とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十四話





 朝っぱらから、疲れる会議だった。進捗報告に来ただけなのに余計な消耗戦を強いられてしまい、時間も多く費やされてしまう。その上、状況も改善されていない。

進捗会議が終わった後議事録の作成をエイミィに、進捗書類の作成と提出をアリサに頼んで、俺は休憩室で一杯。クロノも一緒に来て、コーヒーをご馳走してくれた。

当たり前のように飲んでいるが、こういう嗜好品を飲むようになったのも最近だ。自動販売機の下に手を伸ばして、小銭拾いしていたあの頃が嘘のように思える。

今は贅沢に過ごしているように思えるが、それでも人並みでしかないのだろう。普通に生きていればこれくらいの飲み物は当然のように飲めて、当たり前のような問題にも悩まされるものだ。


とはいえ、今日初めて会った人間に敵視される謂れもないのだが。


「何なんだ、あのおっさん。お前の恩師とか言ってたが、明らかに俺の提案する管理プランに反対の立場だったぞ」

「反対どころか、プランそのものの破棄を求めていた。あれほど強硬姿勢を取るのは正直予想外で、驚いている。どちらかと言えば、穏健派の人なんだ」

「……穏健派の提督って、何だか変じゃないか?」

「時空管理局は、法の組織。君に感じる違和感も理解はできるが、そもそも人が形成した組織だ。どうしても、考え方の違いが生じるものさ」


 穏健派と過激派、単純な二部構成でさえないのだとクロノは自嘲する。法律が平等でも、人間は平等ではない。平均化出来ない以上、立場や階級によって諍いも生じてしまう。

上下関係がなければ、そもそも組織なんて成立できない。全員平等であれば単なるチームであり、集団だ。各それぞれで立場あるからこそ、役割も分担できる。

特に時空管理局は一世界に留まらず、多くの次元世界を管理している巨大組織だ。組織が大きければ人も多くなり、支配構造も複雑化していく。勢力や権力争いも、当然起きる。

そんな中才覚を持ち、実力のみで名誉となった提督がギル・グレアムだと言う。


「公正明大を理念とする人だからこそ、君が提唱する管理プランについて危うさを感じているのだろうな」

「俺が、お前やリンディの厚意に甘えていると?」

「しきりに君に責任を追求していたのも、提督なりの責任感ゆえなのさ」


 ――本当に、そうだろうか? クロノはグレアム提督を尊敬しているからこそ、あの爺さんの正しさに共感しているように思える。同じ組織の人間であり、先達者でもある彼を。

時空管理局の決定に異を唱え、時空管理局が提唱する封印を拒否する俺こそ悪。一方的な見方ではあるが、間違えてもいない。その曖昧さを、あの男は危うさだと指摘している。

言いたい事は分かるが、それでは納得出来ない。決定に従えばローゼは確実に封印されるし、時空管理局に反発するアギトもどうなるか分からない。はいそうですか、とは言えないのだ。

その平行線の間に立たされているクロノは俺に賛意は出来ず、グレアム提督にも反発出来ずにいる。


「だったらどうしろと言うんだ。俺に責任を取れるのなら何でもやるが、立場のない俺が何したって向こうは納得しないだろう。
俺なりにどうにかしたいから、立場ある人達とも相談してこうやって話し合っているんじゃないか」

「分かっている。僕だって、君が無責任だとは思っていない。管理プランを提唱したのも、君なりに僕達管理局側に筋を通そうとしているからだ。
ただ僕達がプランを管理している以上、グレアム提督も色眼鏡で見てしまう面もある」

「お前らが、俺に便宜を図っていると思っているのか。それって見方を変えれば、お前らへの侮辱とも取れるぞ。
お前らが私情で職務意識を曲げて、俺に味方をしていると勘ぐっているということじゃないか」

「グレアム提督は、そんな人じゃない。だから僕も艦長も、突然の異議に戸惑っているんだ。今日の出席だって、本局から申し入れがあった途端だぞ。
本来なら事前に通達があり、日時を調整して、その上で連絡を取り合って乗艦する。手続きをきちんと踏まなければ、僕達だって対応が出来ない。

考えてもみてくれ。僕達は今任務中、しかも地上部隊との連携で極秘に進めている事件の調査だ。アポイントもなしに来られたら僕達だけではなく、ゼスト隊にも迷惑がかかるだろう」


 クロノ達が所属する本局と、ゼスト隊が所属する地上本部とは仲が悪いと聞く。その二つの本部が連携して事件を操作するのは、極めて異例であるらしい。

それほど重要な事件の最中、名誉の肩書を持つ本局の提督が来られたら、現場が戸惑うだけだ。地上部隊も何事かと、怪訝に思うだろう。

公正明大な老提督が突如出張ってきた、管理プランへの反対。話を聞けば聞くほどに、その異様さが感じ取れた。本局側も、承認しているのだろうか?


