とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第四十三話




 ヒーローショーとは、ヒーローが現れる事が大前提である。その前提が成立している限り、悪役が舞台の上でどれほど傍若無人に振る舞おうとも観客は笑って許してくれる。

年端もいかない黒髪の少女がガジェットドローンに連れ去られても、誘拐事件だと誰も騒がない。ヒーローが必ず悪役を倒し、人質を救ってくれると信じているからだ。

言い換えるとヒーローが現れなければ、ヒーローショーは誘拐事件へ変容してしまう。観客は目撃者となり、少女は人質となり、悪役は犯罪者となり、声援は悲鳴になるだろう。


そして、誰もが望むヒーローはどの世界にも存在しない。俺達の世界でも、この異世界ミッドチルダであっても。


「我が息子よ。今こそ悪を討ち、世界に仇なす愚か者の首を刎ねなさい。勧善懲悪こそ、王たる者に必要な倫理規範なのです」

「ヒーローショーとしては分かりやすいけど、魔女に支配されている以上完全なる悪とは言えないだろう」

「アタシがさっさと魔女から支配権を取り戻して、あのバカを解放してやるよ」

「ファリンはそれで戻るだろうけど、ガジェットドローンはローゼの管轄だ。ファリンより支配権を奪えば、魔女も俺達の動向に気付く。下手に撤退されると、少女が攫われたままになる」

「人質となっている少女は、私が助けます。剣士さんとイレインで、ファリンを解放して下さい」

「ヒーローショーを中断すると観客が騒いで、事件に変わってしまう。少しでも波風を立てると、敵勢力がここぞとばかりに煽り立てるだろうよ」


 厄介だ、非常に厄介だ。ヒーローショーというこの舞台が、この事件をひたすらややこしくしている。魔女やクアットロの脚本であるのならば、心底恐れ入る。

ヒーローショーでなければ、ゴリ押しでもどうにかなる。ファリンとガジェットドローン相手なら、妹さんとイレインで対抗出来る。単純な戦いでないから、ここまで悩まされている。

人質を救い、ファリンを助けて、大勢の観客を楽しませなければならない。他人を救い、仲間を助け、人々を救うと決めた白旗の理念が今、試されている。どれか一つでも失えば終わりだ。

少女を見捨てる、ファリンを倒す、観客を放置する。そのどれかを選べば、簡単に解決する。俺の本質を試しているのは魔女、俺の能力を試しているのはクアットロだろう。

ファリンとガジェットドローンを使い、ヒーローショーという媒体をここまで悪辣な試練へ仕立て上げた奴らの手腕には恐れ入る。どの世界にも、俺より優れた連中が多すぎる。


「何を躊躇っているのです、悪を討ちなさい。貴方は、この世界を統べる王でしょう」

「どうでもいいじゃないか、あんなガキンチョ一人。オプションでも大事にしてくれるマスターの気持ちだけで十分だよ」

「剣士さんのご意思に従います。どうぞ、ご決断を」


 ファリンが呼ぶ正義の味方に、観客が望むヒーローになるべきだと、三者三様に望まれる。ヒーローショーに唯一欠けている主役、ヒーローの参上を誰もが皆望んでいる。

一番の解決策であり、絶対に不可能な攻略条件。この世界にも、どの世界にだって英雄は存在しない。教会が求める神でさえも、世界を滅ぼす祟り霊でしかなかった。

無惨に殺されたアリサも、母に捨てられたフェイトも、孤独に震えるはやても、過ぎた力に苦しむなのはも、ヒーローは救ってくれなかった。ファリンが望むライダーは、映画の中にしかいない。

