――医者に相談したら、とにかく休めと言われた。


入院している最中ではない、退院する最後の挨拶にまで思いっきり命令された。集中治療に日数を費やし、長期静養に専念させられた挙句、最後通牒を叩き付けられて病院を出たのである。

幽霊が存在する以上人間には魂があるのだろうが、俺はどうやら骨の髄どころか魂に至るまで疲弊しているらしい。怪我は治り、疲労は回復しても、俺という本人は休息を求めて喘いでいた。

何故こんな事になったのか、自覚そのものはある。医者が怒り、アリサが狼狽し、妹さんが焦り、忍が仰天して、娘達が泣き、一同を困惑させた不治の病。


心境の変化は確かにあったのだが、まさかこんな病に犯されるとは思わなかった。



叶えられなかった夢は、それまでの人生に終わりを齎し――物語の始まりを、告げた。





「剣を振る意欲が、失くなったんです」















とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第一話




 "聖王"陛下に担ぎ上げられて余計な荷物を嫌というほど持たされたが、ようやく"聖王"ならではの特権が与えられた。ベルカ自治領と日本を結ぶ、時空間航路の承認である。

通常管理外世界への干渉さえ次元法で厳密に制限されているのだが、聖王教会が君臨するベルカ自治領には自治権が与えられている。国家とは別個の自由裁量が認められる権限を有するのだ。

この自治権は当初外交権まで有していなかったのだが、時空管理局との関係が深まるにつれて中央政府と対等の地位と独自の外交権を認められるようになった。自治権を認められた半独立国という訳だ。


時空管理局の本局が制定する港湾法において、航路の開発は原則として厳しい。まして管理外世界との航行となれば、開発及び保全面でより一層の厳しい精査が求められる。そこで教会が動いた。


宗教国家の思想に基づけば、"聖王"陛下の故郷ともなれば天の国に等しい。管理外世界という定義も拡大解釈すれば、時空管理局の法に囚われない神の世界と位置付けられるからだ。

そこまでいくと言った者勝ちになってしまうのだが、聖女の予言を発端とした数ヶ月の武勇伝が皮肉にも伝説を証明してしまった。魔龍に加えて異教の神まで出てしまえば、現実なんぞクソ食らえになる。

苦肉の策として緩和の矛先を聖王本人及び関係者のみとする事で、制限をかけた独自の開発保全航路が認められた。一個人専用の航路なんて前代未聞だと、アリサとリーゼアリアから豪快に祟られた。

時空間の移動に転移魔法を多用する妥協案も出たそうなのだが、逆に聖王教会側に安全面から否認された。瞬間移動と言えば便利に聞こえるが、妨害や干渉を受けやすくテロの危険が高いらしい。


その点聖王教会が厳重に管理する専用航路となれば、規定された空域を運航する通路として便利かつ安全に移動出来る。"聖王"というブランドの信頼は、手荷物チェックさえ行わない。


