とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第六十五話





 予想を遥かに超える事態に転がってしまったが、実験そのものは成功。ミヤの協力があれば本実験の再現は容易く、成功率は非常に高い。大いなる前進だった。

勿論一度の実験で満足してフィリスにすぐ試すほど、今の俺は豪胆ではない。結果的には良くても、想定外の自体が起きたのは事実なのだ。検証しておくべきことは、山のようにある。

まず、夜天の書の魔導書。内密に夜天の人に話を聞くと、公衆電話の相手を含めて何も知らなかったらしい。実験直後に俺の精神を奪われて、一番慌てたのが彼女だったそうだ。

加えて改竄した頁はいよいよ二十を超えてしまい、魔導書のシステム全体に大きな改竄が起きてしまった。フィリスへの精神アクセスには不安が生じるとの事で、急遽メンテナンスが必要となった。

実験の被験者である俺の心身状態をまず調べ、実験の参加者であるミヤと共に魔導書のメンテナンスと実験の再現を行う。丸一日は必要らしく、彼女達を信じて任せることにした。


夜天の魔導書を使用した実験の結果は守護騎士達にも伝えられ、議論を呼んだ。


「主はやてに害を及ぼす要素を第一に選定し、法術は媒体として扱って改竄を行う。そういったシステムとなっているのか」

「はやてが生きる平和な時代に、攻撃魔法は必要ない。子分が当初言っていた指摘が正しかったわけだな」

「主自身も、魔法は必要としていない。便利ではあっても主の人生を脅かしてしまうのであれば、改竄という形であっても排除するのは適切に思える」

「でもあくまで法術による選定であり、法術使いであるあの人の主観に基づいているわ。ミヤや管制システムは言葉を濁しているけど、あの人は恐らく魔導書のシステムに手を加えた」

「宮本の動向には引き続き、目を配っておく必要がありそうだな。奴本人の人間性は今更言及はしないが、法術は今も制御不能な力だ」

「ま、アタシらが毎日鍛えてやってるんだ。目くじら立てず、今までどおり指導してやろうぜ」

「賛成だ。奴は先月先々月と、我々の期待に見事応えた。今度は我らが力となってやろう」

「私が今あの人に雇われている身だから、一応注意してみておくわ。フィリス先生ははやてちゃんの恩人だもの、個人的にも力になりたい」


「――となると、後は改竄された例の頁」


「理のマテリアル『星光の殲滅者』、力のマテリアル『雷刃の襲撃者』、王のマテリアル『闇統べる王』、システムU-D『砕け得ぬ闇』、"闇の書"『防衛プログラム』。
アタシは全然聞き覚えがねえんだが、ザフィーラやシャマルは知っているか?」

「他の要素もさることながら、闇の書の防衛プログラムが何故取り上げられたのか、気にかかる」

「法術で頁化されたということは防衛プログラムそのものが存在として確立されたということよ。言わば闇の書本体を防衛するシステムそのものが、外部に持ち出されてしまった。
由々しき事態のはずなのに、管制システムが何も言わないのも変だわ。今まで敵視していたのに、実験後は度が過ぎるほどあの人に肩入れし始めているしね」


「もしかすると、闇の書には何かあるのかもしれないな――我々の知らない、"何か"が」


 ――実に緊張感ある密談を、こいつらが朝飯を食いながらやっていた。飯を食わず部屋に閉じこもっていた彼女達を、はやてが追い立てたのである。朝御飯は家族全員がモットーなのだ。

おかげで張本人の俺や主のはやてに丸聞こえで、二人で顔を見合わせて苦笑い。アリサなんて早くごはんを食べるように、急き立てる始末だった。

彼らは知る由もないが、彼らが危険視するその"何か"は今朝余裕で俺個人に連絡してきたのである。


『おはようございます、父上。昨日は本当に、ありがとうございました』

『……俺の携帯番号を知っている理由を、まず教えてもらおうか』

『携帯には家族サービスがあるのですよ、父上。家族であれば割引もされる、便利なシステムなのです』

『お前、とりあえず家族だと言いたいだけだろう!?』


 何故か得意気に意味の分からないことを語る自分の娘に、朝から頭を抱える。古代の魔導書から生まれたくせに、現在にやたら詳しい生意気な娘だった。

俺はまだ十代なのだが、自分の娘が流行通だと何故か置いて行かれた気分になる。これがジェネレーションギャップという奴なのだろうか。

夜天の人より預かっている、五枚の改竄頁を取り出す。必ず向こうから接触してくると、夜天の人が預けてくれたのだ。


『お前、公衆電話の相手だな。俺の娘を語るのなら、いい加減名前を名乗れ』

『よくぞ聞いて下さいました、父上。この私こそ理のマテリアル『星光の殲滅者』――"シュテル・ザ・デストラクター"。貴方の娘です』


 シュテル・ザ・デストラクター、No16の娘か。法術によって存在が確立されて、姿形が改竄された頁にきちんと描かれている。

いい加減に生きてきた俺には全く似ていない、真面目で礼儀正しい容貌。理知的な蒼い瞳がとても印象的な子で、胸元にリボンを付けた黒紫のドレスで綺麗に身を飾っている。

この子が自分の娘だと思うと、なんだか無性に可愛らしく見えてくる。冷静な表情だが、微笑めばさぞ美人さんだろう。


『お前がシュテルか。法術そのものはきちんと起動しているようだが、身体は大丈夫か』

『存在は確立されましたので、何の問題もありません。レヴィも、王も、確立した自分の身体を存分に動かしておりますよ。
ユーリについては正直懸念はありましたが、驚くほど安定していて魔力面も充実しております。恥ずかしがってはいますが、父上に会えるその日を夢見ております』

