とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第四十一話




 自分なりに一大決心したつもりだが、勇気ある決断であれば何をやっても許されるのではない。自分一人であれば好き勝手に生きていけるが、今の俺は仲間達に支えられてこの異世界に立っている。

俺の剣に封印されている聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの幽霊、人間を呪って世界の崩壊を望む祟り霊。聖王教会では神として崇められている存在が、聖地を壊す悪魔だと発覚すれば何もかも終わりだ。

俺の目的はローゼとアギトの自由と権利、その手段として聖女の護衛にある。聖女の護衛は当人の予言による産物であり、予言は神の降臨を指している。この神が祟り霊だと、根底から覆ってしまう。

魔女の存在とアリサの機転で時空管理局の封印処置は見直されたが、自由も権利もまだ保証はされていない。聖女の護衛という安定した立場を確保する為にも、聖王は神であってもらわなければならない。


何としても説得するしかないのだが、相手は祟り霊。聞く耳持たず大暴れされたら全てがご破算なので、入念に準備しておかなければならない。


「――という事で早朝に神の降臨儀式を行うので、忙しい中申し訳ないがお前を吊るして行く」

「あたしは神社のお守りか!? そこはせめて可愛い守護霊として敬いなさいよ! まあいいわ、ここのところ事務仕事ばかりだったから気晴らしに付き合ってあげる。
ローゼと一緒にナハトヴァールも帰って来るんでしょう。あの子はどうするの? 入院中は会えなかったから、飛び付いてくるわよ」

「祟り霊なんぞに近付いたら、霊障の余波で医療施設へ逆戻りだからな。何が何でも近付けられないし……そうだ、リーゼアリアに頼もう」

「あ、あの人、三徹の激務でようやく捜査を落ち着けたばかりなのよ!?」

「連日連夜働きづめで神経をガリガリに尖らせているからな、同室の俺が黙って留守にすると絶対咎めるだろう。グレアムに通じているあいつに、祟り霊の事実なんぞ拝ませられない。
ナハトは近付けられない、リーゼアリアに見せるわけにもいかない。だったらナハトの面倒をリーゼアリアにお願いすれば、万事解決じゃないか。我ながら冴えている」

「あんた……あの人をイジメて、そんなに楽しい?」

「何の話だよ!? あいつも何かオークションの一件から妙に荒んでいるし、ここらで一つ仕事を少し休ませて、可愛いナハトの相手で心を癒してもらおうぜ」

「……もしナハトに懐かれて笑顔でも見せられたら泣くんじゃないかしら、今の精神状態だと。
我が主人ながら恐ろしい男だわ。自分の子供まで使って、飴と鞭でキャリアウーマンの心を調教するなんて」

「アホなことを言ってないで、早く背中に乗れ」


 祟り霊を解放すると、周囲一体が霊障に汚染されてしまう。だからまず人里離れた区域の中で霊質の安定した土地を選び、退魔師の神咲那美による浄化と久遠の助力による封魔結界を張ってもらう。

異世界なので日本とは環境が異なるが、多くの霊障の現場に立ち入ってきた那美の調査によると、聖地では夜明けの時刻が一番霊の力が働かなくなるらしい。場所だけではなく、時間帯にも注意を払っている。

身辺護衛は妹さんにお願いして、周辺警護をセッテに依頼。一連の事件を通したこれまでの検証により、魔女とクアットロはセッテが居れば近づいて来ないと分かった。人間、誰でも苦手な存在はいる。

肝心の聖王は本格的に大暴れされたら今の面子では止められないが、そもそもの話竹刀の封印はあくまで保険程度。聖王がその気になれば、いつでも解放出来る代物でしかない。

俺達が警戒しているのは祟り霊本人というより、祟り霊による周辺への悪影響とも言える。世界への呪いが霊障による汚染を行っていると仮定するなら、聖王本人を説得する事でどうにか出来るかもしれない。


