とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第十九話





今のところ、ゼスト隊の助力を得ることは叶わなかった。当たり前である。彼らが所属する時空管理局の決定だ、組織の一員が安々と歯向かえるはずがない。

最新型自動人形ガジェットドローンであるローゼの封印という判断そのものも、正しいのだ。異を唱える意義もなく、反対に回る意味もない。色好い返事など、貰えたりはしない。


夜の一族の世界会議で権力闘争を繰り広げた経験もあり、その程度の認識は出来ていた。勝てる材料もないのに取引を求めたのは自己主張ではなく、機会を貰う為であった。


今まではずっと人の縁に恵まれ、他人の好意に甘えるままに生きてきた。今度は自分から他人に接し、チャンスを得るべく努力しなければならない。

ゼスト・グランガイツとルーテシア・アルピーノ、クイント・ナカジマとゲンヤ・ナカジマ。彼らに交渉を求めた結果、取引には応じなかったが試練は与えられた。


古代ベルカの融合機との、面会許可である。


「一対一での面会を希望するつもりか」

「取調室に居なくても、どこか別の部屋で監視することは出来るんだろう。そちらに不都合が生じない程度でいいから、そいつとふたりきりで話をさせてくれ。
俺が提示する監視体制にそいつが応じなければ、先程俺から申し出た取引は忘れてくれてかまわない。

だが、もし受け入れてくれたのなら――再考してくれ。勿論、明日提出するプランを確認してからでいい」


 ディアーナ・ボルドィレフの冷徹な微笑みと、カレン・ウィリアムズの悪辣な笑顔が、脳裏に浮かんだ。取引とは最初に承諾を得るのではなく、最後に得られれば勝利であるそうだ。

最初に拒絶されるのを前提とした、取引手段。無茶な要求をして断られた後に、小さな要求を出して妥協を探る。その小さな要求こそ実は本命であり、承諾を得る事に成功する。


ローゼの封印が正式決定した後に、危険な融合騎との交渉なんて通常認められる筈がない。だからこそ、カレン達より教わった交渉手段でゼスト隊に持ちかけた。


俺はまだまだ無教養のガキンチョだが、ゼスト隊との取引が最初から成立するとは思っていない。最後に、彼らの協力を得られればいいのだ。今必要なのは、チャンスなのだから。

富を築き上げたカレンやディアーナに言わせれば交渉術とも呼べない単純なやり方だそうだが、聞いておいてよかったと心の底から思う。


おかげで――こうして、実った。


「隊長、私情は抜きにしても彼の申し出は一考する価値はあると思います。今後捜査を続けるにしても、"彼女"の協力は必要となるでしょう。
私達では彼女の警戒を招き、無用な衝突を繰り返してしまいます。我々だけなら隠してもおけますが、事情聴取が進まなければ本部も動かざるをえなくなるでしょう。

もし本局員に危害を加えてしまったら――彼女は、封印されてしまいます」

「彼の申し出というのも何だか癪ですが、私からも改めて要望します。彼女を、彼に引き会わせてあげて下さい。
捜査報告にもあげましたが、彼は"戦闘機人"とおぼしき彼女達との交流にも成功してします。可能性は、十分あると思います」

「俺からも頼むよ、ゼストの旦那。責任なら、俺がいくらでも取ってやる。一度でいい、こいつにやらせてやってくれ」

「そういう訳にはいかないでしょう――責任というのなら、許可した私が取るべきだ」


 押し切られる形であったが、ゼスト隊長は苦笑いを浮かべつつ承認してくれた。アースラにある取調室に二人きり、隣の部屋でクロノ達も揃って総勢で監視する。

俺が提示するプランを承諾しなければ、取引は中止。相手が暴力行為に出れば、面会も中止。どちらにせよ、ここで破綻すれば明日を待つまでもなくローゼは封印となる。


当の本人であるローゼは俺がクロノ達に交渉を持ちかけた事で、検査そのものは再開される事となった。一ヶ月とはいえ民間人に預けるのだ、危険かどうか見定めるのは当然だった。


ジュエルシードもそうだが、ローゼ本人も立派な兵器だ。個人の人格に問題がないか、検査員が面会してローゼの心理を分析する。忍も立ち会っているので、ひとまず安心だろう。

