とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第九十話




 医療環境が良かったのか、医療メンバーが良かったのか、その両方か。久しぶりに何事もない穏やかな療養期間を過ごし、心身共に回復して何とか早期退院する事が出来た。手を、除いて。

食い千切られた手は接合してリハビリに励み、驚異的な回復力で箸を使えるくらいには治っている。これだけでも奇跡的であり、剣を手にする事を望むのは高望みというものだろう。

いずれにしても敵戦力はほぼ討伐されており、今後の戦いは剣を持たない戦いとなる。そういう意味では、手を使えないのは逆に幸運だったかもしれない。剣に思い煩っている暇はない。


ドクターヘリによる搬送で入院したのだが、帰りもヘリに乗って派手に聖地へ帰還する訳にはいかない。迎えは確かに寄越してくれたが、目立たない車だった。


「……いや、確かにカモフラージュには最適な車だけどよ」

「えへへ、お迎えに上がりましたよお客様」


 歓迎の旗を持って迎えに来てくれたのは、宿アグスタの女将マイア・アルメーラだった。ホテルの支配人にまで出世した筈なのだが、相変わらずのオンボロ観光バスである。

まさか"聖王"陛下が観光バスに乗って聖地へ帰還するとは、夢にも思うまい。見事なカモフラージュと言えるのだが、支配人兼運転手のマイアがいつもの仕事着だと天然ではないかと疑ってしまう。

退院が決まって、アリサは仕事の為聖地へ先に戻っている。護衛の妹さんを一人連れて、俺は一応礼を言ってバスへ乗り込んだ。ボロい点を除けば、内装は一応綺麗である。


念の為聞いてみると、案の定自分で毎日手入れを行っているようだ。いい加減、人を使う事を支配人として覚えてもらいたい。


「聖地の皆さん、お客様のお帰りを今か今かとお待ちかねですので、窓には気をつけて下さいね。万が一見つかってしまうと、囲まれてしまいます」

「……誰の話をしているのか、実感が無いな」

「夢を叶えても、夢を見ていた自分を忘れられないものですね。本当はセレナさんがお迎えに上がる予定だったのですが、わたしが無理言ってお願いしたんです。
"聖王"陛下だとお聞きして恐れ多くもあったのですが、お客様を見て何だか少し安心しました。あっ、決して悪い意味ではないんですよ」

「ああ、言いたいことは分かるよ」


 むしろ、逆だった。異世界へ来て次元そのものが違う強者達と戦うと、昔の自分が蘇ってくるようだった。憧れていた剣士となるべく、敵を斬るべく戦いに専念した。

夢を叶えるべく突き詰めてしまうと、やがて人は原点へと戻るのかもしれない。叶えようとしている夢とは、夢に憧れていた自分が思い浮かべた理想だ。それはすなわち、原点回帰となる。

共に夢を叶えようと手を差し伸べた少女は、夢を叶えた後も夢に憧れる心を持ち続けている。不変なんてありはしなくても、思いを馳せる初心だけは心の中に記録されている。


マイアの極めて安全な運転によって、懐かしき聖地へと問題なく帰る事が出来た――盛大に目眩がするのはきっと、病み上がりだからだろう。


「おっ、帰って来やがった」

「よくぞ無事に戻った」


「のろうさにザフィーラ、出迎えに来てくれたのか」


 白旗の本拠地である拠点へと戻ると、玄関先で守護騎士達が出迎えてくれた。何気なく佇んでいるが、周囲への警戒を怠っていない。騒ぎにならないように、気を使ってくれたのだろう。

生死の境を彷徨った俺とは違って、ザフィーラとのろうさは見事なまでに無傷。だが他の誰でもない彼らが、戦場へ乗り込んだ俺の背を守ってくれた事くらい分かっている。

聖王教会騎士団との決闘から続く一連の戦いで、常に俺が敵に集中して戦えたのは彼らのおかげだった。あらゆる予想外を考慮して、あらゆる障害を打破してくれた。だから、周りを気にせず戦えた。


戦場での活躍で勇名が轟いている聖騎士達と違って、のろうさ達は徹底して表舞台には上がらなかった。彼らは、はやてより託された役目を果たしてくれたのだ。


「無茶苦茶な戦いしやがって、全部終わったら徹底的に鍛え直してやるからな」

「クラールヴィントを通じて、お前の戦闘データは分析済みだ。課題は山積みなので、覚悟しておくことだ」

「勝っても負けても容赦しないな、お前ら」


 見舞いには来てくれなかったが、俺の身を案じる気持ちを疑ったことは一度もなかった。聖地の状況をニュースで見る度に、彼らが俺の代わりに戦ってくれている事は分かったからだ。

