とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第五十五話




「聖王陛下。これまでの数々の非礼、お許し下さい。その上で厚かましい申し出では御座いますが、お願いの儀がございます!」

「……」

「卑しい身分の出で相応しくないのは重々承知の上ですが、何卒陛下のお傍に――ムギュッ!?」

「採用における最低基準は大切な日でも働ける健康な身体だ、病欠娼婦」

「ごめんなさい、ごめんなさい!?」


 出勤直後の出会い頭に土下座する娼婦の頭を、上から容赦なく踏んづけてやる。暑苦しいフードで覆われているが、苦しげに呻いているのは上から見下ろしてもすぐ分かる。

復活祭開催時に娼婦が一人居ても雑用程度にしか役に立たないが、俺が死に物狂いで魔龍の姫と戦っている間こいつがグースカ寝ていたと思うとそれはそれで腹が立つ。

男に身を売る娼婦商売をしているが、仮病で休むような不真面目なタイプではない。短い付き合いだが、その程度の人間性は把握している。過剰に責めたりはしないが、主人として咎めておいた。

どうやら病み上がりで聖王復活ニュースを知ったらしく、翌日以降になって慌てて平伏に来たらしい。律儀な奴である。


「お前のその思い込みも思う存分正してやるから、今晩の会議に参席しろ」

「皆さん、お集まりになると伺っています。戴冠式に列席させて頂けるなんて光栄で――ムギュギュッ!?」

「こうして一人一人説明するのは面倒だから、もうすぐ来るシスターと査察官男にはお前から言い含めておけよ。揃いも揃って、平伏しやがって」

「お、お許し下さい〜!?」


 こいつらに限った話ではない。復活祭開幕で現在、聖地には次元世界中から多くの人達が集まっている。特に開催における聖王復活宣言に、世界中が沸き上がってしまった。

自分でも与り知らぬ内に、プレセアとの決戦が生中継されていた。魔龍との決戦で顔を、カリーナ姫様の宣告で聖王と紹介されてしまった為、俺が聖王であると結び付いたのである。

聖地が日々お祭り騒ぎで賑わう中、町中を歩くだけで周囲の関心を招く始末。信徒達には拝まれ、観光客には声をかけられ、お偉いさん達には猫撫で声で迫られてしまう恐ろしさ。一人になりたい。

他人共でさえこの有り様なのに、仲間や家族にまで誤解をされるのは御免だ。俺という人間がどれほど平凡な人間であるのか、今の内に徹底して教えこんでおく必要がある。


緊急であると称して、復活祭運営や事件捜査で忙しい三役やアリサ達首脳陣を含めて、今宵白旗メンバー全員にお集まり頂いた。


「……リーダーの俺だけ一人、手酷い傷を負っていないか?」

「入院していた人達も全員無事に退院したもの。諸事情で席を外していた人達もいたし、皆勤だったのはアンタ一人。社長の鑑ね」


 物知り顔の微笑みで、秘書席に腰掛けるアリサが呟いた。社会人の務めなんて馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていたあの頃の俺に戻りたい、切実に。

全員出席の会議室を見渡す。圧巻のメンバー、よくぞこれほどの数が集まったものだと感心してしまう。自分の人望ではなく、誤認によるメンバー入りが多いのが何とも物悲しいけれど。

会議を始める前に、面子の確認をしておくべきだろう。魔女の支配や霊障事故で入れ換わりが激しかったので、まずはリーダーである俺が一人一人の紹介を行う。自分自身の確認も含めて。


アリサ・ローウェル、ミヤ、アギト、ルーテシア・アルピーノ、ユーノ・スクライア(SOUND ONLY)、月村忍、月村すずか、ノエル・綺堂・エーアリヒカイト、ファリン・綺堂・エーアリヒカイト。
ローゼ、神咲那美、久遠、のろうさ仮面(ヴィータ)、ザフィーラ、夜天の人(BOOK ONLY)、シュテル・ザ・デストラクター、レヴィ・ザ・スラッシャー、ロード・ディアーチェ、リニス。
ユーリ・エーベルヴァイン、ナハトヴァール、チンク、トーレ、セッテ、クアットロ、ドゥーエ、ウーノ、ジェイル・スカリエッティ、レオーネ・フィルス、ラルゴ・キ−ル、ミゼット・クローベル。
リーゼアリア、娼婦、アナスタシヤ・イグナティオス、マイア・アルメーラ、シャッハ・ヌエラ、ヴェロッサ・アコース、ジークリンデ・エレミア、ヴィクトーリア・ダールグリュン、ウェンディ。


