とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第三十四話





 高町家に居候していた頃、高町なのはがプレイしていたロールプレイングゲームを鑑賞したことがある。世界を恐怖に染める魔王を、勇者が倒すというゲームだったと思う。

国に選ばれた勇者の割に旅立ち時僅かな路銀と棒きれ一本しか与えられないのだが、勇者のレベルが一であるのならば納得もいく。最初から屈強な男を選出すればいいだけだとも思うのだが。

ただそんなひ弱な男も勇者に選ばれるだけあって将来性は高く、才能もあったようだ。魔王の城へ向かう道程でモンスターを倒していき、順調かつ飛躍的にレベルを上げていって魔王を成敗した。

ロールプレイングゲームとして楽しめるポイントはここにあり、各道程で出現するモンスターは勇者の現レベルに見合った敵であった。だからこそ切磋琢磨して、腕を磨ける。

もしもレベル1の段階で魔王が出てくれば、簡単に敗北していただろう。魔王がどうして暢気にかまえていたのか、なのはのプレイを見ていた頃は不思議で仕方がなかった。


だが――現実でやられてしまうと、ゲームのように都合良くあってほしいと切に願ってしまう。


「今日から最低一ヶ月間は、このメンバーで行動する。単独行動は絶対に取らないように」

「てめえがそれを言うのかよ……で、こんな夜遅くに何処へ行くんだ?」


「高町の家に行く」


 午前中はクイントとルーテシアの現地視察、午後は俺と妹さんの修行。鍛錬後のジョギング中海鳴大学病院へ立ち寄り、フィリスとレンのお見舞いをしてきたところだった。

フィリスは植物人間状態のままだが、ほんの少しだが復調の兆しが見えてはいるようだ。俺の声が届いたのか、カレン達が用立ててくれた世界最高の医療看護が功を奏したのか。

レンは城島晶の行方を気にかけていたので情報屋に頼んだことを知らせ、クロノからの手紙を渡しておいた。二つの良い知らせは、レンの容態に良い効果を与えてくれるのは間違いない。

そして月村家・八神家合同の夕食会を賑やかに行い、こうして夜間の行動に出向いているのである。早速、こうしてアギトに見咎められてはいるが。


「なるほど、容赦なくぶった斬られに行くんですね」

「負けることが前提かよ!? 主の勝利が信じられないのか!」

「救急箱は用意しておきますので、ご安心下さい」

「ええい、遠回しに思いっきり敗北を確定させやがって」


 同行者にして最重要監視対象は、今日もアホ面晒して主を馬鹿にする。執事服の男装少女は銀髪をなびかせて、真夏の夜でも涼しい顔をしていた。

からかうような口調だが、こいつなりに俺の身を案じてくれているのは分かっている。今のやり取りも絶対に負けるのでやめて下さいと、ローゼは俺に進言しているのだ。

何しろ、昨日の今日である。いずれリベンジしてやるが、現実の差くらいは思い知っている。

前もって頼んでおいた護衛の少女は、肩を露出させたいつもの黒ドレス姿を戦闘衣装としている。この子の頭に、手を置いた。


「今晩用事があるのは、別の奴だ。とはいえ、昨晩俺を斬った奴も待ち構えてはいるだろう。昨日の一連のやりとりで分かったんだが、敵は俺の行動を完璧に把握出来る。
単純に気配を読むというレベルではなく、死角に在る対象が"視えている"」

「感覚としてお前を認識しているんじゃねえのか?」

「今のあいつは、感覚方面を全体的に強化しているんだ。感覚を鋭敏にして探知領域を上げ、俺の同行を常に探っている。
認識するに留まらず、把握までしている状態だ。一挙一動を完全に見破っていると断言していいだろう」

