とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第十六話





 時空管理局艦船アースラ、基本的に俺が宇宙戦艦と分かりやすく呼んでいるこの艦は異世界の象徴とも言える。地球で普通に人生を過ごせば、生涯閉じるまで乗船する機会は得られなかった。

俺にとっては非日常の象徴である月村忍にしても同様で、乗船するなり目を輝かせて艦内を嬉々として観察している。科学者としてより、夜の一族の人間としての目で。

かの一族の寿命は人間よりも遥かに長く、長寿であるがゆえに平和な日常に倦む。長く時を生きる存在の宿命とも言えるが、月村忍も十代にして永遠に飽いていた。

忍がテレビゲームを好み、映画を楽しみ、音楽に聴き惚れる由縁でもあるのだろう。日常にはない非日常を狂えるほどに求め、少女は人間として破綻をきたしていたのだ。


今日の為にと馬鹿馬鹿しくにも白衣を着用した自動人形の科学者が、俺の肩をしきりに叩いて耳打ちする。


「やっぱり、侍君は最高だね。あの時公園で侍君に声をかけられたのは、私にとって人生最高の幸運だったよ!」

「お前と出逢ってしまったことが、そもそも俺の不運の始まりだった気がするよ」

「魔法と科学の融合、異空間を航行する船――多次元を管理する、法の組織。凄いよ、本当に……侍君ってほんと、どんな星の下に生まれてきたんだろう。
これはもう、ずっとついていくしかないね。高校なんて行っている場合じゃないよ、これは」

「夏休みの補習をサボる言い訳にするな、馬鹿」


 約束の日、月村忍とノエルと合流した俺は海鳴町に派遣されているクイントと待ち合わせ。護衛の妹さんに夜の一族の警護チームへの根回しをお願いして、アースラへと転移。

魔法による瞬間移動――異世界では転送と呼ばれる技術――を使用して、宇宙戦艦へと乗船に成功。艦内を歩きながら、月村忍に異世界に関する事情を説明しておく。

プレシアが製作した巨人兵と戦って重傷を追った俺が運び込まれた、戦艦。クロノ達と再会は約束していたが、まさか三ヶ月も経たずに再び乗船する日が来るなんて思わなかった。

どうやら俺が思っているよりもクロノ達、というより異世界そのものへの縁は強いらしい。ジュエルシードが海鳴町へ全部落ちてきたのもまさか俺の縁によるもの、と考えるのは思い過ぎか。


月村忍は俺との縁も含めて、この異質な繋がりを心から喜んでいた。


「仲がいいのね。後で私にもちゃんと紹介しなさいよ、リョウスケ」

「紹介するほどの仲でもないぞ」

「――と、彼に言わしめる間柄です。よろしくお願いします」

「なるほど、息子の事をよく理解してくれているのね。後でゆっくり話しましょう」


 くそ、なんだよその行間の読み合いは。言葉の裏をお互いに完全に読み取って、心からの笑顔を向け合っている。謎の母娘関係構築に、一般人の俺は到底ついていけなかった。

クイント・ナカジマは時空管理局捜査官、月村忍は夜の一族。どちらも、人間を疑って生きる存在。気心が知れても、初対面で通じ合えるとは思えない。友好的でも、まだ挨拶程度だろう。

俺が居なければ、簡単に破綻する関係でしかない。それでもこうした、表面上の関係を築いていくのも大切。この関係が進展していくかどうかは、本人次第だろう。


どちらにしろ、今日の検査次第だ。今回クイントに連れられたのは会議室ではなく、ジュエルシード事件で俺が運び込まれた医務室だった。


「クロノ執務官、リンディ提督。連れてまいりました」

「お疲れ様です、ナカジマ捜査官。それと――こうして直接会うのは事件以来か、ミヤモト」

「久し振り、という感じはしないな。感動の再会をしたかったんだがな」

「十分感動的よ、元気な顔が見られて嬉しいわ」


 アースラにおける最高指揮官であるリンディとクロノが、責任者として医務室で待機していた。懐かしさはそれほどなかったが、お世話になった人達とまた会えたのは悪い気がしない。

ジュエルシード事件後も数々の危難に遭ったが、彼らからの心強い支援もあって何とか乗りきれた。警察に近しき者達だが、俺としては彼ら個人を頼んでいる面が大きい。

彼らにとっては事件関係者でしかないだろうが、俺にとっては数少ない信頼の置ける人達だった。挨拶にも、気安さが入ってしまうというもの。

だからこそ、全てを託す危うさも感じている。あの町で俺の信頼していた人達は、一人残らず破滅してしまったのだから。


「積もる話もあるが、まずは紹介するよ。彼女が事前に立ち会いを頼んでいた、自動人形の第一人者である月村忍。
自動人形に関する技術そのものが廃れてしまっている現代では、忍を超える技術者はなかなかいない。今日の検査においても、全面的な協力を約束してくれている」

