とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第七十五話





 海鳴町での一連の不幸な出来事がようやく収まった矢先、今日の異世界は何だか騒がしかった。宇宙戦艦と勝手に呼んでいるアースラ艦内が、ごった返している。どうしたんだ、一体。

混乱と言うほどではないのだが、艦内の乗員が右往左往している。多分任務中である筈なのに各部署で顔を寄せ合って、険しい顔で何やら密談や噂話を繰り広げている。

今日は管理プランで提唱している教育プログラムの、採決の日。犯罪者更生などに用いられている時空管理局の教育プログラムを、管理対象のローゼやアギトに行う計画だ。

ロストロギアに古代ベルカの融合機、心無き者達に社会の規則や一般常識を教えるプログラム。犯罪者更生で大きな実績を上げているこのプログラムを使用して、心の育成を行う。

既に立派な心を宿している二人に育成もクソもないが、管理局側が決定した封印処置の理由に心の有無が挙げられているのだ。教育プログラムによる心の育成が実証されれば、封印は止められる。


その大事な日に、不穏なこの動き――訝しんでいると、アギトがゲンナリした顔で俺を睥睨している。


「お前……また何かやったのか」

「何で俺だと決め付けるんだよ!? 違う世界だぞ、此処は!」

「お前が前々から一番大事な日だと言いまくっていたこの日に、この妙な騒ぎだぞ。またお前が原因で、こうなってるんだろう!」

「おい、メイド。この言い掛かり融合騎に、何か言ってやれ」

「せめて事前に何か分かる騒動にしてほしいわ、本当。毎回フォローするのは大変なのよ」

「おい、執事。このバカ二人を殴れ、俺が許す」

「お世話になりました、主」

「見捨てようとしてる!?」


 でも本当、何があったんだろう。毎回アースラまで転送してくれるクイントも、到着するなり何処かに行ってしまった。ふざけた態度だがいつも出迎えてくれるエイミィも、今日は来ない。

