とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第九十三話




 聖地に予言が刻まれてから、長らく空席となっていた聖女様の護衛。不在である事実がこの地で起きた戦乱の火種となり、聖王様を尊ぶ信徒達の心を苦しめる結果となってしまった。

聖王様を祀る聖王教会はこの事実に胸を痛め、平和が訪れた今こそ聖地を守る守護者が必要であると断じた。聖女を守り、聖地を護る守護者とは、ベルカ自治領を救った英雄にこそ相応しい。

人々に異論はなく、信徒達は喝采を上げた。子供達は祝福し、大人達は歓喜で出迎えた。神が不在だった教会、守護者が不在だった聖地、護衛が不在だった聖女。救うのは、英雄に他ならない。


誰もが受け入れた真実に対し、他ならぬ本人が異を唱えた。



「星の子供たちよ、あなた達に祝福は与えられている。

私は剣を取る者、私は剣を振るう者、私は剣を掲げる者。争いを憎み、争いを恐れ、争いを終わらせる者である。
そして今、戦いは終わった。戦争は終わり、戦乱は収まり、戦場は浄められた。古代ベルカ戦争が終結を迎えた時、聖王も舞台から降りた。悪鬼羅刹の血に濡れた剣で、人の生活を汚してはならない。


愚かな歴史は繰り返してはならないが、先人の刻んだ軌跡を後人が踏み躙ってはならない――私の役目は、終わった」


 聖女の予言とは神の降臨を示すものであって、神の君臨を意味していないのだと語った。聖地は護られるものであって、支配するものであってはならない。白き旗は、欲に穢れてはならない。

一貫した信念を述べられて人々は理解したが、納得はしなかった。無責任だと誹る声はない、神は責任を果たして悪鬼を討って争いを収めた。戦いを目の当たりにした人々が、思い知っている。

されど、彼らは子供たちである。親に去られては、子供は途方に暮れる。悪鬼羅刹が倒されたのであれば、残されるのは人の世。人とは決して聖人ではなく、悪人も跋扈している。


邪悪なるモノが去れば、次に人が争う時代が訪れる。人々の不安を、神は子を諭す親のように優しく告げた。



「私は常に、あなた達と共にある。あなた達の祈りが私を呼び、あなた達の願いを私は叶えた。この地に信仰の火が灯っている限り、人の心は決して暗闇に曇ることはない。
この地で再び災いが起きれば、再び私が剣を持って現れるだろう。あなた達を害なすものを斬り、あなた達を苦しめるものを切り、この剣を持ってあなた達の願いを叶えるだろう。

思い出すがいい、子供たちよ。

邪霊に苦しんだ人達を救ったのは、誰であったか。魔龍に傷付いた人達を救ったのは、誰であったか。戦乱に苦しんだ人達を救ったのは、誰であったか。あなた達と向き合ったのは、誰であったか。
私が剣を取って敵と戦っている間、彼の者はあなた達を守りぬいた。信徒達の父として強大な悪魔と対峙していた時、信徒達の母としてか弱い天使を守っていたのは誰であったか。


尊き祈りに殉じた者こそ、平和な時代に必要だ――光の聖女に選ばれた美しい乙女にこそ、守護者の座は相応しい」


 聖王が空で龍姫と死闘に興じている間、乙女は聖地で懸命に人々を救っていた。聖王が外で戦争に埋没している間、乙女が中で戦争に苦しむ人達を懸命に助けていた。

乙女とは、非力を象徴するものではない。人を救う事にどれほどの強さが必要なのか、戦乱に怯えていた弱き人達はよく分かっている。常に優しく、たくましく、力強く救ってくれた乙女。

その救世主こそ、ローゼ。片時も休まず、片時も怯まず、片時も怯えずに、美貌を返り血で汚し、美声を張り上げて勇気付け、正装を泥で汚しても、人々を守ってくれた。


聖王とは闘う者、救世主とは護る者であると、人々に説うたのだ。



「――神が必要とされない時代は、いずれ必ず訪れるだろう。けれどそれは決して、信仰の否定ではない。あなた達の祈りが、天に届いた証でもある。
大いなる祝福あれ、子供たちよ。あなた達がいる限り、祈りが途絶える事はない。あなた達の信仰が成就したその時は――