カリーナはスポンサー、セレナはカレドウルフ・テクニクス社の秘書、グレアム提督は最高顧問なので、メンバーに紹介するが立場上今宵は欠席。カリーナとセレナとは後日情報連携を行う。

個々人に思惑や事情が複雑に絡んでいるので、プライベートに関する情報を除いて一人一人紹介していく。夜の一族に夜天の魔導書、守護騎士に娘達の出生等、うちの面々は秘密が多い。

初期メンバーに現地合流、聖地の雇用や引抜きなどで奮闘した結果、こうして個性豊かな仲間達が揃った。これでも聖地の現勢力図分布では、うちの白旗が一番数が少ないのである。


さていよいよ、自分の紹介だ。今宵こうしてメンバー全員に集まってもらったのは、正に俺自身の事である。極端に言えば、他の人間はどうでもいいのだ。まず何より、自分を知ってもらいたい。


「先程アリサが言っていた通り、これまで聖地に起きた数々の出来事を一番把握しているのは、実際に全ての現場に立ち合った俺自身だと思う。
今まで公的及び私的な事情で打ち明けられなかった事も含めて、俺自身の口から物語りたい。質問は後で受け付けるので、まずは俺の話を聞いてくれ」


 打ち明ける決意はしたが、全てを赤裸々にするつもりはない。仲間達の紹介でも口にしなかった、他人の事情に触れる事は言わない。自分の誤認を説く為に、他人を巻き込むつもりはない。

嘘を付くつもりはない、単純に言わないだけだ。そもそも今回の会議の趣旨は情報連携である、聖地の事情に関係のない事まで口走っても仕方がない。不要な争いの種を蒔くのは無意味だった。


あくまでも話すのは、自分の物語。自分の出生に始まり、ジュエルシード事件を発端とした法術の発生より続く一連の出来事――聖地での目的に繋がる、数々の事件発生。


聖王教会に求めるのはローゼの保証とアギトの自由、法術に関する知識。求めた先で起きたのは強者達の戦いに権力闘争、聖王のゆりかごを起因とした戦乱と霊障。

プレセアとの決戦に至るまで続いた衝突、魔女の登場より連なる暗躍の数々、同時誘拐事件まで起こした猟兵団や傭兵団達、聖王教会騎士団や聖女様への影響。それら全てに関わった自分自身。

強き弱きも何もかも受け止めた上で、歩み続けた自分自身の今を嘘偽りなく打ち明けた。他人に守られ、支えられ、力付けてくれた、己の強さの根源に至るまで。


「聖王は、俺ではない。真なる王は聖王のゆりかごに眠っていた幽霊、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトだ」


 総員、息を呑んだ。俺の指差す背後に立つ、聖王家の王女殿下。最後のゆりかごの聖王にして聖王家の歴史上、武技において最強を誇ったとされる人物。

彼女の事を打ち明けられたのは奇跡であるのか、あくまでも偶然の産物か。ネフィリムフィストによる憑依で人魔一体となり、祟り霊だった彼女は現世で驚異的な安定を誇っている。

俺の身体を通じて肉体の実感を取り戻し、俺の感覚を通じて精神の実感を呼び戻し、俺の目で世界の真実を見つめて、彼女は今のところ自意識を安定させている。

紹介を受けて、世界最悪の荒御魂は裁くべき者達を前に麗しい礼儀作法で慎み深く語りかける。


『紹介に預かりましたこの子の母、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトです。皆さん、我が息子の為に馳せ参じて下さった事に心から感謝しております。
過去の過ちを正し、現世の愚かさを挫くべく今、我が息子が立ち上がったのです。輝かしい未来へ歩み出すべく、悠久の王国を築き上げようではありませんか!』

「やはりこの御方こそ、聖王様の後継者なのですね!」

「素晴らしいです、ご主人様。やはり貴方様こそ、聖女様が待ち望んでいた待ち人であらせられたのですね!」

「一時間以上語った俺の出生話を、一瞬で無駄にするな!」

『いたた、お母さんの髪を引っ張らないで!? 家庭内暴力はお家断絶の温床よ!』


 聖騎士と娼婦というアンバランスなコンビに平伏されて、俺は容赦なく聖王様のお綺麗な髪を掻き毟ってやる。霊体は安定しているのに、何故精神は狂ったままなのか。

ネフィリムフィストの操作限界は、五秒。その五秒間を通じて、世界を今度こそ正しき目で見たはずなのだ。その証拠に、プレセア相手では強く正しき格闘技で圧倒していた。

剣術と格闘技の違いこそあれ、敵と戦う技術とは精神が安定していなければ正しく実行出来ない。敵相手ではあれほど見事に自己を律していたのに、何故肝心の俺本人には狂ったままなのか。

