ちは同じなのよ」

「友達同士で慰め合ってどうするんだと言っているんだよ、俺は。気持ち一つで、簡単に子供が育てられると思ってるのか。遺伝子情報一つで、子供を愛することが出来るのか」

「私はそれを、あなた自身に問いかけたいのだけれど?」

「馬鹿者、力いっぱい説教して必死で誤魔化しているのが分からんのか」


「分かっているから、こうして言ってあげているのよ、ふふふ」

「ちっ、母親を名乗っているくせに子供の気持ちが分からん奴だ」


 不貞腐れてる俺を前に、クイントは心から楽しそうに笑っている――そう、これは笑い話なのだ。子供達には本当に申し訳ないが、俺達にとっては別に覚悟するべき苦境ではない。

シュテル、ディアーチェ、レヴィ、ユーリ、ナハトヴァールの顔が瞬時に浮かぶ。遺伝子さえ揃っていない完全に他人である子供を、俺は可愛がって育てている。そこに理屈などありはしない。

苦労なんてどうせ、後から山のように積まれてしまう。だったら安易に未来を嘆かずに、今時分に可愛い子供達が出来たことを祝福すればいい。それは親となったものの、最初の責務なのだ。

クイントが子供を引き取ると決めたのであれば、俺から目上ぶって偉そうに説教するつもりなんぞ最初からない。苦労や覚悟なんて、俺のようなガキよりよほど理解している。


この人は俺も我が子だと思っているからこそ、ほんの少しの弱音をさらけ出してくれたのだ。だったらどうすればいいのか、答えは単純だ。



大丈夫だと、無根拠に笑い飛ばしてやればいい。この人なら、立派な親になれると信じているから。



「シュテル達も呼んでいるんだ、会ってやってくれるか」

「勿論よ。あの子達に良い友達を紹介してくれるなんて、優しいお兄さんね」


「外堀を埋めているつもりなんだろうが、あんたは今日からお祖母さんになるんだぞ」

「ク、クイントさんと呼ばせるわ、ええ……!」


 逆に言えば、シュテル達にとっても良い友達になれるかもしれない。身内同士にしてしまうと家族構成がひたすらややこしくなるので、友達の方が分かりやすい。

それにしても黒幕の連中、自分の部下の遺伝子まで勝手に使うなんてどうかしている。時空管理局のトップクラスに君臨している分際で、人権くらい守ろうとしないのか。

遺伝子なんて勝手に使われて、子供を作られたらいい迷惑――


あれ……えっ!?


「ミ、ミッドチルダでは、遺伝子一つで子供を作れるのか?」

「法律そのものは非常に厳しいけれど、戦闘機人の件を除けば遺伝子培養による子供の誕生は多くの例があるわ」

「それってもしかして――血液からでも?」

「ええ、可能よ。それがどうかしたの?」


 ……聖地での滞在中、医療施設で検査用にしては大量に血液を採られたのだが――まさか、あいつら!?


「陛下、一大事です!」

「どうした、チンク。そんなに慌てて」


「ゲンヤ・ナカジマ氏と共に子供達を迎えに行ったのですが――姿を、くらましました」


「……誰が居なくなったの?」

「それがその……全員です」


 ――ここも全く平和な世界ではないのだと分かり、俺は頭を抱えた。











<続く>








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