「彼からは事前に、大まかではありますがお話は伺っています。設計図は用意出来ませんでしたが、私なりに分析した資料を持参しました。
出来れば検査の前に一度、そちらとの情報交換をお願いしたく思っています」


 設計図が無いのは不用意に見えるが、これは言い換えるとローゼの内部を調べていない証明にもなる。口頭に過ぎなくとも、まず口に出して示すことが肝要なのだ。

――だと、アリサが忍と打ち合わせしていた。この話し方も、口調も、頭の中で描いた脚本通りに話しているだけだ。ローゼのためなら、真面目に取り繕える。

月村忍の申し出をリンディが承諾し、クロノが検査員の元へ案内する。そして、リンディには肝心要の人物と引き合わせた。


時空管理局がアースラまで駆り出して徹底した検査を求めた人型兵器、ローゼを前に出す。


「主の命により、参上いたしました。本日は、よろしくお願い致します」

「こちらこそよろしくね、ローゼさん。検査員は女性で、私も立ち合う予定だからなにか困った事があればいつでも申し出て下さい」

「はい、分かりました」


 よしよし、アホなことは一切言わなかったな。検査だというのに頑固に執事服を着てきたから不安で仕方がなかったが、殊勝に応対している。

今日の検査の要は自動人形であるローゼの安全性、ポイントはやはり『心』だろう。あいつ自身が兵器である事も、異世界の技術で製造されたことも、今更否定しようもないのだ。

危険である事が前提となっている以上不利は避けられないが、安全装置がかかった兵器であれば過剰に封印する必要はない。検査の上で、その安全性を証明するしかない。


そういう意味ではローゼのアホぶりはアピールポイントにもなるのだが、人間性が疑われそうなので何度も注意はしておいた。


リンディ提督の立ち合いは責任者としては当然ではあるが、ローゼにそう言い聞かせる以上女性として最大限に扱ってはくれるようだ。彼女に託したのはやはり正解だった。

やはり人間、個々人の印象により見る目も当然変わってくる。ローゼを最初から危険だと疑ってかかれば、どんな検査をしても不利益な結果に繋がりかねない。

人の思い込みの危険性は、俺が何度も経験として痛感している。やはりローゼを人として見てくれる人間は、貴重だった。


もっとも、俺はあいつを最初から松葉杖扱いしかしていないのだが。


「侍君、確認してきたよ。自動人形に関する情報は、向こうがほとんど何も有していない。侍君からの情報提供を下地に分析されているだけで、憶測の域を出ていないね」

「だからこそ、ローゼの検査を求めているんだろうな。安全性を確認するのを名目に――」

「――自動人形に関する情報を手にするつもりなんだろうね、ローゼをバラして。信用していいの、この組織」

「どのみち、拒否は出来ない。だったら向こうが情報を掴む前に、検査を終わらせた方がいい。保証書にハンコさえ貰えればいいんだ」

「了解、私も今後ローゼのメンテナンスをする上で一度中を診ておかないといけなかったからね。向こうとも積極的に協力するよ、不都合が出ない範囲で」

「頼んだ」


 こうして、検査は始まる。基本的に俺に出来ることなどなにもないが、やれる事は幾らでもある。これもまた、今まで俺が面倒で棚上げにしていた事柄でもあった。

異世界、そして時空管理局に関すること。味方であるというだけで盲信していたが、海鳴町での絶望を目の当たりにして、信頼すらも保証はない事を思い知った。

今が安全だからと、将来に至るまで過信するのは極めて危険。まして相手が何者か、上っ面だけで知った顔をするなんて愚かの極みだった。そんな関係に、何の意味もない。

クロノ達は、俺にとって恩人だ。ならば、その関係にいつまでも甘えていていい筈がない。彼らや彼らの組織、彼らの生きる世界を知ることで、彼らに恩返しだって出来るはずだ。


(……時空管理局の事は時空管理局の人間に聞くのは一番だが、組織の人間のみというのも客観的ではないか。となると――"聖王教会")


 これもまた、棚晒しにしていた事柄の一つ。法術に関するヒントとして、プレシア・テスタロッサが提示してくれた神の組織。宗教関連である事は言うまでもないが、気にかかる。

聖王という存在を神として祭り上げている宗教団体、としか今のところ想像が出来ない。もしこちらの世界で言うキリスト教ほどの規模であるのならば、世界的かつ歴史的な組織だ。

法術に関する何らかの伝承があるかもしれないし、何より時空管理局に関して客観的な意見が聞けるかもしれない。それに世界的に広まっているのならば、異世界に関するあらゆる事も調べられる。


他の世界の事だからと、他人事のように思うのはやめにする。異世界への縁の深さは、今回の件で痛感させられた。ここまで繋がりがあるのなら、むしろ何も知らないのは危険だ。