なまじ霊体を安定させてしまったせいで、こうして自律行動を行えるようになったので始末に困る。


「きちんと説明しただろう。この聖王様は過去の強い無念や未練によって、悠久の歴史を漂う荒御魂と化してしまった。今起きている聖地の動乱が起因となって、現世で猛威を奮っているんだ。
今俺に取り憑いている原因は、俺の魔力光とゆりかごで発見された聖遺物が原因だ。たまたま発見した俺をこの魔導書は持ち主と誤認し、持ち主だと誤認した聖王が俺に取り憑いてしまう。

そして今その聖王に取り憑かれた俺が、世界中の人達に聖王だと誤認されている。勘違いが勘違いを呼んだ、偶然の結果にすぎないんだ」


 ――と、夜天の人から念話でこっそり差し出されたカンペを見ながら説明する。意外と恥ずかしがり屋な彼女は、ミヤの死による自分の暴走に今になって羞恥を感じてしまっている。

誤解を正したいという共通の思いを持った俺達は手を組んで、誤解を解消するべくこうして説明したのである。自分の心の中で羞恥に悶える銀髪の美人さんを見せつけられるのは、何とも痛ましい。

聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの霊と、蒼天の書と化した聖遺物。二つを揃えた上で丹念に説明していると、同じ秘書席に並んで座るリーゼアリアが挙手する。

ちなみにナハトヴァールは、彼女の膝の上でネジをコリコリ齧っている。実に美味そうなお菓子に見えるのだが、金属であることに誰も追求しない。見た目の可愛らしさに皆、和んでしまっている。


「その魔導書、本当に聖王のゆりかごで発見された聖遺物なのでしょうか……?」

「今、うちの秘書がいい事を言ったぞ。確かに聖遺物ではない可能性がある、となると所有者となった俺もまた聖王ではない可能性が高まったということだ」


「ほら、情が移っているでしょう? ああいう生真面目なタイプほど、ダメ男に弱いのよ」

「忍さんの仰った通りですね。最初は本当に良介さんを嫌っていたはずなのに、援護するなんて!」

「毎夜寝泊まりしたからってガードが緩すぎよ。これだから、恋愛経験のないキャリアウーマンは」


「アナタ達、名誉毀損とセクハラの罪で全員訴えますよ!」


 顔を真っ赤にして、バンバン机を叩きながら正当性を訴えるリーゼアリア。でもお前、俺の部屋では毎晩下着姿でナハトヴァールと風呂上がりに遊んでいるじゃねえか。

忍と那美のひそひそ話にアリサまで便乗してしまい、魔導書の是非については有耶無耶になった。追求されると俺も困るので、どちらのフォローもしないでおく。

今の論点は魔導書ではなく、むしろ聖王と誤認されている俺の真偽だ。精一杯自己主張したつもりなのだが、その点までは誤魔化すことがとても苦しい。


本当のことを全て打ち明けたというのに、俺を見る目に温度差が余り生じていないのである。何故だ。


「法術とは、願いを叶える力。貴方の法術は他者の願いを叶える能力、この認識で間違いありませんよね」

「敬語で話すのはやめろ、ヴェロッサ。今まで通り気軽に話したいから、長々と説明したんだ」

「し、しかしながら、"他者の願いを叶える"能力というのは、私のような非才の人間からしても神の如き御力であるとしか思えません!」

「願いを何でも叶えられる能力じゃないんだよ。人に沿った相応の願いと、本人の想いの強さに左右されるんだ。分を超えた願いを叶えられないという点では、凡人と変わらない」

「僭越ながら言わせて頂くと、此度の動乱で聖地が荒れ果て、戦乱に怯える信徒の方々が救いを求められたこの時に、颯爽と陛下が現れて聖地を平和へお導き下さった。
聖女様の予言に刻まれた"待ち人"こそ、貴方様であることは最早疑いようがありません!」

