とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第三十一話





 時空管理局側に提示したローゼの管理プランは、公式には認定されていない。ロストロギアとしての封印は延期しているだけ、管理局としてのスタンスは現状維持されているのだ。

本日観察に来る二人も封印を前提としている以上、非公認の管理プランには厳しい目を向けてくる。そもそも、危険と判断されたロストロギアを一般人が保有するのは違反なのだから。

無闇にへりくだる必要はないが、甘い顔を見せては追求されるだけ。顔見知りであっても油断はせず、決して隙を見せずに対応しなければならない。他人を、背負うのであれば。


クイント・ナカジマ捜査官兼現場監督官とルーテシア・アルピーノ捜査官兼監督官、二人を出迎えるのには当然最高の布陣で挑む。


「ようこそ、いらっしゃいました。当屋敷のメイド兼管理プラン提唱者の助手を務めている、アリサと申します。以後、お見知りおき下さい」

「貴女がアリサさんね。リンディ提督やクロノ執務官より、お話は伺っているわ。今日は、よろしくお願い致します」


 ……どうしてただのメイドが異世界の提督や執務官より評価を受けているのか、当事者である筈なのに俺もよく分からない。連絡の窓口も、向こうからアリサの指名があったのだ。

アリサはジュエルシード事件では被害者に位置する立場だったのに、今では仲介役として顔が通じている。お役人に余程受けがいいのか、それとも俺自身が問題視されているのか。

何にしても評価が良いのであれば、前面に出すのは自然だ。悪く言えば接待役なのだが、俺もアリサも抵抗はなかった。一ヶ月前の海外の権力争いで、俺達はその必要性を思い知っている。


とはいえ主役となるのは管理プランを提唱した俺であり、第一管理対象のローゼであり、危険物扱いされているアギトだ。害はないとアピールする上でも、友好的な挨拶は必要だ。


「遠路はるばるようこそ、と言っておこうかな」

「あら、歓迎されていないようね。帰ってもいいのよ」

「またまたご冗談を。出張とかこつけて遊んでいるようでは、出世できませんよ」


 あらあらうふふ、ととびきりの愛想笑いを浮かべるルーテシア監督官。かねてより敵視されていると分かっていれば、こんな嫌味や皮肉も挨拶にはなる。

本案件を面倒事と捉えていればこれ幸いと帰りかねないが、ルーテシアは俺個人への感情はさておいて任務は真面目にこなす。ゆえにこうして、営業スマイルで俺を恫喝するに留める。


こうした俺達の社会人的会話は、人が出来ている者達にはえらく不評であった。


「……こいつら、いつもこんなに仲が悪いのか?」

「"ルーテシア"はどちらかと言えばお嬢様タイプで好悪を人にはあまり見せないんだけど、どうもあの子には特別みたいなの」

「特別に嫌ってる、ということなのかな」

「好きの反対が嫌いであれば、そうかもしれないわね」


 アギトとクイントが、何やら呆れ顔混じりで耳打ちしあっている。丸聞こえなのでイラッとするが、大人げないので俺達も矛を収めた。馬鹿なことを言っている場合じゃない。

一方、よく出来た子供達は口出しもせずに推移を見守るのみ。アリサは歓待の態度を、すずかは護衛の態度を、そしてローゼは従者の態度を維持している。

挨拶も終わったところで、時空管理局の一流捜査官達の視察がいよいよ行われる――捜査官が視察というのも、部署違いで違和感はあるのだが。 


「では、早速当家の敷地内をご案内いたします。どうぞ、お車にお乗り下さいませ」

「……まず第一に、確認しておきたいのだけれど」

「何なりと」

「管理プランの地として提供して頂いているこの山林、見えている限り全てを所有しているのかしら」

「はい。本来であれば当家の主がご説明すべきなのですが、管理プランを提唱している責もありまして私が御案内させて頂いております」


 海鳴町の外れに建てられた月村の屋敷は、山の頂付近にある。元来山林の所有権まで持ち合わせていなかったのだが、今はこうして月村が管理している。

ルーテシアの疑問は山林所有のスケールによる驚愕も少しはあるのだろうが、何より山林を所有するメリットについて疑問を持ったのだろう。

山林の所有は敷地としての規模こそ大きいが、美林でもない限り田舎にある山を所有しても利はさほどない。無論個々人の管理によってどうとでもないが、率先して求める程ではない。