「……魔法を一切使わず、完全なる探査を可能としてやがるのか。どんなバケモンだよ、一体」


 古代ベルカの融合機は敵の脅威に恐れず、その厄介さだけに舌打ちする。自分の魔法なら同レベルの探査が可能であるとの、自信の裏付けであった。なかなか頼もしい。

それはアギトとユニゾンすればあいつと同じ感覚レベルに達せられるという事だが、ユニゾンについてはアギトは非協力的だ。こればかりは強制も出来ない。

もう一人のユニゾンデバイスは承認を得られれば可能だが、こんな懸案でははやてはともかく守護騎士達の許可は得られない。

それが分かっているだけに曇りがちな顔だが、ミヤは護衛の少女を見やった。


「リョウスケを斬った敵に対抗するには、同じ感覚レベルを持つ人が必要なんですね。それが、すずか様であると」

「敵が"視てくる"のなら、こっちは"聞く"までだ。よろしく頼むぞ、妹さん」

「おまかせ下さい、剣士さん」


 高町美由希、不破の剣士と成り果てた修羅。俺への憎しみで感情を塗り固めた彼女は、完全なる精神制御方を体得している。己の感情を制御し、さらには無として俺を斬り殺す。

俺を殺すことには最早躊躇いを持たない彼女は修羅と化し、才能を極限まで引き出している。研ぎ澄ませた感覚は俺を殺すことのみ特化し、俺をどこまでも追って殺すであろう。


ロールプレイングゲームにおいて、ユーザーを全く意識してくれない仕様。世界を支配するのではなく、勇者を殺すことのみに専念する魔王。攻略なんて不可能だ。


魔王は自ら動き、レベル一の勇者を殺そうとする。戦えば、一瞬で殺される。魔王を相手に、逃げることは出来ない。ならば、エンカウントするのを避けるしか手はない。

しかし、相手は不破の剣士。敵の暗殺を心得とする剣士を相手に、単に逃げるだけでは駄目。標的の同行さえ探られる敵が相手だと、近付くだけでも自殺行為なのだ。

魔王に囚われた姫君を救い出すためには、一切悟られずに近付くしか方法はない。だが、近付けば完全に気づかれる。一種の詰みであるこの状況を打開するには、どうすればいいのか。


敵より高性能の感覚を、持てばいいのである。


「妹さんは、万物の"声"を聞ける。相手の動向を探査するだけではなく、次の行動さえも聞き取れる感覚を持っているんだ。
敵の感覚は脅威ではあるが、それでも現状把握が精一杯。未来探索が行えるこちらが、一歩上だ」

「つまり敵の次の行動を予測した上で、こちらが動く。そうすれば敵がどう追おうと、把握そのものが出来なくなる訳か」

「未来が読めれば、今を変えられるからな。どれほど早くても、未来にまでは駆け抜けられないよ」


 アギトは納得し、ミヤが難しそうに首を傾げている。頭の出来の違いがよく分かる場面だが、俺もあまり人のことは言えない。何しろ、妹さんに何度も聞いて確認したからな。

ただ、敵より高性能なレーダーを持っていても問題そのものが解決した訳ではない。指揮官タイプのローゼは、この作戦の問題点を早くも指摘する。


「しかし、主。未来予測は不可能でも、敵は現状そのものは把握できます。先読みする主の行動を敵は常に追えるということになり、リスクそのものは解消されません」

「まあな、何しろ敵は俺を殺す事しか頭にないからな。諦めずに延々と、追ってくるだろうよ」

「いかがいたしましょうか? 戦闘行為は禁じられておりますが、足止めするのであればローゼにお任せ下さい」

「お前の戦闘能力なら不破の剣士であろうと戦えるだろうけど、例え足止めは目的であっても私闘であることに違いはない。戦闘行為は些細であっても、時空管理局への報告義務が発生する。
この戦いは結局個々の感情でしかなく、何の意義もない。見返りも一切ない私闘なんて、お前の立場を不利にするだけだ。やめておけ」

「お言葉を返すようですが――主の危機を何度も見過ごすことなど、断じて出来ません」

「お前は今も管理局預かりなのを忘れるなよ。厳密に言えば、立場上お前はまだ俺の従者じゃないんだ」

「主が斬られるのを、黙って見過ごせと仰るのですか」

「……きょ、今日は妙に食い下がるな、お前」


 感情こそ見せてはいないが、いつものアホな発言を控えてローゼは何度も進言してくる。混じりっけのない忠義を見せられると、正論を口にしたところで薄っぺらになってしまう。