ヒーローショーは偶像の舞台、本物ではなく仮想の英雄であればいい。ヒーローを演じればいい、それでショーは成立する。何を悩むことがあるというのか。


仮想の英雄か、それとも本物のヒーローか――俺は一体、何者に成りたいのか。どんな存在を、かつて求めていたのか。


「決断したのですね、息子よ」

「ああ、俺の考えが浅はかだった。やるからには、徹底的にやらなければならない」

「その通りです。悪を挫くことを恐れていては、正義は成せません。さあ、立ち上がりなさい!」


「俺は――この世界を殺す毒となる!」


「今、何て言いましたか!?」

「イレイン、ひとっ走りして変装道具と俺の着替えを持ってこい。変装については、顔を隠せるものなら何でもいい」

「で、出たよ、マスターの意味不明な命令!? 凄いよ、IQ10000を誇るアタシの超絶頭脳でもサッパリ分からなくてワクワクするよ!」

「適当な数字を並べるな!? 俺のやりたい事は分かっているな、妹さん」

「おまかせ下さい、"首領"」


 ウキウキ気分で走って行くイレインと、舞台に上がる準備を始める妹さん。竹刀を解放する俺を前に一人、かつて戦乱を収めた聖王様だけが右往左往してしまっている。

いいだろう、ファリン。お前が望むのであれば、俺が応じよう。お前が求めるのであれば、俺が叶えてみせよう。俺は魔法使い、人々の願いを叶える者だ。

弱者に演じられるものなんて所詮、道化者でしかない。正義を成さず、悪を求めず、中途半端に人々に笑われるだけ。信念も意地も何もかも捨てて、滑稽に演じてやるとも。


弱者の決意に、大いなる強者が水を差す。


「考え直しなさい、息子よ。自ら望んで悪と成るつもりですか!」

「世界の破壊を望んでいる奴が言える台詞か!?」

「不良になるなんて、母が許しませんよ!」

「あんたの価値観の線引がよく分からんわ!?」


 イレインが持って来たのは、黒い覆面。100円ショップに売っていそうな変装道具に、苦笑してしまう。実に分かりやすい、悪の扮装であった。

嬉々として着用するイレイン、黙々と覆面をつける妹さん。俺は剣道着を脱いで、イレインが持って来た着替えで変装する。聖地で和服を着ている男は、俺一人だからな。

ファリンは今も悪役を演じ、高笑い。ファリンに煽られた観客は、高らかにヒーローを呼んでいる。ガジェットに連れ去られた少女は、よく見えない。


舞台に上がろうとして気づく。正義であれ、悪であれ、名乗らなければならない。いかにも悪っぽい組織の名前といえば――


「そこまでだ、偽りの悪党よ」

「き、貴様はまさか、正義の味――あ、あれ……?」


「我らこそ、真なる悪の組織。この聖なる夜を闇に染める凶鳥――『フッケバイン』だ」


 ――観客だけではない、舞台の進行兼主役を務めるファリンですら唖然としている。当たり前だ、ヒーローを呼んでいるこの瞬間に新しい悪者が現れたのだから。

場違いもいいところだが、俺は奮然と胸を張って名乗りを上げた。イレインは何やら稲光を上げる鞭を取り出し、妹さんは拳を握って威嚇するように振っている。悪ぶる妹さんが少し面白い。

放送事故になりかねない無言の状態に我ながら苦笑してしまうが、悪に徹すると決めたからにはとことんやってやる。正義の味方など、この世にはいない。


お前が望むヒーローに、俺は成るつもりはない。


「わ、私こそがこの世の悪です。ちょっとカッコイイ名前だからといって、調子に乗らないで下さい!」

「面白い事を言うではないか、ならば貴君に問おう。悪とは、何だ」

「あ、悪とは、悪いことをいっぱいする人です!」

「私は悪の定義そのものを問うている。悪い事とは、どのような行為だ」


「それは勿論、子供を泣かせるような――あっ」


 ガジェットドローンに釣り上げられた、黒髪の少女を見やる。自分のしでかした行為こそが悪、ならば自分自身が悪人であると自ら認めてしまった。

本来であれば、今更問い質すまでもない事実だ。世界制覇を企む悪の組織は、子供であっても容赦せず人質を取る。筋書き通りの悪の存在は、子供でさえも分かりやすい怪人であった。

