とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第三十六話





 日が変わる時刻、深夜の時間帯に俺はベットの上で伏せっていた。落ち込んでいるのではない。いや確かに悩んでもいるのだが、今は単純に疲れているだけだ。

高町美由希とフィアッセ・クリステラ、高町恭也を主とした三角関係。本来他人の色恋沙汰など関わりたくもないのだが、恋愛関係にまで変貌させた俺には責任というものがあった。

女二人に男一人、確実にどちらかの破局が見えている。家族が崩壊した今、失恋の痛手は確実に致命傷となるだろう。二人の内一人は、確実に壊れる。


高町美由希は殺意で心を固め、不破と成りて人であることを捨てている。フィアッセ・クリステラは声を失い、不幸な現実から逃げて心を閉じ込めている。


二人を救えるのは、恭也しかいない。ただ、二人共救えない。だから、二人を選べずにいる。そのままでは誰も救えないと知りながら、選択できずに苦しんでいるのだろう。

問題の原因でありながらどうすることも出来ない俺は、修行に明け暮れるしかなかった。


「ここまで行動が制限されるとは思わなかったな……あー、疲れた」


 守護騎士達が修行用に製作した、クラールヴィントの複製品。筋力と魔力に敢えてリミッターをかけて、多大な負荷をかけることで心身共に鍛えあげる。これがまた、地味にキツい。

装備している腕輪そのものが余計な重さを一切感じさせないのだが、一挙一動に負担がかかるのでどうしても意識してしまい、身体が強張ってしまうのだ。慣れるまで悲鳴を上げる日々が続く。

負担を軽減させるには、筋力と魔力を高めるしかない。つまり、強くなるしかない。帰宅後夕御飯と家族会議を終えた後は、騎士達にひたすら鍛えられた。

一緒に修行をしている妹さんは早くも慣れて、順調に強くなっている。才能という生易しい差ではなく、種族そのものに歴然とした差がありすぎる。

今も部屋の外で俺の警護をしながら、魔法の本を熱心に読んでいる。頭の中で仮想空間を展開し、実戦を繰り広げながら――お願いしますから、休んで下さい。


「このまま寝たいけど、そうも言ってられないか」


 別に考えるのを止めて寝てもいいのだが、朝になっても状況が変わるものではない。体力や魔力が回復しても、心が弱っていれば疲弊するのも早くなる。建設的に生きなければならない。

ローゼとアギトの引き渡しまで、残り一ヶ月を切っている。海鳴における最悪の現状は悪化こそすれ、改善されたりは決してしない。どちらも、俺が何とかしなければならないのだ。

全てを一気に解決する術はないが、積もりに積もった問題を一つ一つ解決していくことは出来る。フィアッセと美由希の件は解決できなくても、他の問題はどうにかなるかもしれない。


俺はもう、個人ではない。仲間を作り、家族を養っている以上、一つの問題にばかりかまけるのは許されないのだ。マルチタスクの重要性は、叩きこまれている。


希望に見える明日よりも、絶望に満ちた今日の続き。疲れ切った心身を奮い立たせて、俺はコンピューターをセッティングしていく。アリサに教わって、流石にやり方は覚えた。

電源を入れて、モニターのスイッチを一つ一つオンにしていく。すると待っていたかのように、麗しき女性陣の顔ぶれが出揃った。


『ご機嫌よろしゅうございますか、王子様』

「この疲れ切った顔を見て、察してくれ」

『あっついもんね、日本は。ロシアは今涼しくて、気持ち良いよ。こっちに来れば、ウサギもすぐ元気になるよ!』

「素直に寒いと言え」


 ドイツ、ロシア、フランス、イギリス、アメリカ。各国で名を連ねる、夜の一族の女性達。最新通信技術で画面に映し出された彼女達は鮮明で、その美しさも損なわれていない。

日本は既に日の変わった深夜なのだが、海を隔てた彼女達が過ごす時間帯は同じではない。日付変更線で隔てられている俺達だが、時間帯こそ異なれど何故か毎日こうして集まれている。

