とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十一話




 予言の聖女カリム・グラシアによる公式面談会は滞りなく無事に終了し、聖女に相応しい気品ある女性のお披露目に聖王教会の威信は大いに保たれたと言っていいだろう。

俺の面談は最終日に近い日程だったが、一応念の為に娼婦に調査させてみたが後続も全員脱落。公式面談会唯一の合格者は俺であり、変な言い方だが白旗に軍配が上がった。


聖女御本人からも事前に通達はあったのだが、聖王教会側も大々的に合格者を発表――乗じて内々ではあるが、聖王のゆりかご調査における聖女の護衛依頼も正式に届けられた。


聖王教会にとって聖王のゆりかごは最秘奥ではあるが、聖王教会の権威を示す象徴そのもの。聖王の居城とは神の威信であり、全世界に知らしめなければならない。宗教の影響とはそういうものだ。

本来の予定では聖女と聖王のゆりかごのお披露目は、同時でなければならなかった。出来なかったのは玉座の間で起きている怪異が理由であり、聖女のみのお披露目は苦肉の策だったのだ。

怪異とは原因不明の怪現象、聖王が君臨された玉座の間で絶対に起きてはならない怪事。当初聖王教会のみで極秘で解決すべき事柄であったが、解決出来ず被害者を増やすばかり。

内輪で片付けられないとあれば、外部に頼るしかない。だからといって秘密が漏れるリスクも考慮すると、頼れる勢力は限られる。確実に、見極めなければならない。


そう、つまり公式面談会は"聖王のゆりかごを調査する"聖女の護衛を選出する為であり――聖王のゆりかごの怪現象を解決する人材選出でもあったのだ。


「いよいよ聖女の予言に関連する依頼遂行に取り掛かる事となった。俺達白旗の最終目的は聖地の安寧と聖女の護衛、二つの目的を達成する上で欠かす事の出来ない重要な仕事だ。
聖女の予言成就と聖王のゆりかごの安全運用は聖王教会だけではなく、俺達の悲願でもある。聖女はローゼの後見人候補、聖王のゆりかごはローゼの動力源と同様のロストロギアだからな。

二つを結ぶ鍵は聖王――その為に古代ベルカの歴史について、俺達は今こそ知らなければならない。そこで、考古学者のユーノ・スクライア先生にお越し頂いた」


『一部の方々はご存知だとは思いますが、改めて自己紹介させて頂きます。僕はユーノ・スクライア、考古学者との紹介を受けましたがまだ駆け出し同然です。
今は彼の依頼である現地調査中の為空間モニター越しで恐縮ですが、よろしくお願い致します』


 ――実を言うと合流も可能だったのだが、ルーラーを含めた教会組と新しく加わって頂いた三役に遠慮して、空間モニター越しでの会議参席となった。

失礼かとも思ったのだが、空間モニターを通じた遠距離会議はお偉いさん同士では珍しくないらしい。アリサの話ではカメラ会議なんて大企業では定例であるらしい。世の中、便利になったものだ。

忍達同行組は当然ユーノの存在を知っており、聖地訪問時より別行動中だった事も理解している。さほど長くはないとはいえ、別行動中だった仲間が元気で安心していた。

ユーリ達現地合流組は当然ユーノの存在を知らず、考古学者という肩書に先生のイメージを持ったようだ。教会組や三役もこの肩書で不信感を無くしていた。剣士という肩書もこの信頼性が欲しい。



さて――授業の時間だ。



「お前が以前説明してくれた古代ベルカの歴史は、この場にいる全員に共有している――兵器開発技術を発端とした、古代ベルカの戦乱について。

戦乱を起こした周辺の列強諸国を『聖王のゆりかご』を保有する聖王家が制した、聖王統一と呼ばれる大規模な戦争。
世界を荒らしたこの大戦乱の最中にゆりかごは消失、聖王家も途絶えて、古代ベルカ式の魔法や武装もほぼ絶滅。ベルカ戦争を終わらせた聖王家が信仰対象となり、聖王教会が設立された。

ここで俺達が知りたいのは、この聖王と呼ばれた人物の事だ。教会の皆さんにも聞いたんだが、考古学者としての観点から伺いたい」


 聖王教会にとって聖王は歴史上の偉人ではなく、信仰上の崇拝である。聖騎士や修道女にとって神は絶対的存在であり、穢れ無き王者である。悪評の類は何一つ聞き出せない。

客観的な立場で言えば娼婦が適しているのだが、聖女の事はプライベートまで調べられるくせに、聖王の事に関しては言葉を濁すのである。しかも何故か教会組が揃って、俺を意味ありげに見る。