私はこの剣を捨て、人と共に生きるであろう」



 ――そんな日が本当に、来るだろうか。人がいる限り争いが起きて、剣を取って殺し合う。古代から現代まで延々と、悪しき宿命は続いていた。途切れず事なく、永遠に。


だからこそ、この誓いである。我が子を守るために剣を捨てた俺の答えであり、この異世界の人達に対する誓い。本当の平和が訪れたその時、俺は本当に剣を捨てよう。

剣がなくても、剣士として戦える。この数ヶ月の戦いが、俺に教えてくれた。剣に拘る必要はない。剣士であることに、意味があるのだ。


後の世で多くの賛否が論じられた"聖王"陛下の誓いに、今世の人々はサンタルシアの喝采を上げた。















 耳を疑ったのだが、聖女様ご本人より護衛の指名があって聖王教会へと招かれた。昨晩情報共有と今後の方針について会議を行ったばかりで、昨日の今日で随分な偶然が起きたと言っていい。

真意を勘繰ったのは白旗の中でなんと俺一人という愚かしさであり、危機管理不足の仲間達に目を覆わんばかりだった。娼婦なんて絶対に行くべきだと、無根拠かつ執拗に主張する程である。

何はともあれ、招待された以上この絶好の機会を利用しない手はない。まず教会へ訪れて司祭様と公式の面談、聖地と信徒を救った事に大いなる感謝を述べられてしまった。表敬訪問も必要だ。


そして珍しくウキウキのセッテに案内されて聖女様との面談となり、護衛の件について正式に要請を求められた。


『……採用?』

『採用なんて恐れ多いことです。私の方から是非と頭を下げなければならない立場ですのに、不躾に呼び立てて申し訳ありません』

『貴女が雇用者ですから!?』


 聖女とも呼ばれる御方だと、一般人に対しても礼儀正しく接して頂けるようだ。俺なんて目上の人間にも不躾だからな、人の上に立つのであればこの姿勢を見習わなければならない。

一応、分かっているつもりだ。聖女様が俺を礼を持って迎えてくれるのは、聖王というブランドがあるからだ。完全な誤解なのだが、否定できる材料は皆無である。

加えて俺一人の意固地で否定するのは、ここまで俺を導いてくれた仲間達への失礼に当たる。権力闘争に勝つのであれば、どんな材料でも利用するべきだ。


聖女様を騙すなんてとんだ人でなしだが、所詮俺は人を斬る剣士である。どれほど高貴な女性でも、斬るべき相手と認識しなければならない。


『聖女様より直々に正式な雇用を頂けるのは、一介の騎士として誉れ高き功績です。謹んでお受けしたい所なのですが』

『貴方様は白き旗を掲げられるお立場です、ご事情がおありなのでしょう。何でも私にご命じになって下さいな』

『貴女が命じる立場ですから!?』


 神に対して敬虔な祈りを捧げるかのように、聖女様は慎み深く胸襟を開いてくれた。圧迫面接を覚悟していたのに、花束を持って迎えられた就活生の気分だった。

信徒達を救ってくれたのは家族達であり、悪鬼羅刹を退けられたのは仲間達のおかげだ。実績を讃えられるのであれば、彼らこそ勇者として迎えられるべきだと思っている。

罪悪感があるのではない。劣等感なんて以ての外だ。単純な事実として、俺は聖女の歓迎を素直に受け止められない。剣士はあくまで、自分が切った首を掲げて功を訴えなければならない。


アリサの睨みが脳裏によぎって、自分の本心を押し殺す。分かっている、ここが正念場だ。


『貴方様の護衛には、私より相応しい者がおります。是非とも、推薦させて頂きたい』

『貴方様ほどの御方からの推薦とあれば、お一人しかおりませんね。私達教会も、救世主と讃えられている方に崇拜と尊敬の念を持って感謝を捧げております。
実力の程についても、聖地のご活躍をお聞きする限りでは異論はありません。何でも、倒壊した家屋を片手で持ち上げて被災者を救ったとの逸話も聞いております』

