とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第十話




 早くも異世界へ来て二日目が終わろうとしている。一人旅していた頃は果てない距離と時間に倦んでいたというのに、他人との交流があるとあっという間に時間が進んでしまう。

清廉かつ静粛なる聖王教会の聖地も、欲望と欲求が孕んでしまえば朝も夜も無くなる。敬虔なる信者が健やかな昼間を過ごし、愚劣な亡者が爛れた深夜を満喫する。

聖女の予言と聖王の居城により大いなる発展を遂げたベルカ自治領は、店舗や施設類も充実している。古来の文化に最新技術が取り入れられて、町は街へと変化を遂げつつある。

昼も夜もない街は明るく、広大であり、富に満ちている。遊なる気持ちが弾み、歓喜に満たされている。この時ばかりは人々も寛大ではあるが、前提となる条件が存在する。


古今東西、あらゆる世界において、金のない人間は基本的に嫌われる。


「何で聖王教会からの申し出を断ったんだよ」

「管理プランの承認を得られた以上は友好関係を維持しながらも、一定の距離を置くべきだ。ただでさえ裁定チーム配属が決定したのに、教会推薦の宿で長期滞在なんて出来ない。
ローゼが危険物だという事実は共通認識だ。宿の施設や人員に至るまで、日々監視体制が敷かれると気が滅入る」

「先を見通す目が養われているのは結構だが、足元が疎かになるようでは半人前だな。今晩の宿はどうする」

「うぐっ……」


 聖王教会の司祭と面談し、ローゼを連れた交渉を行って管理プランの正式な承認は得られた。諸手続きを済ませて、明日より裁定チームが配属されて管理プランが施行される。

プラン遂行にあたって聖王教会よりプラン施行の地を与えられたのだが、交渉を通じてお断りさせて頂いた。嫌悪で拒否したのではなく、好意による自立を理由としている。

教会に監視されるのが嫌だとあからさまな態度や言動で断ったら、プランに問題や危険があるのだと宣伝するのと同じだ。あくまで自分達で成果を出すのだと、表面上でもやる気を見せる。

聖王教会も馬鹿じゃない、管理を嫌がっている事は見え透いている。心の中で腹黒く探り合っていても、表面では笑って握手する事が交渉というものだ。


……何だか、カレンやディアーナの影響を受けている気がする。距離を置いていても、美しくも怖い女性達の影響力は強い。


そうして聖王教会の申し出を断った俺達だが、目の届かない場所へ行くのではない。そこまで距離を置いては関係を維持出来ない、あくまでも活動拠点は聖地である。

目の届く場所にいながら聖王教会と距離を置いた理由は、もう一つの活動である聖女の護衛を行う為だ。護衛となるべく護衛を行う、この活動は自分達のみで行わなければ意味がない。

聖女や教会に認められるのは二の次、第一に必要とされなければならないのは民だ。その為には教会依りではなく、民に寄り添った拠点が必要だ。むしろこっちの理由が大きい。

となれば宿泊施設も民間に委託しなければならず、当然宿賃が必要となる。


「聖騎士――いや、ルーラーも明日からの配属だ。頼めば来てくれるだろうけど、彼女にばかり甘えてもいられない。自分達の住処は、自分達で見つけよう」

「ルーテシア班、活動内容を報告します」


 ミヤを肩に載せたルーテシア・アルピーノが手を挙げる。此処にはメンバーしかいないというのに、美少女モードを止めないその徹底ぶりにプロ意識を感じさせる。

別に言動や態度はいつも通りでいいとも思うのだが、ベルカ自治領へ来訪以後彼女は子供に扮している。姿勢には評価するが、楽しんでいないのだと思いたい。

今日それぞれチーム編成をして、別行動を行った。ルーテシアとミヤの班行動の目的は、拠点の確保。見事、探し出してくれたようだ。


「初日で所持金全部使っちゃった駄目なおにーちゃんの為に、頑張って宿を探しました。褒めて下さい」

「……あんた、相変わらず俺が嫌いなんだな」

「行為は立派だけど、自分の行為による結果を補えないのはまだ未熟。クイントおばさんもそうだった、だから嫌い」


 ルーテシアは冷たく言い放って、歩き始める。宿まで案内するということだろう、皆を率いてついていきながら彼女の言葉に嘆息した。当事者である商売女も、萎縮しているようだ。