まさか、とは思うが――


「ジュエルシードを盗んだ内部犯に、あのおっさんが関わっているんじゃないか?」

「なっ――何を言うんだ、君は!?」

「だって、このタイミングで来るなんて変じゃないか。盗まれたジュエルシードがローゼの動力源と、判明した途端だぞ」

「途端というのであれば、管理プランが提唱された途端だ。あの人が、そんな不正を犯すはずがない」


 さっきからあの人に限って、をクロノは連発している。反対されているから警戒しているだけかもしれないが、話を聞くにつれて違和感が強くなっていく一方だった。

俺のそうした懸念を、クロノは一刀両断する。


「この際言っておくが、僕やリンディ提督も君の管理プランには危うさを感じてはいるんだぞ。本来なら、危険なロストロギアを民間人に管理させるなんてありえないんだ。
一ヶ月間のみの猶予、ジュエルシードを封印した君が管理者となり、地上本部でも評判の腕利きであるナカジマ捜査官と部隊長が責任者となって、初めて成立しているプランなんだ。
レティ提督も静観はしてくださっているが、慎重姿勢は崩していない。君個人がジュエルシード事件に大きく貢献くれたからこそ、かろうじて許可している。

もし他の民間人が提唱していれば、僕達だって反対していたさ。グレアム提督が不審に思うのも無理は無い」

「まあ、そう言われればそうなんだけどさ……」


 奢ってもらったコーヒーを飲み干して、唸る。大層むかつくが、言っている事も主張する内容もものすごく正しい。異例というなら、管理プラン自体異例の提案なのだ。

今実施されてはいるが、厳密に言えば承認されたのではない。黙認に近く、明るみに出れば反対がこぞって飛び出しかねない。管理外世界で細々とやっているから、問題とされていないのだ。

危険な物を厳重に封印して管理するのは、当然なのだ。俺だってジュエルシードのみならば、即効引き渡していた。あのアホに付いているから、必死で反対しているだけだ。

危険視されているジュエルシード本体を取り出せれば一番いいのだが、それも出来ない。となれば、ジュエルシードを含めて弁護しなければならなくなる。危うさを感じて当然なのだ。


グレアム提督は怪しいが主張は正しく、反対するのも当然。今の段階で、この点を崩すのは無理だった。


「じゃあ、あのおっさんはこれからも口出ししてくるのか? 他の仕事だってあるだろう」

「名誉職に付いている、顧問官だ。優先順位を上げれば、間違いなくこの案件だろう。ロストロギア関連は、本局では第一に優先しなければならない。
管理プランを知った以上、今後も反対の意志を貫いてくるだろうな」

「くそ、大人しく引退していればいいものを」

「本当に口が悪いな、君は……大体リーゼアリアをあれほど怒らせておいて、一悶着起きない筈がないだろう」

「何だ、お前。あの女にまで、頭が上がらないのか」

「グレアム提督が恩師なら、リーゼアリアは僕の教師だ。とても厳しい人だよ」


 職務に厳しい執務官殿が厳しいと断言する人間だ、よほど生真面目な女性なのだろう。アリサにやりこめられてはいたが、才覚や知性が感じられた。

論調は退けられたが、主張そのものは崩せていない。アリサに指摘を受けたからといって、責任問題への発展に手を抜いたりはしないだろう。

連中が明確に管理プランの破棄を宣言できないのは、俺が今のところ問題を起こしていないからだ。成果すら上げられては、向こうだってやり辛いだろう。


逆に言えば、この先管理プランに少しでも問題が起きれば即破棄する意向を示してくるに違いない。クロノも、その点を強く懸念して忠告する。


「ミヤモト、彼らは確かに恩人だ。意見は尊重しなければならないし、会議への出席も拒否できない」

「分かっているよ、そんな事」

「聞いてくれ。それでも、僕は――君も、間違えてはいないと思っている。その……ローゼを守り、それでいて僕達への義理を果たそうとする君の努力を、尊敬もしている。
ローゼに心があるのは、僕達にだって分かっているんだ。あの子の意思を踏み躙ってまで、封印なんてしたくはない。したくはないんだ、僕達だって。