まさかとは思うが、教育プログラムを反対しているグレアム提督一派が何か動きに出たのだろうか。連中の動きは一応掴んではいるが、異世界での行動までは追えない。

待たされたままだと不安になるが、かと言って大事な採決の日に勝手な行動をして心証を悪くしたくない。今日が勝負なのだ、この採決さえ乗り切れば勝ったも同然なのだから。

戸惑っている俺達の前に、ようやく馴染みの顔が姿を見せた。執務官であり、管理プラン進捗会議を運営するクロノ・ハラオウンが、相変わらずの堅苦しい顔でやって来る。


「待たせてすまなかったな、宮本。いつもの会議室は開けている、案内するのでついて来てくれ」

「別にいいけど、何かあったのか」

「ああ、我々も今任務中で情報を掴むのが遅れてしまったんだが、地上で大変な発見が――いや、待てよ」


 案内で先頭を歩いていたクロノが、不意に足を止める。説明しようとしていた口を急に閉ざし、振り返って、何か思い詰めた眼差しを俺に向けてくる。

茶化してやろうかと思ったが、本人の重々しい表情が冗談を許してくれない。何なんだよ、気になるから早く言え、言ってくれ。そろそろ俺も、平和に過ごしたいんだ。

頭のなかで何かを整理しながらなのか、クロノはゆっくりと言葉を紡いでくる。


「宮本。君は確か、聖王教会への問い合わせを希望していたな」

「法術について、プレシアが聖王教会にヒントがあるらしい事を言ってくれたからな。今まで問い合わせても、なしのつぶてだったけど」

「それが今月になって、急に向こうから面会の希望があった」

「そうそう、後は面会の日時を決める段取りになっていただろう」

「教会側から、急な接触――今月。まさかとは思うが……」

「……? お前の中の今の納得と疑問を、口に出せよ」

「いや、いい。今エイミィとユーノが、事実確認をしている最中だ。明らかになり次第、話そう。先ずは会議だ、君も採決を急いでいただろう」

「ま、まあ、そうだけど――会議に関係ないのか?」

「すまない、不安を煽ってしまったな。安心してくれ、少なくともローゼやアギトに関する事案じゃない。今日の採決には、無関係だ」


 ほら見ろ馬鹿め、とせせら笑ってやると、アギト達が悔しそうに歯を鳴らす。ふん、俺を疫病神のように言いやがって。海鳴の不幸は既に取り払ったのだよ。

不幸にしたのは他ならぬ俺なのだが、ようやく解決はしたのでせめてこれくらいの軽口は許して欲しい。美由希を殺さずに済み、フィリス達も元気になって、俺も嬉しいのだ。

どうやらこの不穏な動きは聖王教会に関する事のようだが、クロノの言う通り管理プランには何の関係もない。危険であれば、わざわざ教会に足を運ぶ必要もないのだ。

法術の事は確かにきちんと調べないといけないのだが、危険を犯していては本末転倒だ。今は足場を固める時期、高望みする必要はない。


この話はひとまず後回しにして、会議室へ直行。進捗会議の席には事前確認をしているエイミィ以外は、全員揃っている。こっちも今日は大事な席なので、ローゼとアギトを連れてきている。


「ごめんなさいね、バタバタしてしまって。色々確認事項があって、クロノ執務官にお願いしてしまったの」

「仕事にかまける人を親にするのは、とても不安ですな」

「ほらね? ああやって明るく茶化して、お義母さんをフォローしてくれるいい子なの」

「お前のあいつに対する肩入れぶりに、嫉妬しちまいそうだよ。ははは」


 ゲンヤ夫婦の馬鹿親ぶりに、会議室の面々が揃って苦笑い。おい、子供に恥をかかすなよ。こいつらと親子になれば、こんな羞恥心を味わう羽目になるのか。

教育プログラムが見事採用されたら、しばらくはこいつらの顔を見なくて済む。今日の採決に賛成票さえ入れてくれれば、お前らにもう用はないのだよ。ふふふふふ。

なんぞと浮かれた口ぶりではいるが、心は警戒している。何しろ会議が始まる前から反対票を投じるであろう面々が、少しも笑っていないのだから。

着席して、アリサと目を合わせる。アリサは何も言わず、頷くのみ。臨戦態勢は整っている。


「では、会議を始めます。今日は管理プランで提唱されている教育プログラムの採決を、取らせて頂きます」

「リンディ提督。採決の前に、私から懸案事項の報告をさせて下さい」


 対面席に座っている、ギル・グレアム提督とリーゼアリア秘書官。手を挙げる彼女には全くの逡巡もなく、場違いであろう希望を堂々と言ってのける。

正直素直に採決に望むとは夢にも思っていなかったが、まさかこんな堂々と邪魔してくるとは思わなかった。空気を読んでいないにも、程がある。

此処は採決の場であって、議論する舞台ではない。優秀な彼女がまさか、この程度の認識もないとは思えない。疑問はあるが、意見しない訳にはいかない。


「もう、散々議論した後だろう。あんたらが何かと口出ししてくるから、この採決だってここまで遅れたんだ。これ以上は、明らかな会議進行の妨害だ」

「お願いします、議長。もしも反対の為の反対だと思われたのでしたら、私の退席をお命じ下さって結構です。
レティ提督、私の査定にいかなる評価を下さってもかまいません。この報告だけは、どうしてもしなければならないのです」


 自分の命運を盾にした、脅迫に等しい。何度も言うが此処は採決の場であって、議論する場ではない。その為の時間ですらないのだ、これ以上は妨害にしかならない。

それでも本人から罰則を口にしたのは、大きい。退席とは、この場での単純な離席ではない。議長から退席命令が出れば、今後の会議にも出席できなくなる。

時空管理局の人事管理がどうなっているのか分からないが、査定評価ともなれば自分の立場も危うくなる。グレアム提督の秘書官すら、辞めなければならなくなるかもしれない。

もしも夜の一族の会議であれば、問答無用で却下するだろう。だがこの場では一族の命運はかかっておらず、しかも議長は人情派の女性。議長の采配で許可が降りてしまう、ちっ。


