とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第十九話




 ――アグスタ以外、何もかも無くなっていた。



「あれれっ!?」


 逮捕されてから連日時空管理局との交渉を続け、ようやく折り合いがついて釈放。活動拠点となっている宿屋へ帰ってみれば、拠点の周辺区域が何もかも無くなってしまっていた。

更地になっているのではない。元々此処は町外れの極貧区、聖地の繁栄より取り残された貧民区域。元売春宿であるアグスタの周辺は、老朽化した建物が所狭しと密集していただけだった。

騎士団どころか、時空管理局もわざわざ見回りには来ない劣悪な環境。ドブネズミや蜘蛛、あるいはそれらに等しい馬鹿共がたむろする治安の悪い場所。元風俗街のなれの果てだった。


その極貧区の面影が、何もない。更地になっているのではない。資材類が山積みになっており、近隣周辺を作業員達が巡回。解体に基礎建築、改修といった工事が夜通しで行われている。


「ようやく帰って参りましたわね、この犯罪者!」

「お勤め、ご苦労様でした」


 そして肝心のアグスタは玄関先にぶら下がっていた看板の代わりに、改装工事中の札が建てられている。建てられた札にはカレイドウルフの商会名が、商会を牛耳る姫君と共に在った。

大商会の姫君カリーナ・カレイドウルフと、従者セレナ。逮捕された詰め所では男所帯だった為に、聖地を彩る麗しき華を見ると無条件に心が癒やされる。連日、男同士の話し合いだったからな。

このまま美人を堪能したいものだが、生憎とあの女性達は猛毒の薔薇。不用意に触れれば棘に刺さって、毒に苦しめられて死ぬ。一瞬たりとも、油断出来ない。


時空管理局という法の組織との交渉で疲弊した後での、大商会との権力闘争。ウンザリする構図だが、権力者からは逃げられない。田舎者の仮面を装備する。


「カリーナ姫様直々のお出迎えとは、恐悦至極にございます。セレナさんも変わらずのお美しさ、日が沈もうとも陰りはございませんね」

「もうすぐ花嫁となる身。旦那様の為に日々己を磨く事こそが、妻の御役目であると承知しております」

「素晴らしい心構えでありますな。祝福の日にお目にかける貴女は、神の目にも叶いましょうぞ」

「ありがとうございます。当日は是非とも、神の前で健やかなる誓いを述べましょう」


「本当に噛み合っているんですの、その会話!?」


 社交辞令の挨拶を軽く交わしている間に、改装中のアグスタからずらずらとアリサ達が並んで出てくる。俺やカリーナ達とのあの一定の距離感が、いつも死ぬほど腹が立つ。

またどうせ静観するつもりのようだが、そうは問屋が卸さない。俺の最高の人事である三役、頼りになるご隠居方が今の俺には――ちょっとレオーネ氏、何故そっちへ行くんですか!?

ご隠居方は俗世に立場を持つ方々、カレイドウルフ大商会ともなれば縁はある筈だ。なのにミゼット女史、ラルゴ老、レオーネ氏の御三方は、遠巻きより俺やカリーナ達を微笑ましく見守っている。

アリサや忍達が何やら耳打ちすると、軽い談笑が起こった。くそっ、あいつら、俺の三役に何を吹き込みやがった。これがほのぼの観劇にでも見えるのか!


「時空管理局及び聖王教会騎士団に逮捕されたと伺いました。謝罪は結構、弁解も聞きたくありません。昨日の縁談については全て、破談とさせて頂きますの。
このカリーナとお前は今日より無縁と言いたいところですが、このカリーナにも情はあります。

最後に妖精ちゃんと悪魔ちゃんをこのカリーナに引き渡す栄誉くらいは、餞別代わりにくれてやりますわ」

「現在進めているリニューアル工事全般についての諸費用も、弁済して頂きます。書面等の手続きについては後日、追って連絡致します」


 あっ、そうか!? 俺や白旗の事ばかりに気を取られていたが、俺への風評被害は支援者であるカレイドウルフ大商会の不名誉に繋がるのか。迂闊だった、やばいぞ!