十代でありながら世界各国で忙しく毎日働いているはずなのに、全員きちんとスケジュールを調整して集合時間を連絡してくる。しかも、俺の都合の良さそうな時間に。

まあ彼女達は多くの人間のスケジュールを管理する立場にあるので、自分のスケジュールくらいどうにかなるのかもしれない。何とも、羨ましい話だ。


『随分疲れているようだけど、身体の具合は大丈夫? 昨日、大怪我したばかりなのよ』

「ああ、悪い。さっきのは皮肉で言っただけだ。疲れてはいるけど、別に怪我のせいじゃない」

『お前は死に掛けていても歩き回るような奴だからな、信用できんな。これから先も永く、私に仕える身だ。身体は大事にしろ、下僕』

「お前にこき使われるだけで、寿命が縮みそうな気がする」


 婚約者のヴァイオラと一応主であるカーミラが、本人なりの労りの言葉をかけてくれる。考えてみれば斬り刻まれた翌日に、リミッターをかけられたんだよな。死人に鞭を打っているぞ。

昔は鎖骨にヒビが入って入院したものだが、魔法というのは本当に便利なものだ。それに夜の一族の血に、神咲那美の魂。彼女達の支えがなければ、もう既に死んでいただろう。

随分と今まで、多くの人達に助けられてきたのだ。今こそ、恩を返すべきだろう――そう考えると、苦労する甲斐はある気がする。少し、元気が出てきた。


『本当に怪我の具合は問題ないのですか、貴方様。斬られたばかりなのですよ』

「意外と心配症だな、ディアーナは。この通り、ピンピンしているよ」

『ピンピンしている、ですか――』


 疲弊してはいるが、変に心配されると余計に気を使ってしまう。優しさも過ぎれば、毒になる。もう大丈夫だとアピールしてやったが、ディアーナの顔色は晴れない。

あんまり言われると精神的に疲れるので話を変えようとして、ふと思い直す。よく見ると心配しているというより、怪訝に思っている顔だった。マフィアさえ脅かす怜悧な美貌に皺が寄っている。

ディアーナの態度にむしろ俺こそ怪訝に思っていると、ディアーナは画面越しに俺を直視する。


『昨日の夜敵に斬られて、大怪我をしたのですよね』

「何だよ。もしかしてまだ、護衛チームを退けたことを怒っているのか? もう絶対に単独行動はしないと、約束しただろう」

『もうその件では、怒ってはおりません。ただ、気になっているのです』

「何が?」

『斬り刻まれた傷が、どうしてたった一晩で完治したのでしょう』

「何言ってるんだよ。そんなの――」


 ――あ。


『そんなの――何でしょう?』

「そ、そんなの、お前らの血による効果だよ。本当、夜の一族の血ってのはすごいもんだな。もう、お前らに枕を向けて寝れないな」


 や、やべえ、こいつらに魔法の事は一切話してないんだった。シャマル達が当たり前のように魔法を使ってくれていたから、俺の日常の常識に食い込んでしまっていた。

管理プランで異世界の連中とも毎日顔を合わせているし、魔法だの何だのといった議題は平然と上がっている。恩恵に預かっていたおかげで、異端の能力である認識が薄れてしまっていた。

恭也達が相手だったら、もう少し気を使っていただろう。カレン達の場合、夜の一族という人外の領域に身を置いている。異端であることが逆に、警戒を忘れさせてしまっていた。

