とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第八十話




 護衛とは、対象者の身辺に付き添って守る事である。ならばその際に重要な事はなんであるのか。月村すずかという少女は、クイントという師とルーテシアという先生より学んでいた。

対象者を守るべく、あらゆる事故を防ぐ。此処は戦場、あらゆる予想外という惨事が起きる危険地帯。流れ弾や奇襲、暗殺等を"声"を聞いて察知して、人災及び天災を退ける。

対象者を守るべく、あらゆる警戒を行う。ノアが万が一殺意の牙を覗かせていれば、即座に駆け付けてくれていただろう。距離があろうと、妨害されていようと、関係ない。


"ギア4"というスタイルを確立した少女であれば、マリアージュという人型兵器であろうと対抗出来る。



「魔力変換(ロギア)、炎熱(メラメラ)――燃える竜爪拳、"火炎竜王"」



 猟兵のノアと人型兵器のマリアージュ、俺の確保という目的は同じだが立場は違う。自身の濃密な魔力を炎熱に変換、自身の身体を強靭な魔龍のものへ変質させた王女は、灼熱の爪でマリアージュを攻撃。

兵器であるマリアージュも武装していたのだが、持っていた刃ごと妹さんは燃え盛る竜の爪で切り裂いた。同じ人外であれば、容赦はしない。刀は無残に解体され、人型兵器はあろう事か溶解してしまう。

立ちはだかった一機だけではない、その背後から迫っていたもう一機も背骨まで抉られている。夜の一族の王女というとびきりの異能を察したのか、マリアージュ達は編成を組んで四方から襲いかかる。


逃げ場はないのだと"聞いて"、妹さんはその場に膝をついて――"音を鳴らした"。



「万物には"声"があり、物質には"核"がある――竜爪拳、"竜の息吹"」



 万物の声が聞ける月村すずかという純血種であれば、物質を構成する核を"声"で聞き取れる。ゆえに彼女は魔法の構成にデバイスを必要とせず、呪文を紡がずに"声"を発して超常現象を起こせる。

拳で地面を鳴らして大地の息吹を聞き取った上で、彼女は魔龍の双掌を地に叩き込んだ。マリアージュ達が妹さんへ各武装を突き立てようとした途端、大地が鳴動して木っ端微塵に砕けた。

地面が息吹を発したかのように地割れが起きて、マリアージュ達は次々と飲み込まれていく。踏ん張ろうとすれば妹さんが絶妙に足払いをして、無慈悲に叩き落としていく。戦場における少女は、鮮烈であった。

――強くなっている、桁違いに。今年の六月からストライクアーツを始めたのだと説明しても、きっと世界中の誰一人信じないだろう。世界中の格闘家が憧れる才能を、妹さんは一人を守るためにしか使わない。


妹さんが一瞥すると、俺と和解したばかりのノアが一つ頷いた――俺と敵対するなら容赦しない、護衛としての警告を猟兵はプロとして受け入れた。


「"屍兵器"、陛下よりお聞きしていた情報通りですね。生きる目的を見つけながらも、死する兵器に徹するのですか。
ならば私も、シスターとして悲しい貴方達の魂を救済いたしましょう」


 聖女を護衛するべく聖地を守り、信徒達を救う。目的に向かって邁進して、やがて"聖王"と呼ばれて聖女の信頼を得られた時、シスターシャッハは再度今後の全面協力を約束してくれた。

彼女の聖名はシャッハ・ヌエラ、騎士甲冑と双剣型のアームドデバイスを有する近代ベルカ式の修道騎士。

高速のフットワークに重点を置いた戦闘スタイルは数で圧倒するマリアージュ達を寄せ付けず、移動系の魔法を駆使して翻弄している。当初俺への救援に邁進してくれていたのだが、ノアとの空気を察してその場に留まった。


妹さんと同じ判断、自分勝手な理由で確保を口にするマリアージュを最警戒対象として認識する。



「"ヴィンデルシャフト"」



 聖王教会騎士団の団長殿と同じく、彼女が所有するデバイスから空薬莢が飛び出して火花を散らす。聖王教会の武器とは、剣であっても銃のような弾が飛び出す仕組みなのだろうか。隠し武器としては面白いけど。

部隊編成のマリアージュが取った行動は主武装の展開、高速フットワークを駆使するシャッハに効果的な銃槍。警告の一つもなく、冷酷に発砲を行う。ノアのような非殺傷の前提は一切ない。

着弾すれば怪我では済まない銃撃だったが、高速移動するシャッハにはカスリもしない。雨あられとマリアージュ達は弾をばらまいているが、当たらない。撃ちまくろうと、一切当たらない。


シャッハ・ヌエラ、若き修道騎士は彼女達の銃撃よりも早く懐へ飛び込んだ。



「"烈風一迅"!」



 高密度な魔力を乗せた斬撃。神速の歩法を持ってマリアージュ達へと迫り、高い切断能力を持つヴィンデルシャフトを手に斬り込む。高い戦闘性能を誇る彼女の技は、人型兵器が相手であっても遺憾なく発揮された。

シャッハの使用する近接技がマリアージュを銃槍ごと叩き斬り、続けて振るわれた双撃が左右に展開していた部隊を両断。シャッハが通り過ぎたその後で、次々とマリアージュ達が倒れていった。

制圧に成功した彼女はそのままの足で俺の元へと駆け寄って、背中を向けて屈んだ――へ……?