『そう言えば、お前らは今何処にいるんだ。夢から覚めたら、もう居なくなっていたが』

『我々はまだ存在は確立したばかりですし、父上にもお立場がございましょう。まず足場を固め、環境面を整えた上で、改めてお会いするつもりです。
時空管理局に我々の存在を現時点で発覚するのは、何かと問題がおありでしょう』


『……賢いのは結構だが、変に遠慮するのは為にならないぞ』


 シュテル本人の意向かどうかは分からないが、本当に賢くて敏い娘達だった。俺の事情を理解した上で、最適な行動を取っている。

管理プランは今教育プログラムの承認前、大詰めであり山場だ。ここで何か問題が発生すると、尾をいく可能性が大きい。

シュテル達は夜天の魔導書を通じて、俺の行動を今まで見聞きしている。だから事情を知っていて、大人しく身を隠したのだ。生まれたばかりで、色々不安もあるだろうに。

意地っ張りなのは親譲りなのか、シュテルは俺の好意に甘えたりはしなかった。


『遠慮などしておりません。この先父上と有意義な家族生活をおくるべく、準備を整えているだけです。
お会いした後は思う存分甘えさせて頂きますので、ご覚悟下さい。私は意外と、甘えん坊なのですよ』

『ほほう、しっかり娘だと思っていたが、こいつはちゃんと教育してやらないといけないな』

『ではまたお会い――むっ、何ですか、貴方達!』


『待っておれ、我が父よ。仮にも我の父を名乗るであれば、この我より強く気高く、それでいて頼りがいのある男でなければ――あっ、こら!』

『パパ―、すぐに会いに行くから待っててねー! ほらほら、パパだよ。挨拶、挨拶!』

『えっ、えと……お、お父……さん……あっ、ナハト、この通信画面はお父さん本人じゃないよ!?』

『う〜、ガブガブ』


『むぅ、まずはこのナハトの「好きなものに齧りつく」癖を何とかしなければなりませんね。では父上、近い内にお会いしましょう』


 ――といった感じで、かしましい自分の娘達が挨拶して去っていった。現代社会に魔導書生まれの女の子達が生きていけるのか分からないが、この逞しさなら問題無さそうだった。

彼女達が気軽に逢えるような環境を整えるためにも、俺の周辺で起きている数々の問題を解決しなければならない。思いを新たに、今後の問題を考える。

フィリスについては、見通しが立った。後はメンテナンスと実験の再現結果次第で、すぐに取り掛かれる。だがここで、気をつけなければならない。

俺だって、反省くらいする。どれほどの善行であっても、自分の気持ち一つで何でもかんでもゴリ押ししない。俺は那美を呼んで、自分の気持ちを伝えた。


「フィアッセさんとリスティさんに、許可を求める!?」

「医療では成功率の高い手術であっても、治療を行う上で事前に家族の合意を求めるのは当然だろう」


 今月起きた問題で特に悔いているのは、自分が良かれと思って自分勝手に振る舞ってきた事だ。悪行ならまだしも、善行まで我が物顔でやりたい放題やったのだ。

感謝されるのを望んでいたのではないにしろ、善行なら法を超えてさえ許されると思い込んでいた。正義の味方を嘲笑っていたくせに、正義とは絶対だとどこかで信じ込んでいたのだ。

まるで子供の振る舞い、思い返せば羞恥を感じる。悪いことは無論だが、良いことであっても自分勝手に何でもやっていい筈はない。こんな当たり前のことに、この歳になって気付いたのだ。

何より今回の治療は、フィリス本人の精神へ直接呼びかけるするのだ。本人の許可は取りようがなくても、家族の許可は絶対に必要だった。


「病院側から聞いた話だと、フィリスには養父がいるらしい。その人には病院側のお偉いさんを通じて、許可を求める手筈は整っている。
実際にフィリスの精神へ呼びかけるのは俺でも、医者でも何でもない俺が直接許可を求める訳にはいかないからな。
幸いにも俺のスポンサーの呼びかけで権威ある医療メンバーが揃っているので、その人達が確立した治療方法という形で家族に説明するつもりだ。

