とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十七話




"我が騎士達よ。地雷王を、殲滅せよ!"

"かしこまりました、陛下!"



 戦場のど真ん中、黒煙を上げる戦車に突き刺さっている白き旗。苛烈な戦場には場違いな白旗が戦風にたなびいており、血潮を上げる戦士達の脅威として戦況を延々と圧し続けている。

各局面で血と泥に塗れている戦場の中で、旗は高潔な純白で飾られている。砲弾も魔弾も着弾せず、強者達の誰もが手出し出来ない。平和の象徴は、戦火を抑圧せんと主張していた。

初めて白い旗を掲げたとき、誰もが皆嘲笑した。降伏の証だと馬鹿にされ、恭順の姿勢だと罵られる。悪党共は哂い、強者達は嗤い、権力者達は嘲笑い、弱者達まで笑った。ひ弱であると、神様も呵っていただろう。


聖地に生きる者達に笑われながら、彼女達は誇りを胸に騎士である事を誓った――その微笑みが、本物になることを信じて。



「聖王騎士団団長、セッテ。陛下の命を受け、貴方達を殲滅する」



 絶望と悲しみの海から生まれ出た、召喚獣。地獄の底から溢れでた巨大昆虫は群れを成して、凛々しい騎士服を着た小柄な少女の元へ押し寄せてくる。数の暴力は壮観であり、圧倒的であった。

地を鳴らし、大地に吠え立てる彼らを、セッテは無感情に見つめている。機械的でありながら、人間的な感情に燃えている少女。俺の敵であると断定したのであれば、如何なる情も向けようとはしない。

自分の能力に対する過大評価も、敵の暴力に対する過小評価もない。彼女に在るのは自分の中にある信仰心であり、敵への敬意であった。戦場に立つ以上、自分と敵の間に上下はないのだと律している。


可憐な少女には過ぎた、巨大な刃を雄々しく掲げた。



「IS発動、スローターアームズ」



 戦闘機人であるセッテの、先天固有技能。ブーメランブレードと呼ばれるセッテの固有武装、手に持っている長いブーメラン状の刃の扱いと制御を行う為の能力であると本人が申告してくれた。

本来の用途は打撃武器ではあるのだが、高速回転時は切断能力を有している。ブーメランブレードを投げて使用した際、軌道を自由に変化させる事も可能で、小さな体格の少女でも能力で自由自在に扱える。

妹さんより借りた漫画を参考に、黄金とも呼べる美しい軌跡を描いて地雷王を両断。戦闘機人である彼女だからこそ可能な、完璧な計算に基づいた投擲術。修行により、最大4本を同時制御することが可能となった。


恐るべきは、バリアブレイク性能。完璧な計算による投擲術は正確無比な機能となって、防御や幻術を無効化して敵を両断する殲滅戦向けの能力へと進化を遂げたのである。


魔法であろうと、能力であろうと、強大な力には精密な構成が要求される。雑多な人間には不可能でも、戦闘機人であれば超精度な分析が行えて綻びを検出。完璧な投擲術により先を斬り、点を穿つのだ。

ブーメランが持つ元来の弱点である投擲についても、この能力は完璧に補足している。地雷王の大群を一直線に切り裂いたブーメランブレードは、簡易転送の技能によって手元に呼び寄せられた。

ブーメランブレードを手に取って、セッテは遠距離から窺っていた俺を見つめ返す。相当な距離があるのに容易く察していたらしい、戦場のど真ん中で最敬礼してトランシーバーを手にする。


――トランシーバー……? あれっ、俺の腰から呼び出し音が鳴っているぞ!?


"このトランシーバー、何時俺に持たせたんだ!?"

"……"

"妹さんが仕込んだ!? 何時からそれほど仲良くなったんだよ!"

"……"

"ノアの排除!? いやいや、こっちは大丈夫だから目の前に集中してくれ!"


 出足を挫かれた地雷王は、聖地への進撃を強制的に足止めさせられる。その隙に聖騎士が飛び込んで来て、震災を招く危険な召喚獣を切り払う。近距離と遠距離の兵達に、召喚獣が混乱をきたしている。

日本では、手負い猪と呼ばれる言葉がある。傷を負った猪が追いつめられると、死に物狂いで反撃を試みる例えだ。人間は傷を負うと怯むが、獣は傷を負うと普段以上に危険になってしまう事がある。

召喚獣の場合、更に厄介だ。魔女の絶対的な支配は傷を負った程度では解放されないが、本能だけは解放されているので暴力性だけが高まっている。震災を起こせる巨大昆虫とあれば、その暴走はあらゆる被害を起こす。


俺のような凡人でも思い起こせる可能性を、白旗の参謀役は鼻歌交じりに対処する。



「聖王騎士団"ポスドク"、クアットロ。陛下の命を受け、貴方達を殲滅させてもらうわね」



 戦闘機人達を指揮するクアットロには外見上は目立たないが、特筆すべき機能がある。姉妹間における動作データ共有、セッテ達の戦闘データを抽出する事で最適な機体動作を提示出来るのだと自慢された。