とはいえ、最悪の事態にならないように備える必要がある――そこで最新型自動人形である、ローゼの出番だ。



「帰ってきてあげました」

「お前もか!?」



 ウェンディといい、こいつといい、自分なりの危機に遭った後だというのに、深刻な顔を全然せずに気軽に帰って来る。他人のために悩んでいる俺が段々馬鹿らしくなってきた。

ジェイル・スカリエッティより改造を受けたと聞いているが、ローゼの見た目に今のところ変化はない。執事服の男装少女は健在で、魔女による支配の影響は感じられなかった。

ナハトヴァールと面を合わせると離れてくれそうにないので、リーゼアリアに預けさせた上で現地集合とした。ナハトの退院は三役や他の仲間達も待ち侘びていたので、今頃大いに可愛がられているだろう。

基本的に俺と行動を共にしていたローゼには、ナハトヴァールも気を許していたらしい。肩車をして連れて帰ってくれたようだ、想像すると若干和んでしまう。


「魔女の支配による後遺症とかは残っていないのか。ウーノから精密検査や精神分析でも問題なかったとは聞いているけど」

「何を仰います、主。このローゼ、主への忠誠心に嘘偽りございません。主に牙を剥くくらいなら、自害して果てる所存」

「入院中うどん食いながら時代劇を見ていただろう、お前」

「さすが我が主、距離を隔てても最愛の従者への理解は揺るぎないものですね」

「お前がアホだという確信に微塵の疑いもないな」


 淡々とアホな発言を行っているローゼだが、全く気にしていないというのは嘘だろう。ローゼの決心はウーノから聞いている、ローゼもまたウーノから俺の決心を聞かされたのだ。

お互いに自分自身と向き合う決意を固めたのなら、責任の所在など不要。主が求めてもいない責任について、非を認めて謝罪するような行為は自己満足に過ぎない。

ローゼにとってイレインの起動は、主に咎められた最大の禁忌。それでも起動許可を求めたのは魔女の支配を自身の未熟と自責し、同じ過ちを繰り返さないという人間らしい挽回を求めたからだ。

いつも通りの会話のやりとりは、いつも通りの主従関係の確認。主は従者を信じ、従者は主に託す。通過儀礼を行って、再び誓いの儀式を執り行う。


アリサは何も言わず見守り、妹さんは無言で護衛。セッテは外界に目を配り、那美や久遠は結界内部で固唾を呑んでいる――後は、当事者の問題だ。


「考えてみれば、お前と主従の誓いを正式に結んだ事はなかったな。お前に助けられた恩義から、何となく連れて回っていた」

「失礼ながら、この時を待ち望んでおりました。松葉杖であれど、主の手で選んで頂きたかった」

「だったら俺は、お前の主に相応しい人間にならないといけないな」


 ローゼから距離を取り、俺は竹刀袋を手に取った。聖王のゆりかご調査から今まで、ずっと目を逸らし続けていた自分の剣。剣士が剣を見ずに、どのようにして敵を斬るというのか。

聖地の中で小賢しく生きてきたが、綻びは必ず訪れる。ローゼの一件が無ければ、封印したまま復活祭を迎えていたかもしれない。多くの敵が牙を剥いているのに、無防備で歩く馬鹿が何処に居るというのか。

世界を救うつもりはない。けれど、世界の破滅を望んでいない。どっちつかずの生き方が、剣の封印に表れている。牙を失えば、狼は殺される。剣を失った剣士は、いずれ誰かに斬られて死ぬだけだ。

ローゼはきっとイレインの起動に、自分と向き合う行動に犠牲を求めてしまっている。そうではない、自分の嫌な面を見つめるというのはそれほど大変な行動ではないんだ。


それは"心を持った"者として――当たり前の事なんだよ、ローゼ。



「"抜剣"」



 ――剣を、解き放った。



竹刀袋から引き抜かれた竹刀は虹色の輝きを美しく放って、無骨な竹の刃を光の刀へと創り変えていく。世界を破壊する魔剣か、世界を救う霊刀か――光は色を持たぬまま、劔の刀身を解き放つ。

