とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十四話




 聖王オリヴィエ、本名はオリヴィエ・ゼーゲブレヒト。祟り霊と化した彼女の魂は俺の剣に取り憑いて、聖王のゆりかごは先祖の呪いからようやく解放されたのである。

怪現象だと聖王教会でも恐れられた忌わしき呪いも、取り憑いた祟り霊さえ居なくなれば巨大な墓碑と変わらない。玉座の間を神咲那美が浄化すると、驚くほどの静謐さを取り戻した。

聖王教会の懸念はこれで晴れたのだが、聖地の問題はむしろ悪化したといえる。何しろ俺が失敗すれば祟り霊が解放されて、ミッドチルダ全土が呪われるのだ。聖地は死霊都市となってしまう。


一応那美が頑張って浄化してくれたのだが、全くと言っていいほど効果がなかった。祟り霊は怨霊の一種だが、霊格はむしろ神や精霊に匹敵する。ロストロギア級の禍々しさであった。


「気落ちしないで下さい、良介さん。私もお手伝いします、必ず祟りを祓って聖王様を浄化いたしましょう」

「……なんか珍しく前向きというかやる気だな、那美」


「祟り霊級の"鎮魂術"の完成は、私の――いえ、神咲家の悲願でもありました。異世界に、聖王教会にヒントがあればと一縷の望みをかけていましたが、予想以上でした。
このような言い方は不謹慎でしょうけど、これは私が成すべき使命だと思っています。どうか、お手伝いさせて下さい」


 神咲那美が使命だと言うのであれば、俺としては運命であると捉えたい。彼女が俺と知り合い、こうして異世界まで同行してくれなければ、聖地は滅んで俺の使命は果たせなかっただろう。

ローゼの安全とアギトの自由が俺の目標、達成するには聖地の安全と聖王教会の承認が必要不可欠だ。仲間の存在を、他人の存在をこうまで有り難く思った事はない。

俺は英雄でもなければ、物語の主人公でもない。自分で何もかも成せるとは思っていない。こうした他人との結び付きを通じて、大業を成す。弱者のやり方で、悲願を達成してみせる。


俺は、自分の剣に語りかけた。


「――大切な人達に背を向けず一緒に戦うことが出来れば、あんたの未来は変わっていたのかもしれないな」

(……)


 分かってる。弱者には弱者の、強者には強者の生き方がある。弱者には出来ても、強者には出来ない事だってある。王様と庶民では立場も何もかも違うのだろう。

けれどその結果、世界を憎むなんて悲しすぎる。厳しい世界を壊したところで、優しい世界なんて生まれない。世界を優しくするにはまず、人が優しくなければならないのだ。

ならば、俺が果たしてみせよう。俺は決して優しい人間じゃないけれど、優しい人間を多く見てきた。あの桃子達のように、聖地の人達に親切に接してみようと思う。


他人に優しくなれなかった王の霊を竹刀袋に入れて、俺達は玉座の間を後にする。助けてくれたセッテはまだ疲労困憊で気絶しているので、俺が担ぎ上げた。


「それにしても、ようやく合流出来たな。先に現地入りした筈なのに、ずいぶん遅かったな」

「お前達の噂は聞き及んでいた。私はお前自身をよく知っている、お前達の活動内容からお前の行動目的もおおよそ把握出来た。いずれ必ず、お前達がこの聖王のゆりかごへ来るだろう事も。
ならば私の目的の為にも敢えて無理に合流せず、この聖王のゆりかごを隠す結界の突破に専念していた。結界の破壊や侵入自体は可能でも、教会に気付かれない為には日数が必要だったからな」

「聖王教会指折りの結界魔導師がこのゆりかごを守っていたんだ、確かに手間だろうな。突破できるあんたも流石だけど、汚染されたゆりかご内に留まって平気だったのか」

「霊障や幽霊に関する知識は書にもあるし、改竄による新システムは旧来とは比べ物にならない機能を有している。それなりの対応は行えるさ」


 助けに飛び込んできたあのタイミングからして、随分前から玉座の間で待機してくれていたらしい。聖王の霊そのものはどうにもならなかったようだが、汚染を食い止める事は出来たようだ。