何ともややこしい話なのだが、同じ異端ではないのだ。区別しなければならない、頭の中で整理しておこう。


『つまり、王子様の回復力はわたくし達の血の恩恵によるものと仰るのですね』

「何だよ、持って回った言い方をするじゃねえか。他に何があるってんだ」

『そうですわね。たとえば……"魔法"、というのはいかがでしょう』


 えええええっ!? 何故、知っている――と、動揺するほど愚かではない。相手は世界会議の列席者、証拠はなくても相手の反応だけで核心に迫れる魔女達だ。

正直おしっこをちびるほど仰天しているが、全部喉の奥に飲み込んで白を切る。適当に言っている可能性も、十分ありえる。俺の反応で少しでも答えを導き出す腹だ。

要人テロ襲撃事件でマフィアのボスに撃たれた際ミヤに魔法でガードしてもらった場面を、こいつらには見られたかもしれないのだ。狼狽えるのはまずい。

相手に推理する材料を与えてはならない。一切合切、知らん振りをすればいい。


「クローン技術に最新型自動人形の次は、魔法かよ。お前も反省しない奴だな、カレン」

『思い当たるフシなどないと仰るのですか、王子様』

「魔法とか、ありえんだろう。そういうお伽噺の類は、お前達夜の一族の中だけでやってくれ」


『あら、冷たいお言葉。ご自分は今日、存分に魔法の練習をなさっておられたのに』


 カレンが手元で何やら操作すると、画面に写真が出力される。月村家の庭で騎士達相手に修行している俺と妹さん、がっつりミヤやアギトが展開する魔法陣が写っている。

……し、しまった、護衛チームは異世界への訪問以外常に俺を警護しているんだった。人里離れた月村の地であるから、人の目なんて気にしていなかった。

おいおい、という事はこの写真を撮った俺の護衛はシグナム達にも気付かれずに撮影に成功したのかよ。マジか、あいつらだって半端じゃ無いのに。

手裏剣のような武器といい、忍者か何かかよ、そいつは!


『お前と最初に出逢ったあのホテルの一室で、私の他にボディガードがいたのを覚えているな。疎ましくなり、私が昏倒させたあの連中だ。
お前が助けたそうだが、どうやって奴らを蘇生させたんだ』

『あのドイツの地で、貴方様は空から私の車に落ちてきましたね。一体、どうして助かったのでしょう』

『ウサギに見せたあの天使の写真、絶対あれってウサギだよね。背中から翼が生えているのは何なのかな』

『君が連れてきた妖精って、本物なの? 護衛チームより転送された写真を見ると、もう一人写っているみたいなんだけど』

『お祖母様を人質に取ったマフィアやテロリスト達、彼らを捕縛したあの謎の部隊はもしかして貴方が連れてきたのかしら』

『王子様は何故わたくしが保有していた技術の提供元を知ろうともしないのですか? 会議中も、王子様はわたくしが提供元を絶対に明かせないと確信されておられました。
まるで、この技術がこの世にないことをご存知であるかのように』

『あ、兄上……貴方は一体、何者なのだ!?』


 ええい、次から次へと追求してくるんじゃねえ。マルチタスクなんて、頭の悪い俺には難しい作業なんだ。聖徳太子じゃあるまいし、聞き分けられるか!

先月俺が取った行動を隅々まで照らし合わせて検証すれば、この程度のボロは出てくるだろう。常識では到底補えない部分を、人智を超えた存在によりフォローしてもらっていたんだ。

何とも皮肉なことに一人一人では単なる小さな違和感でしかない事柄が、"つながる"ことで疑惑に変わってしまっている。たった一つだと気のせいで済んでも、続けば誰だって疑問に思う。


カレン達がこうして一つにまとまったからこそ、俺が追い込まれてしまったのだ。海鳴の力を、逆に証明されてしまった。


『王子様が先日示唆されていた組織について、総力を上げて調査を行いました。結果、何処からも情報が掴めなかった。世界のあらゆる場所、表も裏も、何処からも――何も出ません』

『ただ一つだけ、心当たりはあります。ヴァイオラ様が先程ご指摘されていた、テロリスト達を捕縛した所属不明の部隊です。後で調べてみたのですが、こちらも何も出ませんでした。
完全に捕縛した犯人達を残して、彼らは姿を消したのです。国外へ出た形跡もない。かの地、ドイツから派遣された部隊でもない。

ですので、遡って考えていたのです――もしかすると、あの部隊は貴方様が連絡して派遣させたのではないかと。

そう考えますと、当時貴方様がテロリスト達に見せたあの強気な姿勢も納得が行くのです。助けが来ると分かっていたからこそ、貴方様は強硬に出られた。
無論、凛々しくも気高き貴方様の手腕を軽んじるつもりなど毛頭ございません。貴方様は立派にお守りし、人質全員を見事に救出された。誰にでもできることでは、ございません。