オリンピック級のスポーツ選手でも、犯罪を起こせば支援者やスポンサー団体がクレームを出すのは当然だ。支援金の弁済にまで発展した裁判例も過去にはあったらしい。

しまった、真っ先にフォローすべきだった事を置き去りにしてしまった。田舎者で済む話ではない。逮捕されたのは事実だし、釈放されたのは無罪が確定されたからではない。

交渉をした時空管理局に仲介を頼んでも無駄だ、あいつらにも背景に権力者がいる。スポンサー同士が激突する愚を、彼らは最も嫌う。

そもそもの話、逮捕を否定するには説明が必要となる。となると、白旗の事を説明しなければならない。あの行動の何処に、田舎者らしさがあるというのか。

とぼけるのにも限界が来たということか。いや、それどころの話じゃない。直接支援を受けているのは俺ではなく、マイアだ。この宿なんて真っ先に潰されるだろう。

どうしよう、この際全て打ち明けるべきか。駄目だ、逮捕された事がまずいのだ。逮捕される経緯だって問題なのだ。後ろも前も、あらゆる方向で障害となってしまうのだ。


終わった、もうどうしようもない。猟兵団、傭兵達、騎士団に管理局に続き――とうとう、聖地最大の商会であるカレイドウルフを敵に回してしまった。


「逮捕、と仰いますと?」

「誤魔化そうとしても無駄ですわ。既に事の次第は把握しておりますの」

「やはりカリーナ姫様のご意向でしたか、本当にありがとうございました。姫様のおかげで、皆様とも良い交流を結ぶ事が出来ました」

「……? 突然何を言いますの?」

「ご謙遜なさらないで下さい。カリーナ姫様のお優しいお気持ち、この私のみならず管理局の皆様にも届いておりましたよ。
この聖地へ訪れてからというもの、カリーナ姫様とセレナさんにとても良くして頂いております。姫様のご厚意に報いるべく、私もまた人に親切にするべく行動に移しました。

先日の行動も、その一環でございます。人と人とが争うなどとても悲しい事、私が仲裁に入りまして頑張って説得致しました。

ご認識の違いで騎士団や管理局の皆様にご迷惑をおかけいたしましたが、カリーナ姫様の崇高な御心をお伝えすると皆様にも分かって頂けました。
今後は管理局の皆様とも協力して、カリーナ姫様の所有されるこの聖地をお守りすべく行動する所存です」

「――セレナ。こいつ、何言っているんですの?」

「ラップ調でしたので、お嬢様には少し聞き取りづらかったでしょうね。少々お待ち下さい、音符を読み取ります」

「そんな軽快な音楽でしたの!?」

「彼にとってカリーナお嬢様は絶対の存在であり、神に等しき慈悲深い御方。この聖地は神の大地であり、ひいては神に等しきカリーナ姫様の御国。
臣民として国に貢献し、姫様の民の争いを止めるべく行動に移したと仰っておられますわ。信じ難い事ですが、時空管理局も彼の行動に理解を示したようです」


「つまり時空管理局が、このカリーナに忠誠を誓ったということですのね!? 大変に気分が良い。田舎者にしてはよくやりましたの、褒めてあげますわ!」


 そして俺は、敵にも恵まれた人生を送っている。強敵が出来た程度で怯むようでは、波乱に満ちた世界会議を勝ち抜けはしなかった。自分の人生経験が俺を助けてくれた。

あの世界会議では誰が味方で、敵となるか、会議の情勢次第でサイコロの目のように変わっていった。状況に流されていては、最後に待つのは破滅のみ。常に動かなければならない。

田舎者の演技が通じないのなら、通じるまで演技を続けるのみ。脚本に支障が出れば、アレンジするするくらい役者として当然だ。観客の期待には、常に答えなければならないのだから。


