とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第八十三話




 最初の原則、唯一神への信仰。
 第二の原則、公正で文化的な人道主義。
 第三の原則、国家の統一。
 第四の原則、合議制と代議制における英知に導かれた民主主義。
 第五の原則、全国民に対する社会的公正。

 金色の星を描いた黒い盾。
 四角い輪と丸い輪で構成される円形の鎖。
 熱帯の樹。
 社会的動物の野牛。
 金色の稲穂と白い綿花。
 社会の持続と、生計の象徴。


 諸人の心を統べる方。勝利あれ、運命を担いし方よ。


 我等は汝の恵みを祈り、唱い賛える。

 勝利あれ、勝利あれ、勝利あれ。

 勝利、勝利、勝利――



 勝利あれ。















 魔女の事は正直厄介ではあったが、他の敵勢力よりも楽観視していた。敵ではあるが"自分"自身である以上、どうとでもなると高を括っていた。敗北知らずの天下人ならば、敗北を突き付ければ単純に転がる。

下克上などというご立派なものではない。物語では主人公を気取れても、現実では単なる一個人。お伽噺では幻想に守られる魔女も、現実では杖一本折れただけで理想は崩壊してしまう。

自分の中の物語が終わってしまえば、現実で一人取り残されるのみ。寒空の下に立たされれば孤独に慣れていても、身体は冷えて凍える。凍えてしまえば、人間は死ぬ。単純な理由で、人は簡単に死ぬのだ。


魔女であろうと、剣士であろうと、所詮は人間。自分は非力な人間だと知った時から子供を卒業し、己の人生を歩めるのである。


「父よ。すまぬ、我の判断の甘さで不要な惨事を起こしてしまった!」

「ディアーチェ……」


 駆け寄って来る我が娘の端正な顔立ちは悲痛に歪んでおり、覇道を掲げる拳は血が滲むほど強く握り締められている。俺の後継者を宣言するディアーチェらしい、王としての苦悩であった。

戦場を仰ぎ見ると、霊障による汚染で苦しめられていた仲間達が皆立ち上がって行動に移っている。博士の考案でディアーチェが作成した干渉制御ワクチンは見事な効果を発揮しているようだ。

ワクチン開発だけでも立派な功績なのだが、ワクチンの使用を行わざるを得ない状況を生み出した事をまず恥じ入っている。この子の反省は常に高みにあり、庶民の追随を許さない高貴な責任感があった。


親として子を慰めるよりも、自文の後継者として言葉を向けるべきだろう――この子は、俺の誇りなのだから。


「あの魔女は、俺と同じ存在だと語っていた。俺もその通りだと思っている」

「馬鹿な、偉大なる父上が穢らわしき魔女と同一である筈がない!」

「ならば、お前が示してくれ」

「父……?」


  「俺の子であるお前が、世界を穢す魔女と俺は違うのだと行動と結果で示してくれればいい。俺を継ぐのであれば、お前こそが模範となるのだから」


 子は親を見て育ち、子の成す覇業を通じて民は親の影響を思い知る。自己完結で満足する物語ではなく、世界が賞賛する覇道を王自らが成せばいい。ディアーチェであれば、俺は安心して託せる。

俺の言葉を聞き入って、ディアーチェは青白い頬を紅潮させて力強く頷いた。単なる励ましを良しとしないこの子は、俺のような変わり者でない限りさぞ持て余すだろう。この子はある意味、俺と同じ厄介者だ。

ひ弱な女の子扱いされる事さえ嫌う子だが、頭の上に手を置く事くらいはいいだろう。甘えん坊にするように撫でたりはしない。成長しているのであれば、誇るべきなのだから。


聡き王であるロード・ディアーチェは俺の想いを正しく受け止めて、王者の瞳を輝かせる。


「我が父よ。父の誇りともいうべき剣を差し出して、我を救ってくれたことに心から感謝している」

「俺は差し出したつもりはないぞ」


「うむ。父は剣士であり、剣とはすなわち刺し出すものである。父に続き、聖地を荒らす妖魔共を討ち取ってくれようぞ!」


 半ば負け惜しみで言ったつもりなのだが、気概と受け止める我が子に胸を張りたくなる。魔女は己こそ理想であると唱え、剣士は剣を差し出して自分の理想を守った。この子こそが天下人、俺の憧れていた存在だ。

何度も敗北して自分から理想が零れ落ちたのだと諦めていたのだが、自分の法術によって理想は再び結晶化された。奇しくもディアーチェの存在が、俺と魔女を隔ててくれたのだろう。

理想を語る我が子を前に、俺は自分の理想を締め括った。あの子が理想を追い求めるのであれば、親である俺が追随する必要はない。魔女の滅びと共に、今度こそ自分の夢は終わりを告げた。


天下人は、目の前に居る。ならば俺はこの先、何者に成ればいいのだろうか――?