面会の準備は、さほど待たされずに済んだ。古代ベルカの融合機とやらは、既にアースラに運ばれて検査を受けていたようだ。危険ゆえに、厳重に取調室に運ばれる。


そして――面会の時間。ミヤと同じユニゾンデバイス、古代ベルカの融合機との初対面となった。


「……ぶっ!?」

「人の顔を見て驚くとは、失礼な奴だな」


 ミヤを"妖精"と表現するのなら、こいつは"悪魔"と表するに相応しいだろう。蝙蝠のような翼、エルフのような耳、先端が尖った尻尾、悪魔じみた風貌をしている。

奇怪では決してない。異形であればこその美、人形に等しい小さな体型に完璧なまでの造形で成立している。可愛いより綺麗、可憐というより美麗な少女であった。

何より特徴的なのが、眼。不信に光っており、敵意と殺意で視線までも鋭く尖っている。酷く、荒んでいた。


この世の何も信じていないのだと、彼女の眼がそう訴えている。憎しみと、共に。


「てめえよ……生きてて恥ずかしくならねえの、その格好?」

「コスプレまがいの格好をした、お前に言われたくねえ!」


 そんな彼女だったが、出会い頭に俺を見るなり目をいきなり丸くしている。不信は不審となり、敵意は奇異に変わってしまった。いきなりの変化だったが、いい方向には全く向かっていない。

確かに、女にボコボコに殴られた顔をした剣道着の男が面会に来れば仰天するのも無理は無いかもしれない。というか、ゼスト達はよく生真面目に相手してくれたものだ。

もしかして、俺が見ていない隙に笑っているのではないだろうか……? リスティにボコられてフィリスに寝たままでは、誰も顔の手当てをしてくれない。うぐぐぐ。


ともあれ何とか穏便に話をすべく、咳払いをする。


「突然面会なんぞ求めて不審に思うだろうが、安心してくれ。この組織の人間じゃない」

「そんなの、見りゃ分かる。そんな格好をした役人なんぞいねえだろう。余計に、安心できなくなったけど」

「俺は善意の第三者だ。お前に話があって、面会させてもらっている」

「ちっ、妙な格好をして誰かと思えば、また"お話"かよ。誰が来ようと、アタシはなーんにも協力しねえぞ。
医者だの、修道女だの、カウンセラーだの、次から次へと……アタシは病人じゃねえっての」