自分の行動によりマイナスとなったのなら、補うべくプラスと変える行動を取るのは突然の義務だ。対案を出せないようではまだ甘い、時空管理局捜査官の指摘は的確だった。

ルーテシアも、そしてクイントやゲンヤのおっさんも商売女を救った点については絶対に責めないだろう。人助けに彼女達が褒めないのは、有り金全部出して自分の仲間を窮地に追いやった事だ。

人助けは基本お節介、余裕がある人間にこそ出来る行為。余裕がなく、あまつさえ家族や仲間にまで迷惑をかけるのなら、絶対にやるべきではない。他人か仲間か、どちらか見捨てる事になるから。


大人に助けられているようではまだまだ半人前ということだ、耳が痛い。


「街中を探し回ったんですが、観光地でも有名なベルカ自治領はお客さんも多く訪れていて、評判の良い宿泊施設は月単位で押さえられていました」

「地元でも有名な高級宿泊施設は時空管理局、名のある猟兵団や傭兵組織が貸し切っている。彼らは宿を拠点として、ベルカ自治領に各勢力図を敷いているの」

「俺達も宿を拠点にするつもりだったし、外から来た連中は大体そうだろうな。となると――」

「ああ、奴らを探るには宿を調べていけばいい。時代を経ても人間の古臭い習慣ってのは、なかなか変わらねえもんだ」

「我らとて余所者、宿の内部事情まで調べるのは困難だったが、街中を巡って要所は押さえている」


 ルーテシアとミヤの報告を受けて、ベルカ自治領の勢力図を探っていたヴィータ達も声を上げた。強者達の動向を探る上でのポイントを押さえている、流石であった。

宿の内部事情を探れなかったのはむしろ当然だ。宿泊客の個人情報を容易く喋るような宿に、客が訪れる筈がない。貸し切りともなれば、よほどの信頼があると見える。鉄壁だろう。

とはいえ、各勢力の戦力や内部事情が探っておきたいところではある。ヴィータ達が要所を押さえてくれているのなら、一つ一つ宿を見張ればいいが効率が悪い。うーむ――


「主、提案があります」

「アホなお前の提案というだけでもう不安なんだが、一応聞いてやる」

「ミッドチルダの通信技術は把握しております。ネットワークを通じて各宿を探り、各勢力の情報を手に入れるのは恐らく可能です」


 あっ、そういえばこいつパーソナルコンピューターとやらに詳しいんだったな。夜の一族の姫君達と通信していたコンピューターも、ローゼが組み立てたものだった。

日本の今の科学技術も俺のような田舎者からすれば魔法に等しい未知ではあるが、最新型自動人形であるローゼにとっては石器時代に等しいガラクタだと欠伸をしていた。ロボットの分際で。

俺が美由希達相手に悪戦苦闘していた時も、忍と一緒にガジェットドローンや自動人形、デバイスやロストロギアの解析を行って、管理プランに生かしてくれていた。


――アリサの話ではオンラインゲームとやらにも興じて金を稼いだり使ったりしていると、怒ってたのも笑い話である。


「……時空管理局に禁止されている、危ない技術とかじゃないだろうな」

「ロストロギアに抵触する技術ではありません。博士より学び、自己改良及び学習をして培った技術です。見損なわないで下さい」

「お、おう、悪かったな」

「単純に各宿の縄張りに回線を通じて侵入し、個人のプライバシーや戦力の詳細を分捕るだけです。痕跡は残しませんのでご安心下さい」

「やる事もえげつないけど言い方も悪いよ、お前!」


 管理プランを施行する以上犯罪は論外にしても、ミッドチルダの最新技術を使えるのは大きな利点だ。機器類を揃えるには費用がかかるが、充実させれば俺達の強みとなるだろう。

魔法文化が栄える異世界ではあるが、同時に宇宙戦艦やデバイス等の俺達の世界を超える科学技術も有している。もしローゼが最新技術の先端に位置する存在であれば、戦力となり得る。