時空管理局という巨大組織の一員として、彼女達もその点を十分に熟知している。だからこそ、こうした疑問を指摘できる。


「事前に提出された資料によると、最近所有権を委ねられたそうね。まさか、この管理プランの一環として所有権を求めたの?」


 アリサと、目配せする。ほら指摘が来たでしょう、とアリサは落ち着いた表情。本当に指摘が来たと、俺は内心動揺しまくっていた。アリサがいて、よかった。

ちなみに厳密に言えばこの山林は綺堂と月村預かりであり、所有権の委託については夜の一族の長直々に進めてくれた。カーミラではなく、先代である。


今の長はカーミラだが、始祖の血を引く"王女"は夜の一族の至宝である。安全面を含めて、彼女を取り巻く地を確保するのは当然であった。


彼女の価値が確立されたのは当然、世界会議である。月村すずかの心の在り方――当時綺堂さくらを陥れようとしたカレン達の策謀を俺が破った事により、彼女は真の王女となった。

そんな夜の一族の経緯を、異世界の人間に説明なんて出来るはずがない。だからこそもっともらしい言い訳が必要だと、アリサは想定していたのだ。


「いいえ、元々この山林については前所有者が放置されておられました。所有権は半ば、宙に浮いていた形だったのです。
当屋敷も月日が経過し老朽も進んでおりまして、改築も含めて敷地についても見直しを図ったのです」

「――この時期に所有権を委ねられたのは、単に重なったからであると?」

「正に、好都合といったところでしょうか」


 クイントの疑念を、アリサが笑顔で黙殺する。どれほど理論で武装しても、法の守護者が相手だと綻びを指摘されるのは免れない。だからこそもっともらしく、かつ隙のある言い訳を用意する。

後は、偶然の一言で片付けるわけだ。本人の度量が問われるが、アリサは女帝の後継者にまで上り詰めた才女。熟練の捜査官二人を相手に、ニコニコである。何こいつ、怖い。


まあ実際、ほぼ偶然だしな。まさか世界会議が終わってすぐに、ローゼの封印がいきなり決定されるとは思わなかった。管理プランも、窮余の策でしかない。


突然の決定なのは、ルーテシア達だって承知の上。重なった時期が偶然だと言われれば、疑問は残るが追求は出来ない。然るべき処置であっても、教権であるのは確かなのだ。

ローゼが人間らしい分、封印には彼女達も心を痛めてはいる。法に抵抗する俺に肩入れは出来なくても、問答無用では来ない。この点において、これ以上の指摘は出なかった。


二人が車に乗り込んで、敷地内の視察に写った。ノエルの運転による案内の元、アリサは敷地内について説明していき、責任者である俺も受け答えを行う。


「管理プラン提言時にもクロノ達の前で説明はしたが、山林を含めて敷地内には俺達関係者しかない。山林への立ち入りも、厳重に禁止されている。
道路も今通っている一本のみ、怪しい人間が来ればすぐに分かるセキュリティシステムとなっている」

「先ほどと似た質問で申し訳ないけれど、昨日の今日でどうしてここまで鉄壁なシステムを構築できているの?
話に聞いた限りでは屋敷しかないのだから、屋敷の主を訪ねでもしない限り第三者なんてわざわざ入ってこないと思うのだけれど」