――その観客が、あいつらだというのがむかつく。見ろあいつら、上手い事言ったと囃し立てていやがる。


「ただし田舎者、お前に対する疑惑はまだ解けてはおりませんわ。率直に聞きましょう、お前は一体何者ですか」

「カリーナ姫様とセレナさんの友人です」

「何の迷いもなく、キッパリと言いましたわね!? 誰がお前のような下賎な田舎者を友達になんてしますの!」

「そうですわ。お嬢様は今日もこのように麗しい肌を晒した服装で貴方の事をお待ちしていたんですよ」

「商売女のような言い方はやめなさいですの! 大体セレナがこれを着ろと以前に――コホン、いいですか田舎者!
お前が連れて来たと言うあの御三方、このカリーナもよく知るご高名な方々ですの。この意味が、お前に分かりますか?
このカリーナが知る人物といえば、限られております。ましてお前のような格の低い者には、接する機会も許されない方々なのです。

――ですがお前が田舎者だという前提が覆れば、話は全く変わってきます」

「前々から貴方様については疑問に感じておりました。御三方に加えてあちらの御方は聖騎士様、聖女様に匹敵する格の高い御方。連れる方々も、指折りの実力者揃い」

「あの子供達にも見覚えがありますの。この聖地を轟かせた、傲岸不遜な強者達ですわ」

「カリーナ姫様の御要望や御意見、ご指摘について貴方は常に冷静かつ逡巡なくご返答されてらっしゃる。
先程の姫様の追求も同様です。逮捕されたとなれば一大事、責任問題にまで指摘しているというのに貴方は一切態度を変えられなかった」

「つまり、お前は全て分かっていてこのカリーナを謀っていた事になりますの。よりにもよってこのカリーナ・カレイドウルフを軽く扱う無礼千万、許し難いですわ」


 ――しまった、さっきの追求は俺への見極めだったのか!? 考えてみれば弁済だの何だのという割に、リニューアル工事全般が止まっていないのは変だ。


恐らく三役の存在を軽視出来なかったのと、俺の正体が判明出来ない不気味さがあっての調節だったのだ。工事は止められず、さりとて進められない。そのシレンマが、今の状態だった。

面白がっているとばかり思っていたが、アリサ達はともかく大人である三役が何の口出しもしないなんてありえない。カレイドウルフ大商会は白旗の組織運営に関わる重要な存在なのだから。

三役は公人ではなく、私人として俺に協力してくれている。責任者が俺である以上、トップ同士のやり取りに彼らは口出しできない。だから、見守るしか出来ない。

そう、これは交渉であり尋問――トップ同士の、会談だったのだ。認識が、甘すぎた。



「さあ、答えなさい。お前は一体、何者なのですか!」



 虚偽は、許されない。演技も、不可能だ。普段の会話であるならばまだしも、これは会談なのだ。責任ある立場である以上、田舎者風情でいることは許されない。

覚悟を決めなければならない。カレイドウルフ大商会は猟兵団や傭兵達、騎士団や管理局に匹敵する一大組織。大財閥は経済界の王に匹敵する、田舎者に勝ち目はない。

自分は一体何者なのか、答えるその時がついにやって来た。


「分かりました、お応えいたしましょう。我々は白旗、そしてこの拠点こそが――『カレドヴルフ』交流所です!」


「カレド、ヴルフ? その名、もしやカレイドウルフと関係がありますの?」

「先程、私はカリーナ姫様はご謙遜されていると申し上げました。姫様、失礼ですが貴女様はまだご自分の価値を理解されておられない」

「ぶ、無礼な! 口の利き方に気をつけなさいですの!」

「いいえ、言わせて頂きます。何故貴方は、私とあのお三方との間に疑問などお持ちになるのですか? 姫様はいつも仰っておられた。自分の幸運に感謝せよ、と。
私はこの聖地で、他ならぬ貴女様にお声をかけて頂いた。そして今も変わらず、こうして会話を許して頂けている。

私と貴女との関係は、対等だったのですか!?」

「あっ……!」

「姫様、私はとても悲しい。この奇跡的な関係に比べれば、私と御三方との御縁など注視に値する事では断じてないというのに。
貴女こそ、天上の御方――姫様、どうかご自分に自信をお持ちになって下さい」

「――言われてみればそうですわね。本来であれば、お前はこのカリーナに口を利くことさえ許されない関係。けれど、カリーナの寛大な心で一応許してあげている。
お前とカリーナの出会いに比べれば、どれほど権威ある方々であっても取るに足らない奇縁。なるほど、お前の指摘は一応的を射ておりますわ」

