とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七話




 異世界ミッドチルダ、ベルカ自治領へと訪れて一日目。そのたった一日で、聖王教会が手配してくれた宿を追い出されてしまう。案内役の聖騎士さんには平謝り、逆に恐縮されてしまう。

全財産を初日で失う暴挙には娘達にまで怒られてしまったが、泡を食った娼婦が誠心誠意説明して何とか事無きを得た。監督役のルーテシアには始終睨まれ続けてしまったが。

たださすが俺の連れだけあって、立ち直りも早い。行動方針を明確に定めたのも不幸中の幸いだった。正式に追い出される前に手荷物を順次整えて、各自行動に出る。


「あの、御主人様。今日、私は何をすればよろしいでしょうか……?」

「昨晩それを言う前に修羅場から逃げ出した迷惑料を、お前の借金に容赦なく足しておくからな」

「うう……どうか、どうか、貞操だけは御勘弁下さい」

「娼婦になる前にまず悩んでおけよ!? その恥じらいぶりから察してやはりお前はまだ処女なんだな、服装も身体付きもエロいくせに。
娼婦に出来る事は主人である俺に抱かれるか、他の男に抱かれて金を稼――」

「で、でしたら……っ……っっ〜〜〜〜〜ご、御主人様でお願いします! 他の殿方だけは、絶対に嫌です!!」

「なんでその二択だと選べるんだ!?」


 純白のローブで顔を隠した、女性。胸元の開いた露出度の高いドレスを着ており、汗ばんだ柔肌を覗かせている。女には散々痛い目に遭っている俺でも、豊満で形の良い胸に生唾を飲んでしまう。

恥じらいのある態度と色気ある身体付きのアンバランスさが、男を獣にさせる。本人の意志とは別に、高級娼婦になれる素養が確かにある。遊廓街に居たら、一晩もたず連れ去られていただろう。

もっとも俺に金で買われた以上、こいつの運命はあまり変わっていない。本人も救われたとは思っていない、筈なんだが――


こいつに全く関係ない行動方針を決めた途端、どういう訳か俺を主人と呼んでいる。何なんだ、こいつは。


「分かった、分かった。俺だって男だからな、お前を思う存分抱いてやるとしても――それだけで済ませたら、大事な親の金で商売女を買ったクズ息子になってしまうからな。
商売以外となると、そうだな……だったらお前、聖王教会の信者に化けて、聖王教会の現状を調べてこい」

「わ、私が、信者に化ける!?」

「お前、商売女なんだから信者の訳がないだろう。清楚敬虔からもっとも遠い女じゃねえか」


「……そうですよねぇ……今の私、御主人様の娼婦ですもんねぇ……」


「怖いから、地面を掻き毟るな!? とにかくこの欲望渦巻く現状を静観している聖王教会の現状を、お前の目で観察してこい。
聖騎士は敬虔な信者だし聖王教会騎士団の人間だ、組織側の視点だとどうしても贔屓目が出てしまう。客観的な視点が必要だ。

出来れば昨日話題にも出した聖女の人となりを知りたいんだけどな、それは難し――」


「お任せ下さい、御主人様!」


「何で急にやる気に!? あのな、聖女は今教会側に隠蔽されている状態なんだぞ。秘匿された人物情報を探れるはずがないだろう」

「私なら出来ます、やらせて下さい!」

「何だよ、その謎の自信の根拠は!?」

「それは私が――」

「私が?」


「私が――娼婦だからです!」

「娼婦ってそんなに情報通なの!?」


 絶対確実間違いなく調べられると太鼓判を押して、娼婦は俄然張り切って調査に向かっていった。娼婦だから、女のことには一番詳しいのだろうか……?

今日は各自それぞれ目的があるのだが、間違いなくあいつの任務が一番難しい。聖女は今の聖王教会の最高機密だ。たかが商売女一人が、外から情報なんて探れる筈がない。

しかも俺が調べろといったのは、聖女の人物像だ。それこそ聖女に直接接しでもしない限り、本人の事なんて調べられない。どうするつもりなんだ、あいつ?


どうせ無理でしたと泣いて帰ってくるのは目に見えているので、別の任務を今の内に考えておいてやるか。才能のない俺の女が無能な働き者なんて笑えない、実に笑えない。


ともあれ行動方針に則って各自別行動、集合場所は聖王教会本部である正教会前。司祭との交渉は時間がかかるので、大教会の前で全員集まる事にした。神のお膝元なら、問題は起こらないだろう。

俺と今日行動を共にする面子はメイドのアリサ、管理プラン対象のローゼとアギト、そして聖騎士――えっ!?