「だから尚の事、管理には適しているだろう。万が一が起きても、誰も巻き込まないで済む」

「セキュリティが万全である理由にはならないわ」


 セキュリティが万全なら、問題なしでいいじゃねえか。細かい指摘に、内心舌打ちする。露骨にしないのは、この点が弱みだと思われたくないだけだ。

分かってはいたが、ルーテシアは俺の味方ではない。ちょっとでも綻びが見つかれば、管理プランへの問題点として管理局側に報告する。

別に、ルーテシア本人を責める気はない。クロノであろうと、リンディであろうと、こういう点には妥協はしないだろうからな。単に、俺が気に入らないだけだ。

誤魔化すことも出来るが、後々に明るみになって問題となるのもまずい。嫌な指摘に、渋々真実を付け足す。


「――この屋敷の主は以前、身内に命を狙われていた」

「身内に!? それって」

「相続権争い、と言えば察しはつくだろう。どこにでもある話だ」


 なのは達のような善人、いや一般人であればいたく同情して追求するのはやめてくれるだろう。俺も実際、ちょっとだけ期待はしていた。

だが、彼女達が今日此処へ来たのは親睦を深める為では断じてない。それは俺を敵視するルーテシアだけではなく、クイントとて同じである。


俺の母親を希望している彼女が、時空管理局の一員として追求する。


「何処にでもあっては困るし、まして危険なロストロギアとして指定されているローゼの管理地内でそのような問題があるのはプランとして問題だわ」

「ちょ、ちょっと待てよ。命を狙われているのは、こっちなんだぞ!?」

「ローゼ本人の直接の事情ではないの。たとえ提供者であっても、ローゼの管理に問題が起きるようでは困るのよ」

「っ……何でもかんでもそうやって、偉そうに役人面しやがって! お前らがそんな奴らだから、アタシだって捜査の協力なんぞしたくなかっ――」


「やめろ、アギト」


 チョップを入れる。後頭部を殴られて、アギトは後部座席に墜落して転げまわった。同列に座っていた妹さんが、救い上げてくれる。

アギトが涙を滲ませて痛そうにしていたが、やがて名の如く烈火の怒りを上げる。


「何しやがるんだ、てめえ!」

「捜査協力が前提で釈放されているのに、そこをいきなり否定するな。俺の管理責任が問われる」

「お前まで、管理だの何だの言うのかよ!? こいつらに言いたい放題言わせる気か、みそこなったぞ!」

「話は最後まで大人しく聞けよ。期待にはちゃんと、応えてみせる」

「……本当だな?」

「一蓮托生だろう、俺達は」


 そう言うとアギトは面白くなさそうに、どこか拗ねたような顔をして鼻息を鳴らした。まだ不満はあるが、一応俺の答えには満足したようだ。乱暴に、席に座リ直す。

アギトが大人しくした事に二人して目を丸くするが、俺は勝手に話題を戻す。


「相続権争いそのものはもう、解決している。主犯とされる人物は相続権を破棄して、家から追放となった」

「だったら、セキュリティは必要ないでしょう」

「強者の意見だな、それは」

「どういうこと……?」

「安全だからといって、急には安心できないのが弱者だ。セキュリティは対象者を守るだけではなく、対象者に安心を与える役目だってある」


 俺は、強くなると心に誓っている。だが同時に、弱さを断ち切るつもりもなかった。自分の愚かしいまでの弱さを否定はしても、拒絶まではしない。

弱かったからこそ、今の自分がある。その心だけは、忘れまいとしている。反省は腐るほどしているし、悩みも沢山あるが、強いだけの人間にはなりたくなかった。

強さあっての、自分ではない――他人あっての、自分なのだ。他人の弱さを、理解出来る人間になりたい。


「そうね……ごめんなさい。今のは、失言だったわ」


 ルーテシアも恐らくその系譜を辿っている、だからこそこうして謝罪も出来る。彼女の厳しさとは断じて、嫌らしさではない。弱者を虐めるだけの、教権ではないのだ。

法を施行するその権力は、弱き者達を守るために使用する。一方で、ローゼを封印する無情さもある。その矛盾を孕みつつも、彼女達は手を緩めない。

手強い相手ではあるが、尊敬するべき敵ではあった。心底憎めたら、どんなに良かったことか。


ひとまず、管理プランを執り行う場所については問題なしとなった。いよいよ次はプランの関係者、その顔合わせだ。


「紹介致します。当屋敷の主人であり、ローゼのメンテナンスを務めておられる月村忍様」

「おはようございます。こちらでは初めまして、ですね」

(……あの白衣、気に入っているのか)