「おんぶ」

「あ――ああ、そういう事か!」

「私も乗りたい」

「裏切りの罰は、グラウンド十周と相場が決まっている」

「厳しいね」

「うむ、反省するように」


 ノアが指摘してくれてようやくシャッハの行動の意図が悟れるなんて、どうかしている。一目瞭然だったのだが、今まで男女問わず好かれない人生を過ごして来たので、今も好意には慣れていない。

この子との和解をシャッハも察してくれたのか、別段追求はなかった。話の分かる人が白旗には多くて、本当に助かっている。聖地へ来てからというもの、色々な人に助けられていた。俺も返さなければならない。

その為にも、一刻も早くこの戦争を終わらせよう。ノアとの喧嘩で、正直もう歩くのも億劫になっている。シスターの背を借りるのは申し訳ないが、黙って好意に甘えるとする。背に乗ると、妹さんも追い付いてくれた。


こちらのマリアージュ部隊はほぼ仕留められたが、肝心のイレインは様相が異なっているようだった。


「貴女はイクスの墓標の元へ送ってあげましょう」

「旧式のポンコツだと、侮ってもらっては困るよ。アンタ達と違って、アタシは正統なマスターへ仕えるべく創り上げられた最新式なんだ!」


 イレインは元々夜の一族へ仕える為に製作された古代兵器だが、今の彼女はジェイル・スカリエッティという稀代の科学者により組み上げられた指揮官タイプの最新鋭ガジェットドローンである。

対してあのマリアージュは妹さん達が倒した人型兵器とは違い、明確な意思が生まれたリーダー機。マリアージュ部隊を指揮する軍団長は、他の兵士達とは隔絶した性能を有しているようだ。

女性の姿をした屍兵器は両腕を武装化する事で戦闘を行い、武装の形態も兵士達とは違って多種多様。各方面での戦略に適した兵器を展開し、各局面での戦術に沿って変化した兵器を用いて戦っている。


戦術と戦略を両立するマリアージュの軍団長に対し、こちらは戦術に特化したイレインと戦略を担当するローゼの両立が出来ない。苦戦は必須であった。


「アタシ自慢の武装、"静かなる蛇"を喰らいな!」

「! 高圧電流を流す鞭ですか、厄介ですね」


 ローゼは阿呆だが、イレインは単純馬鹿であった。あいつの右腕から伸びた鞭は完璧な奇襲で見事マリアージュの腕に巻き付いたのに、余計な技自慢によって切り裂かれてしまった。

斬られた鞭の放電により、高圧電流であると見破ったマリアージュは距離を取ってしまう。巻き取った瞬間に流してしまえば詰みだったのに、折角の切り札が相手に露呈してしまう。

イレインの主武装である「静かなる蛇」、当人より散々自慢されているイレイン特有の兵器。鞭専用の収納ポケットが存在していて、自由自在に操ることが出来る。最新型に相応しい兵器であった。


月村忍がかつてイレインを警戒していた理由も頷ける。高圧電流を流せる鞭、明らかにマリアージュのような人型兵器に有効的な兵器。恐らくは、他の自動人形を破壊するべく作られた兵器。


もしもローゼという人格が最初俺と出会わなければ、局面が異なってノエルやファリンと敵対していたかもしれない。イレインの最近機能に加えての必殺兵器となれば、ノエル達に勝ち目はなかっただろう。

あの夜の一族の世界会議は、本当に綱渡りの連続だったのだと思い知らされる。ほんの少し未来が異なれば、誰が敵となっていてもおかしくはなかったのだ。イレインが味方となったのは奇跡だろう。


ただし問題は、味方となって更生したイレインは主にカッコつける人間臭い馬鹿兵器になってしまった事だ。


「このこのこの、ちょこまか逃げるんじゃない!」

「素早く的確な動きですが、その分読みやすい。実に感情的で愚かしい兵器です」

「妄信的に主の言いなりになる奴よりはマシだよ。アタシは自由なんだ!」

「貴方も、我々も、同じ兵器です。そう在るべきだと、主に忠誠を誓ったのでしょう」


「マスターはアタシを『兵器』として扱わなかった。けれど、『人間』だと押し付けたりもしなかった。
人であるべきか、兵器となるべきか、自分で考える"自由"をアタシにくれたんだ。
アタシはイレイン、"自分の意志"で兵器となった自動人形。単なる兵器でしかないアンタなんかに負けたりはしない!」