「"聖王"陛下のお連れ様ともなれば、身体検査もパス出来るんだな。別ルートで遠回りして帰るつもりだったから、行きと違って楽ちんだぜ」

「正確に言えば、診断結果を事前に提出する事が条件だ。診断書自体は、博士の協力でどうとでも出来る」

「血液検査とかされると、私達もやばかったからね。あー、よかった」

「あたしなんてレントゲンに写るかどうかも分からないから、航路開発に苦労した甲斐があったわ。すずかもよかったわね」

「ありがとう、アリサちゃん。剣士さんの足手纏いにならなくてよかった」

「私も病院の検査で身体を調べられるのは困りますので、良介様の特権に救われました」

「久遠は動物なので特に病原菌の検査には厳しくて、行きでは検査尽くしで鳴いていましたから」

「くぅん」


「……俺の連れ、犯罪者候補が多すぎる」

「剣をぶら下げているてめえだって、同類だろう。アタシは解放されたんで、堂々と何処へでもいけるけどな」


 ミッドチルダへ渡る際は時空管理局経由だったのであらゆるチェックが入念に行われたのだが、日本へ帰る際は聖王教会経由なので、堂々と凱旋する事が出来た。

苦労した甲斐はあったのだが、見ての通り経歴や身元等に問題ある連中ばかりなので心中は複雑である。国境を渡るのであれば、通常入念なチェックを行うのは当然だからだ。

"聖王"はベルカ自治領の王であり、聖王陛下は聖王教会にとって神そのもの。神への疑惑は不敬であり、盲目こそ信仰の条件。一時であれど、別れを惜しまれる厚遇であった。


聖王教会総出の見送りは丁寧にご遠慮させて頂いて、身内だけで済ませてもらった。


「ご主人様、お早いお帰りをお待ちしております」

「……」

「いかがされましたか、ご主人様?」

「そこまで残念そうにするくらいなら、お前も来ればいいじゃないか」

「えっ!?」


 日本でも娼婦姿の女が出歩くのは大変問題なのだが、海鳴の田舎町ならさほど騒がれない。あの街は奇々怪々な連中が多すぎるので、娼婦程度ではもう珍しくもない。

戦争が終わったとはいえ、白旗の戦力を分割するのは確かに痛手だ。だけど娼婦一人いなくなっても、白旗には正直大した影響はない。こいつ、お茶を汲んでいるだけだからな。

目新しい連中が増えた今、こいつ一人連れて行っても俺は別にいい。一人で生きていくのはもう諦めているので、女一人連れ回すくらいなら何とも思わなくなってしまった。


ハッキリ言って完全に悪い方向へ心境が変化しているのだが、感覚が麻痺してしまっていた。


「その、私としては是非とも御一緒したいのですが……」


「いけません」

「駄目だよ」


 聖王教会側の親交代表団として見送りに来てくれたシスターと査察官が、顔を並べて一刀両断切り捨てる。娼婦にも敬う態度を忘れない二人には珍しい、厳格な態度だった。

振り返ってみればこの二人、娼婦が独自の行動に出るのに目を尖らせていた節がある。大切な行事はいつも娼婦が病欠していたので、確実にそうだとは言い切れないが。

娼婦も娼婦でこの二人には頭が上がらないらしく、残念そうに肩を落として渋々承諾した。まあ聖地で生きる娼婦が、教会の修道女や査察官には逆らえないのは当然か。


教会関係者といえば――


「厚かましいかもしれないが、聖女様も見送りに来て頂けるかと勝手に邪推していた」

「ええ、勿論です。ご主人様の凱旋です、晴れやかに見送るのは従者として当然です」

「お前の心境なんぞ、誰も聞いとらんわ」

「あうっ!? うう、ですから、その……聖女様のお気持ちを代弁して」


「――何でお前ら、いつもこいつのこの厚かましい代弁には何の反応もしないんだ」

「ふふ、何故でしょうね」

「はは、どうしてだろうね」


 したり顔で頷き合っている二人を見ると、妙にイラッと来る。この点については俺以外全員寛容な精神を示していて、誰一人何とも言わない事にやきもきさせられる。

何にしても来ないのであれば、それに越した事はない。故郷へ帰れば、色々考えなければならない事が多い。娼婦の面倒なんぞ見てやるほど暇じゃない。どうせ、また会うしな。

娼婦とは違って白旗立ち上げの当初からお世話になっていたシスター達には、きちんと礼を言っておいた。聖女側の人間だった二人が居なければ、教会との意思疎通は難しかっただろう。


俺が礼を言うと、二人は感極まったように涙を滲ませる。


「感謝を申し上げたいのは私の方です、剣士殿。私達がどれほど貴方に救われたのか、どんなに言葉を尽くしても足りないでしょう。本当に、ありがとうございました。
この御恩は生涯、忘れはしません。たとえ貴方が聖王陛下ではないのだとしても、私にとって貴方こそ救いをもたらした神そのものです」

「立ち往生していた僕に未来を示してくれたのは、貴方だ。もしも貴方が居なければ僕は停滞し、神の居ない世界に絶望して堕落してしまっていただろう。
僕にはしては珍しく、今必死で勉強している。将来必ず偉くなって、貴方の力となる事を神に誓うよ」


 ――海外から戻って来た時、待っていたのは仲間達の糾弾だった。お前が居たから皆が不幸になったのだと、死神のように、蛇蝎の様に嫌悪された。他人を不幸するだけの、悪魔だと。

今だって十分に、自分勝手に生きている。他人を斬る剣士なんて、人でなしだ。自覚はしている。そんな俺でもようやく、誰かの助けになれたのだろうか?

娼婦がフードを目深に被って、嗚咽を隠しているのが見える。あいつを拾ったのだって、聖地の事情を知る為だ。そんな事に感謝するなんて馬鹿ばっかりだ、こいつらは。


何と言っていいのか分からず、とにかく固く握手する。この関係が続いていくのであれば、未来へと繋がるようにそれこそ神に祈ろうではないか。


「アナスタシヤも、わざわざ異世界にまで足労願ってすまないな。こいつらがどうしても一緒に行くと言って聞かないから」

「陛下、失礼ながら平穏な国であれど無警戒ではいけません。お聞きした話ですと、逆恨みした者達が陛下を刃を向けたとの事ではありませんか!」

「チンクも私も、貴方を忠誠を誓う騎士団の一人。ご同行させて頂きます」


 ――海外で別れた後もジェイルは俺の動向を調べていたらしく、夏に海鳴で起きた刃傷沙汰もトーレ達に伝わっていた。大人しいセッテまで憤慨しており、世話係を名乗って同行している。


セッテはともかくとして、チンクやトーレはジェイル・スカリエッティが連れていた戦闘機人。製作された人間兵器は罪を犯していないが、非常に繊細な立場ではあった。

のろうさ達はともかく、明らかに犯罪者に関わりのある連中をノーチェックでは連れていけない。だが、"聖王"の心証は損ねられない。その妥協案として、"裁定者"の動向だった。