彼女とは違って守護騎士達は改竄前の魔導書から生まれている、勇猛果敢であっても霊障の汚染までは対応出来なかったのだ。魔法も呪いに対しては有効ではないのだ。

俺の行動や目的を先読みして救援に来てくれた彼女には、相変わらず敬服するしかない。常に冷静で先々を考えて行動に移す機転は、是非見習いたいものだ。


ただ彼女は俺の援護以外にも、彼女なりの目的があると言っている。


「合流を後回しにしてまで行うべき、あんたの目的というのは?」

「お前の行動は見届けていた。聖王教会のみならず、今聖地の要となっている聖女とも懇意な間柄にあるようだ。私の"呪い"を祓ってくれたお前を今こそ信頼し、運命を託したい。
お前の改竄により生まれ変わった新しい魔導書、この『蒼天の書』を"聖王の聖遺物"として聖王教会に届けて貰いたい」

「時空管理局などの法的機関は嫌がっていたじゃないか。聖王教会だって、ロストロギアの管理を行っているぞ」

「状況が劇的に変わった。私達の存在を隠匿している限り、主が望む平穏な生活は常に脅かされる。未来無き身の上だったが、お前のおかげで展望が開けた。ならば今こそ、行動に移すべき時だ。
玉座の間は聖王の霊により汚染されて、これまで誰も立ち入れなかった。だからこそ調査に聖女が出向いたとあれば、調査結果として魔導書を届けられる。

計画の順序としては多少前後する形となるが、元よりこの魔導書は聖王のゆりかごと同じく古来の遺物だ。玉座の間で発見されたとあれば、聖女が認定すれば聖遺物として扱われるだろう」

「聖王ゆかりの品となれば、徹底的に分析されるぞ。法的機関に調べられて大丈夫なのか?」


「問題点だったシステム及びプログラムは、お前の法術により根底から改善された。私や騎士達はシステムの原型こそ保っているが、データそのものは既に全くの別物だ。
改竄以降隅々まで分析やスキャンを繰り返して、システム類を調べ尽くしている。
この魔導書は"呪われた"『夜天の魔導書』ではない、"浄化された"『蒼天の書』だ――主はやてとお前を守り、より良い世界を作るべく力を振るう魔導書。


お前と同じだよ。名誉の挽回や、汚名の返上ではなく――他人を傷つけ続けた今までの過去を恥じ、これから先は他人に優しくなれる存在となるつもりだ」


 ――システムによる改竄は、あくまでキッカケでしかない。今までのように運命を甘受するのではなく、他人より与えられた幸運に甘えずに一生懸命生きていく。これは、第一歩なのだ。

時空管理局に素直に自らの罪を懺悔出来ないのは、管理局そのものに不信があるからだろう。グレアム達の存在やロストロギアの紛失等、不信な点も多い。だから俺も聖王教会に命運を託している。

教会にも思惑こそあるだろうが、少なくとも聖騎士や聖女は信頼出来る相手だ。ドゥーエに手綱を握られてこそいるが、司祭も話の分かる人物だった。教会ならば、身を託す余地はあるだろう。


無論、何もかも任せるつもりなどない。聖王教会のあるこの聖地を少しでも平和にすべく努力する、その為に彼女は魔導書を持って俺と合流したのだから。


聖王教会による魔導書の分析さえ問題なければ、聖女様を通じて司祭と話し合って管理プランの対象としてもらおう。向こうは聖王のゆりかごの運用を望んでいる、その一環ならば承認も降りる。

ローゼと同じく彼女についても人格面を含めて何の問題もない。聖地と聖地に生きる人達に貢献すれば、彼女や守護騎士達も居場所が作れるだろう。


「運命共同体だな、俺達は」

「やれやれ、頁を改竄されたあの時から不吉な予感はしていた。奇縁も縁とはよく言ったものだ」


 うるさいよ。人間関係を素直に全肯定できないのは、こうした奇抜な縁もあるからだ。特に最近の俺の他人との縁は、摩訶不思議に満たされている。そう言ったら、アリサに呆れ顔されたが。

彼女と魔導書については聖王教会に直接手渡すのではなく、聖女様御本人に託す事となった。元より彼女も調査結果や物証は必要だ、魔導書を渡せば丁重に管理してくれるだろう。

どうでもいいことではあるが、彼女をこれから夜天の人とは言えないな。俺が名前をつけると怒るので、主であるはやてに頼んでみるか。あいつも夜天の人と呼ぶのは反対していたからな。


他人との奇縁に嘆息していると、これまた変わった縁のある子が目を覚ました。


「目が覚めたか、セッテ。問題は何とか解決したぞ、今はゆっくり休んでくれ」

「……」

「ごめんなさい? どうして謝るんだ。役に立てなかったって……それは、お前の勘違いだ。お前はあの時、俺を立派に助けてくれたじゃないか。
凄かったぞ、お前のブーメランは。あの聖王様を足止めしたんだ、大したもんだ。お前は強いんだな、セッテ。