三役は聖王については断片的な情報しか揃っておらず、具体性にはやや欠ける。彼らの立場は預かり知らぬ事ではあるが、宗教上の対象はどの業界でも異端であることに違いはない。

歴史上の人物に関しては、考古学者に聞くのが一番いい。幸いにも予言より発端した今の聖地では聖王に纏わる情報が多く出ており、ユーノもある程度は調べられたらしい。


『聖王"オリヴィエ・ゼーゲブレヒト"――「最後のゆりかごの聖王」、オリヴィエ聖王女殿下。


かの聖王家の王女で、武技において最強を誇ったと謳われる人物。ゆりかご生まれの正統な王女で、多くの悲しみと不幸を生んだ戦乱を集結させるべく生涯を全うした。
オリヴィエ聖王女殿下を乗せたゆりかごの働きでベルカの戦乱は収まり、終結に向かっていったんだ。聖王の偉大なる働きがあってこそ、あの戦争は聖王統一と呼ばれた』

「戦乱を収めた王と聞いて男をイメージしていたんだけど、王女だったのか」


 多少トンチンカンな意見だったが、低学歴の庶民に高俗な感想を期待しないで貰いたい。意外だと口にしなかったのは、俺の周りの強者はどいつもこいつも女ばかりだからだ。

世間はまだまだ男性社会なんぞとぬかしているが、俺から言わせれば女の方がよほど強い。政治、経済、戦闘など、あらゆる部門で秀でた女達が世界を牛耳っている。恐ろしいもんだ。

茶化すのはこの辺にして、白旗として注目すべき点について指摘してみる。アホなことばかり言っていると、三役から注意が入ってしまう。


「ゆりかごの働きでベルカの戦乱は収まったという事は、やはり『聖王のゆりかご』は危険なロストロギアなのか」

「おおっ、ロールプレイングゲーム醍醐味の超兵器出現ですか!? ラストダンジョン突入ですか!?」


 俺とは別の意味で庶民的な歓声を上げるゲーマー女の軽い脳味噌を、平手打ち。現地で仲間入りした教会組や三役も慣れたもので、苦笑い程度で済ませてくれている。

忍の馬鹿な第一印象はともかくとして、不謹慎ではあるが俺としても危険な代物である事は歓迎したい。ローゼという危険物を受け入れる余地が生まれるからだ。

相手側も同じ印象を持ったからこそ、ジュエルシードを動力源とした人型兵器の民間管理計画を承認してくれている。持ちつ持たれつ、都合良く利用すればいい。

ただ前提条件として、民間に管理出来る代物である事が第一だ。ローゼは問題無いとしても、聖王のゆりかごは現時点で謎の怪現象が起きている。


『「聖王のゆりかご」についてはクロノ達やゼスト隊の皆さんからの情報提供を元に、この聖地で深く探索を行って最低限だけど何とか調べ上げられたよ』

「聖王教会最秘奥の代物だからな、情報も隠匿されて当然か」

『逆だよ。聖王のゆりかご発見の報は全ミッドチルダに広まっている、あらゆる情報機関や有力組織が調べ上げて回っている。無論、聖王教会に所属する方々も含めて。
おかげでこの聖地では、情報が錯綜して大変だった。巷の噂レベルで拡散されているからね、管理局から提供された情報によって真偽を見極めていたんだよ』


 なるほど、聖王のゆりかごそのものは最秘奥でも情報単位では拡散されているのか。考えてみればゆりかご発見自体は教会にとって朗報だ、信者達も興味を持って調べるだろう。

この聖地では伝承そのものが根付くほど広まっている。戦乱を収めた兵器であれば、文献も多く残っているだろう。各勢力がこぞって情報収集すれば、自然と聖地に人と共に情報も流れてくる。

ユーノにとっての苦労は情報収集そのものより、情報整理に時間が割かれた事らしい。考古学者でなければ、今でも頭を抱えていたに違いない。俺だったら熱出して寝込んでいた。