「肝心の自分の願いは叶えられないんだぞ、これ以上ないほどの欠陥じゃないか」

「だからこそご立派なのではありませんか、ご主人様。自らの欲には惑わされず、救いを求める他者に手を差し伸べられる力――それこそ正に、神の奇跡です!」

「お前、クビ」

「さ、最大限の賛辞を述べたつもりなのですが!?」


 自分の行動がよりにもよって、自分を脅かしているのだ。最悪のタイミングで裏目に出ている。今の自分の誤解を解きたいのに、過去の自分の行動が阻害しているのである。

娼婦が俺に拾われた事で恩義を感じて誤認、シャッハやヴェロッサは先日の復活祭巡礼に抜擢して教会での立場を取り戻してやった件で、恩義を感じてこれまた誤認。

最悪なのは聖騎士こと、アナスタシヤだ。聖地を平和に導いた白旗活動、信徒に平穏を取り戻した復活祭、自分の目的の為に行ってきた数々の行動が全て誤認に結びついている。


この全ての誤認を正す為には、自分の過去の行動を丸ごと全て否定しなければならない。アリサに救いを求めるが、お前はやり過ぎたと首を振られた。うう、小市民なのに。


「博士、実際のところ彼の真偽はいかがなのでしょうか? 彼の虹色の魔力光の事を考えますと、説明を聞いた今の段階でも半信半疑なのですが」

「聖王教会の聖遺物を使用したDNA鑑定を行えば、聖王家に連なる血統であるかどうかの見定めは行えるだろうね」

「おお、ジェイルがいい事を言ったぞ! 真偽をハッキリさせるこれ以上ないやり方だ」

「何を仰っているんですか、陛下」

「本当に、馬鹿馬鹿しい限りですわ。今さら、そのような事を仰らないで下さい」

「おい」

「陛下に対して、その口の利き方は――」


「……」


「ヒィ!? 違う、違うのよ、セッテちゃん!」

「わ、私達は決して陛下を否定しているんじゃないの。むしろ陛下を肯定しているわ。陛下、ばんざーい!」


 チンクとトーレの警告に沿うように無言で立ち上がったセッテに対して、過剰なまでにクアットロとドゥーエが怯える。別に何もしていないのに、いい大人がもう半泣きだった。

この子は俺の最大の味方ではあるが、俺の理解者かどうかについては正直首を傾げざるを得ない。明らかに聖地に蔓延する誤解は、この子のご高説にあるからだ。

感激の涙すら流して聖王降臨の高説を唱える修道女セッテを、今の聖地では伝承者として教会に高く持ち上げられていると聞く。公演の依頼が日々ひっきりなしに来ているらしい。世の中、怖い。


脊髄を潰されては叶わないとばかりに、必死で二人が持論を訴える。


「私達が言いたいのは、陛下が聖王家に連なる家系である事を今更見定めても意味が無いということなのよ!」

「虹色の魔力光が仮に本当に偶然であったとしても、陛下がこの聖地で行った数々の偉業までは否定出来ない。むしろ血筋が明確でない方が、非人間性を演出出来るわ。
何故なら聖王降臨の発端は聖女様の予言、つまりは奇跡の伝承にあるもの。出生の不確かな孤児であり、異世界出身の立場である陛下は、聖王教会の神として何より相応しいのよ。
今世界で語られている"聖王"は『聖王家の人間』ではないの。聖王教会の神という偶像であり、奇跡の体現者――聖地を平和に収める、聖なる王。

誰もが夢見るお伽噺を体現した、陛下お一人であらせられる。聖王の血筋ではなく、魔龍という"世界の災厄"を討伐した結果で神であると人々に認められた」

「人々の認識は、私とて同じだ。魔力光という奇跡の光に導かれて君と出会い、君が起こした軌跡を知って君という人間に王を魅せられてしまった。
聖王であるかどうかと問われれば是であり、否と応えるだろう。何故なら君が聖王ではなくとも、"聖王"であるからだ。この聖地で君自身を示す、最上の冠。

過去の歴史で多くの過失を行った愚かな王族と君を同列にするのは不愉快だが、少なくともこの聖地においては君を指し示す最上であろう。なればこそ、私がこの事態を歓迎している」

「なるほど、"聖王"であって聖王ではない。人々は愚かしくはありますが、陛下を見つめるその目は正しくもあるということですね」


 ジェイル達の説明にウーノは納得したが、俺自身は頑なに首を振り続けてやりたい。白旗活動はあくまでローゼとアギトの為、魔龍討伐は俺自身の奮起によるものでしかないのだ。