 兵器であることに疑問を抱かないマリアージュと、兵器となることを選んだイレイン。どちらも兵器という外面は同じだが、内面はまるで違っていた。人の心を持っていても、兵器となる事をイレインは選んだ。

俺は何も強要しなかったのに、あいつは自分の武装を開放している。俺はあいつに自由を与えようとしているのに、あいつは俺に仕えることを望んだ。兵器として戦う道を、自分で歩いている。

マリアージュは、イレインの言う事を理解出来ていない。生き方がまるで違っている。単なる機械であれば両者は無機質に戦うのみだったのに、人の奇跡に魅入られた人形達は心を抱いて武装している。



「マスターはアタシの為に時空管理局相手に討論して、聖王教会相手に交渉して、猟兵団や傭兵団、化物共を相手に戦ってくれている。
アンタの主はアンタの為に――世界を越えてまで、異世界に来てまで戦ってくれるのかい!」

「……っ、世迷い言を!?」



 イレインの鞭が電撃の光を帯びるが当たらず、マリアージュの武装は火を噴けば当たってしまう。心の戦いでは勝利出来ても、実際の戦闘で敗北すれば破壊されてしまう。

軍団長となる個体はその他の個体に比べて、やはり戦闘力がずば抜けている。人間であれば知略でカバーできるのだが、兵器であることを選んだあいつは力任せに攻撃している。

どうすればいいのか、考えるまでもなかった。あいつが俺を信じてくれたように、俺もあいつを信じる。ローゼという存在の価値を、イレインという兵器の意味を、俺は頑なに信じてやろう。


剣も握れず、歩くことも出来なくても――剣士であれば、俺はあいつと共に戦える。


「頑張れ、イレイン!」

「マ、マスター、無事なのかい!?」


「俺だけじゃない。俺達全員きちんと勝利して――お前の勝利を、応援している」



 そして――全てが、収束する。



 戦乱を収めたアナスタシヤが白旗を掲げ、魔龍を死守したユーリが両手を振り、魔女を制圧したディアーチェが胸を張り、ガリューとインゼクトを解放したルーテシアが微笑んでいる。

エテルナ・ランティスを倒したレヴィはピースサイン、オルティア・イーグレットを説得したシュテルは頷き、聖王騎士団の面々は地雷王の大群を仕留めて規律正しい手礼を取った。

守護騎士達は猟兵や傭兵の進撃を食い止めてもう大丈夫だと安心させ、妹さんとシャッハはマリアージュ達から俺を守り切ったのだと見せる。そして、俺は和解したノアを連れてイレインの前に立っている。


白旗の面々――この地で初めて出来た仲間達が全員勝利し、イレインの勝利を信じてくれている。



「はは……ははははは!」



 人間であれば、震えずにはいられない。家族であれば、喜ばずにはいられない。仲間であれば、昂ぶらずにはいられない。戦士であれば、燃えずにはいられない。

ローゼであれば――イレインであれば、涙を流さずにはいられない!


「見てなよ、アンタ達。アタシだって、必ず勝つからな!」

「――なっ!?」


 マリアージュはきっと、最後の最後まで分からなかっただろう。人間である俺だって、結局のところ分かっていない――心という、メカニズムについては。

イレインに目立った変化は何一つなかった。単純にぶん殴り、蹴り飛ばし、放り投げる。戦略もクソもあったものではない、けれどマリアージュは何一つ止められなかった。


拳は想像を超えて振り上げられ、足は想定を超えて突き刺さり、身体は分析を超えて動いている。マリアージュは反撃も許されず、滅多打ちにされた。


「もう一度だけ、言ってやる。これがアタシ自慢の武装だ――"静かなる蛇"!!」

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」


 ――腕だけではない。腕、腰、足、背、あらゆる箇所から飛び出した鞭がしなって、マリアージュをズタズタに引き裂いた。千鞭とは、よく言ったものだ。

絡め取られ、全身に巻き付いた鞭から高圧の電流。全力で放たれた電撃がマリアージュを芯まで焼きつくし、黒煙を上げて軍団を率いる長が倒れた。

きっと意味不明な逆転劇だっただろう、気の毒というしかない。論理的とは口が裂けても言えない、理解不能な性能アップでマリアージュは倒されてしまった。


自分でも説明できないだろうけど――祝福する仲間達に囲まれて自慢気に笑っているあいつを見ていると、何も言えなくなってしまった。



まあ、これで何とか終わったな。















「…‥…ウフフ」










<続く>








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