白旗は実力者こそ多いが、事務的な能力を持つ人間はまだまだ少ない。アリサやシュテルに頼りきりな分、三役に補ってもらっているのが現状だ。

今回の事件は、歴史が大きく絡んでいる。考古学者のユーノの存在は、非常にありがたかった。皆も静かに耳を傾けている。


『"聖王のゆりかご"――聖王家が所持していた超大型質量兵器で、全長数キロメートルはある空中戦艦だ。古代ベルカ当時は「戦船」と呼ばれていた兵器だよ。
聖王教会もこのゆりかごについては周到に結界を施していて、周辺地域含めて徹底的に隠している。僕も結界には多少詳しいけど、手も足も出なかった』


「空中戦艦というと、あのアースラのような?」

『イメージとしては正しいけど、規模そのものが違う。一説では古代ベルカ時代より極めて危険度の高いロストロギアとして扱われていた、次元空間でも航行可能かつ戦闘可能な戦闘艦だよ。
聖王家の一族はこの戦艦の中で生まれて育ち、そして――死んでいった事から、「聖王のゆりかご」と名付けられた』


 那美を見つめると、久遠と揃って固唾を呑んでいた。聖王のゆりかご内の玉座の間で起きている怪現象、想像通りであればこの伝承が今起きている怪現象を裏付けている。

アリサが誘拐されて殺されたのは海鳴町の廃ビル、あの廃墟で怨霊として漂っていた。全てではないだろうが、死者は死地に縛り付けられる。死して尚、現世に遺る想念を抱いて。

聖王のゆりかごの玉座に縛り付けられている存在があるとすれば、該当する人物は一人しかいない。


『過去多くの歴史学者や神学者、考古学者が捜し求め続けたんだけど、誰一人発見出来なかった。今この時にどうして出現したのか、教会側も明らかにしていない。
僕からも何度か働きかけてみたんだけど、地中に埋もれていたゆりかごを誰かが発掘して、一度全体的にメンテナンスを行ったみたいなんだ』

「教会側じゃなくて第三者がわざわざ掘り出して動かせるように整備しておいてから、聖王教会に寄贈したってのか? 奇特な奴だな」

『一個人とは考えられないけど、一組織としても理解に苦しむ行動だね。最初から危険物だと分かっていたからこそ整備した筈なのに。
でも理由はどうあれ、悪用されなかった事は結果的に良かったと思うよ。もしも起動させる手段があったのなら、それこそミッドチルダ全土を揺るがす大事件になっていた』


「最初こそ悪用しようとしていたけど、反省でもしたのかな。一体"何が"原因で、心変わりしたのやら」


 世界規模の大事件が起こらなかったからこそ、こうして笑っていられる。実際町中でそんな巨大戦艦が暴れ回ったら、それこそ新たな戦乱が起きていただろう。

俺としても聖王教会に寄贈してくれたおかげで、ローゼの民間管理を行う余地が生まれたと言える。これを歓迎すべき事態と出来るかどうかは、今後の俺達にかかっている。


『起動には本来鍵となる「聖王」が必要で、聖女の予言によって二つが結び付いたんだ。教会側が公式発表した何よりの要因だね。
内部施設については厳密に調べられなかったんだけど、艦首付近に「玉座の間」と艦尾後部に「駆動炉」があるそうだよ。

リョウスケ達管理外世界の人達は知らないだろうけど、次元世界の殆どでは魔力を使用した魔導炉によって発電を行い、電力エネルギーを供給している。

ゆりかごの駆動炉も魔導結晶体が動力源となっていて、聖王の存在により全艦内に膨大なエネルギーが供給されて起動する仕組みになっている。
魔力は高効率で優秀なエネルギー源だからね、乗艦者の活動や機関運用には不可欠な動力なんだ』

「なるほど、仕組みはよく分かった。聖女が行う調査も恐らく、その二つの施設がメインになりそうだな」


 ユーノ・スクライア先生の授業を終えて、全員の認識が一致する。聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトと聖王のゆりかご、予言の聖女カリム・グラシア――彼女より受けた護衛任務。

説明を聞き終えて、俺達は護衛任務を行う上での会議に入る。今回聖女より受けた任務は確実かつ必ず成功させなければならない。失敗すれば、全てが水の泡だ。

正直教会組がいる中で話すべきかどうか迷ったが、この際全てを打ち明けて対策を練るべきだ。三役にも相談する上で情報は共有しなければならない。


聖王教会が立ち往生している問題、ゆりかごの玉座の間で起きている怪現象――その原因は、恐らく。


「聖女カリム・グラシアの予言は、聖王の降臨を示唆している。玉座の間で起きている怪現象は、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの幽霊が起こしている可能性が高い。
――いや、必ずしもオリヴィエとは限らないか。ユーノの話では、代々の聖王がゆりかごで亡くなっているそうだからな。