「ありがとうございます。貴重な時間を頂いた以上無用な答弁はやめて、率直に言わせて頂きます。
管理プランを提唱する宮本良介氏――彼はプランを黙認する時空管理局への報告義務を、明白に怠っています」


 管理外世界での、危険なロストロギアの管理。通常であれば、こんな提案は到底受け入れられない。時空管理局どころか、親交のあるクロノやリンディも黙認扱いだ。

ロシトロギアを封印した俺が管理者を努め、責任者をゲンヤ・ナカジマ三等陸佐が務め、監視者にクイント・ナカジマ捜査官、監督役をレティ提督が行ってくれて、ようやく成立している。

問題があれば即時にプラン廃棄の上にロストロギアを封印、結果が出なければ一定期間後に同じく封印。成功を収めてようやくの成果であり、少しの失敗も許されない。

進捗会議を都度行っていたのも単なる定例ではなく、必要不可欠であるからだ。前代未聞である以上、不手際を見逃してはならない。ルーテシア捜査官も、度々視察に来ている。

報告を怠るというありがちなミスでも、失敗に繋がる。だからこそ、丁寧に報告はしてきたつもりだ。


「宮本。今の時点で、何か意見はあるか」

「ない。少なくとも俺は口頭だけではなく、書類にまでして報告している。話を全て聞いた上で、検証してくれればいいよ」


 がなりたてても仕方がない、自分を危うくするだけだ。疑われてこそ、堂々としなければならない。リーゼアリアも、追及の手を緩めない。


「管理プランを実施して半月以上経過しておりますが、危険なロストロギアを管理するこの地で様々な問題が現実に起きております。
彼が進捗会議の場で報告した内容を遥かに上回る事案が、幾度と無く発生。その都度、ロストロギアが野放しにされている」

「……そこまで言うからには、証拠があるんだよな」

「勿論です。皆さん、このデータをご覧ください。管理プランの地で実際に起きた騒動の詳細があります」


 映像及び音声、各画面に補足まで加えられた詳細データ――その内容は月村の地で起きた、百鬼夜行の全て。


天狗一族が起こした人類社会への謀反、人類抹殺と魑魅魍魎の復活を宣言。俺は人妖の融和を掲げ、人と人外との共存を旗印に徹底抗戦を訴えた。

結果として起きたのは、表と裏の激突。裏の底辺を這いずり回る者達を救い、裏からの打破を胸に挑む者達と戦い、表舞台でせめぎ合っていた。

その舞台こそ、管理プランが行われている月村の地。この場所で起きた騒動の、全貌である。


「御覧頂いたとおりです。この管理外世界には、人類以外の種族が多数存在している。幽霊や妖怪などという存在が、人類に牙を向いている危険な場所。
彼は人類の先頭に立ち、人外の者達と戦うリーダー役。そんな自分の危うい立場をひた隠しにして、ロストロギアを庇護下に置いているのです。

言ってみれば彼の居る場所こそ、火薬庫。こんな所にロストロギアを管理するなど、許されません!」


 ――妖怪とか幽霊って、カメラとかにちゃんと写るんだな。詳細データを見て最初に浮かんだのが、その脳天気な感想だった。

正直言わせてもらうと、テレビや雑誌の怪奇特集ばりに熱弁を振るうリーゼアリア秘書官を目の当たりにして、笑い出しそうになった。いや本当、場違いな感想なのは分かっているけど。

リーゼアリアの報告にリンディやクロノは目を丸くし、クイントやゼスト隊長達も驚きを露わにしている。こんなデータを出されたら、無理もない。

まず何を言うべきか少し悩んだが、ここは直球に言わせてもらうか。


「リーゼアリア秘書官、まずお伺いしたいのだが」

「伺いたいのは、むしろこちらです。報告を行ったこの不始末、どう責任を取るつもりですか」

「どうとか言われても、何か証拠があって言っているのか」

「何を言っているんですか、このデータが何よりの――」


「この映像や音声のデータ。そもそもどうやって撮ったんだ、あんた」


 リーゼアリアは一瞬怪訝な顔をするが、すぐに思い立って唇を噛みしめる。その反応で、確信した。こいつ、俺が狼狽えてボロを出すと思ってたんだな。

なるほど、真偽の是非よりも、まずは審議の是非を問われる場面だ。隠し事の全てが明らかになれば、まず言い訳をする。データそのものは正確なのだ、真偽を問われるまでもない。