 ――なるほど、ゼストのおっさん達もこいつの為に人手を割いていたのか。当然か、ド素人の民間人なんぞにいきなり任せたりする訳がない。

心のケアを専門とする人間を何人も対面させて、結局徒労に終わったようだ。極秘の捜査というのに、随分労力を費やしている。こいつはよほど、重要人物らしい。

言い換えると、こいつを味方につけられればゼスト達相手に有利に事を運べる。あいつらが求めているのは、危険物を管理できる専門家ではない。


危険視されている存在を任せられる、"人間"なのだ。


「俺は第三者だと言っただろう、この組織に雇われたんじゃない。もっと言えば、この組織に反する立場の人間だ」

「どういう意味だよ」

「時空管理局というこの組織のやり方に、異を唱えている。やり方こそ違えど、今のお前のように歯向かっているんだ」

「へん、だからボクはオマエの味方でちゅよ〜か。勝手にアタシの友達ヅラすんな、殺すぞ」


 言葉は軽いが、意志は強い。朱に彩られた髪は血ではなく、少女の気質を示すような炎の色。殺意が、空気を陽炎のように揺らしている。熱気まで感じられるようだった。

なるほど、この殺意を浴びせられたら綺麗事なんて口に出せなくなる。たとえ心からの思い遣りであっても、敵意がねじ伏せてしまう。善意は炎に炙られて、炭化されるのだ。

ゼスト達は敵意に怯んだりはしなかっただろうが、どんな言葉でも片っ端から焼かれてしまったら徒労に終わるだけ。さぞ、難儀させられたに違いない。


今までの連中と、俺の違いは――ここで失敗すれば、ローゼが封印されるという最悪の結果が待っていること。怖くても、怯めない。


「面白いことを言うじゃないか。俺を殺せるのか、お前に」

「ここの連中ならともかく、お前如き簡単に殺れるぜ。試してやろうか」

「お前には無理だね、そんな覚悟がねえよ」

「てめえ……!」


 実際の戦闘は、愚行の極み。こいつは間違いなく、俺を殺せる実力を持っている。小さな身体だが、こいつの発する迫力だけで飲まれてしまいそうだった。

怯めば、間違いなく殺される。ここでの挑発は、明らかに選択ミス。交渉に長けた人間なら、暴力行為になんて発展させない。言葉一つで、相手をねじ伏せて一流だ。


俺は、一流ではない。だから、三流なりのやり方で攻める。


「俺を殺せばどうなるか、分からないお前じゃないだろう。お前は確かに強い、だから先も見える」

「殺人の罪で、アタシが封印されると言いたいのか。上等だ、片っ端から焼き尽くしてやるよ。お前ら全員殺して、此処から出て行ってやるさ」

「自由になって何処に行く気だ、お前。夢も何にもねえ奴に限って、その場での勢いでモノを言うんだよ」

「てめえ……殺してやる!」

「今のお前に、未来なんてあるのか。人を傷つけてまで生きて、何がしたいんだよ」


 ――過去の自分に向かって、偉そうに言ってやる。多分桃子達がずっと言いたかったであろう、説教を。あいつらは優しくて言えなかった、俺は優しくなんぞないから言える。

剣士になる? 天下を取る? 口だけのくせに。学歴もなく、職歴もなく、教養もなく、武芸もなく、何にもなかったから、棒きれ拾って振り回していただけだ。

旅に出て、その後どうするつもりだったんだ? ずっと野宿して、草を齧って生きていくつもりなのか。社会からはみ出して、一人自由気ままに旅して、それが何だってんだ。

何の才能もなく、何の努力もしない。ただ他人を傷付けて、偉そうにしているだけ。そんな存在に、何の価値があるんだ。カッコイイつもりか、そんなのが。


他人の――


「他人の好意に甘えてばかりの奴が、偉そうな口を利くんじゃねえよ。何様なんだ、お前は。図々しく他人に甘えて、生きているだけのくせに」

「……!?」

「同情を優しさと勘違いし、厚意を好意と勘違いして、偉そうにしているてめえなんぞ俺は怖くも何ともねえ。
殺せるものなら、殺してみろ。剣も何も持ってねえが、思いっきり抵抗してやる。

俺はお前と違って、ちゃんと生きる理由があるからな。お前に俺を殺す確かな理由があるのなら、かかってこいよ」


 ――もし出逢った頃のクリスチーナなら、容赦なく俺を殺すに違いない。怒りや憎しみという単純な感情でも、人を殺す動機にはなるのだから。

生きる理由なんて求めるのは、それこそ人間くらいなものだろう。動物ならば、本能で生きられる。デバイスならば、使命で活動できる。


俺は――こいつの、"心"にかけてみた。自分の命を、チップにして。


「……何だよ、お前の生きる理由ってのは」

「心を宿した兵器が、時空管理局の決定で封印されることになった。そいつは、俺を慕ってくれる従者だ」

「そ、それって……アタシと同じ、デバイスか!?」

「違う。ロストロギアという世界を滅ぼす力を持った、人型の兵器だ。兵器だから危険だという理由で、そいつは宿した心ごと封印されることになった。
俺は管理局相手に徹底的にやりあって、何とか一ヶ月間猶予が与えられることになった。この巨大な組織の決定を覆し、そいつの自由を勝ち取る。

俺はその為に、戦う。少なくともこの一ヶ月、俺が何としても生きなければいけない理由だ」

「自由を、勝ち取る為に――戦う」


 止まってくれた。何とも情けないが、ホッとする。危険だのなんだのと言われているが、こいつにも心はあるようだ。賭けに、勝った。

自分の命をかけてまでこんなやり方に出たのは、こいつがもし心の持たない兵器ならこの先の戦いに勝ち目がなくなるからだ。死ぬ気で、確認しなければならなかった。


クロノ達の――時空管理局の方の正当性を覆せるのは、"心"以外ありえない。


「デバイスでもねえ兵器のために、何でお前がそこまでやるんだ。やべえ代物なのは、事実なんだろう」

「生きているだけで罪だなんて理不尽じゃねえか。道具にだって、戦う権利はあるさ」

「……っ」

「今日ここへは、お前と友達になりに来たんじゃない。お前を、誘いに来たんだよ」

「アタシを……?」

「その気があるのなら、自由を勝ち取るべく一緒に戦おう。牙向いてだれもかれも噛み付くだけが戦い方じゃねえだろう。
お前に自分が誇れる心ってのがあるのなら、堂々と戦って勝ち取れよ。俺は、お前にその道を示す。まだ色々模索中だけど、お前が協力してくれればやれる。