"怪人"、かつて自分自身がその仮面を付けて俺を襲った過去がある。魔女にどれほど洗脳されても、起きてしまった過去の記憶は変えられない。


自分はかつて、怪人であった。そして今も、怪人となってしまっている。


「世界の支配を望む悪の組織、世界を闇に染める凶鳥フッケバイン。我々は、同じ存在だ」

「ち、違います。わたしこそが――」

「ほう、お前は一体何者だ」

「わたし……?」

「見ろ、少女を攫われた人々は今助けを求めている。この場に現れた悪の組織フッケバインを前に、人々は今求めている。悪ではなく正義を、悪の手先ではなく正義の味方を!」

「正義の、味方」


「さあ、人々よ。今こそ求め、欲するがいい。お前達は今、誰を求めている!!」


 動乱するこの聖地に突如舞い降りた、一人の少女。助けを乞う人を助け、救いを求める人を救い、困っている人に手を差し伸べ、襲われている人を守った、正義の味方。

名を欲さず、金を乞わず、見返りを求めず、笑顔だけを望む女の子。無垢なる微笑みと明るい正義、清潔なメイド服と力強い拳、そして何より聖地に華咲く可憐さ。


救われた多くの人達が、少女に問うた――私を助けて下さった、貴女の名前を教えて下さい。その名は――


『ファリン!』

「声が小さい!」

『ファリン!!』

「お前達のヒーローは、誰だ!」


『ファリンーーーーーーーーーー!!!』



「――そうだ……わたしは、ファリン。わたしは、ライダー一号。わたしは――ヒーローです!」



 まるで今人々の声に導かれたように、ファリンは変装を解いてこの場に参上した。見るも鮮やかな参上ぶりに、人々は大いに沸き立って拍手喝采を送った。

悪を名乗っていた少女こそが、本当の正義の味方。この奇抜な脚本が成立するのは、他ならぬ人々が真の正義の味方を知っている事が大前提。ファリンだからこそ出来た、ヒーローショーであった。

今頃、クアットロは腰を抜かしているだろう。今頃、魔女は茫然自失となっているだろう。脚本は台無しになり、支配は解除された。その全ては、心を持たない自動人形の正義が打ち破ったのだ。

正義なんて、何の根拠もない。根拠もない事に、解答はない。クアットロは悩むだろう、魔女は苦しむだろう。他人を信じられない彼女達に、この筋書きは永遠に理解出来ない。

実際、第三者が見ても無茶苦茶な博打にしか思えないだろう。ファリンが自分で目覚めなければ、全てが破算だった。失敗すれば悪を名乗った俺は本当の悪となり、白旗は折れてしまっていた。


だが俺にとっては、筋書き通り以外の何物でもない。こいつはこういう奴なのだと――他人を、信じ抜いていたから。


「私を悪の道に引き摺り込もうとしても無駄ですよ、フッケバイン。人々の声があるかぎり、わたしはいつでも正義に目覚めるのです!」

「それでこそ我がフッケバインの宿敵だ、ファリンよ。我が洗脳を正義の心で打ち破るとは恐れいった」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


「……見事に誑かされていたのに現金だね、この子も」

「……終わりよければ全てよしが、剣士さんの方針ですから」


 その後の経過は、語るまでもないだろう。ヒーローショーのお約束、悪が正義を倒すという当然かつ最大の目玉が華やかに行われた。ファリンとイレインが大立ち回り、ショーを盛り上げる。

洗脳という筋書きがあれば、自分で攫った少女を自分で救うという矛盾も生きる。ガジェットドローンを素手で吹き飛ばして少女を救うシーンは、人々の心に熱く刻まれただろう。

少女を見事救い出し、ガジェットドローンが全て倒されたのを見計らって、俺は妹さんとイレインに撤退の命令を出す。敗北の歴史しかない弱者であれば、一流の捨て台詞が言える。