考えてみればローゼは心の有無を一切問われず、個人の意思さえ尊重されず、危険を理由に封印されようとしている。一方的に生み出された彼女からすれば、理不尽極まりない。

ローゼが望んで、ジュエルシードを動力源としたのではないのだ。自分の心臓が世界を破壊する爆弾だと言われたら、恐怖するのは他人ではなくまず本人だろう。

まして自分の事情が原因で主が危険に陥っても助けられないのならば、憤慨するのも当然だ。


「リョウスケ、ローゼちゃんの意思を尊重してあげましょう」

「気持ちはわかるけど、今はガマンしないと――」


「戦闘しなければいいんですよね? ローゼちゃんに、敵と話し合いをさせてあげて下さい」


「話し合うだと……? 今のあいつは危険なんだぞ!?」

「ローゼちゃんなら簡単に倒されたりはしませんし、ミヤも手伝います。説得するのは無理だとしても、時間を稼ぐくらいは出来ます。
その間に、リョウスケはなのはちゃんに会ってあげて下さい。すずか様とアギトちゃんは、リョウスケを手伝ってあげて下さい」


 ――ローゼを見やると、彼女もまたハッキリと頷いた。絶対に手は出さないと、確たる意思をこめてやらせてほしいと頭を下げてくる。ミヤも、一緒に。

正直、驚かされた。あいつと話し合うという選択肢はもう、俺の中から消えてしまっていたからだ。斬るか、斬られるか、どちらかしかないのだと、今も思っている。


説得するのは、ミヤの言う通り不可能だろう。けれど、それでも――声は、届くのだ。


「危ないと思ったら、逃げろよ。変に意地張って、説得するのに固執はするな」

「任せて下さい。ミヤはリョウスケと違って、斬られても立ち向かうことはしませんよ」
「ご安心下さい。ローゼは主と違って、頭の柔らかい可愛い女の子ですから」

「……こいつらって、俺を罵る時は絶妙な呼吸を見せるよな」

「バカなお前に似たんだろうよ」


 ふんぞり返る二名に頭を痛める俺を前に、アギトはケラケラと笑っている。そのうちこいつも加わりそうなので、怖い。俺の同行者は妹さんを除いて、どいつもこいつも嫌な奴ばっかりだった。

人間なんて一人もいないデタラメな人外共ばかりなのに、人間よりも豊かな心を持っている。見せかけなのかもしれないが、紛い物であろうと彼女達の優しさはとても温かい。


高町美由希にも再び、あの頃の純朴な優しさを取り戻せるのだろうか……?