『は、ははは、火事場のクソ力とは恐るべきものですな!』


 救助活動は常に全力なのは分かっているが、敢えて言わせてくれ――少しは手加減をしろ、あのアホ。絶対あいつ、すました顔で持ち上げたに違いない。


ジュエルシードという永久機関を持っているので、二十四時間休みなく働き続けられる自動人形である。被災現場では歓迎すべき胆力だが、冷静に振り返れば異常である。

自分の役割を悟ってからは熱心に勉強して救世主を演じているが、生来が世間知らずのアホなのでたまに奇行に走る点が心配だ。実力は本当に申し分ないのだが。


誤魔化す意味で、俺は朗らかに笑って冗談じみたことを言ってみる。


『聖女様としても私のようなむさ苦しい男よりも、理性的な少女の方が護衛として安心でしょう』

『何を仰るのですか。貴方様のお傍が一番、私の安心出来る拠り所です』

『会って間もない私に、そこまで!?』


 狼狽えてはいるが、"聖王"陛下は聖王教会にとって神同然の存在である。神に寄り添う場所が安息の地というのは、聖女様にとって模範的な回答だ。

なかなか侮れない人だと思う。一つ一つの言葉に愛情と信頼が感じられるが、その実裏には計り知れない政治的な思惑を孕んでいる。こうして吟味して、初めて真意が分かる。

俺に好意的なのは、俺を取り込みたい聖王教会が背景にあってこそだ。俺はそれを政治的甘い罠だと邪推しない。宗教組織であれば、当然の外交交渉だ。

特に聖女様ご本人は、高貴な雰囲気に満たされた美女だ。美しい唇から紡がれる信頼を、そのまま好意的に甘く受け止めてはならない。用心深く、対処しよう。


俺とこの人は会って間もない関係だ、信頼とは築くものであって築かれるものではない。急に積み重ねられたのであれば、それは愛情ではなく別の重き信条だ。


『陛下の提案は私共としても異論はございませんが、さりとて貴方様は聖王陛下でいらっしゃいます。民は貴方様を望んでおられるでしょう』

『私自身、自分の武功を否定するつもりはありません。ですが飾り立てられた武功により、貴方様に寄り添うことはあってはならないと思います。
ただそうした私本人の思いで、聖王教会の信頼を損ねることはあってはなりません。そこで、私に機会を頂きたい』

『機会と申しますと?』


『聖女であられる貴方様の護衛が決定するとあれば、民間にとっても祭事です。祭日としてその日は、美しく華麗な祭りとなる。
その場をお借りして、私本人が信徒の方々の前で――いえ今やこの聖地は次元世界全土が注目する舞台、全世界の前で私が訴えましょう。


光の聖女様に選ばれた美しい乙女が、光の王冠を付ける正当性。天においてはサンタルチアと呼ばれる祝儀を、私に述べさせて頂きたい』


 ルチア祭とはすなわち、再生の意味を帯びている。平和が訪れたこの聖地で新しく時代が始まるのであれば、この祝祭が相応しいだろう。聖女様に提案して、教会が受け入れてくれた。

決して、善意ではない。教会としても戦乱による飛び火を、世界中にばら撒きたくはない。責任問題に発展した場合、宗教組織であれば元来神に押し付けられるが、その神が降臨していれば話は別。

神が降臨したことで高められた権威を、神の責任にして失墜させてはならないのだ。その神は戦争の当事者であり、戦火の中心にいた存在。外交では扱いづらい鬼札である。


その点聖女と救世主という組み合わせは、これ以上なく美しき宝石だ。権威の頂より世界を照らす者として、これほど美しき光はない。


自ら神輿に祭り上がって、教会の象徴となると宣言する神様を誰が否定できるというのか。宗教組織として、俺の提案は歓喜を持って飛びつきたいことだろう。

しかも民を納得させるのは教会ではなく、自分だとまで言ってくれているのだ。あらゆる不都合を押し付けられた俺だが、俺としても権威の頂になんぞ立ちたくなかったので好都合。


人々の感動の裏側では、唾棄すべきシナリオが用意されていた。歴史には決して刻まれない、陰謀――これで分かっただろう、神を尊ぶ宗教組織よ。



俺は所詮、人間なのだ――















「――こんなものを見せ付けられてもまだ、俺に仕えるのか? 聖女まで利用したんだぞ」

「私は、ご主人様の娼婦です。どんな汚いものを見せ付けられても、"私"なら平気です」

「なるほど、俺は結局聖女の護衛にはなれなかったが……俺にはお前のような女の方が、お似合いなのかもな」

「これからもずっと貴方に尽くしますね、ご主人様」


「金、返せよ」

「うっ」


 結局数ヶ月もかかってしまったが、これで何とかローゼに関する身の安全の保証はされた。聖王教会が正式に発表して、神である俺が推薦した以上、あいつが救世主として聖地に受け容れられる。

全世界が祝福しているこの事実を、時空管理局の法であろうと覆すのは無理だ。ここは自治領であり、聖王教会は管理局と密接に繋がった関係。あらゆる不利益が、許さない。

アギトについても聖地に貢献したデバイス、魔龍を撃破するべく自爆までしたのだ。聖地に大きな影響力のあるカレイドウルフ大商会のトップのお気に入りでもある、あいつも安泰だろう。


達成感はない、とにかく疲れた。俺自身の問題はむしろ増えたというのに、何であんなアホ一人のために頑張らなければならんのか。



命を救われた恩返しとして、ずいぶん高く付いたものだ。










<続く>








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