覚えていろ、正義の味方。次は必ず勝つ――その"次"など永遠にないくせに、口先だけは一人前に言えるのだ。我ながら本当に、道化者だった。


「――自ら悪を騙り、悪に堕ちた少女を正義に目覚めさせる。それこそが貴方の正義だというのですか、息子よ」

「あんたは、知っている筈だ。正義なんて、この世にはない」

「ならば何故、このような役を演じたのですか」


「俺は正義なんて信じていない。俺が信じるのは――あんたが嫌っている、愚かな他人だよ」


 嘘を、ついた。俺は、他人を信じているのではない。きっと、他人を信じたいと思っているだけだ。俺を信じてくれた人達のために、俺も他人を信じようと思っている。

裏切られるのは、今でも怖い。裏切られた事もあるから、裏切られるかもしれないという不安はある。信じない方が余程楽だと、分かってはいるのだ。

そして他人を信じず生きてきた人生が、今までの十七年だった。何の意味もなく、誰とも繋がらなかった人生は、何の価値もなかった。呆れるほど一人ぼっちで、つまらない人間だった。


人は独りでも、生きていける。でも一人で楽に生きて――何の意味があるのだろうか。


「……あの、たすけてくれてありがとーございます」

「怖い目に合わせてごめんなさい。もう大丈夫です、悪者は退治しましたよ!」

「さらわれてビックリしてしまいましたけど、ほんとにヒーローなんですね」


「はい、わたしこそ――ど、どうしたんですか、この傷は!?」


 舞台袖で聖王と話していると、拍手喝采で大団円を迎えている舞台から話し声が聞こえてくる。ファリンに救い出された黒髪の少女が、頭を下げていた。

何気なしに少女を見やって、ギョッとする。小奇麗に着飾った服装とまるで合っていない、荒んだ風体。頬は痩け、目はくぼみ、髪がちじれ、身体の汚れが酷い。


何より異常なのは――肌。首には絞めた痕、手首は握り締めた痕、足首は踏み潰した痕。掻き毟った痕は、全身に及んでいる。生々しい、虐待の痕跡だった。


「……うちのことは、ええんです。ほっといてください」

「そうはいきません。何か困っているのでしたら、力にならせて下さい!」

「うちがええといってるんです。なんでかまうんですか?」


「わたしが、ヒーローだからです!」


「……ヒーローは、ほんとうにうちをたすけてくれるんですか?」

「本当です、信じて下さい!」

「しんじたって、どうせいずれはうちを――」

「わたしは、貴女を信じますよ」

「……うちを?」

「はい、貴女が誰であっても、私は貴女を信じます」

「……ほんまに、しんじてええんですか?」

「勿論です」


「"なにがあっても"、うちをうらぎりませんか?」

「"何があっても"、私は貴女の味方です。私と、ライダー二号を信じて下さい!」


 俺を数に入れるな!? 抗議する間もなく、ファリンは少女に手を伸ばす。少女の傷だらけの手は触れることを恐れていたが、震えた指先だけは何とか触れていた。

少女の異常な不信は、明らかな警戒だった。野良に慣れた犬は、人間にはなかなか懐かない。野生の動物の傷は、独りで戦ってきた歴史の痕跡そのものなのだ。

あの様子だと、ファリンは問答無用で少女を保護するつもりのようだ。聖なる夜に一人ぼっち、誰にも相手にされずヒーローショーを孤独に見ているような子供だぞ。厄介の種に決まっている。


「わたしはファリンです。貴女の名前を教えて下さい」

「……"エレミア"」


「エ、エレミア!?」

「どうしたんだ、急に?」

「エレミア――私の……私の大切なお友達の名前です! まさかあの子は――」

「息子の次は友達か!? ええい、ややこしくなるから引っ込んでろ!」


 竹刀袋に放り込み、紐で縛り付けて封印すると、祟り霊は悲鳴を上げて消えていった。何やら事情を説明しようとしていたが、祟り霊の妄想で子供を困らせたくはない。

舞台を降りて合流するべく、俺達は変装を解いた。やれやれ、まずはあの子供の身元確認か。エレミアね……はて、聞いたことがあるような、ないような?


しばらく、一緒に行動しなければならない羽目になりそうだ。









<続く>








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