聖地の外で起きた戦いは内側まで破壊することはなかったが、それでも飛び火を防ぐ事は出来なかった。人への脅威は抑えられても、人の心の天秤までカバーする事は難しい。

地雷王達が起こした天災に、魔女が起こした人災。治安が乱されてしまうと、善悪の境界線も曖昧になってしまう。自分に害が及んでも、他人を案じられる人間は意外と少ない。


守られた人達が、守った人間を襲ってしまうという悲劇。戦争では決して珍しくない光景だからこそ、過去の戦争を教訓とする騎士達は迅速に対応する事が出来た。


「へっ、生きていればこその苦労じゃねえか」

「修行に専念する時間を与えられるのは、幸せな事だ。我らが主ならば、お前に充実した時間を作って下さるだろう」

「そうだな、一刻も早く平和な日本へ帰れるように努力するよ」


 感謝を述べるべきか悩んだが、やめておいた。言葉にするよりも結果で示すべきだ。その為に剣を手に出来ずとも、聖地へと戻って来たのだから。

何の因果もなかった地で戦ってくれた騎士達は誰にも名乗らず、誰にも認められないまま戦いを続ける。この地を去る時が来ても、彼らは決して何も誇らないだろう。

それでも、悲しむことはない。労をねぎらってくれる家族がいる。役目を果たしたと、喜んでくれる主がいる。それだけで、彼ら騎士達は冥利に尽きるのだ。俺からの言葉は不要だった。


他のメンバーも志は同じだった。俺が帰ってくるからといって、職務を疎かにするような人間は一人もいない。仲間達はそれぞれ仕事へ出かけており、留守役しかいなかった。


「良介さん、お帰りなさい」

「りょうすけ!」


「久遠、お前なんで人間に化けて――ぬわっ!?」


 愛らしい巫女姿の少女となっていた久遠が、歓喜の笑顔を輝かせて飛び込んできた。子狐であれば蹴飛ばしてやったのに、形態が変わると調子が狂う。

よく見ると久遠だけではなく、那美も巫女装束を着用していた。宿の食堂で着ていると最近流行りだというコスプレと間違われそうだが、那美達には羞恥心はない様子だった。

よほど心配していたのか、珍しく久遠が素直に飛び込んで来ている。子供を抱き締める趣味はないので、適当にされるがままにしておいた。柔らかいというか、暑苦しい。


那美も安堵を表情に滲ませて、柔らかく出迎えてくれる。


「お留守番ではあるのですが、緊急時に備えて巫女装束で待機しているんです。魔女さんは生死不明との事ですが、小規模な霊障が発生するケースが有りまして」

「くおん、てつだってる」

「ガルダが金の炎で浄化してくれたとはいえ、あれほどの霊災が起きたんだ。火そのものは消し止められても、煙はまだ多少燻っているか」


 何しろ図々しく、俺の竹刀にまだ祟り霊が取り憑いているからな。魔女という炎が消えても、荒御魂という火種が転がっている限りまた燃え上がる可能性がある。

剣に取り憑いているので霊障の拡大は防げているが、完全に遮断するのは難しい。戦乱による人々の恐怖や不安が、負の念となって漂ってしまうのだ。

燃えないように那美が聖地を回り、霊障が起こりそうな現場を清めている。負の念では人体を脅かすほどの害にはならないが、有るよりは無いほうがいいのだ。清められれば心身の状態が改善される。


目に見える奇蹟ではなくとも、神咲那美という巫女の存在は着実に人々の癒やしとなりつつあった。那美を手伝う久遠もまた、その愛らしさから評判が良い。


「そうなりますと人々の噂に上がってしまい、久遠も白旗への信頼を高める要因となっているんです。本人も必要とされて嬉しいのか、張り切ってしまっていて」

「がんばる」


「……普通に耳と尻尾が出てしまっているんだが、いいのか?」

「……魑魅魍魎が湧き出た後だと、久遠の容姿くらいでは気にならなくなってしまっているようです」


 地雷王達は戦場で全て駆逐したが、龍族の姫や魔龍等の化け物達が大暴れしてしまったからな。人かどうかなんてもう、今更なのかもしれない。

人外に脅かされれば当然人外に恐怖するものだが、魔龍やガルダなんぞという化物が出た後では恐怖が麻痺するのかもしれない。比較する対象が既におかしいのだけれど。

混乱に陥った中で人々に対する救済活動に懸命な姿を見せていれば、人々の認識も少しは改められる。那美とセットだからこそ出来る、癒やしの効果だった。


那美は一生懸命な久遠の頭を撫でながら、状況を報告してくれた。


「良介さん。私、良介さんについてこの異世界の地へ来れてよかったと今でも思っています」

「学校まで休学して、この地で得るものはあったのか」

「人々に必要とされている充実感もありますし、何より霊障の現場を経験出来ている事が大きいです。人々の暮らしに密接しているからこそ、真剣に取り組めています。
こういう言い方をするのは無神経かもしれませんが、清めの儀式を行うことで良い修行にもなっています」

