とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第八十九話




 とりあえず起き上がって、食事を取るくらいには回復した。夜の一族の血の恩恵と博士の手術で接合された手で、何とかスプーン類を握れるようにはなった。箸はまだ少し難易度が高い。

ほぼ寝っぱなしだったので魔力は回復しているが、体力はむしろ減退している。凡人が努力を怠れば、単純に衰えるだけである。何とかパンを水で流し込んでいる。

メイドであるアリサが介抱してくれているので、静養生活に不自由は一切ない。和食までわざわざ作ってくれる気配り上手だが、自分で食べられるのにわざわざ食べさせるのは何とかして貰いたい。


聖王教会総本山が運営するこの国際医療研究センターは実に管理が徹底しており、盟友関係である時空管理局からの干渉さえ断ってくれている。マスメディアの類は以ての外。


古今東西次元世界のあらゆる勢力がコンタクトを取ろうとしている様子は、空間モニターによる国際チャンネルを通じて窺えた。何か最近、本人不在で世界が騒いでしまっているな。

身体が回復すれば否が応でもこの世界の騒動に再び巻き込まれるのだと思うとウンザリだが、この荒波を乗り越えれば何とかゴールには辿り着けそうだった。聖女の護衛の席は、予約されている。

剣の練習はアリサに、魔法の練習はリニスに容赦なく禁じられているので、今の所は身体を休めるしか出来ない。秒単位で予定が埋められていたここ数ヶ月がむしろ異常だったと思う。


では暇かといえば、そうでもない。自由に旅をしていた頃と今では、決定的に違う点がある。



人間関係である。















「ご迷惑をお掛けしまして申し訳ありませんでした、ご主人様!」

「何で入院患者がわざわざ自分から取り次がなければならないんだ、面倒臭い」

「受付の方がどれほど懇願しても面会の許可を出して下さらなかったのです」

「フードで顔を隠している娼婦姿の女を誰が通すか、ボケ。デリヘル呼んだとか、変な噂が流れるだろう!」


「で、でも、聖地ではご主人様が娼婦である私をお連れしていると、評判ですよ」

「評判の意味が違うから」


「何か不自由はございませんか、ご主人様。何なりと、私に申し付けてくださいね」

「娼婦に申し付ける事といえば一つだけだな」

「はい、お茶ですね。お待ち下さい、ただ今お入れ致します」


「……くそっ、無駄にタフになりやがったな、あいつめ」










「お、お身体の具合はいかがですか、陛下……い、いえ、剣士殿、ゼイ、ゼイ……」

「あ、あんたこそ大丈夫なのか……?」

「お、お気遣い下さってありがとうございます、ハァ、ハァ……ですが、この通り問題ございませんよ」

「娼婦の馬鹿が此処と聖地を何故か無駄に往復しまくるせいでえらい迷惑をかけているな、申し訳ない。
捻挫、疲労骨折――今は花粉症とかほざいていたか、あの馬鹿。お前こそ入院しろと、言いたい」

「あの御方も自分の身体を押してまで貴方に尽くそうとされているのです、そのお気持ちをどうか汲んで頂きたい」

「その割に、大切な日には必ず休んでいるんだけどな」

「た、大変申し訳ありません、私としても心苦しいのですが……ガハッ!」

「いやもう、休んでくれていいから!? おーいアリサ、お茶出してやって!」










「――といったところかな、今の現状は」

「情報連携助かるよ、査察官殿。マスメディアを通じてしか分からないからな、外の様子は」

「ははは、僕はまだまだ見習いさ。もっとも君が"聖王"陛下と認められた以上、僕としても真面目に目指すつもりだけどね」

「聖女の近辺が一通り落ち着いてきたのなら、むしろ進路はゆっくり考えられるんじゃないのか」

「とんでもない、君には本当にお世話になっている。シャッハも僕も、君に救われたんだ。僕はこの先あらゆる努力を惜しまず、君への恩を返すつもりだよ」

「俺としてはむしろ、落ち着きたいところなんだけどな」

「ふふ、不真面目ではあるけれど、今のところは僕としても耳を塞いでゆっくり休んでいてもらいたいね」

「剣士が剣を振れない以上、戦況を窺うしか出来ないからな」

「勤勉なのは感心するけれど、無理は禁物だよ。君の代わりはいないのだから」

「その台詞は女性に向けて言うべきだぞ」

「うーん、兄貴分の意見として参考にさせてもらおうかな」










「陛下、御体の具合は如何でしょうか。御身は世界のあらゆる人々の希望なのです、どうかご自愛下さい」

「……」

「? どうされましたか」

「以前は白旗の象徴、この前は聖地の頂点、一昨日はベルカの王、昨日はミッドチルダの太陽で、今日は世界の希望――何故日々持ち上げられているんだ、俺は」

「そ、そうですか? 失礼致しました。私の中では貴方様の存在は変わらず至高で在り続けているのですが」

「自分で言うのも何だが、そろそろ目を覚ますべきではないかと思うぞ。本物の神には、全員で力を合わせなければ勝てなかった」

「異教ではありますが、確かにあの御方は神であられました。異なる神の威光を前に、信仰を持つ私が動けなかった。
貴方様に敵対する意思を明確に感じていたというのに、私は動けなかったのです」