実に有効な手段なのは認めよう。管理プランの提唱者であっても、俺はまだまだ未熟なひよっこだ。こんなデータをいきなり出されたら、狼狽えもする。ボロだって出してしまう。


彼女にとっての誤算を敢えて言うのなら、凡人の俺を守る天才メイドと護衛が居る事だろう。事前に分かっていれば、狼狽えたりはしない。


近付かず遠のかず、それでいて干渉せず。動物のように鋭く、人間のように分析する、観察者。目では到底追えない存在を、妹さんが"声"で聞いて俺達に報告。

幽霊で昼夜問わず行動できるアリサが異常な集中力で監視者の行動を突き止め、妹さんが"声"を聞き取り、護衛チームの忍者さんが察知。どの程度こちらの情報が漏れたか、分かった。

明らかな人外の存在、天狗一族を筆頭にした反共存派の妖怪の可能性も当然あった。だから今日の採決の日まで、相手の出方を見るしかなかったのだ。

そして見事、こうして犯人が発覚したのである。


「映像から音声まで随分ご丁寧に撮ってくれているようだが、俺の世界ではこういうのを盗撮及び盗聴と言うんだぞ。管理外世界に来ていたのか、あんた」

「どういうつもりだ、アリア。僕も艦長も、こんな話は聞いていない。宮本の世界は管理外だ、渡航許可だって必要になる。
僕達は今パトロールしている区域で捜査を行うのなら、事前に艦長に話を通さなければならない筈だ」


 クロノは決して、俺を弁護しているのではない。彼は法に準ずる正義の味方、法に背いていれば身内であっても罰する。同じ管理局の人間だからこそ、その追求も厳しい。

まして身内の犯行ともなれば尚の事、厳しく追求しなければならない。俺の失敗よりも、身内の失敗を追求するのは当然だ。反証の場は一気に、形勢が傾いた。

さあ、どうする。お前が出した証拠こそが、他ならぬお前の犯罪を立証する材料となったぞ。破棄するならすればいい、俺にとっての証拠も消えるだけだ。

追い詰められた場面で、逆に追い詰める。この状況を生み出したアリサに感嘆と感謝の目を向けるが、本人の顔は今も厳しいまま。むっ……?


「私が許可したよ、クロノ執務官」

「提督が……? 貴方にも立場というものがあるはず、我々を通り過ぎて勝手な許可を出す権限はありませんよ」

「どんな叱責も甘んじて受けよう。危険なロストロギア、しかも封印処置が決定された物を民間人に委ねたままの今の状況こそ、私は強く懸念している。
あらゆる司法の場に立ち、私は堂々と理由を述べよう。あらゆる批判も、受けて立とう。