「父よ、この剣をお返しする」

「……ディアーチェ、この剣は」


「うむ、父の剣である。聖王が解放されたとしても、父の血と魂は籠められている。父にはこの剣がとてもよくお似合いだ」


 ――高町美由希から借り受けた、竹刀。嫌味でも何でもなく、ロード・ディアーチェは誇らしげに刃のついていない剣を俺に差し出してくれた。この剣が、俺に似合っているというのか。

人を斬れない武器など、剣でも何でもない。鼻で笑っていた道場の稽古道具に、自分の誇りを託したのは何時だったのか。血と汗が滲むにつれて、自分の手に馴染んでいった。

自分の一部とも言うべき剣を、俺は自分から捨てた。剣を捨てた剣士に対して、王は再び剣を差し出してくれたのである。剣が似合っているのだと、剣士に向かって賛辞をくれた。


天下人からのお言葉は、剣士にとって誉れである。ならば、誇らなくてどうするというのか。


「剣は、まだまだ捨てられないか」

「ははは、何を申しておるのだ。我が父は、剣士以外の道など歩めぬであろう。龍との戦いにおいても、父は私情でなく私心を抱いて戦っていたではないか」

「――っ」


 ミヤという少女を喪ったというのに――俺は人として悲しまず、剣士として敵を斬るべく邁進した。私情に囚われず、私心のままに戦いに出向いた。今更、人間になんて戻れはしない。

ディアーチェが差し出してくれた剣を、再び握る。そうだ、何もかも今更だ。他人を傷付けるやり方を選び、他人を斬る人生を望んだ。通り魔となった老人さえ斬った俺に、安穏とした人生は送れはしない。

剣を振る力は失っている。剣を取って戦う強さもない。自分さえ守ろうとせず、他人に剣を差し出してしまった。それでも尚、目の前を阻む敵がいるのであれば――


誰であろうと、斬るしかない。


「ディアーチェ、お前が仲間達を再度取り纏めて指揮を取れ。何としても、この戦争を終わらせるんだ」

「承知したが、父はどうするのだ」


「元凶を、断つ」


 それ以上は語らず、我が子に背を向ける。自分の娘であるディアーチェもそれ以上は追求せず、戦場へと舞い戻った。まだまだ場は荒れているが、あの子ならば見事収められるだろう。憂いはなかった。

自己崩壊している魔女は既に精神崩壊しているが、芳醇な才能だけが残されている。膨大かつ暴悪な魔力が暴走して、魔女を中心に霊障が拡大しつつある。このままでは汚染範囲が拡大する一方だった。

蛇口を捻ったままでは、水道から水が溢れ出るばかりだ。水道が壊れたのであれば、水栓を閉じるしかない。魔女の命を断てば、魔女の魔力は消失して霊障は止まる。


躊躇いは、無い。俺は剣士だ――誰であろうと、斬れる。


「――そこをどけ」

「駄目」


 そして――殺人を止めるのはいつだって、警察官なのだ。


「惨劇は止めなければならないんだ、ルーテシア」

「"メガーヌ"」

「……なんだって?」


「前線部隊分隊長、メガーヌ・アルピーノ――時空管理局所属の捜査官として、"私"には君を止める義務がある」


 可憐な少女だったルーテシア・アルピーノは消えて、陸戦魔導師であるメガーヌ・アルピーノが立ちはだかる。この女も俺と同じく、私情ではなく私心を抱いて俺を止めるつもりか。

不思議と腹は立たなかった。出逢った時からずっと騙られていたが、俺だってこの人には自分の事を語らなかった。お互い相手に踏み込まなかった結果、この対決図を生み出してしまった。