魔法分野ではユーリ、科学分野ではローゼ。各分野の最強が揃っている俺のチームって、実は凄いのではないだろうか。そう錯覚させられてしまう。


ところで――


「ルーテシアさんや」

「なんだい、おじいさん」


「いや、あの……宿泊街からどんどん離れてきているんだけど」


「あそこ、お金のない人は立入禁止」

「うぐぐ……」


 ノリはいいけど、容赦のない人だった。それはともかくとして宿が立ち並ぶ宿泊街から遠ざかり、ルーテシアはベルカ自治領の貧民街へと向かっているように見える。

遊郭街、宿泊街、貧民街。主要都市やメインタウンでは各区画を整備する上で、"街"単位での区域分けがされている。ベルカ自治領は聖王教会最大勢力である聖地、途方もなく広い。

人が住む以上、世界は光と闇に分かれる。富が栄えるのが光であれば、貧が根付くのが闇だろう。貧と言っても、貧民ではない。堕落しているのではなく、あくまで清貧なのだ。

聖王という神が君臨する以上教徒は便宜上でも平等であり、全ての人間に救いが与えられる。聖地が欲望に汚れても、人々は急激には変わらない。富裕していないが、荒廃もしていない。

ただ、治安の悪化だけは避けられない。貪欲に街が膨れ上がるにつれて、神の目が届かない場所が出てくる。救いは平等でも、差し伸べられる手は有限であった。


「此処でボク達、何人もの信者さん達を助けたんだよ」

「レヴィ班は此処で活動していたのか。お前の目から見て、街の人達の様子はどうだった?」

「金持ちのおじさん達は強い人達雇って好き放題している分、お金とかない人は人手にも困ってる。ええと、何だっけ? じゅよーときょきゅーのうんたらかんたらが――」

「街の発展で需要が多いのに、供給が追い付いていません。力ある余所者と権力が協力して、市場を独占しつつあるのです。
通常市場メカニズムの力学により均衡点に自動的に引き戻されなければならないのに、強引な介入と操作で市場が硬直しつつあるのです」


「……レヴィ。お前の姉妹は何言ってるのか、分かるか?」

「……ボクは考えるのをやめた」


 悩む親と子に対して得意げな顔のシュテルに物凄くかいつまんで説明してもらうと、ようするに仕事自体は溢れているのに引き受けてくれる実力者がいないらしい。

多くの強者が集っている分人員の価格競争が激しくなる一方で、強者は実入りの良い仕事を権力者に融通して貰ってほぼ独占。後は高いものから順に、実力者がこなしている。

富裕層や権力者が実力者を全部引き抜いてしまうと当然仕事の質は高くなる一方で、貧民層が提供する仕事なんて引き受けなくなる。実入りは少ないのに仕事は難しい、誰もやりたくない。

生地は今も発展し続けている、仕事をすればするほど報酬も入って人々も富んでいく、だが一部の富裕層が独占してしまうと富が集中してしまい、貧富の差が激しくなるだけだ。

レヴィ班は実力があって、求める報酬は少ない。価格競争世界を無視する俺達は、貧民層にとっては希望とも言えるかもしれない。今日だけで多くの仕事をこなしたらしい。


「そうか、よく頑張ったなレヴィ。明日からはパパも手伝ってやる」

「わーい、パパと一緒だ! 幽霊とか魔物退治とか面白そうなのいっぱいあるから、一緒にがんばろーね!」

「魔物!? モンスターが居るの!? ハンティング!?」


「レベル1の科学女は黙ってなさい」

「レベル2のお侍さんには言われたくないなー」


 長年の付き合いで実力もばれていると、ツッコミというものがない。ウシシと笑って反撃されて、俺は仰け反ってしまう。レヴィやシュテルは、そんな俺達を見て笑っていた。うぬぬ。

しかし、幽霊に魔物だと? ゲームじゃあるまいし、そんなバケモノが蔓延っていれば問題になるだろう。クロノ達や聖騎士から、物騒な話は聞かされていない。

此処は異世界ではあるが、魔法と科学が融合した万能な世界でもある。自然に息づいているのでもなかろうに、人間社会にどうしてそんな怪物共が存在しているのだろうか。

ただ昨日、龍の姫君とは出くわしている。人外は確実に居るのだ、日本の常識で考えるのは危険だ。唯一の現地人に、聞いてみる。


「幽霊に魔物とかお前、なんか心当たりはあるか?」

「幽霊は分かりませんが、魔物の話は聞いたことがあります。戦力拡大を狙って召喚魔法を悪用する者、未熟な者が多用して暴走させる術者などもいるそうです。
あるいは魔物そのものを喚ぶのではなく、魔物と呼ばれる存在を創造する魔導師の存在も」