何でも姉妹の動作タイミングをクアットロが高速計算する事で、コンマ1秒単位での正確なコンビネーションを実行出来るようだ。人間には到底成し遂げられない、正確無比な連携加速攻撃。

加えて、データの蓄積と解析能力。セッテ達が活動した動作データを共有するだけではなく、再編して自らの指揮能力にフィードバックして活用出来る。この機能により、彼女達は常人よりも遙かに早い速度で経験を積める。


のろうさ達に比べて戦闘経験が浅い彼女達は生きた経験と動作感覚を共有し蓄積する事で、機械の身体と生命の価値を生かした技術を磨けるのである。



「ではでは、陛下にお披露目するといたしましょう。IS発動、シルバーカーテン」



 クアットロの持つ先天固有技能は幻影を操って、敵対象の知覚を騙す事が出来る。騙す対象は人のみならず、レーダーや電子システム類にも及ぶ。当然、電熱節足を持つ地雷王にも効果的だった。

魔女の支配下に置かれていても、混乱をきたしている召喚獣であれば知覚の操作は行える。恐るべき事に支配からの解放を行わずとも、悶え狂う地雷王の群れを使役する事に成功したのである。

自慢の眼鏡を取り、三つ編みを開放したクアットロは本当に愉しげに召喚獣を騙している。聖地へ向かっていた召喚獣を猟兵や傭兵達へ誘導、あるいは同士討ちをさせて敵戦力をことごとく減らしていった。


「ごめんなさいね、皆さん。こーんな悪い女にした陛下を恨んで下さいな」


 クアットロの基本戦術は、戦わずして勝つ事。聖騎士などの高潔な戦士であれば眉を顰める戦略だろう。だがクアットロは誰憚ることなく、悪びれもせず、堂々とやってのけている。

団長のセッテも普段は厳しいが、こと戦争となると一切口出しをしない。彼女の戦略を正しいと認めているのではない。正しいと認めた俺を信頼しているからだ。俺に全て、責任がある。

実際こうして目の当たりにしても、俺の良心は痛まなかった。元々人でなしである、俺が持つ優しさなんてものは所詮誰かに与えられたものだ。召喚獣に向ける憐憫はない。


機嫌よく手元で転がしているトランシーバーに、嘆息する。指揮しながらも、よく俺の視線に気付けるものだ。スイッチを入れる。


"この調子でカワイイ召喚獣ちゃん達を始末してまいりますわね、陛下"

"命令通りだ、問題ない"

"容赦なく廃棄利用させていただきますけれど、かまいませんわよね"

"責任を取るといったぞ"


"ありがとうございまーす、思う存分に才を振るわせてもらいますわ"


 正義か悪か問われれば、あの女は間違いなく悪であろう。けれど彼女の高い指揮能力は、聖地を守るために使われている。事の善悪を決めるのは結局、他人でしかないのかもしれない。

思い悩んでいる時間はもう過ぎている。ローゼとアギトを自由にすると決め、聖女を守るべく聖地を救うと決断した。弱者である俺に、手段を選べる余裕はない。結果を重視して、事を成し遂げる。

そんな俺の苦渋を察してくれたかのように、魔獣の軍勢に堂々と立ち向かっていく騎士がいる。指揮通りであれど、小細工は不要とばかりに切り伏せる。かつて目指していた豪の剣が、豪快に振るわれる。



「聖王騎士団親衛隊長、トーレ。陛下の命を受け、お前達を殲滅する」



 トーレの固有武装、インパルスブレード。エネルギー翼を刃とする光学武装、接近戦においてブレードで斬り付けるように攻撃する。巨大な昆虫である地雷王を、スイカのように叩き割っていった。

大した豪剣だが、固有武装たる所以は豪にはあらず。彼女の手足に生えた8枚のエネルギー翼こそ真骨頂、この翼が生み出す超加速がインパルスブレードの真価なのだとお風呂で説明してくれた。

戦闘機人の中でもトーレ本人が持ちえる頑強な素体構築、エネルギー翼を用いた全身の加速機能によって成される飛行を含む超高速機動能力。風を切り、空を引き裂く、剛気の翼。


聖地を守護する、彼女の誇りである無双の刃。



「IS発動、ライドインパルス」



 トーレの持つ先天固有技能、高速機動。その最大速度は人間が持つ視認速度さえも凌駕し、最新技術を誇るレーダーの追尾も振り切ってしまう。地雷王では補足も行えない。

クアットロの使役下より漏れた地雷王を正確に追尾して、摘み取っていく。あらゆる予想外を摘んでいく無慈悲さは、聖地の平和へと繋がる。彼女がいてこそ、クアットロの戦略は冴え渡る。

震災はセッテが押さえ、地雷王が放つもう一つの技能である電撃はトーレが装備する騎士服の対電撃仕様で防ぐ。騎士服のこうした性能と自身のエネルギー運用により、被害の拡大を抑えていった。