「……」

「ですが、あの陛下の一声で私は再び剣を掲げられました。神の威光であれど我が忠義は確かなものであったのだと、私は改めて確信致しました」

「アナスタシヤ……」


「私は、陛下の騎士です。貴方の剣と為りて、戦い続けます」










「暇で暇でどうしようもなかったので、仕方なく見舞いに来てあげましたの――セレナ」

「お見舞いのお花です。花瓶も用意致しましたので、お水を汲んでまいります」

「ちょっと待って下さい」

「畏まりました、尿瓶を持ってまいります」

「何する気だ!? いやあの、気のせいか……その花、菊に見えるんだけど」

「キク? キクとはどういった花でしょう」

「そ、そうですよね、知る訳がないですよね。いや、申し訳ない、気のせいでした」


「このお花は、お墓に供えると綺麗だと評判なのですよ」

「せめて取り繕えよ!?」


「田舎者にしては此度の働きはなかなか見事でしたの。お前の働きを評して、臨時ボーナスを用意しましたの!」

「おお、流石はカリーナお嬢様。花なんぞよりよっぽど実用的で嬉しい――あの」

「何ですの、這い蹲って受け取りやがれですの」

「病人を労ってくれよ!? いやあの、この袋、気のせいか……香典用に見えるんだけど」

「香典……? セレナ、お前が用意したこの袋にこいつが何やら文句を言ってますの」

「お任せ下さい、カリーナお嬢様。このセレナ、今まで不審死を遂げた数多くの主のお葬式を取り仕切った実績がございます」


「やっぱり香典袋じゃねえか!」

「そんな実績があるのなら、絶対雇わなかったですの!」
















「お客様が大怪我を負って入院されたと聞いて、急ぎお見舞いに来ました!」

「き、気持ちはすごく嬉しいんだけど……観光バスでかっ飛ばすというのは、ちょっと」

「平気ですよ、制限速度はちゃんと守っていますから」

「……俺でもヘリで運ばれた場所なのにどうやって来たんだろう、この女将」

「これ、お見舞いです」

「写真……?」


「はい、聖地を守るべく戦うお客様と、争った女性をバッチリカメラに捉えました!」

「敵を撮ってる!?」


「お客様の勇姿を讃えるべく、額縁に入れて当ホテルに飾っていますよ!」

「俺が一ミリも写ってないじゃねえか!?」

「最初はお客様の写真を飾っていたのですが、その……お写真を前に拝まれる方々が日に日に増えて、当ホテルが礼拝堂のようになってしまいまして」

「ええい、奇特な連中が多い宗教国家だな。だとすれば余計に、敵の写真を飾るのはまずいんじゃないのか」

「『聖王陛下に討伐された』魔龍の姫ですので、武勇を伝える肖像として好評を受けております」

「まあ確かにお伽噺でも、勇者を飾るのは魔王の存在だもんな……プレセアほどの美姫であれば、戦場の華にもなるか」


「当ホテルはいつでも、お客様のお帰りをお待ちしておりますね!」
















「はい、王手」

「ぐっ……ちょっと待ってくれ、クアットロ」

「別にかまいませんけれど、一手前に戻った程度では逆転できませんわよ」

「ぐぬぬ……よしトーレ、リターンマッチだ」

「あ、あの陛下……再戦はかまいませんが、これ以上腕相撲を続けられると、折角繋がった腕がまた折れてしまいます」

「ええい、こうなったらチンク、お前だ!」

「へ、陛下のご命令であれば喜んで承りますが――またダーツを壁に刺してしまうと、アリサ殿にお叱りを受けてしまいます」

「うっしっし、こうなったらあたしとのレース勝負しかないっすね!」

「こっちは歩くのがやっとなのに、子供であってもライディングボードは卑怯の極み」

「ウフフフフフフフ、降参ですか陛下。私達騎士団に敗北すれば、主からの寵愛を頂けるお約束ですわよね!」

「ドゥーエとの約束を守ってもらうよ。君の遺伝子を弄る機会を貰えるとは実に光栄だよ、ふはははははは!」

「博士、どうかその任は是非とも私にお任せ下さい。ご安心下さい、陛下。私怨は一切ありませんから、ええ」

「ウーノの目は本気だ!? うぐぐぐぐ……こうなったら、セッテ!」

「陛下に勝ったら、一族郎党皆殺し」

『神様のすることじゃない!?』
















「ハロー、父上」

「ヘロー、我が娘」

「着替えを持ってまいりました。ご安心下さい、全てクリーニングの上チェック済みです」

「チェック内容を報告するように」

「調査官である私自らの鼻で、入念にチェックしております」

「端的に表現すると?」

「クンカクンカ」

「やり直しを命ずる」

「実に厳しい父上の教育、このシュテル常に学ばせて頂いております」

「なんと、この俺の教育が間違えていたのか」

「自信を持って下さい、父上。貴方の教育の賜で、私はこの通り立派に成長しております」

「さり気なく自分の変態ぶりを実の父に押し付けるその手際、見事よ」

「なんの、父の娘であれば当然です」