だけど――」


 それ以上言わせては、いけないと思った。クロノの辛い立場は、それなりには分かっているつもりだから。俺だって逆の立場になれば、相当迷うだろう。

心がない人形が、アホになんてなれる筈がない。プログラミングされていない生の心だからこそ、馬鹿であり、アホであり、純真なのだ。

俺より出来た人間であるクロノやリンディにとって、封印は辛い処置であろう。実行しなければならず、実行する意思のある彼らこそ尊敬に値する。

グレアムやリーゼアリアが同じ気持ちなのかどうかは分からないが、強く反対できないのもそれが理由だ。


「大丈夫だ、クロノ。お前らの気持ちは嬉しいし、懸念するのも無理は無い。むしろ、お前らこそ俺は正しいと思っているよ。
だからこそ大変なんだが、その為の管理プランだ」

「……見込みはあるのか? もう一ヶ月を、切っている。その上、名誉職についている提督まで反対を表明したんだぞ」

「言っているだろう、正しいのはお前らなんだ。反対されるのは、今更だ。お前らのその正しさを、無理やり捻じ曲げるつもりはないよ。
俺はあくまで、ローゼの正当性を証明するまでだ。あの子を人間だと、言い切るつもりもない。

人間じゃなかろうと、ロストロギアだろうと、どうしようもないアホだろうと――ちゃんと生きていける場所を、作ってやるさ」


 管理プランは目的であり、主張であり、そして結果でもある。他人から見れば危険物取扱所でしかなくても、人ならざる者達が生きていける聖地であればいい。

その為には時空管理局の決定を覆す発言力が必要であり、反対派を退ける権力も必要である。その為の、旗揚げであった。


俺の意思を聞いて、クロノは満足したように頷いた。返答しなかったのは、表立って賛意を示せない彼なりの中立性でもある。


相変わらずの生真面目さに苦笑しながらも、俺はコーヒー代代わりに一通の手紙を渡した。お見舞いに行った時にまた受け取った、レンの手紙である。

届けられた管理外世界からの気持ちに、クロノは目を丸くしながらも喜んでくれた。


「彼女、手術が成功したそうだな。君も無事帰国して、安心して養生しているようだ」

「直接会って、お礼が言いたいとも言っていたぞ」

「管理プランの視察に、いずれ僕も行く必要が生じるだろう。その時に、病院へも行くつもりだ」

「何だったらこっちが後回しでいいぜ、おい」

「……そのニヤニヤ顔はやめろ」


 呆れた顔で小突きながらも、手紙の返事を書くらしく待ってほしいと言われてしまった。あいつも、律儀な奴である。

すっかり二つの世界を行き来する郵便配達人にされてしまったが、二人に恩があるので無碍にも出来ない。まったく、どっちかが引っ越しでもすればいいのに。


……、あれ? ちょっと待てよ。


手紙を渡し合うのは禁じられていないのなら――世界間の交流は、認められてはいるのか……?















 正午。クロノ・ハラオウン執務官より受け取った手紙を持って、海鳴大学病院へと向かう。今も入院しているレンへの郵便と、フィリスへのお見舞いのために。

その途中で、待ち合わせしていた場所にも立ち寄った。予め段取りしていた通り、待ち合わせ場所には二人の人間が時間前にも関わらず待ってくれていた。


高町なのはと、フィアッセ・クリステラ。随分苦労させられたが、ようやく落ち着いて会う事が出来た。


「ミヤ。フィアッセと二人で話したいから、なのはを連れて先に病院へ行っていてくれ。ローゼとアギトの紹介と、今の状況説明も頼む。
妹さんは護衛だから、距離を保って一緒に行動してくれ」