聖地を平和にして、信徒の方々を平穏に導く事は、聖女様の護衛として必要な任務だったからだ。聖女様の心をお守りすべく、聖女様が憂う聖地の戦乱を収めたかった。護衛として当然の行為である。

誰にでも出来る事を、周囲が面白がって騒ぎ立てているだけだ。たまたま俺がやっただけで、俺がやらなくても誰かがやっただろう。俺に討伐出来るのであれば、誰にだって討伐出来るからだ。

タイミングが良かったというだけの事を、証明するのは難しい。鶏が先か卵が先か、論議するのと同じだ。聖女の予言が発端か、俺の行動によるものか、全てが過去である今証明が出来ない。


だがせめて、仲間達の誤解だけは何としても解かなければならない。特に俺への忠誠を誓った、聖騎士については。


「聖王であるか、"聖王"であるか――貴方が忠誠を誓う相手は、その真実に左右されるのではないのか?」

「いいえ、我が忠義は変わらずお一人です」


 ……何で? 聖王家の血筋か、噂話の張本人か、二つに一つしかない。二天一流は剣の真髄であって、忠道の本懐にあるのではない。誓った剣は、唯一に向けられるべきではないのか。

いや待て、俺まで誤認してどうする。世界が沸いていても、仲間達が狂っていても、リーダーである俺だけが正常に認識しなければならない。彼女の言葉の意味を考えるんだ。


彼女が主とする人間は一人、聖王教会騎士団の団長殿だ。聖騎士に続く聖王教会の強者であり、誉れ高き騎士である彼であれば、彼女の主に相応しい。この真実を前提に、考えるんだ。


彼女が俺に忠誠を誓おうとしているのは、俺が"聖王"であるからだ。ならば、彼女にとっての聖王とは聖王教会騎士団の団長殿に違いない。彼女にとっての聖王は、あの方なのだ。

彼女は高潔な騎士だ。二人の主を持つことに、何の苦悩を感じない筈がない。聖騎士の高潔さを考えれば、もしかすると聖地の平和の為に己が矜持を捨ててまで己を捧げるつもりなのかもしれない。

聖王は聖王教会の神であり、"聖王"は聖地を平和に導く待ち人。二人の聖王の狭間で、聖騎士はさぞ苦悩しているだろう。忠義は変わらず一人のみ、彼女の言葉は心の悲鳴なのだ。


ま、まさか、武士道に通じるように――


事の全てが終わった後、彼女は自害するつもりなのではないか? 過去ヴィータ達が語っていた騎士道の模範、更に歴史から考えても当然の帰結だ。


断じて、そんな事をさせてはならない。彼女ほどの騎士がこの世からいなくなるのは、聖地にとって大きな損失だ。何としても今、聖王の真偽を明らかにしなければならない。

どちらが正しいのか、俺には分からない。"聖王"が結果であるのであれば、聖王は過程だ。長い歴史を築き上げたベルカの時代、過酷な時代を祈りの力で乗り越えた宗教の象徴。

真なる神がどちらであるのか、明白にするしか彼女の忠道を正す術はない。"聖王"を否定するのは困難だと判明した。どうやって真偽を測るべきか。

誰が彼女に相応しい主であるのか、俺が決め付けるのは駄目だ――となればここは、我が祖国の政治を参考にするべきだろう。


「こうなれば民主主義に則り、公平に真偽を判断してもらおうではないか」


「まーた、うちのご主人様が馬鹿なことを言い出した」

「異世界の宗教国家で突如民主主義を唱える、侍君のこの意味不明さが好き」


「うるせえ、馬鹿共。考えてもみろ、人々は今熱狂的に聖王騒ぎに盛り上がっているけど、全員が全員こぞって俺の登場に賛同している訳じゃねえだろう。
俺が聖王だと言われてこの世の人間の全てが納得しているとでも思うのか?」

「そんな極論を言われても困ります。もっと焦点を絞って、分かりやすく言って下さい」

「具体的に言うと、魔龍討伐による治安活動は言わば事後承諾でしかない。俺が勝ったからいいようなものの、もしも負けていれば不興を買うどころでは済まなかった。
町中で大暴れした上に、聖王堂や近隣住居を破壊したんだぞ。敗北していたら、俺も大規模騒乱罪の犯罪者になっていた」