「改めて、ご説明させて頂きます。御三方とは――」


 この点については、特に誤魔化す必要はない。そもそも田舎者だと謀ってはいたが、三役との関係は本当に幸運に恵まれただけの偶然でしかないのだ。素直に説明出来る。

しかしカレイドウルフの名に絶対の自信を持つカリーナでさえ、権威ある方々だと言わせるご隠居方。深く勘繰る気はないが、余程の地位と権力を持っているんだな。

経緯を説明したが、カリーナやセレナは半信半疑。真実なのに疑われる自分の人間関係が悲しい。真人間だと思われていないのだろうか、悔しい。


「事情は分かりましたが、あなた方が『カレドヴルフ』と名乗る理由とは結び付いておりません」

「この聖地へ来て、私のような者にお声をかけてくださったカリーナ姫様。田舎暮らしの私にとって、姫様こそが聖地の良識人でございました。私はお二人に救われたのです。
そこで考えました。我々がこの先生きていく上でカリーナ姫様やセレナさんのように正しき理念を持ち、真心を持って接していく寛容さが大切であると気付きました。
『カレドヴルフ』とは、この交流所の理念の名。姫様のお名前を堂々と語る無礼は許されませんが、貴女様はお声をかけて下さる栄誉を与えて下さられた。

頂いた名誉に報いるべく、名そのものではなく姫様の理念を名乗ることにしたのです。姫様の理念であり我々の信念こそ『カレドヴルフ』そのものであると断言致します」

「ちょっと待つですの。お前、勝手にカリーナの名を騙っているんですの!?」

「そのような恐れ多いことは出来ません。私が語れるのは、貴女様の崇高なる理念だけです」


「名前じゃなくて理念、でも名前は似ていて――うう、頭がこんがらがってきましたの。セ、セレナ」

「おまかせ下さい、カリーナお嬢様。このセレナ、法を破る術を探りながら日々を生きております」

「何考えて生きているんですの、毎日!?」


「ベルカ自治領では商会名は商標権の使用許諾があれば、可能になります。つまり代理店契約を結ぶか、お嬢様御本人が使用許可書を一筆書けば商標を使う事ができます。
この田舎者は経済理論や経営利益等を全く知らず、単純にお嬢様への尊敬から生き方を模索しているようです。申し訳ありません、私の勘違いであったようです。

『カレドヴルフ』についても大々的に名乗らず、あくまで交流所という施設の名でしかないのでしょう。そもそもお嬢様の名を騙っていれば、逮捕自体ありえませんから」

「確かにカレイドウルフの名を利用していれば、逮捕などありえませんわね。どうやらこの田舎者、本当に人畜無害の善意馬鹿でしかなかったようですの。
つまりこいつはこのカリーナの生き方を模範として、この聖地で生業を行っているという事ですのね。であれば御三方や聖騎士達が、こんな田舎者の求めに応じた理由も明らかですわ。
カリーナをお手本として活動を行っているのであれば実績を出せて当然ですもの。全く馬鹿馬鹿しい、こんな田舎者に目くじらを立てるなんてどうかしてましたの。

田舎者、お前も勘違いしてはいけませんわよ。高名なるあちらの方々はこのカリーナの威光に頭を下げているのであって、お前ではないんですの」

「承知しております、カリーナ姫様。この私こそが、貴女様を模範とした生き方を送っているのですから。
ご心配おかけして申し訳ありませんでした。ご安心下さい、カリーナ姫様を模範としている以上失敗などありえません」

「よろしい、常にその生き方を心掛けなさいな。縁談については引き続き、話を進めておきましょう。ダールグリュン家との婚姻は、既に決めてまいりました。

――マイア、リニューアル工事全般を積極的に進めます。お前の宿を使うので、全部屋確保なさい。無論私はいつもの特別室を用意すること、お前の手料理はこのカリーナを最優先とするように」

「あっ――ありがとうございます! おまかせ下さい、何不自由なく過ごせますように準備いたしますから!」

「セレナ、この田舎者に使用許可書を発行してくれてやりなさい」

「かしこまりました、お嬢様」


 交流所の名前が『カレドヴルフ』となってしまった。この際、覚悟を決めるしかない。特に名前についてはさほど思い入れもなかったので、何でもよかったとも言えるのだが。

そもそも白旗そのものこそが理念でしかないのだ。今出している実績も利益や権力を求めているのではなく、聖女の護衛を目指す道程でしかない。結果を出せれば、どうでもいいのだ。