「召喚に、創造……?」


 ――巨人兵が、脳裏に浮かぶ。思い返してみれば、プレシア・テスタロッサとの戦闘時も怪物に属する存在が居た気がする。高度な魔導師であれば、可能なのかもしれない。

一癖も二癖もある強者を金品で雇い入れるより、魔物の召喚や創造の方が戦力拡大が図れる。魔導師としての実力が大前提となるが、召喚や創造が可能であれば一人でも一軍だ。

俺もローゼを使えば可能なのだが、使おうと思った事は一度もない。ただローゼのような存在が悪意を持てば、要注意だ。何人も居ないだろうが、この懸案は案外侮れないかもしれない。


猟兵団、傭兵、人外、魔導師、時空管理局、騎士団――そして魔物。聖地を脅かす存在は、驚くほどに多い。商売女も自分の口で説明して、心を痛めているようだった。


「顔色は分からんが、敢えて言おう。そんな心配そうな顔をするな」

「ですが、御主人様……」

「レヴィ班が仕事として引き受けている。聖女が心を痛めているのであれば、護衛を名乗り出る俺達が討伐すればいいだけの話だ。その為の俺達だよな?」

「うん、ボクに任せてよ。ぜーんぶ、やっつけちゃうから!」

「ふふ、ありがとう。頼もしいわ」


「とーぜんだよ。だってボク、パパの子供だもん。エッヘン!」


 ヒエラルキー的には一番下の分際で、商売女は俺の娘を優しく撫でている。レヴィも嬉しそうに鼻を擦っているので、文句は言わないでおいてやろう。

しかしそれほど仕事が多いとなると全員一丸で取り掛かるより、今日と同じくチーム編成して担当を割り振った方が良さそうだ。商売繁盛、適材適所で行動すれば、金も信頼も稼げる。

市場を荒らす権力者、人々の暮らしを脅かす強者に、俺達が思い知らせてやろうじゃないか。優しさで人を助ける海鳴の精神、助け合いをモットーとした俺達の存在、その不気味さを。

同じ穴の狢である俺でも桃子達を理解出来ず、彼女達の優しさに屈した。利益を追求しない俺達こそ、他の誰よりも反社会的な馬鹿野郎なのだ。思い知るがいい。


「ついた」

「おっ、ついたか――えっ」

「どうしたの?」


「目の錯覚かな……昨日遊郭街で見た建物に、よく似ているんだが」


「――おにーちゃん、耳貸して」

「あん?」


"ここ、元売春宿"


 那美達に聞こえないように、ルーテシアがこっそり打ち明ける。その一言でこの薄暗く、寂れた宿の有り様の全てが明らかとなってしまった。何てこと探しだしたんだ、こいつは!

売春宿とはいわゆる、売買の場を提供する娯楽施設。想像されるのは風俗店だが、実際のところ風俗店よりも格式そのものは古い。性を売る風俗店に対し、売春宿は男女の場を提供するだけだ。

遊郭街に与していない分、合法内の非合法とも言える境界の場。直接的な売春の斡旋をする所もあるそうだが、基本は宿泊や短時間の滞在を許可する宿泊施設である。

現代のラブホテルというより、古代の出会い茶屋に近い。違法かどうかは正直、その時々の法律によって変わってしまう。


"時空管理局捜査官が、青少年達にこんな宿を紹介してもいいのか!?"

"時空管理局員だから"

"何……?"

"時空管理局員だから、この場所を知っている。一度取り締まりがあって、売春宿そのものは潰れたの。此処は空き家になった宿を再利用して、正規の宿屋にしている。
でも元売春宿という過去は強烈、誰も好き好んで泊まりたくなくなる。随分昔の話でも今のように観光地が賑わえば、自然と噂が立ってしまう"

"……なるほど、それで宿賃も?"