「一理あるが、それこそ事後ではないか。今更論議しても無意味だと思うのだが何か考えがあるのかね、宮本君」


 アリサやリーゼアリア、レオーネ氏。うちの首脳陣がこぞって、意見を唱える。冷静な意見と判断力、彼らのような見識が今必要とされている。

俺か、聖王教会騎士団の団長か。正義は彼らにあり、俺は正しさを追求するのみ。主義主張で善悪を判別するのは、もはや不可能だろう。ならば、民に問うべき信は――


「治安活動に聖女の護衛、そのどちらにも必要なのは実力です。魔龍と龍族の姫の出現によって人々は魔に怯え、善を聖王に求めています。
治安維持活動を主に行っているのは我々白旗、聖王教会騎士団。以前より二つの治安維持組織がある事で、人々は正義の在処に迷っておりました。

人々の求めに今こそ、我々は応えるのです――神の名の下に、『御前試合』を行いましょう。二つの治安維持組織が優れた実力を見せれば、人々は安心します。


法の組織である時空管理局には中立の立場で審判に立って頂き、復活祭で集まる世界中の人々に正義の在処を判断して頂きましょう。
誰が神なのか、聖女様をお守りするのはどの勢力なのか。その全てを今こそ、実力で判断しましょう」


「な、何故今更明暗を分ける必要がある。万が一誤認であっても、白旗は治安維持に基づいた正しき活動を行っている。君が"聖王"であれば、聖女様もさぞや安心するだろう。
ここでわざわざ民に信を問う行為は、いたずらに他勢力の介入を煽る結果となるぞ」

「猟兵団や傭兵団はともかく、聖王教会騎士団のこれまでの活動を否定するつもりはありません。彼らこそが今まで、この地を守ってきた。
今ここで俺が"聖王"だと確定してしまえば、聖王教会騎士団の全てを否定してしまう事になる。彼らにだって信念があり、正義があるのです。

ただレオーネ氏の意見もごもっともです。ですので――」

「う、うむ」


「私本人が直接、聖王教会騎士団の団長殿に決闘を申し込みます」


 むやみに決着を煽るのではなく、正当な決闘方法に基づいたやり方でお互いに実力を発揮する。殺伐とした殺し合いではなく、正義と信念による団体戦で。

聖王教会騎士団は広大なベルカ自治領でも選りすぐりの実力者達が揃う治安維持組織、巨大な宗教組織である聖王教会が選出した騎士団。あの時空管理局と肩を並べる、正義の体現者。

聞いた噂ではあの高町なのはやフェイト・テスタロッサを超えるランクの魔導騎士もいるらしい。恐ろしい話である、天才と呼ばれたあの少女達を超えるのだ。


「アナスタシヤ殿やシスター達は教会関係者であり、一協力者です。皆様も信徒の方々と同じく、見届け役となって頂きたい」

「へ、陛下――貴方の剣として、私も参戦致します!」

「お気持ちだけ、ありがたく受け取ります。貴方の主に相応しいのは誰なのか、剣ではなくその目で見定めて下さい」


 本物の聖王に対して、民に担ぎ上げられた"聖王"が挑む。問われているのは実力――剣であり、器であり、人そのもの。人望もその一つ、王を問う上で最も大切な資質だ。

聖王教会騎士団団長、騎士団の頂点に立つ彼の器は本物だ。今のなのは達を超えるかもしれない魔導ランクの実力者まで揃えている。彼に比べて、自分の人望なんて高が知れている。


ただ殺し合いと御前試合では、性質が異なる。殺し合いの勝敗は生死以外ありえないが、御前試合は実力のお披露目である。強さを誇る事がポイントであり、勝敗だけではなく過程も重要となる。


聖王教会騎士団は聖地の長い歴史の中で積み重ねた信頼を誇り、白旗は聖地で結果を出している。この御前試合を通じていい勝負が出来れば、双方に利が生じるのである。

騎士団は今一度世界中にその武勇を知らしめることができ、俺達白旗は聖王教会騎士団と互角に戦ったという実績を手に入れられる。その上で勝敗が出れば正義の在処が分かり、聖騎士は主を定められる。


つまり前提として、あの聖王教会騎士団と互角に戦える実力が必要となるのである。白旗も実力者が揃っているが――それでも、果たして彼らといい勝負が出来るだろうか?



非力な俺に出来るのは家族であるユーリ達、仲間であるジェイル達の実力を信じるだけだった。










<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.