封印から開放された虹の魔力光は残滓を纏い、壮大な夜明けに照らされた一人の女性を誕生させる。仄かな陽光に浮かぶ女性はまるで母親のように、子を見つめる瞳に涙を滲ませる。


世界でもっとも知られ、もっとも見られ、もっとも描かれた美術作品――神の偶像が再び、聖地に舞い降りた。


祟り霊を警戒していた那美達も、護衛する妹さんも、背中に背負うアリサも、何より俺自身も、声が出ない。あらゆる人間を恨み、世界の何もかもを呪っているのに、どうして彼女は愛に溢れた笑顔を浮かべているのか。

正気ではない。生きてはいない。存在していない。在るのは、古き時代に取り残された未練のみ。俺自身が持っている剣への未練と同じ、決して報われる事のないユメでしかなかった。

見たくはなかった。けれど、見つめなければならない。


「聖王オリヴィエ、貴女と話をさせて欲しい」

「いけませんね」

「……あくまでも、世界の破滅を望むというのか」

「公式の場では礼儀を尽くす義務が王家にありますが、私との対話を望んだこの場は非公式なのでしょう。私は王ではなく、母として話を聞きましょう」

「大真面目に、狂ったことを言いやがる!?」


 俺が向き合わなかった時間はそれなりに長かったつもりなのだが、理性的な王の思考で狂気的な発言を述べる聖王。正気を取り戻した祟り霊は、理性的に狂っていた。理性ある狂戦士なんて怖すぎる。

ゆりかごの中で漂っていた祟り霊は憎悪による実体化を行っていたが、正気を取り戻した彼女は霊力による具現化を行っている。世界を破壊する力を持つ荒御魂ともなると、現実にこれほどの存在感を示せるのか。

圧倒されそうな存在感ではあるが、俺を見つめる目は朝陽のように暖かくて優しい。問題なのは、その狂気を愛だと想っている決定的な誤認だ。どうしてやろうか、こいつ。

狂人とは語りたくもないが、それでは自分への否定と同じだ。ローゼに対して、主として毅然とした態度を見せなければならない。


「俺は、あんたの子供じゃない。汚い現実を受け入れて世界の破滅を望むあんたが、何故今更バカな夢を見ているんだ」

「言いたい事はよく分かります。私は母として貴方と接した時間がない、親子の関係は血縁では成立しません。私も血筋の事では、幼少時より多くの悩みを持ったものです」

「血縁関係にないということには、既に気付いているようだな。そうだ、あんたと俺には血の繋がりなんてない」

「だからこそ今、私と貴方の間には対話が必要なのです。私達は今この時から、親と子としての関係を築こうとしているのですよ」

「人間関係を築きたいという点については、俺も賛同出来る。安易に剣を向け合うのではなく、話し合いを持って妥協点を探ろう」

「母として恥ずかしい限りですが、私も過去拳で撃ち合う事も多くありました。武を高め合う良好な関係を築けた事もありますが、その多くは血を流す戦乱の場でありました。
愚かな母とは違い、まず対話を望む貴方の姿勢はとても立派ですよ。その意志を大切にしなさい」

「剣士だから、剣を向けなければならない道理はない。対話を求める意思こそ、剣を収める鞘となる」

「王としての貴方の崇高なる決意、確かに聞き届けました。この聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、この時を持って貴方を後継者と認めましょう」


「やったぞ、お前ら。聖地を守りし聖女の護衛として、聖王の口から認めさせたぞ!」


「何この、頭のおかしい会話」

「地球上の約7000言語を習得したローゼでも、難解な会話ですね」

「うう、頭が痛くなってきました……」

「くぅん」


 無言で拍手してくれているのは、妹さんとセッテだけ。背中のアリサは分からないけど、他の面々は実に懐疑的な目で俺達を見ている。話し合うことの大切さを、今この場で見せたというのに。

聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、話を聞く限り生前は正しく人民を守っていた賢王であったらしい。人の可能性と世界の平和を願って死んだ彼女は、人の腐敗と生地の戦乱を見て狂ってしまった。