「分かりました」


 場の空気を読んでくれたのか、誰一人文句も言わずにフィアッセと二人っきりにしてくれた。俺の到着に気づいた彼女も、微笑んで手を振ってくれる。

一見元気そうに見えるが、ひとまず健康であるというレベルでしかない。少なくとも二ヶ月前、海外に出る前の彼女とは雲泥の差があった。別人だと、言い切ってもいい。


生きようとする、気力が感じられない。惰性で生きている、死んだから迷惑がかかるという理由にしがみつくように。


英国の歌姫の輝かしい美貌も生気が落ちれば、よく出来た彫刻でしかない。見目麗しいからこそ、色落ちした今の表情は見ていられなかった。満足に、眠れてもいないのだろう。

普遍だった家族の絆は立たれ、永遠に見えた平和は絶望に染まってしまった。希望も見えず、日々悪化していくだけの人生。今生きているのも、苦痛なのだ。

彼女が座っているベンチの隣に、腰掛ける。挨拶もしない。声が出せないのも理由だろうが、何を言えばいいのかも分からないのだろう。


フィリス・矢沢は死んだのだと、彼女は泣きながら言っていた。リスティ・槙原は俺への憎しみに凝り固まり、フィアッセには目も向けない。


一家の大黒柱である桃子は疲れ果て、高町兄妹は剣に迷い、晶は行方不明。レンは入院したままで、なのはも家に引き篭もってしまっていた。

最悪なのは、今が最悪ではない事だ。フィリスは間もなく死ぬ。晶だって生きているかどうかも分からない。桃子も、このまま店を畳むつもりのようだ。

そして、高町恭也は最終的に救うのは恐らく……フィアッセも、それは薄々察している。決定的な、破局が目に見えている。

辛いなんてもんじゃないだろうに、その上通り魔にまで襲われた。あの時フィアッセは恐怖しながらも――


凶刃を、受け入れようとしたのかもしれない。


「こんな形で急に呼び出して済まなかったな、フィアッセ。実はお前に、相談したいことがあったんだ」


 フィアッセは、目をぱちぱちする。多分なのはは、俺がフィアッセを救うのだと思って呼び出したんだろう。俺ならきっと力になってくれると、無意味に励まして。

フィアッセ本人は多分期待はしなかったのだろうが、それでも通り魔から救われた恩もあるので来てくれた。お礼を言って、俺からの救いの手を拒むつもりで。

その覚悟をいきなり挫かれて、彼女は当惑しているようだった。まあ、相談を受ける心境になんてないだろうしな。


俺は、両手を合わせた。


「頼む、フィアッセ。俺を、お前の護衛に雇ってくれ」


「……!?」

「海外から帰ったばかりで、金も仕事も何もないのだ。俺を助けると思って、どうかお前を守らせてくれ」


 頭を下げる態度を見せると、フィアッセは心底困り切った顔でわたわた両手を振る。頭を上げてくれと、紙に書く余裕もないようだった。

いきなりこんな事を言われたら当然だが、悪いな。知っての通り、図々しい男なのだ。他人がどう思うと、基本的に知ったことではない。

俺は両拳を握りしめて、自己アピールする。


「護衛なんてこの平和な日本には必要ないと思っているのなら甘いぞ、フィアッセ。お前はつい昨日、通り魔に襲われたばかりだ。
被害者への配慮で情報規制はされたが、注目はされてしまったからな。この先も、何があるのか分からない。護衛は絶対にいると、思うんだ」

「……、……」

「家族サービスとして、成果報酬でかまわない。俺が見事成果を出したら、相応の金を支払ってくれればいい。無理な額は請求しないさ。
自分で言うのも何だが、俺はなかなか頼りになる男だぞ。何しろ先月はテロリストの魔の手から人々を守り、ロシアンマフィアの悪企みを阻止して要人を救い出した実績も持つ。

何より」


 俺は完全に治った、自分の手を見せた。


「不可能を、可能にする」

「っ……!」

「俺の手だって、この通り治ったんだ。フィリスだって、ちゃーんと治るさ。なのはも見ての通り、俺が元気にしてやった。他の家族だって元気になるだろうよ」


 嘘だと、首を必死に振る。そんな筈はないのだと、希望を振り払う。希望があるからこそ、絶望が深くなる。ならば、何も思わなければいい。期待しなければいい。

フィアッセにとっては、残酷だろう。口約束ほど、今のフィアッセに辛いものはない。確かだったものは、根こそぎ壊されてしまったのだから。


けれど、残っているものはあるんだ。


「今初めて、お前にちゃんと約束するよ。俺はお前を、あらゆる不幸から守ってみせる」

「……」


「お前の歌のおかげで、俺は大切なモノを取り戻せたんだ。お前があの子を――アリサを、幸せにしてくれたんだ。

だから今度は――あいつの主である俺が、お前を幸せにさせてくれ」


 フィアッセは俺を呆然と見上げ、そのまま泣いて縋り付いてくる。俺に抱きついて、声無き声を上げて号泣した。

やっぱり、そうだ。この子が、一番弱かった。弱かったから、絶望する勇気もなかった。不破に成り果てた美由希のような強さがなかったから、正気を保っていられたのだ。


恭也が美由希を助けるのであれば、俺はこの子を守ってみせよう。


救うことは、絶対に無理だ。高町恭也にしか、この子は救えない。最善が無理であるのなら、最良を目指してみせる。

恭也の代わりになんてなるつもりはない。俺は剣士なのだから、恋人よりも護衛の方がお似合いだろう。


心がこれ以上壊れないように、傍に居て守ってみせる――涙の誓い、だった。















<続く>








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