『カレドヴルフ』の名前で邪推する輩も出てくるだろうが、好き勝手に考えさせればいい。無償のボランティアなら民に警戒されるが、あくまで依頼形式だ。傘下と思われても支障はない。


むしろ逮捕という風評被害を払拭する意味でも、大商会の名はありがたいと言える。安定感ある大企業の清潔なイメージは、白旗の正体不明さをクリーンにしてくれる。


「マイア、何か悪かったな。俺達の活動に、お前をすっかり巻き込んでしまって」

「何を仰っているんですか、お客様。わたしにとって文字通り、お客様は神様そのものです。私一人此処に生きていても、きっと未来はありませんでした。
見ていて下さい。この街も、宿も、私も――生まれ変わります。皆さんにご支援頂いて、自分の夢を始めていきます」


 元風俗街に元売春宿、元貧民区だったこの場所。価値もなく、放置され、腐敗するだけだった場所が今まさに、聖地へと生まれ変わろうとしている。

無論俺達を含めてあらゆる思惑がこの地を覆っているが、彼女の大いなる夢が全て飲み込んで明るい未来へ変えていくだろう。皆にプロデュースされて、彼女は目覚めたのだ。


俺も白旗のトップとして負けられない。早速今後の方針を立てるべく、会議を始めるとしよう。















 リニューアル工事中の宿は今のところアリサ達しか滞在していないが、工事が終われば三役も今のホテルから移ってくるらしい。交流所を経営する俺達用に別棟も建設中との事だった。

逮捕による俺の不在中は顧問役のラルゴ老や参謀役のミゼット女史が代理を担ってくれて、白旗もこれまで以上に精力的な活動を行えたらしい。俺の存在意義がちょっと問われそうではあるが。

組織を担った経験をやはりお持ちなのか、忍のゲーム知識で設立した交流所も異世界ミッドチルダやベルカ自治領に合わせた、画期的なシステムへと進化を遂げていた。


「出来ればもう少し、依頼する側と受ける側で自由度を保ちたかったんだけどね」

「自由と無法を履き違えてはいかんよ、忍嬢ちゃん。法とは体制を縛るのではなく、自由を守るルールであると認識するんじゃ」


 温和なラルゴ老は若者に親身だが、決してイエスマンではない。寛容に部下と接して時には指摘し、時には受け入れる。硬軟織り交ぜた経営姿勢こそ、彼の長年の強みなのだろう。

その点参謀役のミゼット女史は、なかなか厳しい御方だった。俺を案じて暴走したユーリ達を厳しく叱り、その上で慎重勝つ丁寧に力を使う道義を熱心に語ったという。

強者の立ち位置にいながら、弱者の視点で物事を語るのは辛抱が必要となる。寛容や許容のレベルでは、ユーリ達程の実力者を説得出来ない。彼女の辛抱強さは、桃子やリンディさえも超える。


長年多くの戦争に立ち合って人間の喜怒哀楽を見てきたベルカの守護騎士でさえも、彼女は大いなる信頼を勝ち取っている。


「アタシはあのばあちゃん、好きだぜ。はやてに会わせてやりてえ」

「女性でありながら、大した御仁だ。三役に引き入れたお前の決断は正しい。よく相談し、よく学ぶといい」


 レオーネ氏の手腕は今更言うまでもない。彼は俺に同行までしてくれてベルカに派遣された現地滞在員を説得して、交渉の場に立たせてくれた。

時空管理局との交渉に成功したと告げた時は場も沸き立ったが、レオーネ氏の手腕が大きかった事は見ずとも分かるだろう。三役は今、俺達子供の尊敬を勝ち取っていた。


白旗の活動は逮捕後も継続して行われ、聖騎士を旗印とした人助けに民は萎縮せず信を寄せてくれたようだ。権威に怯まない彼女の凛々しき在り方に、むしろ強者達が怯んでしまった。