「実地経験で人々の貢献となるのであれば、悪い話じゃないだろう。せっかく同行してくれたのに、余り力になれなくて申し訳なかったんだが」

「いいえ、得るものは大きかったです。怖い思いもしましたけど……本物の神様にも出会えました」


 固唾を呑んだ。やはり、ガルダは那美達を襲ったのだ。完全に目をつけられていたのは分かっていたが、本人より実際に聞かされると驚きを隠せない。

ナハトヴァールに守られていなければ、彼女達はどうなっていたか分からない。心苦しくはあったのだが、本人達に恐怖はなかった。


那美は俺の思いを察してなのか、首を振る。


「神様が、この子を許さないのは理解出来るんです。この子は聖地を脅かす災いとなる、そう言われた時反論出来ませんでした」

「……」

「罪悪感と恐怖に震えても、私はそれでもこの子を守ろうとした――その時に自分の気持ちと、願いに気付いたんです。
そのせいではないと思うんですけど、ナハトちゃんが飛び込んでくれたんです。"まもる"のだと、にこやかに笑って」


 ――那美の願いに反応して、ナハトヴァールが動いた。無論俺からの言い付けもあったのだろうが、那美の話を聞いて俺はまた別の認識を持った。

ナハトヴァールは法術により生まれた存在であり、夜天の魔導書で作り出された防衛プログラムである。もしかすると人の心を持ったことで、プログラムは正しく機能したのではないか。

笑ってしまう。人の心がない剣士は人外の外道なのに、その子供が人の心を持った正しいプログラムへと改善された。まるで、お伽噺のエピソードのようだ。


那美も少し乙女心が過ぎたのだと思ったのか、照れたように微笑んでいる。照れ隠しなのか、話題を変えてきた。


「私は人の魂を癒やせる巫女になりたい、その為にも鎮魂術をもっと深く学びたいと思っています」

「那美が聖地へ来た目的の一つでもあったな。俺も法術についていい加減調べないといけないんだが」

「聖王教会に何かのヒントがあるというお話でしたよね」


「聖王教会には"聖典"と呼ばれる、聖人の言行が書かれた書物がある。権威ある書物だから、一般人には到底触れられない。
その為にも、権威ある聖女の護衛となる必要があったんだ。何にしてももう後一歩で――」



「……え……?」



 ――振り返ると、フードで顔を隠した娼婦の姿があった。



「ご……ご主人様、は……"聖典"の為に、"私"に近づいた……んですか……」



 何を言っているのか分からないが、こっちが言葉を発する前に勝手に飛び出して行った。何が起きているのか、サッパリ分からない。何なんだ、あいつは。

ただ何かが起きたのだということは、大変なことになったと悩んでいる那美の表情で分かった。ただ、それだけだった。


まるで自覚症状がなく進行していく病のように――突然起きた、破局であった。


「? 一体全体、どうしたんだあいつは」

「う、うーん……どこからどう話せばいいのやら。むしろ今まで成立していたのが奇跡的というか………」

「?? 女性ならではの悩みという奴なのか」

「そ、それよりも大変ですよ!? きっと娼婦さんに誤解されたと思います。このまますれ違ってしまったら、大変なことになりかねません!」


 確かに部外者ではないにしろ、今まで隠していた事を異世界側の住民に知られたのはまずい。あの口振りからすると、何やら誤解された可能性も高い。

何という悲劇的かつ喜劇的なすれ違い、誤解が誤解を生みかねない事態。人間関係の捻れを感じさせる、破滅への第一歩。


そして、俺にとっては実にありふれた出来事であった。


「妹さん、捕まえろ」

「はい――捕まえました」

「足を、足を引っ張らないでください〜〜〜痛い、痛い、痛いですって!?」



「……良介さんってすごく、アクシデント慣れしていますね」



 アリサ曰く、あらゆるフラグを叩き折る達人だそうである。










<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.