私が守りたいのは法そのものではない、法を守って健やかに生きている人々そのものだよ。無法は、許されるべきではない」


 ……は? いや、その無法を犯したのはあんた達だろう。理由があればどんな強行捜査でもやっていいなんて、馬鹿な事がまかり通るはずがない。

そこまで考えて、ハッと思い立つ。待てよ、やばいぞ。この卑怯な論法、何処かで聞いたことがあるぞ。誰かが同じことを、会議の場でやっていたはずだ――


「私への罰則は、"後だ"。"今は"まず、彼の無法こそ責めるべきではないかね。君達の信頼を、裏切ったのだぞ」


 ――俺が、カレンにやった事だぁぁぁぁぁぁ!! 一旦は敗北を認めた上で、今この場だけは勝利する。後で起きるあらゆる犠牲を問わず、今は勝つ。

自分の取った戦法を、思いっきり自分にやられてしまった。しかも、俺の時よりも遥かにヤバい。あの時はどちらが正しくて間違えているか、ハッキリしていなかった。


この場は、違う。そもそも管理プランはローゼを守るためのゴリ押しの策、封印処置を決定した時空管理局の方が正しいのだ。


無法がまかり通っている状況を打破するため、やむを得ず無許可で強制捜査をした。どちらにも非はあるが、非の大きさは圧倒的に俺が上だ。言い逃れようがない。

グレアム提督も後で叱責されるだろうが、どう考えてもそれほど重い罪にはならないだろう。最悪、注意で済まされるかもしれない。相手は名誉を冠する提督なのだ。

比べてこっちは単なる一般人、しかも管理外世界の人間。ローゼには、ジュエルシードが組み込まれているのは事実。この石が暴走すれば、世界が滅ぶのも事実。ヤバイ、ヤバすぎる。

妖怪の件は一応、話してはいる。ただ、口頭レベルだ。提出した書類には――


「良介は、皆さんの信頼を裏切ってはいませんよ」


 ――ア、アリサ……?


「進捗会議で都度提出した報告書類を、よくご覧になって下さい。『プラン協力者に起きた身辺問題も、ローゼが自分から進み出て解決に取り組んでいる』と記載しております」

「功績を謳っていた、例の記述ですか。まさか、これほどの騒動を身内のゴタゴタとでも言うつもりですか」

「はい。だって、単なる身内の問題ですから」


 リーゼアリアの追求を、満面の微笑みで応えるアリサ。えっ、そんな強弁が成り立つの……? ハッタリ大好きの俺だって今、怯んでいますよ。

アリサはすました顔で持ってきた書類の束、今まで自分が作ってきた報告資料を持ち出した。


「この詳細データで列挙された人外の存在は、私達の身内とも呼べる存在です」

「馬鹿を言わないで下さい。明らかに、人間ではないでしょう」

「あなた方が管理外世界と呼んでいるこの世界は、人と人外が生きております。人と人外が交わり、交流が生まれるのも言わば必然。
そしてこの良介は、人と人外の共存を提唱する第一人者。管理プランは彼の信念に基づいた提案であり、同じ人外であるローゼも彼にとって家族の一員なのです。
諍いも確かに起きるでしょう、それは否定しません。しかしながらプランに参加する人達もまた、問題解決に適した能力を持つ者達の集まり。だからこそ、プランに進んで参加して下さっている。

私はその意味も含めて、報告させて頂いていたつもりです。この程度、私達にとっては問題ですらありませんから」


 俺のような凡人には絶対に言えない、高みからの発言。自分や自分の仲間の脳力に絶対の自信がなければ、こんな逆境で断言など出来ない。

アリサの言う通り、妖怪達とは問題を起こしてはいるが、解決だってしている。だからこそ大事にもならず、管理プランにも支障は出ていなかったのだ。

傍目から見ればあんな百鬼夜行、正気の沙汰ではない。天狗だの幽霊列車だの、大事になって当たり前。それでも解決しているのは、俺の周りも只者ではないからだ。

身内の問題だと断じられてしまえば、どれほど反論しても意味が無い。実際に問題にはなっていないのだから、結局個人の主観でしかないのだ。

とはいえ――ここまで言えるのは、アリサくらいだろう。リーゼアリアも、怖い顔をして睨みつけている。


「そんな強弁が通じると思っているのですか」

「事実、書類に明記しています」

「これほどの大事だと、報告はしていません。この書類だけで読み取れというのは、無茶苦茶です」

「それについては、謝罪いたします。私達にとって、貴方が騒ぎ立てるほどの問題には思えませんでしたから。価値観の違いについて、議論すべきだったかもしれませんね。
もっとも反対ばかりされていた貴女とは、議論の余地すらありませんでしたが」

「私に非があるというのですか!?」


「お止めなさい、二人共。双方の主張は、よく分かりました。その上で、議長である私から提案します。
事の大小はどうあれ、問題が起きていたのは事実。議論の余地ありとして――採決は、延期しましょう」