法術、異世界の技術、魔法、博士やドゥーエ達、そしてローゼ。俺は阿呆のように知らぬままでいる。知らないまま事態が深刻化していき、事件が一方的に進んでしまっている。

今のところ、俺一人が置いて行かれている。まずい。少なくとも、知ろうとしなければならない。しかし、何処から調べればよいのやら。


(許可を貰えるのなら、異世界へ行って現地で直接調べたい。しかし、今の海鳴を放置するのは無責任極まりない。たくっ、問題が山積みでどこから整理するべきか。
ともかく検査結果で合格さえ出れば、ルーテシアからの依頼も引き受けられる。そうすれば、異世界へももっと自由に行き来――)


「ミヤモト、すぐに来てくれ」

「クロノ……? ローゼの検査はまだ、始まったばかりじゃ――」

「検査は中止だ。いや厳密に言えば検査は必要だが、内々で調べられる範囲じゃない」

「ど、どうしたんだ、一体」

「見れば分かる」


 ――検査の中止。それは考えられる限りで、最悪の結末だった。安全とは調べ尽くすことで初めて、安全であると確信できる。曖昧な検証で、安全など保証されない。

ローゼは危険だと、時空管理局が判断した。その事実がどうしても信じられず、俺は混乱したままクロノに連れられて行った。



ここでもまた、俺の罪が暴かれる。















 この世に、恒久の平和はない。人を斬る剣が廃れても、人は手に取る武器を変えて争う。科学技術がどれほど世界を豊かにしても、平和の礎は築けなかった。

万能に見える魔法があっても、結局は同じなのだろう。皮肉にも、時空管理局という存在が異世界の不穏を証明していた。善悪が存在するからこそ、法もまた必要とされてしまう。

恒久平和を実現する方法は存在しないのだろうか? どうすれば、世界は平和になるのだろうか? 正答は今もまだ存在しないが、俺の祖国では、理念を説いている。


平和主義――平和に高い価値をおき、維持と擁護に最大の努力を払う。その為に、


「……どうして」

「すまない――とは、言わない。少なくとも君は、僕達を信頼してくれた。だから僕も君を信頼して、ありのままを告げる」


 平和を大切にするべく、正義と秩序を基調とする平和を誠実に希求する。国民生活の基盤としての平和主義を理念とすべく、法の守護者が人々を守って正義を体現しなければならない。

そもそも平和主義とは世界各国でも採用されている国際協調主義の一つである。国際紛争を解決する手段として戦争放棄を定め、人々を律して国を平穏に導いていく。

憲法理念としての主義主張は平和を最大の価値として、維持と擁護に努力を払うのは当然とされる。


その為ならば、個人の意志を排除せねばならぬこともある。


「これが……お前らの、結論なのか!」

「組織を盾にするつもりはないが、敢えて言おう。時空管理局の決定だ」


 紛争を解決する手段として、戦争は絶対にありえない。争いを無くすための争いこそ、最大の矛盾だ。争いを無くすためには、争いそのものを放棄するしかない。

人々はその事実を知りながらも、昔も今も争いを決して無くせない。人は、裸一貫では生きていけない。己を防衛するべく、最小限であっても自衛手段を必要とするからだ。

俺の国においても、憲法が自衛を完全には否定していない。平和主義という言葉さえも、多義的でしかない。その中にこそ、争いの火種があるかもしれないのに。

だからこそ、徹底しなければならない。戦争の放棄を、交戦権の否認を――



戦力の、不保持を。



「自動人形最終機体『ローゼ』をロストロギアと認定、本日中に管理局遺失物管理部に引き渡す」

「ふざけんな、てめえ!」


 人から武器を取り上げれば争う手段が無くなり、争い事は自然に収まる。武器があるから戦争となり、武器がなければ個々人の喧嘩でしかない。その道理が、世を平和へと前進させていく。

たとえ心があろうとも、武器は武器として取り扱う。至極もっともな話、人の心の絶対性など今時子供でも信じていないだろう。


人の心こそ、争いを生み出す要素に他ならないのだから。


「あの機体の『動力源』を見ただろう。魔力の波長も合った――"誰"の魔力の波長と合ったのか、言うまでもないだろう」

「――だが! だが、"アレ"はそもそもお前ら組織の過失が原因で――」

「だからこそ、彼女は我々が管理しなければならないんだ。君は当事者だ、彼女がどれほど危険であるのか、君自身がよく分かっている筈だ。いいか、ミヤモト」

「やめろ!」



「ローゼには君が封印した、あのジュエルシードが組み込まれている」



 知らぬままにしてきた、知らずに置いて来た結果。知ろうともせず、ただ安易に信じていた未来。大丈夫だと過信したゆえの、愚かしき結末。

ローゼの廃棄が決定し――古代ベルカ式融合騎との縁は繋がることもなく、未来永劫絶たれてしまった。


こうして俺との縁により、また二人の少女が不幸に陥った。
















<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.