「お待たせして申し訳ありません、剣士殿」


 聖王教会が誇るベルカ自治領の英雄、聖王教会騎士団の聖騎士。不穏な空気に満たされた聖地を守る凛々しき騎士が、たった一晩で麗しく在り方を変えていた。


治安を守る重甲冑が騎士甲冑へと様式を変えており、濃紺な正装に銀色の鎧がとてもよく映えている。後ろで三編みで綺麗に整えられた金髪に、髪飾りがよく似合っている。

聖王教会の象徴だった存在が、一介の騎士へと生まれ変わっている。不自然に感じないのは恐らく、この姿こそ彼女本来の在り方だからだ。仮面ですら、女性的な雰囲気を匂わせていた。

女性らしい豊かなラインを描いた肢体、騎士らしく整った肉体、洗練された正装備。聖王教会騎士団の団長が渇望していた騎士とは正に、目の前にいる女性だった。誰もが恋焦がれる騎士が、居る。


俺の視線を感じたのか少し恥ずかしそうにしているが、萎縮はせず俺に場違いな敬意を示す。


「昨晩は、本当にありがとうございました。剣士殿の宣言をお聞かせて頂いて、私もようやく迷いが晴れました」

「それってもしかして、昨日団長さんと話していた件か?」

「お見苦しい所をお見せしまして、本当に申し訳ありませんでした。ですが剣士殿のおかげで、私も己が宿命に目覚める事が出来ました。
本日司祭様にお時間を頂きまして、正式に自分の意志をお伝えするつもりです」

「そう――か……うん、あんな方針でもあんたの役に立てたのなら良かったよ」


 ――昨日の夜は俺を手伝ってくれるとは言っていたが、一晩考えてどうやらあの団長の騎士となる事を決めたようだ。凛々しい騎士甲冑が、彼女の決意を物語っている。


正直、残念ではある。これほど美しき在り方を見せられては、尚更だ。古代ベルカの強者であるシグナム達と同格の騎士、まぎれもなく現代のミッドチルダの英雄である。

彼女ほどの騎士が別の男に剣を捧げるとあれば、たった一日の関係であっても嫉妬せずにはいられない。だが同時に、仕方がないとも思える。


聖王教会騎士団の団長が聖騎士を自らの騎士とし、聖女の護衛とする。ローゼ達の事情を差し置けば、今この聖地の乱を鎮める最善の手であるからだ。


聖騎士が聖女の護衛となり、騎士団長が背景となれば、聖王教会側としては盤石となる。唯一"待ち人"の存在が宙に浮いてしまうが、そもそも予言に振り回されて聖地の混乱が起きてしまっている。

聖地が収まれば、俺達が守ろうとしている聖女の懸念も晴れる。聖地を平和に導ける最善である以上、聖騎士が選択するのは当然だった。


反面昨日俺が掲げた方針は、どうしようもないほど一般的で凡庸なやり方。時間はかかるし、不確かでもある。俺のような凡人では、あれ以上の方針は出せなかった。


「今日まで、本当にありがとう。これからも、頑張ってくれ」

「い、今のお言葉……誠でありますか!? ありがとうございます、剣士殿。貴方様のご期待に必ず、応えてご覧に入れます!」


 仕方がない、と思う。少なくとも俺は、彼女の未練で方針を曲げるつもりはなかった。"海鳴"を曲げてしまえば、俺は俺ではなくなる。俺は笑って、応援してやった。

俺のせめてもの応援に、聖騎士は声を震わせて俺の両手を握り締めた。応援したくらいで感激するなんて本当に善人だな、この人は。


参りましょうと告げて意気揚々と歩き出す騎士の背を見つめ、俺の従者達が袖を引いた。


「……あんた、あんな事言っていいの? 彼女、完全に誤解したわよ」

「彼女が決断したんだ、反対する訳にもいかないだろう」

「あのな、あの女は生粋の騎士なんだぞ。一度決断すれば、二度と忠義を曲げないぞ」

「彼女の決意を曲げる手段はない。俺が昨日示した意志が全てなんだ、あれ以上は無理だ」


「ローゼは主の決定に従いますが――主の松葉杖の役割は譲れませんよ」

「あ、あたしだって、メイドは譲らないわよ!」

「お前と取引しているのは、アタシだからな。忘れるなよ」


「何なんだよ、お前らのその自己主張は!?」


 そうだな、俺も少し贅沢が過ぎたかもしれない。今の俺にはアリサが居る、アギトも手伝ってくれる、ローゼの面倒だって見なければいけない。これ以上求めてどうするんだ。

聖王教会へと向かう騎士の背にもう、迷いはなかった。彼女の騎士道に俺が居なくても、その花道を見送ることは出来る。信じてはいないが、祈っておくとしよう。


神よ。新しき主を持った彼女の騎士道が、報われますように――














 ミッドチルダ北部のベルカ自治領にある聖王教会本部、正教会。正教会と聞くと厳かな教会をイメージさせられるが、観光地としても有名なこの教会では若者の結婚式場等にも利用されている。