猟兵団や傭兵達のみならず、騎士団の一部からもあった誹謗中傷の数々。あの逮捕劇を大袈裟に掻き立てられ、嘲笑われながらも、下を向かず彼女達は懸命に頑張った。

堂々たる姿勢なだけであれば単なる子供の強がりで済まされるが、俺達には大人の三役がいる。事件現場の調節は恐ろしく的確で、場の取りまとめも見事に尽きた。

事前や事後のケアは今まで俺達の配慮が行き届かなかったのもあり、成果は見せかけだけの華やかさではなく、今では形ある実績となって人々の目に白旗がたなびくようになった。

三役を前に猟兵団や傭兵達は暴力では立ち向かえず、事前事後の調節を行っていれば権力者もおいそれと口出し出来ない。あの逮捕劇は良い戦略ではあったが、子供だからこそ通じる手だったのだ。


三役が公人ではなく私人で動いている点も大きい。公式の立場であれば公式の場へ訴えられるが、私人であれば当人にしか口出し出来ないのだ。


組織の人間であれば本人そのものではなく組織へ干渉すればいいのだが、私人であれば手回しは無理となる。となれば大人のやり方しかないが、一人の人間の器として彼らに勝てる人間はいない。

もし三役が権力を使って黙らせていれば、権力者達もムキになって徹底抗戦したに違いない。私人という立場が、権力者達の手をこまねく原因となっていた。

権力者が動けないのであれば、強者達も動けなくなってしまう。大義名分のない暴力は、犯罪でしかない。その隙を突いて、アリサ達が積極的に活動していた結果――


「今開催されている公式面談会において、白旗の面談許可がおりたわ。良介本人だけではなく、白旗としてあたし達の成果が認められたの」

「えっ、じゃあ聖王教会側の働きかけも必要なかったのか」

「司祭様のお力添えも不要でした。剣士殿、我々の連日の活動に司祭様御本人からもご称賛を頂いております。ローゼ殿の働きも、管理プランの成果として認められております」

「すごいじゃねえか、お前ら。俺達白旗が、公式で認められたんだな!」


 聖女との面談が、正式に認められたのだ。司祭の口添えも必要としなかった点が大きい。これでコネだの何だのと邪推されず、堂々と聖女に会いにいける。

全員連れ立って面談には望めず、当然だが代表者が出向く事になる。俺と聖女との一対一の対面、我ながら情けないが緊張してきた。

実に喜ばしいニュースだが、全てが順調であるということではない。


「グレアム君が公募で選出した護衛も、昨日決定した。公に立場を持たない、男性二名であるらしいのだが」

「公式発表された際のすずかの印象によると、忍さんの家を覗いていた人間と同じらしいわ」

「はあ!? あいつらって確か――」

「話は聞いておる。すずか嬢ちゃんの認識に間違いなければ、グレアム君の手の者じゃろうな」

「大々的に公募を出しておき、公の場で実力を発揮して名前を売る。実力検査の際、傭兵や猟兵達とも戦い、見事な戦いぶりを見せて話題となっておる。
確かにこれで名実共にあの二名は注目されるようになり、聖女の護衛選出にて一歩リードしたと言っていい。やれやれ、どうしちまったんだろうね、グレアムの爺さんは」