そうした負の面は、俺の中にも歴然と存在している。自分と向き合うという事は、自分の弱さや醜さを見つめることでもあるのだ。腰を据えてかからなければならない。

幸いにも、今は話が若干であっても通じている。悪いところばかり見つめて狂ってしまった王に、良いところをしっかりと語ろうではないか。


「夢見た我が子が、これほど立派な人間であったことに喜びを禁じえません。我が子は、可愛いものですね」

「自分の子供であればきっと可愛いもんだ。子を慈しむその気持ちを持って、どうか世界に目を向けて欲しい」

「荒れた世界に愛を持って目を向けようとするその志こそ我が子の証なのだと思いたくなるのは、親の欲目でしょうか」

「人の親であれば、子を誇りたくなるものだ。貴女にとっては民が子であった筈だ」

「民を子として迎え入れて、親として国を支える。王族の威厳はやや欠けてはおりますが、家族を守らんとする気概は誇りとなりましょう」

「国を思う誇りが貴方の胸に残されているのであれば、どうか一度思い直してこの聖地を見守ってもらえないだろうか」

「母である私の手を借りず、あくまで自ら王たらんと望むのですか。立派ではありますが、貴方にはまだまだ教育が必要です。少しは母を頼って下さい」

「聖地を守り、聖女を守る為に頼らせてもらえるのか、本当にありがとう。貴女を迎える祝時を持って、平和の祈りを捧げることを誓います」

「聖王家の一員として人々の前で平和を唱えるのですか、立派ですよ。どうか、この手で抱き締めさせて下さい」

「勿論です。愛の抱擁こそ、理解への第一歩――分かりあえて、本当に嬉しい」


「あんたら、絶対親子でしょう」

「主、貴方こそ狂王の子に相応しい」

「……良介さんってもしかして、本当に聖王様の血筋なんじゃ……色々な意味で」

「……くぅ、ん」


 聖王様との和解の意味を込めて、両手を広げて抱きしめ合った。最初こそ親子だと誤解されて困ったものだが、ようやく王としての自覚に目覚めてくれたようだ。話し合いというのは、やはり大切だな。

庶民である俺に王としての問い掛けは滑稽極まりないが、この人は人民が求める王の偶像でもある。平和への願いを唱えれば、きっと分かってくれると信じていた。これなら復活祭も大丈夫だろう。

復活祭の挨拶で、人々の前で聖地の平和を祈る――この事を条件として、この人は王として見守って下さることを約束してくれた。"剣として"頼ってほしいと言われたのだ、剣士の冥利に尽きるというものだ。

和解できたのであれば封印する事は望ましくないが、解放したままだと霊障をまき散らす事になる。どうしたものかと、途方に暮れていると、


「我が子の晴れ舞台で醜態を晒すほど、不出来な母ではありません。貴方の剣として、貴方の戴冠式に出席いたしましょう」

「おお、コンパクトになった!?」

「実体の核となる現世の物質である良介さんの剣を媒体とした憑依合体――この場合、剣霊ですね」


 可憐な華のような女性が、花の蕾のような少女へと形を変える。世界を呪う祟り霊が俺の剣を媒体に憑依した形が、少女の御霊となって留まっている。これなら周囲への影響は少ないと、那美は驚きを持って説明する。