危険だのなんだのと、余計なレッテル貼られたままでいいのか。デバイスにだって、誇れる名くらいあるだろう」


 交渉には利を説くのが当たり前、カレンやディアーナには悪いがここだけは自分流でいかせてもらう。剣士という生き物は時に、利益よりも自分を追求したがるものだ。

こいつは別に剣士ではないが、デバイスであるのなら戦いに対して気概くらいはあると信じたい。そう思っていると、不意に笑ってしまいたくなる。


他人をあれほど拒否していたくせに、交渉する時は他人の"心"頼みときたもんだ。全く、俺という人間はどこまでも図々しい。


「……『アギト』だよ」

「うん……?」


「烈火の剣精、アギト――それが、アタシの誇れる名だ」


「そうか……俺は良介、宮本良介だ。これからも、よろしくな」

「懐くんじゃねえよ、バカ。お前の名前なんぞ知るか、心底どうでもいい。
言っておくが、お前を信頼したわけじゃねえからな。ウダウダ偉そうに言うわりに、具体的な事は何にも話しやがらねえ。たく……

ま、ここの連中のクソ真面目な顔見るのにも嫌気が差してきたところだ。暇潰しに、付き合ってやるよ」

「交渉成立だな」


 感触として、信頼はあまり得られなかったと見ていい。俺の言葉に感慨を受けたというより、熱弁する俺に呆れて根負けした様子であった。敵愾心は変わらず、剥き出しにしている。

俺を見る目も変わらない。疎ましげに、斜めから見下ろしている。


「お前、アタシのことを連中から聞いたのか?」

「俺が聞いたのは、お前の立場だけだ。強行捜査した研究所で発見されたデバイス、研究材料にされた痕跡が多々あると」

「……それを聞いても、お前はアタシに何の同情もしてないんだな。人間扱いすらしようとしねえ」

「人間だろうと、道具だろうと、何も変わらないからな。自分の不遇は、自分で正すしかない」

「ちっ、まるで対等のように扱いやがって」


 アギトは少しだけ、悲しげに俯いた。今のこいつの気持ちは、痛いほど分かる。優しくされるのに慣れてしまうと、厳しさに心が揺れてしまうのだ。

他人のせいにしていると分からないのだが、いざ我が身を振り返ると今まで何もしてこなかったことに愕然とするのだ。子供が、ようやく自分が子供だと悟る瞬間でもある。

俺はこいつの親じゃない。不安になっても、手を握ってやりはしない。どんな理由があろうと、今自分は一人だけ。自分で何とかするしかない。


何とかしようと顔を上げたその時に、ようやく見えるのだ。目の前にいてくれる、他人の顔が。


「お前ってさ……もしかして、剣士?」

「? なんで分かったんだ」

「剣を持っていなくても戦えるとか言ってたじゃねえか、さっき」


 そういえば、勢い任せに言った気がする。それにしても、そんな単語に敏感に反応するほどのものでもない気がするんだが。

アギトは何だかチラチラこちらを伺いながら、つっけんどんに訴えてくる。


「魔導師なんだよな、一応。見た感じ、デバイスを持ってないみたいだけど」

「なりたてみたいなもんだ。それほど上等じゃねえ」

「ふーん……あ、あのよ。アタシが融合機だからって――みょ、妙な期待するなよ。
お前みたいな弱っちいのとは、絶対にユニゾンしてやらねえからな!」

「いいよ、別に。いざとなったら力を貸してくれる、ユニゾンデバイスが他にいるからな」

「な、何ぃぃぃ〜〜〜〜〜〜!? どこのどいつだ、それは!」

「アタタタタタタ、噛み付くな!?」


 ――立派な暴力行為と訴えたのに、クイント達に思いっきり笑われて許された。許すなよ、逮捕しろよ、こんな危ない奴!?

最後は円満とは言い難い結果で、交渉は何とか終えられた。最初からこんな調子では、先が思い遣られてしまうが。


異世界での話し合いはこれで終わり、朝から晩まで緊張の連続だった一日も何とか乗りきれた――その矢先。





八神はやての家が、見るも無残な有り様になっていた。
















<続く>








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