「――すずか、このアホ親子にマッハパンチ」

「許してあげて、アリサちゃん」
















「それでねパパ、ちびっこ達に言ってやったんだ。ボクのパパは神様だってズバッと斬っちゃうんだって!」

「おーおー、バッチリモニターに移っていたぞ」

「でしょう! パパのカッコよさを、皆に教えてあげているんだ!」

「一切褒めとらんわ、この馬鹿たれ!」

「ええ!? なんでなんで!」

「お前が俺の留守中に噂しまくるから、日に日にお見舞いとファンレターが増えまくるんだよ。少しも聖地の騒ぎが収まらないじゃねえか!」

「パパは世界一かっこいいヒーローなんだから、噂が広まるのはトーゼンだよ!」

「人の噂も七十五日と言ってだな……俺が退院する頃には収まっている段取りだったんだよ」

「駄目だよ、そんなの。ボクの大好きなパパは、いつだってカッコいいんだから!」

「今無様に寝たきりなんですけど」


「よーし、ボクがパパに元気をあげるね――どーん!」

「ぬわっ!? 怪我人に乗っかるんじゃない!?」
















「父よ、いい加減にしてもらいたい」

「本当なのか、その話」

「うむ、毎日のようにひっきりなしに縁談が飛び込んで来ておる。良縁奇縁問わず、馬鹿共が父に取り入ろうとしておる。父の関係者を名乗っておるのだぞ」

「そう言われても、全然心当たりがないぞ。嘘八百に決まっている」

「あの傭兵団の長も、父との婚約をほのめかしていたではないか」

「だ、だから、あの話もガセかもしれないだろう」

「我は父を一点の曇りもなく信じておる。だが、父の身辺の女性関係については話は別だ」

「うーむ、そう言われても」

「父はベルカの頂点に君臨する王、王であれば后は必要なのは理解している。しかしながら父に限って言えば、我という世継ぎに恵まれているではないか。
この際、この我を後継者であると内外に宣言するべきではないか」

「お前が世継ぎであることに異存はないが、お前にしては珍しく性急だな」

「我に、母などいらぬ。父さえいれば、我は幸福だ」

「そういうところは本当に素直だな、お前は」


「無論だ。父の娘であることに、何の躊躇があろうか。血の繋がりなどなくとも、我は胸を張って父の娘なのだと叫んでみせる!
並み居る嫁なぞ、蹴散らしてみせようぞ!」

「俺の嫁候補が迫害されている!?」
















「第189回、宮本家家族会議を開催します――はい、お父さん!」

「どうぞ、ユーリ」

「お父さんは、ナハトを甘やかし過ぎではないでしょうか!」

「異議あり!」

「どうぞ、お父さん」

「ナハトはまだ精神的に赤子であるからして、可愛がるのは当然ではないかと主張します!」

「私もお父さんの娘ですよ!」

「うむ、だからこそこうして可愛がっているではないか」

「お父さんは返答に困ると、とりあえず私の頬をプニプニしますよね」

「バレている、だと!?」

「家族会議を通じて知りました、娘は常に父を理解するものなのですよ」

「最初は意見をいうのも恥ずかしがっていたのに、今では率先して開催しているからな」

「とにかく、娘は平等に扱うべきです!」

「平等と言われても、例えば?」

「お風呂は一緒に入るべきですよね」

「お前はそれでいいのか」

「もう何を想像しているのですか、お父さんのエッチ!」

「自分で言っておいて何恥ずかしがってんだ、お前は!」

「お、お背中をお流しすると言っているんです!」

「手を満足に動かせないから普段アリサに任せているけど……そうだな、お前に頼んでもいいか」

「は、はい、任せてください!」

「そういうのでいいという感覚がいまいち分からないけどな」

「……私もこの感覚が分かるようになったのは、お父さんが出来てからです。ありがとう、お父さん」

「娘が父に礼を言うのは結婚する時でいい」

「結婚なんてしませんから、今言っていいんです」
















「……全く次から次へと疲れるな、ナハト」

「あ〜う〜」

「状況が落ち着いてきたらお前達の事もきちんと考えるからな、ナハト」

「いっしょー!」


 その為にも早く身体を回復させて、現場に復帰しなければならない。再び剣を取り、戦場へ身を投じなければならない。他でもない、他人のために。

殺し合いが終わっても、戦いそのものは続いていく。剣で斬り合うのではなく、剣以外のあらゆる手段を用いて、他人という難物を相手に戦い続けなければならないのだ。

娘の為とはいえ、剣は捨ててしまったけれど――それでも他人がいる限り、俺は剣士として戦い続けていくのだろう。


結局俺は長々と休まずに、再び聖地という戦場へ戻ることにした。剣士というのは本当に、どうしようもない人種だ。










<続く>








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