いずれにしても現在ベルカ自治領の各地で起きている霊障を引き起こしているのも、多分この霊が原因だろうな」

「そんな馬鹿な! 聖王陛下が、この聖地を揺るがしていると仰るのですか!?」


 ――あれ、それだけ……? ルーラーが驚愕の余り立ち上がり俺に問い質す、ただそれだけで終わっている。自分の信仰する神が疑われているというのに、俺を罰せようとしない。

修道女のシャッハや査察官候補のヴェロッサも、驚いてこそいるが俺を咎める様子はない。正直危害を加えられる覚悟もしていたというのに拍子抜けだった。

よくよく見ると疑問視しているというより、むしろ懐疑的な様子だった。今まで霊障の現場を確認している以上、幽霊の存在を疑っているとは思えないのだが――


「ご主人様。せ、聖女様の予言は本当に聖王の降臨を示唆されているのでしょうか?」

「神の降臨を告げていると、お前だって言ってたじゃねえか」

「はい。ですから聖女様の予言と、ゆりかごの怪現象は結び付かないと思います」

「何でだよ。聖王本人の霊が来ているかもしれないじゃねえか」


「その聖王様は既にお亡くなりになられておりますが、ご主人様はこうして今聖地を平和に導かれております。
そのご主人様を差し置いて、予言と怪現象を結びつけるような事はあってはなりません!」

「私も娼婦殿と同じ意見です。剣士殿、どうか自分を卑下されるのはお止めください。今は玉座の間で起きている霊障を解決し、聖女様をお守りすべく行動すべきです!
貴方様こそこの聖地を治めるべき御方、御自分の王道に邁進されて下さい」


 何言っているの、こいつら!? だからその聖王の霊が来ていると言っているのに、どうして聖王より俺の事を真っ先に取り上げるんだよ!

彼女達にとって聖王は神そのもの、信仰の拠り所を穢されて現実が見えていないのかもしれない。心苦しいが、今は予言から目を背けないでもらいたい。

そう言ったら、今度は教会組であるシャッハ達に苦笑いされてしまった。おかしいな、どうしてこいつらは悲観的にならないんだ!?


神様第一な筈なのに、まるで他にもっと大切な存在がいるかのような態度だった。神様以外に何を信じているんだ、この信者達は。


「聖地で起きている霊障と呼ばれる現象については、過去の依頼内容を記された書類を確認している。にわかには信じられないが、ありえない話ではないか」

「儂も長年生きて来て奇怪な現象には多く立ち合っておるが、幽霊なる存在を確認した事は残念ながらないのう」

「那美お嬢ちゃんの話では伝承に記される格の高い人物の場合、強力な幽霊へと変貌する例が多いらしいね」

「特に生前の思いが強ければ強いほど、引き摺られる念による影響も強くなります。影響力が強ければ強いほど、影響範囲も広まってしまうんです」


 現実社会には強い三役も、怪現象に関連する事例には立ち合った事はないらしい。それでも動揺しないのは、広い次元世界において類似する現象が多々あったからだろう。

幽霊と表現しているが、あくまで俺や那美が居る世界での概念で説明しているに過ぎない。異世界では幽霊という存在も、別の概念で説明できる何かかもしれないのだ。

ともあれ、那美の知識が現状を説明出来ていることに違いはない。今必要なのは霊の証明ではなく、霊を退ける方法だ。


あまり公にしてはいけない事ですが、と前置きをして那美が説明してくれた。


「人が霊となった場合、善行による徳よりも無念による怨が多く遺ります。無念が無ければ、人の魂とは昇華されてしまうからです。
そして想念の強い霊が長く現世に縛り付けられると、祟りと呼ばれる呪いへと変貌します。霊魂が超自然的存在となり、現世に災いを与えてしまうのです。
特に『祟り地』と呼ばれる死念の強い場所が存在すると、怨霊は悪霊へと変貌し、やがては"祟り神"と呼ばれる災厄へと顕現してしまいます。