俺を助けてくれてありがとう、セッテ」

「――」

「陛下の為にもっと強くなる、か。はは、ありがとう。それにしても、お前まで陛下とか呼ぶのか」

「……」

「私の陛下は俺一人、とか言われると何だか恥ずかしいぞ。じゃあお前がもっと立派に成長したら、俺の騎士団でも作って貰おうか。団長にでもなってくれ、はっはっは」


「――あいつってたまに、その場の気分で言うよな」

「子供の約束だと思っているんでしょうけど、問題なのはあいつの周りは実行出来る子ばかりだということよ」


 俺の言葉に力強くコクコク頷くセッテを見て、アギトとアリサが溜息を吐いている。ガキとの口約束に大袈裟な奴らである、子供の夢なんて大人になれば忘れてしまうさ。

子供といえば聖王相手に奮戦してくれた妹さんも、傷付き項垂れた久遠を抱いて元気に歩いている。顔まで血だらけだが、壮絶なまでに美しかった。


「妹さん、本当に大丈夫なのか。休んでいてくれれば、救助の連中を呼べたのに」

「お気遣いありがとうございます、剣士さん。本当に問題ありません、傷付いてはいますが夜までには回復します」


 聖王のガントレットによる一撃に押し潰されたばかりか、負傷した身体で大立ち振舞いしたというのに、帰り足に乱れもない。達成感こそないが、追い詰められた屈辱や焦燥もなかった。

格闘家ではなく護衛という立場の違いだろう、自分の勝利に拘泥せず俺の安全に従事している。俺さえ生きていれば、彼女にとっては勝利であり満足なのだ。

達成感がないのは、最善を望む姿勢そのものだ。今日の反省点を元に修行に取り組んで、明日に活かす。最上の才能がありながらも最善を尽くす妹さんこそ、至高の存在だった。


夜の一族の純血種、夜の王女はこれから先も強くなる。いずれはきっと聖王をも超えるだろう、贔屓目なしの確信があった。


帰り路に一つ一つゆりかご内を見て回るが、異常は何もなかった。アリサや那美も点検してくれたが、邪気の一切もない。聖王の霊さえ居なくなれば、呪いも祓われるようだ。

ただ無機物とは違い、有機物はそう単純ではないらしい。ゆりかごから外に出ると、まだ呻き声や嘆きの声が各所から漏れていた。

惨劇を彩っていた騎士団の連中は軒並み数を減らしているが、何人かは野戦病院さながらに寝転がっている。救護していたノエルが、駆け寄ってきた。


「お疲れ様でした、旦那様。忍お嬢様方からお話は伺いましたが、ご無事でしたか」

「ああ、ひとまず怪現象の原因そのものは何とかした。詳しい話は後にするが、ゆりかごについては問題ない。ローゼはどうだ?」

「本当に立派です。騎士団の皆様一人一人に優しく声をかけ力強く励まして、運び出せる者から順に肩を貸して搬送しております。
マイア様の観光バスを使って救護が必要な皆様を運び出していましたが、旦那様の意向が伝わって管理局の方々も救援に来て下さって、ご覧の通り皆様を病院へ連れて行かれました。

ローゼ本人も騎士団の方々に付き添われ、手厚く救護しておりました。騎士団の方々のみならず、管理局の方々からも惜しみない感謝と賞賛を受けておりました」

「なるほど、あいつも頑張ったんだな」


 暇さえあれば俺をおちょくる困った奴だが、基本は主に忠実な自動人形だ。本人には芽生えた意志もある、俺の言葉を受けて自発的に行動したようだ。これで少しは成長してくれるといいのだが。

イヤらしい言い方になるが、聖王教会騎士団や時空管理局の連中に恩を売れたのも大きい。原因不明の失調に襲われた危険な場所でも我が身を顧みず救援活動に当たった少女、宣伝効果は抜群だ。

マスメディアの展開次第では、聖女や聖騎士に匹敵する異世界のナイチンゲールの誕生となるだろう。負傷兵達への献身は単なる善意の募金よりも余程、尊い行為に見えるものだ。

泥に塗れ、体臭に濡れて、呪いに塗れながらも、戦士達を救った少女――グレアムの中傷も、これで完全に塗り潰せる。ローゼについてはこれでいいのだが、


「観光バスが出入りしたのなら、山間部も通ったはずだ。レヴィは無事なのか!?」

「パパー、こっち、こっち!」


 ファリンに不器用な手当を受けながら、傷だらけの顔をしたレヴィが元気に手を振っている。激戦を乗り越えたらしい、明るい笑顔を見てようやくホッとさせられた。

AMF展開下の猟兵団や傭兵団との死闘は、さすがのレヴィも苦戦させられたらしい。力量こそレヴィが上でも、彼らには地の利と武器の差があった。戦闘経験も豊富で、山間部の戦いにも長けている。