「よし、タイミングを見計らって二手に別れよう。完全に別行動に出るんじゃないんだから、俺の目の届かない所にまでは行くなよ」

「分かってますよ。リョウスケから目を離すとすぐ問題を起こしますからね」

「分かりました、主。常にローゼを傍に置いて愛でておきたいのですね」

「斬られてもいいぞ、お前ら」


 唇を噛みしめる。高町美由希とは絶対決着を付けなければならないのだが、今は倒せない。どれほど戦おうと、必ず負ける。俺はやはり、勇者の器ではないのだろう。

相手が間違えてしまったのなら、正すのが勇者だ。まして敵が強いから逃げるなんて、勇者のすべきことではない。挙句の果てにこんな少女達に心配までされて、守られている。

魔王に怯えて逃げる存在――それはまさしく、一般庶民。有象無象の輩にすぎない。今の俺は所詮そんな人間なのだと、痛みを堪えて俺は逃げ出した。


彼女を変えてしまった俺には何も言えないが、せめてミヤ達の声は届いて欲しかった。どれほど、望みは薄くても。















 高町家。帰って来るのは、何ヶ月ぶりだろうか? そもそもの話、滞在していたのも三ヶ月くらいだ。離れた時間と過ごしていた時間は、あまり変わらない。

なのにこうして見上げるだけで同しようもない懐かしさと、堪え切れない寂しさが胸を締め付ける。平和だったあの頃、当たり前のように満喫していた日常は崩壊してしまった。


――高町美由希、恐ろしい女だった。俺を探知したその瞬間、まっ先に俺を殺しにかかって来た。昨晩なます斬りにされたばかりの男が、ほぼ無傷で来たというのに。


俺を殺すというその一点で、心を凍てつかせている。人を殺す罪悪感を含めて、その他全てを考えないようにしている。現実への逃避ではなく、未来そのものを捨てている。

妹さんが危機を知らせてくれたおかげで事なきを得たが、自分一人ならば逃げ切れなかっただろう。こちらは行動を先読む出来るというのに、肉薄されそうになったのだ。

ローゼとミヤが言葉を費やして、懸命に足止めをしている。感傷に浸っている場合ではない。


「何ボケっとしているんだよ。用事があるなら、とっとと呼び出そうぜ」

「うむ、その為にお前に頼みたいことがある。二階のあの部屋の窓を叩いて、中に閉じこもっている子をこっそり呼び出してくれ」

「何でアタシがそんな面倒な真似しないといけないんだよ」

「家にいる他の連中に知られたくない。携帯電話で個人的に呼び出そうとしても、全然通じない。多分精神的だけではなく、物理的にも閉じこもってしまっているんだ」


 ここが厄介な点であり、美由希が壊れた要因の一つでもある。高町なのはは不登校になったと言っていたが、多分自閉症に陥ったのだろう。

電話で呼び出せるのであれば、こんなリスクのある手段は取らない。クロノ達にも前もって聞いてみたのだが、魔法による通信を試みても通じないらしい。

単に閉じこもっているだけならば、姉の美由希がこれほど追い詰められたりはしない。大概、現実はもっと酷いものだ。


高町なのはは、空を飛べなくなったのだ――


「……そんなの、アタシが呼び出しても応じねえだろう」

「俺が来たといえば、顔くらいは出す。色々責任を感じているだろうからな」

「話が多少出来たところで、それが何だっていうんだ。家族とも話をしてねえんだろう」

「多少でも話ができれば十分だ。大丈夫、任せてくれ」


 アギトは半信半疑であったが隣で聞いている妹さんが不動の信頼を見せてくれた為、渋々飛び上がって二階にあるなのはの部屋の窓を叩いた。

窓そのものは開かれなかったが、反応はあったのだろう。アギトは必死に用件を告げると、恐る恐るではあるが窓は少しだけ開いた。


ようやく、再会した。



「……おにーちゃん……」



 ――暗い。


疲労や病気によるものではない。窓の奥から見える少女の瞳に、光がない。フィリスのようにやつれてはいないが、別人のように色褪せていた。

夜なので顔色や肌まで見えないが、何もかもが暗くて陰ってしまっている。生気そのものが失われていた。

俺や隣の妹さんを見る目にも、力がない。多分感情の出る余地が、心にないのだろう。それほどまでに、疲れきってしまっている。


俺の死が誤報であったとしても、何も変わりはしない。


「なのは」

「……」



 そう――何も、変わりはしないのだ。



「お前、今夏休みで暇だろう。俺の仕事を手伝え」

「……?」

「町の平和を守れといったのに、ダラダラさぼりやがって。着替えて、すぐ降りてこい。十秒以内だぞ」

「ふえええええっ!? ちょッ、ちょっと待っ――」

「10,9,8――」

「うぇ〜ん、十秒は早すぎますよー!?」


 窓を開けたまま、慌てて部屋へと戻ってバタバタし始める。よほど慌てたのか、転んだ音やぶつけた音がして少女の泣き声が元気いっぱいに聞こえてくる。

死にそうな顔をしていた女の子の突然の変貌に、アギトは唖然呆然。まあ、無理もない。引き篭もっていた奴が、いきなり飛び出したのだから。


アギトは急降下して、俺を問い詰める。



「な、何でだ! 家族がどんなに励ましても、仲間がどんなに心配しても、塞ぎこんでいたんだろう!?」

「優しくしたりするから、あいつは変に思い詰めてしまってたんだ。かけるべき言葉は、優しさなんかじゃねえんだよ」


 俺の周りは厳しい大人ばかりだから、逆に救われている。もしも俺の全てを肯定するだけの人間ばかりなら、きっと俺は駄目になっていただろう。

人間に必要なのは、優しさばかりじゃない。もしも間違えたのなら、指摘してくれる厳しさだって必要なのだ。相手の心を傷つける結果になったとしても。


なのはが落ち込んだ時、皆に優しくされたから余計に責任を感じてしまった。そして自分の無力を思い知らされて、塞ぎこんで心を閉ざしてしまったのだ。



「アギト。あいつはな――誰かに、叱ってもらいたかったんだよ」
















<続く>








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