災厄にまで発展すると生前の人間像は跡形もなく消滅し、世界を呪う災厄として牙を向きます。過去の例では一国を滅ぼした空前の自然災害が、この災厄であったと伝承にもあるのです」

「――自身の命を賭して戦乱を収めた、善行を積んだ人間でも?」

「教会の皆さんにこのような話をするのは心苦しいのですが、私が過去祓った幽霊の多くが生前善人だった方々です」


 プレシア・テスタロッサを思い出す。娘想いの優しい母親が、世界を滅ぼす魔女になろうとしていた。管理局は彼女を罪人としているが、俺は今でも彼女を憎めずにいる。

通り魔となった老人、泣きながら拳をふるったアルフ、ノエルの為に俺を襲ったファリン、後継者問題に苦しんで異端の技術に手を出した一族の長。望まずとも、善人が悪人となってしまう。

教会組はいい顔はしていないが、表立って那美を批判する人間もいない。何の無念もなく、聖王が自らの命を賭してまで戦乱を収めたとは思えないからだ。


参与役のミゼット女史が、白旗を掲げた俺に最終確認を取る。とても残酷で――必ず取らなければならない、決断を求めて。


「仮に聖王のゆりかごの玉座の間に降臨している霊が、かの聖王オリヴィエだったとしましょう。坊やは、この霊をどうするつもりだい?」

「――それは」

「先程嬢ちゃん達は否定したが、多くの人達は坊やが示唆した通り予言は聖王の霊だと思うだろうね。聖王の霊が聖地を危険に晒しているとなれば、空前のスキャンダルだ。
さりとて霊をどうにかしてしまえば、間違いなく聖王教会の反発を招く。聖王教会を取り仕切る宗教権力者達も黙っていないだろう。

坊や。参与として言わせてもらうなら、この依頼は機会ではなく危機と取るべきだよ。ローゼちゃんの立場を、管理プランを危うくしてしまう」

「――グレアム君と先日会った際、彼が言うておったよ。君という個人が善良であろうと、ロストロギアという巨大な力を保有すれば、人の意志など簡単に踏み躙られると。
君本人が危険なのではない。君個人にのしかかる責任、君一人に託される力。それらが、個人を災厄へと変えてしまう」


 息を呑んだ。グレアムの懸念は筋違いではない。彼は知らないだろうが、ローゼのジュエルシードは俺の法術で封印している。もし俺が死ねば、法術は解除されてしまう。

法術が解除されると、今まで改竄したあらゆる出来事が元通りになってしまう。アリサやユーリ達は消滅し、夜天の魔導書は元に戻り、ジュエルシードの封印も解除されてしまう。

何より俺が提唱した管理プランは、少なくとも現時点では俺が居なければ成立しない。俺個人次第でどうにもなってしまう、グレアムはその事を強く懸念している。

そんな事はないと、どうして否定できる? 俺は単なる庶民だ、今までも多く間違えてきた。何度も死にかけた、つまらない理由で散々躓いている。どこにでもいる、ただの男だ。


そんな男一人に、ロストロギアを任せていいのか? 聖王オリヴィエを、どうにか出来るとでも言うのか? 時空管理局の決定を、聖王教会の命運を、本当に覆せるのか?