レヴィは強敵の彼らを独特の感性や才覚を生かして、縦横無尽に飛び回って翻弄したらしい。AMFを展開した力場でも動けるレヴィに、むしろ彼らこそ悪戦苦闘させられたらしい。


とはいえAMFそのものの効果は高く、レヴィも魔力を浪費して相当な疲労を負ったようだ。俺を見るなり、元気に抱きついてきたけど。


「あいつらはボクが撃退して、ルール―が全員捕まえてくれたんだ。ユーノにも回復してもらったんだよ、ほんと疲れたよ〜」

「ルールーってルーテシアかよ、酷いネーミングだな……ま、犯人達が全員捕まったのはお手柄だな。よくやったぞ、おかげで皆を運び出せた」


「うーん、それなんだけど――聖女とかシスターとかは全員何とか病院まで連れて行けたんだけど、ナハト達が全然治らなくて困ってるんだ」


 何だと!? 呻き声を上げているのは残り少ない騎士達じゃない、その隣で寝かされているユーリ達だった。守護騎士二人も、苦しげに横たわっている。どういう事だ!?

慌てて駆け寄ると、ゆりかごに突入する前と症状があまり変わっていない。霊障は収まった、失調は時間の経過と共に回復すると思ってたのに違うのか。


夜天の人が俺の背後から一人一人丁寧に診断して、重々しく口を開いた。


「プログラムが汚染されている。人間の自然治癒能力とは違い、彼女達はデータ修復を行うプログラムそのものに問題が生じているのだ。これでは、回復できない」

「そのプログラムって、あんたならどうにか出来ないのか」

「私直々でなくても、魔導を扱う病院や施設であれば改善は行える」

「だったら病院に――」


「全身検査と洗浄が必須だ、病院に連れて行けば彼女達を検査しなければならなくなる。彼女達の正体が明るみとなるのだぞ、私や魔導書のようにゆりかごで発見されたという理由では通じない。
彼女達は常日頃からお前と行動していた上に、聖地では話題の存在となっている。お前の敵にも正体が知れ渡ってしまう」


 ぐっ、そうだった。ユーリ達は法術で生み出した存在、身体を分析されるとどういう結果となるか不透明。全パーツが人間の体で出来ている保証はないのだ。

病院に発覚すること自体に躊躇いはない、自分の娘や恩人である騎士達を救う為だ。ただ元気になった後で人々や敵勢力の嘲笑の的となるのは、彼女達の生活を脅かすことになる。

聖地の病院や施設も権力者の手が及んでいる可能性は、大いにある。此度の事件の被害者であっても、内密にするのは難しいだろう。


「ミゼット女史も聖女達と一緒に、病院へ行ったのか。どのみちこれほどの事態だ、レオーネ氏やラルゴ老も呼んで対応するしかないな。
ただユーリ達の件を打ち明けるとなると、法術の事も――」

「騎士達の存在も私や魔導書が正式に管理プランに組み込まれるまでは、あまり公にしたくはない。内々に治療が行える病院でもあればいいのだが」

「闇医者とかそういう類か、難しいな……聖地の裏事情はむしろ、傭兵達や猟兵団の領分だ。連中に嗅ぎつけられるのはまずい」


「それだけじゃないわよ」


 夜天の人と深刻に話し合っていると、アリサが入り込んでくる。


「回復はしてきているとはいえ、騎士団やルーラー達も今日明日の復帰は無理だわ。聖地の治安を守る騎士団は居なくなり、聖地の保全を行う白旗は活動不能になる。
危険を察して現場へ急行するディアーチェ達、特殊なスキルを用いて聖地を守るヴェロッサ達、白旗を掲げて人々を励ましていたルーラー達――その全員が、倒れたのよ。

間違いなく、聖地は荒れる。聖地が荒れれば――聖王は、許さない。あんたじゃないわよ、あんた"以外の"人類を許さない」

「……」



「この事件で、聖地を守っていた人達全員が失われてしまった――この先確実に、荒れるわよ。覚悟していなさい、良介」



 騎士団は壊滅、白旗は半壊。聖女は伏して、聖騎士は倒れた。守り手は一人も残っておらず、俺は孤独に立ち尽くしている。

ユーリ達を救う術もない。聖地を守る手段もない。世界を救う手立てがない。残っているのは――世界を壊そうとする、愚かな人間だけ。



聖王の呪いはもう、聖地に伝染していた。





戦乱の時代が――再び、訪れる。










<続く>








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