危険なロストロギアの調査と保守を使命としている宗教団体である以上秘匿性が高いのも事実だが、一般人の出入りを禁止しては宗教として機能しなくなる。その為、禁忌そのものが少ない。

次元世界で最大規模の宗教組織であり信者数も多く、各方面への影響力も大きいその理由がこれであり、他宗教に比べ制約が少なくて緩い。だからこそ、俺達にも付け入る隙があるとも言える。

宗教団体として力関係は非常に分かりやすく、頂点は当然だが神である聖王。また彼の騎士達も信仰対象となっており、現在の聖王教会騎士団にも『聖騎士』という崇拝対象が存在する。


その聖騎士のみ面通しが許されている存在こそ、聖王教会司祭。聖王教会の管理責任者であり、今日の俺の面談相手である。


「こちらでお待ち下さい。只今、シスターを呼んで参ります」

「シスター……?」

「聖王教会管理責任者であられる司祭様は、女性の司祭職への按手も認められております。お迎え致しますシスターは司祭様より直々に叙聖された御方なのです」


 聖騎士より正教会に面通しを受けて、神品機密のある叙聖堂へ案内される。神品機密を行う権能は主教のみに属するものであり、司祭本人が行使する機密性の高い権限があるらしい。

この叙聖堂そのものが機密扱いとなっており、入室が許される人間は限られている。万が一禁に触れれば、神罰という名の裁きが与えられる。聖王教会の闇とも言えるかもしれない。

もしも聖騎士が案内役でなければ、闇に引きずり込まれたと警戒していたかもしれない。無論緊張まで解いてはいないが、少なくとも現時点で俺達はまだお客人であった。

神秘的な叙聖堂は幽霊にとって落ち着かないのか、アリサが難しい顔をしている。


「安心しろ、お前は神に召されるような可愛げのある人間じゃない」

「もうちょっと女の子の励まし方を勉強しなさいよ、あんた。それよりも、気にならない?」

「シスターとやらの事か」

「あの人、自分が聖騎士に任命されたから特別視してないんでしょうけど――どうしてシスターが、司祭様より直々に叙聖なんてされるのよ」


 俺だってそこまで流されやすくはない。聖騎士の紹介に不自然な点があったことくらいは分かる。アリサの言う通り、単純に鵜呑みなんて出来なかった。

聖王教会にとってシスターがどれほどの立ち位置なのか不明だが、修道女が司祭様より直々に叙聖を賜るのは確かに変だ。聖騎士が認められたのは、本人の大いなる資質と実力によるものだ。

そのシスターも余程の特別な女なのか、司祭本人の贔屓なのか。いずれにしても、注意しなければならないだろう。何しろ今まで痛い目に遭ったのは、そういう特別な女なのだ。

司祭以外にも要注意人物が出てくるのは、勘弁願いたかった。時空管理局でも上手く事を進めていたプランが、グレアム達の横槍で台無しになったのだから。


固唾を呑んでかまえていると、程なくして聖騎士が一人の修道女を連れて来た。


「聖王教会へようこそお越し下さいました、陛下!」

「……」


「貴方様のご来訪を、我々は一日千秋の思いで待ち望んでおりました。なんと凛々しき御尊顔、貴方様の後光で教会が照らされるようですわ!」


 各教会の管理責任者である司祭より直々に叙聖を賜った、修道女。修道誓願を立て禁欲的な信仰生活をする、潔癖なる女性。清貧なシスター服に身を包んだ、貞潔なる人間。

修道名を赦された聖なるシスターが俺を心から歓待し、歓喜に瞳を潤ませている。罪なる生活と訣別した女性の涙は清らかで、一片の曇りもない。

極貧に生き、断食し、祈りに明け暮れる女性。丁寧に整えられた黒髪さえ静謐さが感じられ、俗世の外より差し伸べられる手は清らかそのものであった。


俺はその手を、取らなかった。


「なあ、ローゼ」

「何でしょう、主」


 どうしてと聞かれると、勘としか言えない。別に何か、明確な根拠があった訳ではない。実際自分の目で何度確認しても、全然違う。同じである筈がない。

ただ一言で勘と言っても、単純な思い込みではない。俺は、命を懸けた。自分の半生を、費やした。魂を削って、対峙した。我が身すらかなぐり捨てて、相手の理解に務めた。知ろうと、したのだ。



――彼女を。





「こいつ、ドゥーエだよな」

「間違いありません」





 俗世の外にいる修道女が、俗人のように豪快にズッコケた。










<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.