「ちょっと待てよ!? 是非を問うのであれば、尚の事採決して成否を明らかにするべきだろう!」

「認めません。問題があったのは事実なんですよ、宮本良介さん」

「で、でも、引き渡しの時期が――」

「それは君の都合であって、我々の都合ではない。分かっていないようだが、封印処置はもう決定事項なんだ。今は、単なる猶予にすぎないのだよ」

「グレアム提督、リーゼアリア秘書官。今回のお二人の行動も、問題にさせて頂きます」

「かまわんよ、覚悟しての行動だ」

「今日、貴重な時間を頂けただけで十分です。ご迷惑をお掛けしました、リンディ提督。クロノも、本当にごめんね」

「……アリア、多分"ロッテ"も関わっているんだろう。何が君達を、そこまで駆り立てるんだ」


 こうして――半ば強引に、採決は打ち切られた。こちらへの叱責はなく、問題行動を咎められたのは向こう側。だが、勝敗は明白だった。アリサが弁護してくれなければ、プランも危なかった。

会議は、閉会。クイントやゲンヤの親父が色々励ましてくれたが、聞き流した。分かった、もうどうしようもないくらいに分かった。


――無理だ。このままでは、どんな提案を出しても結局負ける。権力の違い、立場の違い、そして人間としての格の差がある。


素人が何をどうしたって、プロには勝てない。そもそも時空管理局どころか、異世界について結局何一つ分かっていないのだ。知識で補えない以上、アリサにだって限界がある。

封印処置を行った管理局側が、正しい――この点をどうにかしない限り、相手の無法さえ許されてしまう。こっちはあらゆる不法も、どんな小さな失敗も許されないのに。

相手は法の組織、そして俺達は爆弾を抱えた無法者。心があっても、悪のレッテルが貼られたままでは負ける。いつだって、どんな時代でも、勝つのは正義なのだ。

今までの相手は、多少なりとも相手に非があった。けれど今回の敵は、時空管理局。正義の組織であり、正義の味方。法を作る立場に、どうやって挑めというんだ。


「……なあ」

「悪いな、アギト。せっかく契約したってのに――」

「そんなの、別にいいよ。お前が頑張ってくれているのは、分かってる。アタシが言いたいのは、どんな結果になってもお前を恨んだりはしねえ。
安心しろ。引き渡されることになっても、別に抵抗もしねえから。お前に、迷惑を掛けたくはねえからな」

「ローゼも、同じ気持ちです。主には絶対ご迷惑をお掛けしませんので、ご心配なさらず」


 ……くそう、こんな事言う奴らをどうやって見捨てろと言うんだ。どうやって、諦めろと言うんだ。そんな事言われたら、見捨てられるか。

何でこいつらが、悪なんだ。絶対に、おかしい。封印なんて、間違っている。危険なのは分かるが、本人は本当に良い奴なんだ。どうして、世界の敵だと認定されている。

もう時間が限られている。どれほど引き伸ばしても、後残り一ヶ月くらいだろう。どんな提案を出しても負けるのなら、一体どうすればいい。


時空管理局という巨大な正義の権力に、どうやって対抗すれば――


「宮本、先程の話だが」

「……分かってるよ。あの詳細データについての説明は、ちゃんとするよ」

「それも後で問い質すが、そうではない。聖王教会の件だ」

「あー、何かそんな話があったな。何だったんだ、結局?」



「今月、聖王教会発祥の地で――"聖王のゆりかご"が発見された」



「聖王の、ゆりかご……?」

「人為的な手が加えられながらも、何故か破棄されていたらしい。『匿名の知らせ』が聖王教会に寄せられてようやく発見された、"聖王家の居城"だ。
同時に、聖女による"予言"が全土に伝えられた――いいか、宮本。この話をお前にしたのは、警告するためだ。聖王教会からの申し出を、受けるな。絶対に、君はあの地に行くべきじゃない。


"聖王のゆりかご"に、"大いなる予言"――事と次第によっては、戦争に巻き込まれるぞ」


 そして、その日の夜。異世界を――聖王教会を探っていたリニスが、帰還する。










<続く>








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