ただ貴方様には――私達の知り得ない、"つながり"がある。その象徴が、この子達なのでしょう』


 俺を元気に説教しているミヤと、俺を叱咤罵倒しているアギトの写真。人々が子供の頃より抱いている、無邪気な幻想の産物。可憐な妖精と、可愛らしき小悪魔。

カレンやディアーナの追求は、珍しく精彩を欠いている。状況証拠は派手に並べているが、結論は推測に推測を重ねた仮説でしかない。結局は、思い込みによるお伽噺の粋を出ていない。

ここまで追求出来たのは、彼女達が各国を代表する権力者であるからだ。世界の表裏を知り尽くしているからこそ、知り得ない存在を異端と断言できる。

見事だとは思う。異世界について何も知らないのに、ここまで浮き彫りにしてみせたその手腕に感嘆させられる。


敬意を払い、正直に話したいと心より思う。


「さっきから何を言っているのか、さっぱり分からん。夜の一族なんていう存在がいるんだ、別に妖精がいたって不思議じゃないだろう。
それがどうして、謎の部隊だの何だのというトンデモ話に発展するんだ」

『これほど明確であるのに、あくまで何もご存じないと?』

「無論だ。俺は、何も知らない」


 ――その気持ちこそが個人の感傷であることも、分かっている。だから彼女達への尊敬の念もかなぐり捨てて、知らぬ顔を通した。ローゼとアギトの存在を、守るために。

俺は、個人じゃない。この管理プランの、責任者だ。彼女達を管理し、外部から守るのが俺の義務だ。たとえ親しい者達であったとしても、極秘情報を話していい筈がない。

今一人では、絶対に生きられない。もう分かっている。一人ではないのなら――個人の感傷を断じて、優先してはいけない。


個人より――自分自身よりも優先すべき、存在が出来たのだから。


『……そうですか、分かりました。突然変な話をしてしまい、申し訳ありませんでしたわ』

『ご気分をさぞ悪くされたでしょう、貴方様。私からもお詫び致します』

「気にしないでくれ。法螺話にしては、なかなか面白かった。いい気分転換になったよ」

『そう言って頂けるとありがたいですわ。王子様が寛大な御方で、本当に良かったですわ。おかげで、失望させられずに済みました』

「失望……?」

『はい。もしも貴方様が私達への信頼を元に全てを打ち明けていたら――心痛くも、忠告差し上げるつもりでしたから。
誠意しか持たぬ人間が、人の上に立つべきではない。まして人を守ろうなど、言語道断であると』


 カレンとディアーナの微笑みに、背筋が凍る思いだった。信頼しているからこそ、信頼に甘えてはならない。時には、友人知人さえも欺かなければならない。

嘘が丸わかりであっても、嘘を突き通す覚悟がいる。人の上に立ち、人を守るとはそういう事なのだ。大黒柱であるからこそ、傷付いてでも家を支えなければならない。

彼女達の気持ちが、恐ろしかった。最上の好意を与えられて尚、彼女達には油断が出来ない。これから先も、試され続けるのだから。彼女達と、共に居続ければ。


であるからこそ、気分が晴れる思いだった。


「お前ら――というか俺の周りの女全員、俺に厳しすぎる」

『王子様を心よりお慕いしているからこそ、泣く泣く鞭を打っているのですわ』

『マフィアを、自分の女にしたのですもの。このくらいは、お茶目というものです』


 俺の疲労の本当の原因が、人を支える辛さであることを見透かしていた。だから、覚悟を促したのだ。同じく人の上に立つ彼女達の、共通の苦しみであるから。

色々大変だけど、今日も一日頑張ろう――















『ところで、下僕よ』

「何だよ」

『私にも一匹、献上しろ』

『あ、ボクも一人欲しいな』

「ペットじゃないから!?」

『では何なのか、じっくりとお聞きしましょうか』

「そこはちゃんと、追求するのかよ!」

『当然です。妖精は世界の宝なのですよ』

「マフィアが真面目な顔して何言ってやがる!」

『中身、どうなっているんだろう。内蔵とかはみ出るのかな。解剖したいなー』

『手や足を引っ張ると痛がっていたので、痛覚はあるようですね』

『何する気だ、吸血鬼共!?』



 とっとと寝た方がマシだった。
















<続く>








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