「……万が一にでも君が誰かに殺されれば、君を想う心を持つローゼちゃんは暴走するだろう――ユーリお嬢ちゃん達を知る儂らは、否定できなかった。じゃが――」

「宮本君、我々は君を信頼している。だが同時に危うくも思っているからこそ、君の三役として力になろうとしている。


だからこそグレアム君に言ったのだよ――我々は君の賛同者であり、君の反対者でもあるのだと」


 顔を上げる――どうして、気づかなかったのか。彼ら三役はグレアム提督と会談し、そして今こうして俺達の元へ帰って来てくれたのだ。

グレアムの懸念に理解を示しながらも、俺の行動を危うく感じながらも、彼らはそれでも変わらず私人として責任を果たしに来てくれた。

俺の決断を、見届けるべく。


「君が付和雷同にならないように、我々はここにいる。宮本君、君はどうしたいのだね?」


 本当に、今までどうして大人を馬鹿にしていたのだろうか。何の根拠もなく罵倒して、社会に唾棄して、身勝手に背を向けて自分勝手に生きてきた。

そして一人前に責任を背負わされた途端に、怯んでしまう。自分が嘲笑っていた大人像そのままに、萎縮して俯いてしまう。自分は、本当に子供だった。

今でもまだ大人にはなっていないけど、この場には立派な大人がいる。ならば今こそ大人を信頼して、大人になるべくきちんと決断するべきだ。


「白旗の理念に則り、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの無念を祓います」


「――仮に那美お嬢ちゃんの言うように祟り神であったとしても、聖王は聖王教会の神様だ。祓ってしまえば、神殺しの汚名を着せられるかもしれないよ」

「聖王教会にとっては神であっても、我々にとってオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは無念を抱えた一個人であり、悩みを持った人間です。
彼女の事を知り、彼女の無念を晴らし、彼女の事を聖地の人々に正しく伝えましょう。彼女が人であるか、神であるか、それを決めるのは後世の人間です。

肝心なのは知ろうとする努力と、知らせるべき責任です。理解されるのは難しくとも、俺は人々に理解を求めてまいります」


 それがたとえ、俺を危険視するグレアムが相手であっても。口にせずとも伝わったのか、三役は今度こそ穏やかな笑みを浮かべてくれた。

これで方針は決まった。聖女の護衛とゆりかごの調査には参与役のミゼット女史が同行となり、聖王教会並びに時空管理局への調整をレオーネ氏とラルゴ老が一任してくれた。本当にありがたい。

聖女の護衛には俺達白旗の精鋭が就くことになり、護衛体制についても念入りに打ち合わせを行った。道中起こるであろう、妨害も含めて。


那美や久遠も参戦、彼女達は聖王のゆりかご調査の主戦力とも言うべき人材。彼女達二人は当然として、意外にもこいつまで名乗りでた。


「良介、今回はあたしも行くわ」

「お前、幽霊とかに関わりたくないんじゃないのか?」

「あんたが関わると決めたんなら、仕方ないでしょう。第一あんた幽霊と話し合うつもりなんでしょうけど、どうやって話し合うつもりなのよ。幽霊って通常、人には見えないのよ」

「丸見えだったじゃねえか、お前」

「あたしは特別! 那美が霊障対策のお札も作ってくれるそうだけど、祟り神クラスの霊と間近で向き合うのは危険だわ。あたしを背負っていきなさい」

「お前を背負えば大丈夫なのか?」

「あたしはあんたの守護霊だもん、余裕よ。霊障なんて幽霊のあたしには無意味だしね、ふふん」


 現役幽霊がそう言うと絶大な説得力がある、頭脳面でも非常に頼りになるので同行してもらう事となった。

実際アリサを背負う際、ナハトと縄張り争いしていて可笑しかったが。


「パパ、ボク達も参戦するよ。邪魔する敵はぜーんぶボクが追っ払ってみせるからね!」

「おお、やる気じゃねえかレヴィ。実際邪魔する連中も多いだろうから、頼りにしているぞ」

「いよいよボクが大活躍する時が来たね。それに、せーおーについてもちょっと気になるしね」

「気になる……?」


「ふふーん、ボク達にちょっと考えがあるんだ!」


 何だかよく分からないが、どうもレヴィ達は敵だけではなく聖王にも関心があるらしい。玉座の間にも同行するつもりのようだ、どうしたんだろう?

レヴィ達の存在は恐らく、敵側にとって最大の壁となるだろう。レヴィ達の強さは既に知れ渡っている、それでも攻めて来るのであれば何らかの対策を立ててくるはずだ。

ルーラー達も快く同行してくれる事となったが、聖王については謝罪された。無理もない、祓うとはいえ万が一戦いとなれば刃を向けることとなる。それは責任者である、俺がやるべきだ。

こうしてほぼ全員が出撃となったが、敵も恐らくほぼ全勢力が妨害に乗り出してくるだろう。聖地で増えているのは幽霊だけではない、魔物も誰かが増やしている。

本来仲間の騎士団との関係も微妙だ、どう動くか分からない。敵だけではなく、味方にも注意しなければならない――グレアム達の動向に、ついても。



聖女の護衛と、ゆりかごの調査――この依頼はかつてない、熾烈な戦いとなるだろう。















「ご主人様。大変申し訳ありませんが、ご依頼の日は腹痛によりお休みさせて頂きます」

「お前の腹痛って、時限式なのか?」

「ご、ご主人様の娼婦ですから、いずれお腹も痛くなりますよ!」

「想像妊娠はやめろ!?」










<続く>








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