地雷王が発する電撃を無効化する騎士服を編み上げるのは相当困難だった筈なのだが、戦闘機人の調整性能によって彼女達は見事作り上げたのだ。


今日という日の、戦いのために。


"陛下、聖騎士殿やのろうさ殿の助力も頂いて聖地への被害は抑えられそうです"

"よくやった、こちらについては気にせずともいい。殲滅に集中しろ"

"承知致しました"


 クアットロとは違って、トーレは任務中に無駄話なんてしない。敢えて俺に連絡を寄越してきたのは、親衛隊長として今悪戦苦闘している俺への加勢を申し出たのだろう。

彼女の使命感には敬意を表しつつも、必要ないと感謝の念だけ送っておく。状況は芳しくないが、彼女達の優位を覆す真似はしたくない。自分のツケは、自分で払うべきだろう。

セッテに出足を挫かれ、クアットロに使役され、トーレに討伐される。這々の体で逃走や暴走を行う召喚獣の残党に対して、断罪のナイフが突き刺さった。


戦場に咲く一輪の花、眼帯をつけた少女が騎士として戦場に立った。



「聖王騎士団近衛騎士隊長、チンク。陛下の命を受け、お前達を殲滅する」



 現在の最新戦闘技術の粋であるチンクの目には、状況解析システムが備わっている。熱源感知や魔力感知だけではなく、レンズの光学ズームを始めとした索敵システムが充実しているのだ。

クアットロ達に奔走させられた召喚獣の位置を的確に把握し、事前に先回りして、あらゆる動作を先読みして、罠を仕掛けた。飛び交うナイフは正確に彼らを補足し、足元に広がる罠は彼らの足を奪う。

右往左往する彼らを、強烈な閃光が照らし出した。本来であれば彼らに向けられたであろう、殲滅兵器。ユーリ・エーベルヴァインを脅威として放たれた断罪の光に、彼らの本能が恐怖に震えた。


だが、チンクの目に揺らぎはない。彼女の状況解析システムはユーリの無事と、恐怖に震えて動けない召喚獣の大群を捉えていた。



「IS発動、ランブルデトネイター」



 ――この戦果により刃舞う爆撃手の二つ名が与えられた、チンクの先天固有技能。チンクの手で触れた金属にエネルギーを付与して、爆発物に変化させる能力が完全に開花された。

チンクの固有武装であるスティンガーが上空から無数に飛来、戦場に転がっている猟兵達の武器に突き刺さり、爆発。効率的かつ殺傷能力の高い破壊が、火花を散らした。

爆発のタイミングはチンクの任意であり、中距離の遠隔操作まで行える。計算ずくだった彼女の戦術に逃げ道は存在せず、召喚獣達は無感動に蹴散らされてしまった。その光景は圧巻の一言――


そして、戦場から召喚獣である地雷王の大群が殲滅された。猟兵や傭兵達が息を呑むほどに完璧に、無感動なまでに一匹残らず駆逐されたのだ。


"聖王騎士団団長、セッテ――命を果たしました、陛下"

"聖王騎士団近衛騎士隊長、チンク――我ら一同、今後共陛下の剣と為りて平和の礎となる所存"

"聖王騎士団親衛隊長、トーレ――御役目に努めてまいります、陛下"


"……一つ質問していいかな、チンク"

"何なりとお聞き下さい、陛下"



"もしかしてこのトランシーバー、自己アピール用?"



"何を仰られるのですか、陛下"

"そうだよな、疑ってすまない"


"これはクアットロの策謀です、許せませんね"

"チンクの言う通りです、陛下"

"裏切り者は、また裏切る。これは常識"


"ファッ!?"


 とりあえず、機械であっても仲はいいようだ――俺の危機を差し置いて喧嘩している騎士達に呆れていると、彼女達の親から連絡が入った。


"どうだったかね、私の自慢の娘達は?"

"娘達だといえるくらいの心境にはなったようだね、あんたも"

"技術促進よりも人間の成長に喜んでいるようでは、私も科学者として未熟であると感じる程度には"

"傲慢は捨てても、矜持は変わらず在り続けているのか"

"無論だ。私達の身柄は現在、御三方を通じて聖王教会に預けられている。この戦争を含めて趨勢が決しつつある今、教会から正式に我々に打診されている"

"打診……何の話だ、いきなり?"

"時空管理局と聖王教会、上層部は同じ穴のムジナという事だよ。人は力を求め、手に入れられれば守りに入る。
聖王教会は、君という神を遂に迎え入れることが出来た。民が王に求めるのは統治――その次は、何だと思うかね?"

"勿論、国家の維持だろう"


"そうだ、「受け継いで」いかなければならない。君という絶対の王の遺伝子を――今度こそ廃れる事のない、「聖王家」を作り上げる為に"


"聖王家って――ぬわっ、今の危なかったぞ、あいつ!?"

"お取り込み中だったね、申し訳ない。私は、「私の仕事」を全うする、君は君の仕事に専念してくれ"










<続く>








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