 何だ、その自作自演。俺が参戦すれば返り討ちにし、俺が参戦しなければ自分の信頼する者を招いて名前を喧伝する。競争相手の強者達も退けて、見事な成果を出した。

俺達白旗とは全く異なるやり方に老獪さを感じて舌打ちするが、長年彼を知る三役は憤りよりも当惑が強いらしい。彼の真意は一体、何処にあるのか。

聖女の護衛を狙っているのであれば、間違いなく俺の最終目的を看破しているといっていい。何が何でも俺の邪魔をするつもりらしい、そこまでロストロギアが嫌いなのか。


一歩出し抜かれたと同時に、次のグレアムと聖女の対談にはずみがついたと言っていい。俺の悪口と自分の護衛の宣伝、同時に二つが行えるのだから。


「俺の面談って、何時頃になりそうだ?」

「残念だけどグレアム提督の公式面談が優先スケジュールになっていて、あんたはその次の日」

「くそっ、当然だけど聖女にとって俺よりグレアムのほうが大事か」



「そんな事は断じて、ありません!」



 バンッ、とテーブルを激しく叩いて、娼婦が立ち上がった。大きなテーブルが震えるほどの衝撃、さぞ手が痛いだろうに違う衝動に震えてしまっている。

何処にキレる要素があったのか全く分からないが、娼婦は激しく自己主張を唱え始めた。


「教会側の上層部が勝手にスケジュールしただけです。聖女様は、ご主人様との対談を第一に考えてくださっています!」

「何でそんな事が言い切れるの?」

「聖女様は、ご主人様のやり方に賛同してくださっているからです!」


 だから何で聖女が俺を賛同するのか聞いているのに、よく分からない断言を繰り返す。一応、励ましてくれているのだろうか?

まあ確かに、こればかりはどうしようもない。グレアムの口を閉ざせない以上は、次の日に行われる面談の内容について精査するべきだ。


「グレアム君には秘書官を通じて今、連絡を試みている。我々が現地にいる事にさぞ驚いているようで、まだ日時の調整が行えていない」

「ほっほ、驚くのも無理はなかろう。儂らとて本来忍ぶ旅の途中、まさかこのような出会いが待っているとは夢にも思わなんだ」

「今は私人の立場じゃ、直接会いに行ってもいいかもしれないね。ふふ、鼻を明かしてやろうかね」


 グレアムの数々の陰謀に戦々恐々としている俺達とは違って、三役にとっては子供の悪戯と変わりないらしい。頼もしすぎて、失禁しそうだった。案外、心配ないかもしれない。

彼らがグレアムと話してくれるのであれば、俺達は聖女に集中した方がいい。公式面談会における対応を決めよう。



と言いたいのだが――先日からどうも、こいつらのやる気が感じられない。



「あらゆる対応を視野に入れて、公式面談会に挑んだ方がいい。俺への聖女の印象はまず、最悪といっていいだろう」

「聖女様にとって、ご主人様が至上の存在なのですよ」

「お前の感想なんぞどうでもいいんだよ、娼婦。聞いた話だと、聖女は護衛演出の基準として余所者を望んでいないらしい」

「他の人を選びたくなどないのでしょうね、聖女様は」

「やはりあんたもそう思うか、シスター。ならば同じ余所者である俺も対象外としているだろう。身辺調査も行っているだろうしな」

「猟兵団や傭兵達どころか騎士団や管理局、聖王教会全体の小さな不正行為に至るまで、丸裸にされて調べられているようです。セキュリティはどうなっているのでしょうねー」

「他人事のようにうどんを啜るなよ、ローゼ。となると、単純に情報を収集しているだけじゃないな」

「高度な情報分析能力も持っているのかもしれませんね。どこぞの愛しき娘のようにー」

「お茶飲みながら和むな、シュテル。情報を調べるだけじゃない、彼女は的確に情報を生かしている」

「情報を完璧に管理して、都度必要に応じて意見としているのだろう。査察官並みのスキルだなー」

「ケーキを美味そうに食べながら言わないでくれ、ヴェロッサ。意見というなら、彼女は強者相手でも恐れず面談に望んでいるんだぞ」

「徹底的に面接訓練を行っているんでしょうね。指導官はきっと主人想いの可愛い女の子に違いないわ―」

「エプロンドレスをフリフリして遊ぶな、アリサ。俺の事だって調べ上げているかもしれない」

「実によく知っているでしょうね、侍君のことならー」

「携帯ゲームを弄って遊ぶな、忍。当日の服装や態度だって注意しないといけないだろう」

「お前が裸踊りしてても許すんじゃねえかな、きっとー」

「大工仕事しながら言わないでくれ、のろうさ――というかすげえな、その和風箪笥!?」



 ――こうして全く、誰一人、何の力にもなってくれないまま、公式面談会当日が訪れてしまった。グスン……















「ご主人様、申し訳ありません。体調不良により、その日お休みさせて頂きます」

「体調を崩す予定ってなんだよ!」

「ご、ご主人様の娼婦ですから!」

「生々しいよ、そう言われたら!?」










<続く>








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