なるほど、これもまた俺の過ちの一つということか。リスティや美由希と同じく、与えられる優しさだけを甘受して、相手を理解することを怠ってしまった。


だからこそ、大事な局面で敵と味方に別れてしまう――あの時と同じく、考え方の違い一つで。


「その女は生きている限り、乱を引き起こす。理性を失おうとも、認識もしない他人を路傍の石同様に蹴飛ばしていく」

「この子は、貴方と同じ存在なのでしょう。ならば、貴方と同じくやり直せる」

「俺もあんたも、お互いへの理解を怠った。俺はそいつと同じく、他人を斬れる男だ」

「ならば、私が止める」

「……あんたは」


「過ちとは断ちきるのではなく、糺すべきなのよ。人とは傷つけ合うのではなく、分かり合っていくべきよ」


 メガーヌ・アルピーノの傷は、深い。霊障による汚染はワクチンで改善出来ても、一度汚染された事で傷そのものに悪影響を与えている。血は流れ、傷が爛れてしまっている。

想像を絶する苦痛の中で、大人となった女性は壮絶に微笑んでいる。ガリューとの戦闘で大幅に魔力を消費している筈なのに、ピンと伸びた足は揺れることなく大地を踏み締めていた。

体力のない剣士と、魔力のない魔導師。戦ってみなければ分からないが、少なくとも一方的にはならない。実力差もこの状態では生じず、相手に苦痛を与える事くらいは出来る。


俺は、剣を突き付けた。


「だったらまず、俺を止めてみせろ。俺を止められなければ、俺と同じ存在は止められないぞ。どうやって分かり合うつもりだ」

「貴方を、養子に迎える」

「……は?」


「クイントとはまた養子縁組の手続きをしていないのでしょう。私と親子になりましょう、リョウスケ」


 地球だろうが、異世界だろうが、女という生き物はどうして男には理解できない謎の発想が出来るのか。女性の思考回路は複雑怪奇で、俺にはサッパリ理解出来ない。分かり合うとは何だったのか。

血だらけの顔でニコニコと馬鹿な提案をしてくる女は、美人であっても怖い。だが少なくとも、毒気を抜かれてしまったのは確かだ。悲壮な覚悟も何処かへ行ってしまった。


どうしたものかと思ったその時――





時が、満ちた。





「オン・ガルダヤ・ソワカ」



 真言――真言律と言うべき奇跡、黄金の炎。彼方より放たれた金なる火が、魔女を焼き尽くす。十字架の刑に処されることも許されず、魔女の呪いは炎に溶けて消失してしまった。


戦場の全てを汚染していた霊障が、消し飛んでしまっている。妖魔は見る影もなく消滅し、幽霊は跡形も残さずに消えてしまった。残されているのは呆然と立ち尽くす仲間達と、倒れ伏した戦士達のみ。

背後を見やる。妹さんと共に居たノアが、副団長と共に空を見上げている。レヴィに完膚なきまでに敗北したはずの彼女に、確たる希望が宿っている。同じ空を見る傭兵団の団長は、絶望に染まっているのに。


  妹さんは、俺より受けた命を果たしている――俺より優先して守れと命じたユーリ・エーベルヴァインが、震え上がっていた。殲滅兵器を怖れなかった、あの子が怖がっている。





空を、見上げた。





「……しまった、"魔龍"を狙っていたのはそういう事だったのか」



 祖は、人である。
 祖は、鳥である。


 祖は、神である。


嘴の付いた口から金の火を吹き、"紅い翼"を広げると336万里にも達する怪物。

煩悩の象徴といわれる"悪龍"を憎み、強くも悪しき魔龍を食らう食吐悲苦鳥。

戦乱が起きる地に舞い降りて、衆生の煩悩(三毒)を喰らう聖鳥。


人の体と鷲が如き瞳を持ち、赤い翼を持つ者。



―仏法における、守護神。



「"紅鴉"とはまた嫌味な名前をつけてくれるじゃないか、俺の敵よ」

「なかなか洒落た名であろう、我の敵よ」


 "竜"の怨敵であり、"龍"を喰らう存在――"迦楼羅天"。


インド神話の神鳥であり、ヴィシュヌ神のヴァーハナ(神の乗り物)であるガルダ。人妖の融和を目指していた俺と戦争状態にある、天狗一族の"祖"。誰もが皆向き合っていたのと同じく、こいつこそが俺の敵だった。

すべての空飛ぶ生き物たちの王であり、鳥たちの威厳ある王――そして、紅鴉猟兵団を率いる団長。自分の迂闊さと発想力の貧困さに心の底から舌打ちして、唾を吐き捨てた。

敵が人外だと分かっていたのであれば、想像して然るべきだった。


伝説上一対一であれば空の王者である"猛禽類"は唯一、集団で襲って来る"鴉"を苦手とする――人の世で生きる神は、人を率いて己を赤い翼の"鴉"であると名乗っていた。



「そんな……ナハトが殺されたの!?」



 少女の悲痛な声を号令に――最後の戦いが、始まる。










<続く>








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