裁定者は規約に反する者に注意を促し、場合によってはペナルティを与える権限を持つ人間。聖王教会でも指折りの実力者であるアナスタシヤであれば、彼女達を裁定出来る。


「お気にならないで下さい、陛下。私は聖王教会騎士団を除隊した人間、今は貴方様の騎士です。彼女達の気持ちを理解しておりますし、同行する事に一片の迷いもございません。
この身は貴方の剣、彼女達と共に平穏をお守りしましょう」

「……俺の故郷は田舎町だと確かに言ったけど、服装にも気を使ってくれたんだな」


 裁定者を務めるアナスタシヤの装備は騎士甲冑ではなく、素朴な装いをした女性服であった。チンクは外套を羽織っており、トーレは要人を守る警護スーツを着用している。

トップのピンクのカーディガンに加えて、ボトムは紫色のスカート。凛々しい彼女が私服を着ると、海鳴が誇る百合の花が似合いそうな可憐な女性へと化けている。

忍が驚愕するスタイルの持ち主なので、素朴であれど見栄えがして注目を集めそうだった。連れ歩くだけで男として誇らしいが、威厳を持たなければ恐縮してしまいそうな美女である。


心まで捧げる彼女から微笑みを向けられると、妙にそわそわさせられる。女騎士が鎧を脱ぐのは、反則に等しい魅力があった。


「おーおー、剣士も剣を捨ててしまうと女に走ってしまうのかな」

「人聞きの悪いことを言うな。間違ってもお前には走らないからな」

「本当に大丈夫なの、あんた? やっぱり気にしているみたいね」

「お前こそ俺のことは気にするなと言っておいただろう、アリサ。別に剣を捨てるとは言っていないし、剣のことは今でも好きだよ。ただ、意欲が出ないだけだ」


 茶化したように言っている忍やアリサも、俺を気遣ってくれているのは十分分かる。大小あれど、白旗の面々は揃って不安や心配を俺に向けてくれていた。実際、俺にもよく分からない。

剣が嫌いになったのではない、一生手放せないという自負まで持っている。オリヴィエを抜きにしても、自分の竹刀には愛着がある。強くなりたいのであれば、剣だと断言している。

スッポリ抜けたのは剣に生きる覚悟ではなく、剣に向けた意欲であった。何も考えずに振っていた頃からすれば信じられない程、剣を一振りする意欲が出てこない。


性質が悪いのは、やる気が無いのではないという事だ。リニスの指導は今も続いており、トレーニングは欠かさず行っている。剣を、除いて。


「剣馬鹿だったお前が、剣の意欲を失うのは重傷だと思うけどな……シャマルに見てもらった方がいいぞ。あいつ、昔は戦場医療もやってたからな」

「むしろ騎士殿に頼んで、剣を交えたらどうだ。初心を思い出せるかもしれん」

「私で良ければ、喜んでお相手を務めさせて頂きます。陛下と剣を交えるのは、騎士にとって最上の誉れです」


 御神美沙斗師匠は己の剣を邪剣だと語っていたのに対し、アナスタシヤの剣は紛れも無い正道であった。和と洋の違いこそあれど、強さの練度はどちらも極まっている。

剣への抵抗そのものは全く無いので、ザフィーラの提案には頷けるものがあった。むしろあれほど美しい剣を見せられて、今まで学ぼうとしない事の方が問題だったか。

聖騎士からみれば雑な剣でしかないのだが、俺の実力を知るアナスタシヤは頬を染めて申し出てくれた。前々から、俺に求められるのを待っていたのかもしれない。


とりあえず、帰ってから考えよう。


「それじゃあ、行ってくる。後の事は任せたぞ」


 聖女の護衛が決定し、時空管理局、聖王教会との連携が叶った白旗。三役を筆頭にリーゼアリアが総指揮を取り、リニスが幹部兼受付として各組織との関係を取り持つ。

現場には教会の二人に関係改善された教会騎士団、ジェイル達と粒を揃えた陣容。聖王のゆりかごと魔龍、ガルダはユーノを筆頭とした結界魔導師総員で監視体制。俺が雇ったノアも見張り役。

ゆりかごの調査は監視役に当っているユーノに、調査許可が正式に降りた。聖典のことも含めて、あいつが現場で調査を行ってくれるとの事だ。考古学者の資格取得まで、教会が便宜を図ってくれたそうだ。


生死不明の魔女とマリアージュは、メガーヌが危惧してクロノ達と共に追っている。彼らとの事も含めて、逐一連絡を取り合っていかなければならない。



ともあれ、まずは少し休みたい。あの優しい自然の風景を見て、心を癒やされるとしよう――















「何処だ、ここはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」










<To a you side 第十楽章 田園のコンセール 開幕>








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