封印と浄化は日々行わなければならないが、祟り霊として力を発揮しなければ問題ないようだ。言い換えると、世界を破壊する祟り霊の力を振るう事は出来ない。

"抜剣"するには、今後彼女の意志が必要となる。封印という強制処置をやめた以上は、俺との共存という形になる。童女の外見であれば、聖王と勘ぐられる心配もないが。


いずれにしても聖王の協力を得られれば――古代の自動人形、イレインが暴走しても抑えられる。


「ローゼ、お前はもう確立している。選ばれるのを待つ道具ではなく、自分で選ぶ存在となれ。人である事を強制しない、意志のある人形として自分の人生を自由に生きるんだ」

「"自由"に――生きる」


 ――月村忍、自動人形の専門家よりローゼの"起動"は以前より強く止められていた。この儀式でも同行を求められたが、俺は敢えて忍の申し出を断った。

ローゼは最新ガジェットドローン、原型となったのは自動人形の最終機体。束縛されず、従属せず、人間として生きる為に作られた自動人形。人を模して作られた、究極の人形。

人と自動人形は、通常主従の関係を構築する。下僕を強いられて喜ぶ人間なんていない。起動して人の心を取り戻したら、主従を強いた人間を、真っ先に殺してしまうだろう。

忍はそう戒めていたが、俺は別段脅威を感じなかった。楽観的になっているのではない。あいつの言うことは、社会で生きていくのであれば当然のリスクだったからだ。


結局は人間関係、他人と生きていくのであれば恩恵だけ受けられるなんてありえない――先月俺はリスティや美由希に殺されかけて、思い知った。人間関係は、自分の責任なのだと。



「"起動"」



 スイッチが、切り替わる。瞳を閉じたローゼは別れを告げず、再会の約束もせずに、自分自身を閉じた。仮想人格は停止して、主人格が久方ぶりに現世へ舞い戻る。

ジェイル・スカリエッティの知識と月村忍の技術が取り入れられた自動人形は変形が可能と二人が太鼓判を押していたが、実際は変身に等しい。ほぼ一瞬で、外見が作り替えられた。"戦闘モード"か!