 屋敷の前で出迎えた忍は、朝から白衣を着ている。別にドレスアップしろとは言わないし、ルーテシア達もお客様ではないが、その格好はどうかと思う。

事前にも指摘したのだが、剣道着を着た俺には言われたくないと全会一致で猛反撃を食らった。ぐぬぬぬぬ、日本の侍というのは理解されにくい。



さて――いよいよ。



「そしてこちらが当屋敷に住んでおります、主の大切な御客様方。八神家の、皆様です」

「初めまして、八神はやてといいます。忍さんや良介とは家族同然のお付き合いをさせてもらってます」


「えと……八神、ヴィータです」
「八神シグナムです。事情は、伺っております」
「八神シャマルと申します。忍さんにはいつも本当に、お世話になっておりますわ」


 ルーテシアとクイントが、彼らを観察している。内心、冷や汗モノだった。ノエルのプロ級のメイクとアリサのコーディネート、加えて守護騎士達の変身魔法。別人と、言い切ってもいい。

本人達の特色を残しつつも、顔写真等では分からない変装と変身。指名手配されていてもバレないように、あらゆる点から偽装を施している。

正直名前も変えるべきだと思ったのだが、何もかも嘘はまずい。変身魔法が察知された場合、真っ先に疑われるのが名なのだ。

時空管理局には、顔や名前までは正確に伝わっていないとは聞いたが――確かでもないらしい。そういうのが正直、一番困るんだが。


「……」


 ――何だよ、なんか言えよ。第一、今日こいつらは関係ないだろう。管理プランそのものを見に来たんだ、こいつらは単に第三者でしかない。興味を示す要素はない。

などと言い訳を並べて、自分の緊張を誤魔化すのが精一杯だった。くそう、情報不足が痛すぎる。時空管理局のことも、魔導書のことも、殆ど何も知らないのだ。

無言に耐えかねて、口を開こうとしたが、


「リョウスケ、ちょっと来なさい」

「はいっ!?」

「いいから、来なさい」


 何故だ、何故クイントは俺個人を呼びつける。管理プランに、こいつらが何の関係がある。堂々と言えよ、俺個人にどうして伝えようとする。あん、コラ。

心でどう恫喝しようと、身体がすごすごクイントに近付けば世話はない。何を言われるのか、正直怖くて仕方がなかった。


クイントは、俺の肩に手を回す。寄せ付けられた胸の柔らかい感触よりも、締めあげられた腕の感触のほうが痛い。


「この子達、誰なの?」

「い、今、紹介したじゃねえか。俺と忍の、個人的な知り合い」

「ふーん、個人的な知り合い……」

「な、なんだよ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」


 ば、バレたのか、バレてしまったのか!? どうする、どうやって誤魔化す。外見を誤魔化すのが精一杯だったんだ、流石に前科まで消せない。

変身魔法自体はむしろ軽く、どちらかといえば変装やメイクに力を入れている。身内贔屓ではないが、アリサやノエルの技術は超一流だ。見破るのは、困難だ。

俺でも外で今のこいつらを見かけても、認識するのは無理なんだぞ。どうやって見破ったんだ、ええおい。早く言ってくれ、緊張で死にそうだ。


クイントは、告げる。


「貴方の、個人的な知り合い」

「あ、ああ、それが何だ」



「どうして、女の子ばかりなの!」



「そんなの、知るか!?」

「女の子ばかり連れ込んで、何を管理する気なのよ!」

「管理局員が何言ってやがる!」

「プランより、プランの提唱者に問題あり、か――」

「おいおい、コラ。何が問題なんだよ、ルーテシア!」


「年頃の男女同衾。いたいけな少女をメイドにし、幼い少女を護衛にし、あまつにさえ大勢の女の子を山の上の屋敷に囲ってる、男――何が問題ない、と?」


「いや、それは……」

「そういえばローゼも、可愛い女の子ね。手元において所有したいの!?」

「お前らは俺を何だと――待って、ルーテシアさん、クイントさん! お願いですから、帰ろうとしないで!?」


 泣きつかんばかりの勢いで、二人にしがみついて懇願する。言われてみて初めて気付いたが、確かに俺以外に女が居ない。

まさか管理プランそのものではなく、一般的常識を問われるとは夢にも思っていなかった。いや、問題だと言われたら確かにそうなんだけど――と言うかさくらにはちゃんと言ったぞ、俺!

もはやシグナム達がどうとかではなく、俺個人の責任にされて散々説教されてしまう。何故だ、どうして想定がここまで狂うんだ。


俺の醜態を目の当たりにして、子犬モードを体得したザフィーラの旦那が欠伸する。
















<続く>








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