"問い合わせたら、泣いて喜ばれた。超格安、後払いでいいと聞いてる"


 今でもあるのかどうかは知らないが、日本の不動産でも自殺者の出たアパート部屋や幽霊の噂が立つマンションの家賃は安い。不吉な噂一つで、住み心地が最悪になるからだ。

まして元売春宿ともなれば、家族でもカップルでも進んで泊まろうとは思わないだろう。異世界であろうと、人の噂に戸は立てられない。情報社会ともなれば、あっという間に広がってしまう。

俺も事前に噂を聞いていれば、那美達を連れて来ようとは思わなかった。金さえあれば、立ち寄らなかったと断言できる。女の多いチームに売春宿なんて以ての外だ。

ルーテシアが、見上げてくる。


"此処以外となれば、現地の管理局か聖王教会に頼るしかない。どうするの?"

"あんたに疑いは持ってないが、聞いておきたい。少なくとも今、この宿は問題ないんだな?"

"法的には、問題ない。ただ、住み心地は見ての通り"


 事前予約さえままならない格安宿、キッチンつきなど自炊環境がある分サービスはほぼない。ホテルと違い、基本的にほぼ全てセルフサービスとなる。

シャワーやトイレは全部共同、女性専用部屋さえ割高となり、男女混合部屋も当たり前のように提供される。治安面ではほぼ最悪、単純にベットが並んでいるだけの宿泊施設。

最悪だった。宿が、ではない。こんな宿しか用意できなかった、俺自身の責任だ。有り金を渡すという行為は、こういう事を意味する。一人を救って、大勢を苦しめる選択なのだ。


ルーテシアに頷き、彼女を下がらせる。俺の責任である以上、彼女ではなくせめて俺が少しでも良い部屋を取れるように宿と交渉するべきだろう――ドアを、開ける。


「ようこそ、お越し下さいましたー!」

「うわっ!?」


 ドアを完全に開き切る前に、エプロンを付けた女の子が飛び込んでくる。間合いを取るなんて間もなく、懐にまで飛び込まれてしまった。油断大敵なんてものじゃない。

恐ろしいのは気配を感じなかったこと、多分ずっとドアの前で迎える態勢で居たのだろう。この宿に馴染んでいる証拠だった。単なる雇われではない。

少女――いや多少小柄ではあるが、美由希や那美と同じ年頃の女の子だった。元売春宿の主には、あまり見えないが。


「本日ご予約頂いたお客様ですよね!? そうですよね!? ハイと言って!」

「必死過ぎるだろ、あんた!?」

「お客さんにまで逃げられたら、もう生きていけません」

「聖地の人間、困窮している奴が多すぎる!?」


 どうでもいいから早く助けに来てやれよ、"待ち人"さんよ……腐敗が進み過ぎていて、他人事なのに泣きたくなってきた。縋り付く宿の主を改めて見やる。

元売春宿のレッテルが貼られてしまった、宿。この若さで宿屋を経営しているのであれば、もしかするとこの子もまた超格安でこの宿を手に入れたのかもしれない。

悲壮な環境ではあるが明るく堂々とした喋り方で、人気が高そうな容姿を着た女の子。 もし酒場などで働いていれば人気ナンバーワンの看板娘となっていただろう、華がある。

あくまで冗談ではあるがこの子がこの宿で娼婦をしていたら、きっとこの苦境はなかったと断言できる。華とは見られてこそ咲き誇るもので、影に埋もれていれば枯れるだけだった。


「まあまあとりあえず、落ち着いて。今晩より宿泊をさせてもらうから」

「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます……うっ」

「三回も言った!? 宿の手配をしたいんだが、宿賃の事とかで相談させてもらいたい」

「分かりました、もう少しお待ち下さい。冷たい水で顔を洗って、夢かどうか確認してまいりますので」

「客の存在を夢見る宿屋とか、不安過ぎる!? と、とりあえず、俺は宮本だ。団体客になるが、しばらくよろしく頼む」


「当宿『アグスタ』の女将、"マイア・アルメーラ"です。改めて本日はようこそお越し下さいました、宮本様」


 堂に入ったおもてなし、プロ意識を感じさせる応対ぶり。きっとこの瞬間を夢見て練習していたのだと、その感激の瞳が物語っている。分かりやすくて、思わず笑ってしまった。

スタートが最悪、レッテルを貼られているのは俺達も同じ。今も、虐げられる側にいる。どん底だ、だからこそ懸命に這い上がろうとしている。


立身出世を望むのは同じ――ここから、大きくなっていこう。










<続く>








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