豊満なボディにフィットした戦闘スーツ、肌の露出が多い最適化された装備、近未来型のインタフェースが搭載された外見、髪は伸びて相貌は鋭く引き締められる。

エーディリヒ式最終試作型自動人形、イレイン。"起動者殺し"と恐れられた自動人形が、ローゼを生贄として異世界ミッドチルダに誕生した。


魔女の束縛を受けず、人間に従属せず、人として生きる自動人形――俺とローゼとの人間関係が今、清算される。


「……違うからな」

「? 何が違うんだ」


「アタシは、アホじゃない!」

「何より優先すべき不満がそれなのか!?」


 拳を震わせて熱く語り出すローゼ、いやイレインだったか。ようやく意思を取り戻した主人格はこれまでの鬱憤を晴らすかのように、世界に向けて叫んだ。

忍の言う通り主に対して敵意満々ではあったが、何かこう……違う気がする。殺したいほど憎まれているのは確かなので、忍の忠告は間違えてはいないのだが。

エーディリヒ式最終試作型自動人形は刃を向けず、容赦なく言葉をぶつけてくる。


「セーフティ・モードが解除されたアタシは、全機能が発揮可能な状態となった。今のアタシをアホだとは言わせないよ、"マスター"」

「そんな得意げな顔をされても」

「アタシのこの世界最高峰の知性を疑っているんだね。だったらマスターとの理解力の差を教えてやるよ、思い知りな!」

「むっ、来るか!?」


「マスターのお気に入りの娼婦はね、あの聖女様なんだよ!」


「……」

「ふふふ、驚いた? アタシのこの宇宙最強の知性を!」


「おい、アリサ。あいつ、アホだぞ」

「凄いわね。ものすごく正しい事を言っているのに、何故かアホな発言に聞こえるわ」


 突然何を言い出すかと思えば、娼婦が聖女様? 胸の谷間を見せつけるエロい格好をした娼婦が、気品溢れる聖女様と同一人物の筈がないだろう。

忍の調整不備か、ジェイルの設定ミスか、それともローゼのアホが感染でもしたのか。主人格のイレインも相当なアンポンタンだった。

どうやら俺以外、この世界にはまともな人間はいないらしい。どこをどう見れば、聖女と娼婦が同じ人物に見えるというのだ。やれやれである。

人を模して作られた人形は、俺の不満な感情を察して柳眉を逆立てた。


「これほどの真実を口にしてもまだ、アタシの知性を疑うというのかい!? だったら、マスターをショック死させる衝撃の真実を教えてあげるよ」

「な、何だと!? やはり、主である俺を殺すつもりか!」


「あの聖騎士さんはね、他ならぬアンタを主として忠誠を誓っているんだよ!」


「……」

「ふふふ、あまりにも恐ろしい事実に心臓が止まったようだね。起動者殺しと恐れられたアタシの偉大な知性に恐怖してしまったかい」


「おい、アリサ。あいつ、頭のネジが飛んでいるぞ」

「どうしてなのかしら。これ以上ない衝撃の告白なのに、真実を知るアタシでも嘘に聞こえてしまうわ」


 何を言ってんだ、こいつ。ルーラーの主は聖王教会騎士団長様と既に決まっているんだ、余所者である俺を主と慕う理由なんてあの人にはないのだ。

そもそもルーラーには白旗の活動を手伝って貰っているのに、ゆりかご調査事件では迷惑をかけたりと、失点が多い。色んな人の力を借りているだけの俺に、忠節を誓う点はない。

あの人が求めているのは、神である聖王様の後継者なのだ。死んだ聖王が後継者だと認めない限り、聖王教会の司祭様たちに認められ騎士団長となった偉大なあの人には勝てない。

修理に出すべきか真剣に悩んでいると、イレインは憤慨して地団駄を踏んだ。


「一体アタシの何が不満なんだい!? あの子のように、アタシだって力になれる!」

「ちょっと待て。俺の力になる?」

「あんたはアタシのマスターじゃないか。力になるのは当然だろう、何を言っているんだ。アタシのオプションであるファリンを、命令して取り返せばいいんだろう。
安心しな、アタシの道具なんだから、アンタの下僕であることに違いはない。ファリンを束縛するつもりはないよ」

「い、いや、そもそもお前自身が自由になりたいんだろう!?」


「アタシは自由じゃないか。あんたが、アタシを自由にしてくれたんだ」


 イレインは呆れたように、呼吸する必要もないくせに嘆息を吐いた。肩を落とすその仕草は暴力的ではなく、主を窘める思い遣りに満ちていた。

髪を掻き毟ったり、頬を掻いたり、言葉を言い澱んだりしていたが、やがて顔を真っ赤にして大声で叫んだ。


「か、感謝していると言っているんだよ!」

「……イレイン」

「アンタ、馬鹿だよ。アタシ一人の為にさ、時空管理局を敵に回したり、異世界まで来たり、聖王教会との交渉まで続けたり、今だって危ない連中を敵に回して、死に物狂いでやってる。
それって全部――アタシの自由と権利を手に入れる為だろう。アタシ一人の為に、あんたは世界を敵に回す覚悟で挑んでくれているんだ。
アタシは人形だよ、兵器だよ、下僕なんだよ。なのにそんなアタシの為にそこまで頑張ってくれる人、今まで一人もいなかった。

だから、その、今までアタシを頼ろうともしないからさ、ちょっと悔しくて、色んな事を言っちまったけど……ああ、もう!」


 ツカツカと俺に駆け寄って――イレインは、笑った。


「少しはアタシも頼れって言っているの、マスター。言わせんな、恥ずかしい!」


 そのままそっぽを向いて、ガクンと垂れ落ちた。イレインである主人格のスイッチを切り替えたのだろう、自動人形はローゼの姿へとモードチェンジする。

なるほど、起動者を実に困らせる自動人形だ。あそこまで言われてしまったら、主としても頑張らない訳にはいかない。これからは、大いに頼らせてもらうとも。

主人格であるイレインは高性能である事もさることながら、人格としても完璧に形成されている。魔女の干渉を受けても、イレインが起動すれば支配権を取り戻せるだろう。

恐ろしく自我の強い女だった。誇り高く、気概にも満ち溢れている。指揮をローゼに、戦闘をイレインに任せれば、猟兵団や傭兵団相手でも十分勝負になる。光明が見えた。

後はイレインに頼んで、ファリンを――おや、アリサが頭を抱えている。


「ツ、ツンデレ……あたしのキャラが……」

「お前まで何を言っているんだ!?」


 ともあれ問題はこれで全て解消された――後はいよいよ、本番だ。

こうして懸念なく、復活祭は当日を迎えた。










<続く>








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