フィリスの家族に嘘を付くのは心苦しいが、いくら何でも魔法とか荒唐無稽な話を持ち出せないからな」

「一応言っておきますけど、私は今でもちょっと怒ってるんですよ。良介さん本人が、人体実験を申し出たことには」


 今回の人体実験は誰一人賛同者が出ず大いに揉めたのだが、その中でも比較的俺には好意な那美まで始終反対していた。那美本人と魂を共有している点を、除いても。

魂の共有が魂の精神にまでどれほど影響をおよぼすのか不明だが、危ない橋を渡ったのは俺一人ではない。でも自分も危険だという理由で、彼女は反対したのではない。

むしろ俺さえ助かるのなら、自分がどうなってもいいとまで言ってくれる優しい子だ。だからこそ、俺の独断に何より心を痛めてくれたのは申し訳なかった。

今でこそ無事に終わったが、こうして思い出したように小言を食らっている。


「ご家族の許可を求めるのは確かに、必要なことだと思います。嘘をつく点については心苦しいですが、やむを得ないでしょう。
元気になれば何でもやっていいとは思いませんが、魔法を使うことで先生を助けられるのであれば躊躇うべきではないと思います。
良介さんが御自分を差し出してまで実験したんですから、何としても成功させましょう。

私も助手として、加えて下さい。日頃の練習で良介さんとの共有も確かなものになってきましたし、精神面でサポートできると思います」

「色々ありがとうな、那美。お前にはいつも陰ながら支えてもらっている。
「いえ、良介さんのお力になれて私も嬉しいです。ただ、その……フィアッセさんはともかくとして、リスティさんは――」

「まあ絶対、反対するだろうな」


 分かっている。今のあいつに、理屈は通じない。魔法の存在を知っているとしても、同意なんてしないだろう。俺が言い出した治療法であれば、特に。

フィリスの家族に嘘までついて、治療を試みるのだ。成功法とは言いがたいし、得体が知れない。実際実験中も、予想外の事故まで起きたからな。


だが――俺は思う。


「あいつとはちゃんと、向かい合わないといけない。すれ違っているといって、このままにはしておけないんだよ」

「……私との諍いを、気にしてらっしゃるのですか?」

「お前との激突は間違いなく、俺が生んだ確執から飛び散った火花だ。真雪とあれから連絡を取り合っているが、日に日に生活も荒れているらしい。
このままでは、あいつはきっと駄目になる。取り返しがつかなくなる前に、止めなければならない」


 これもきっと身勝手な善行であり、余計なお世話なのだろう。あいつが俺を恨むのは当然だし、この先も許せないのは仕方がないかもしれない。

俺本人の問題で済めばいいのだが、あいつの場合自分自身や自分の周りを傷つけ始めている。行き場のない怒りや殺意は、やがて歯止めがきかなくなるに違いない。

俺個人を殺しに来ないのは真雪という壁と、俺の側にいる那美の存在があるからだ。まだ理性は働いているが、恐らく近い内に限界が来るだろう。


フィリスの治療方法も確立した今がいい機会だと、思った。ここで、けじめをつける。


「真雪に連絡をして、フィリスの治療が確立したことを告げる。その上で、あいつを呼び出すつもりだ。きっとあいつは来るだろう――俺を、殺しに」

「りょ、良介さん。どれほど怒っていても、リスティさんはそこまで――」

「絶対に、やる。だって俺は、あいつの大切な家族を奪ってしまったんだから」


 アリサが死んだ時、俺はアリサを殺した犯人を憎んだ。殺してやりたいと思った。そうやって憎まなければ、自分が保てなかったからだ。

怒りや憎しみだって、生きる理由にはなる。あいつは自分に起きた理不尽を全て、俺が原因だと思っている。俺もその通りだと思う。

あいつを止めたい、心からそう思う。だって、


「アリサが死んだ時憎むばかりだった俺を静止してくれたのは高町の家族であり、あいつだ。アリサを殺した犯人を、調べてくれたんだ。
今度は、俺があいつを止める。俺が原因だというのなら尚更、何とかしないといけないんだ」

「……」


 那美は唇を震わせて、俺の手を握りしめた。感覚の共有が強まって、彼女の心境が痛いほど伝わってくる。抱きしめてやりたいくらいだった。

ごめんな、那美。俺は医者ではない、剣士なんだ。傷を癒やすのではなく、傷をつけることでしか相手を止められないんだ。優しい言葉は、かけられなかった。


「――でしたら」

「うん?」

「でしたら聞いて下さい、リスティさんの事。あの人には、秘密があるんです。それを知っておかなければ、本当に良介さんは殺されてしまう。
大事な秘密を話した私も、あの人にとっては裏切り者になるでしょう。でも――良介さんが一方的に殺されるよりは、ずっといいです」

「あいつの、秘密……?」


 リスティ・槇原、フィアッセ・クリステラ、フィリス・矢沢――そして、セルフィ・アルバレット。

彼女達の大いなる秘密を知り、俺は抜け出せなくなる。その上で、戦うのだと決めた。


間もなく、彼女が海外より訪れる。










<続く>








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