とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第十四話





「このおっさんが、アンタの旦那!?」

「陸士部隊に所属するお偉いさんで、今日から貴方の父親になる人よ」

「お父さんなんてしゃらくさい呼び方はしなくていいぜ。気軽に、親父と呼べばいい」

「……何でお前らは夫婦揃って、俺の意思というものを無視するのか」


 クイント・ナカジマの夫、ゲンヤ・ナカジマ。時空管理局の陸士部隊に所属する、階級持ちの軍人。どうりで、並々ならぬ貫禄があるわけだ。

クイントの年齢は詳しく聞いていないが、一見するとかなりの歳の差がありそうだ。だから、不覚にも彼女と結び付けられなかった。

暴行を受けた痕のある俺の顔を見ても、恐れず相席を求めた理由もこれでハッキリした。ようするに、息子となる男を見定めたかった訳だ。

仮にも義理の親となる人間が騙し討ちの様な真似をするのは、褒められた行為ではない。立場ある人間なら尚の事、常識を疑われるだろう。


俺が望んだことでなければ。


「こんなセッティングをしたのは、俺の挑戦を受けての事なんだな」

「クイントが自分の息子として誇れるような男になる――俺としちゃ、その意思を聞いただけで大合格だったんだがな。
クイントがあんまり自慢するからよ、男同士一度会って話したかったんだよ」

「自慢……?」

「お父さんにとても紹介しやすかったわ。連日連夜、世界中のあらゆるメディアでリョウスケの事が報道されていたもの。
あらゆる新聞や雑誌を買い集めて、報道も全部録画して、お父さんに見せたのよ」

「お前は、ミーハーか!?」


 多分メディアからの情報だけではなく、ルーテシアからも事実を聞いたのだろう。要人テロ襲撃事件以後あの女はボディーガードを辞めたが、世界会議には深く関わっていたからな。

まだ養子縁組をしていない人間に対して、ずいぶんと過保護なもんだ。喜色満面な顔を見るだけで、本当に俺を誇りに思っているらしい。

親でもない人間が親馬鹿になるというのも変な感じがする。


「本当はもう少し早く顔合わせしたかったんだけど、私やお父さんの仕事の都合がつかなかったの。ごめんなさい」

「どうせ俺は先月日本には居なかったからな。会う暇もなかっただろうよ」

「――話は聞いたぜ。随分厄介な事件に巻き込まれちまってるな……管理外世界に生きるお前には本来、関わり合う事もねえヤマだってのに」


 ゲンヤの親父の表情は同情も多少混じっていたが、とても沈痛に見えた。今更どうしようもないからこその、顔。過去は絶対に変えられない。

厄介といえば、確かに厄介だ。嬉しい事や楽しい事よりも、圧倒的に辛い事の方が多かった。艱難辛苦はこれからも待ち受けているだろう。

そしてもう、無かった事には出来ない。その事実が、親であろうとするこの二人を苦しめている。


――だとするならば、それは杞憂というものだ。


「別に今更、後悔も心配もしてねえよ。治らないと言われていた手だって、この通り治ったんだ。
事件は解決するどころか複雑になる一方だが、人間関係だって劇的に変わってる。一人じゃ無理そうなら、精一杯頼るさ。

その分俺も何が出来るのか、試行錯誤をしてるんだ。思う存分、相談に乗ってやってくれ」

「――ふふ。ね、こういう子なのよ」

「へっ、生意気言いやがる。確かに、お前にそっくりだよ」


 恥ずかしい言い分だったが、一緒に聞いていた妹さんも力になるのだと張り切っているように見えた。硬く、拳を握り締めているのが微笑ましい。すっかり格闘家だな。

蕎麦屋を出た俺達はこうしてお互いの意思を確認して、住宅街にあるマンションの一室にお邪魔する。この町における、管理局の拠点らしい。

異世界の人間がどうやって日本の不動産を借りれたのか定かではないが、異世界での捜査は彼らの領分だ。お手の物なのだろう。

マンションの一室に通信モニターが展開されており、アースラのクロノ達に接続されていた。事件の関係者一同が、勢揃いしていた。


クロノやリンディ、エイミィ。そして合同捜査しているゼスト隊長に、ルーテシア。こちらにクイントと、ゲンヤのおっさんが揃っている。


『息子さんとは顔合わせ出来ましたか?』

『無理言って申し訳なかった、ハラオウン提督。アンタの印象通りの男だったよ、こいつは』

『正式な手続きを行っての面会です。こちらも咎め立てるつもりはありません』


 和気藹々と言い難く、少し余所余所しい感じの面々。縄張り意識、と言うより各部署における垣根というのがあるのだろう。

人間皆平等なんて、巨大組織の中では絶対にありえない。志は同じであっても、手段が違えば行動も異なってくる。自ずと、壁が出来てしまう。

とはいえ、両者共に協力し合おうとする意識は見えるので特に指摘はしないでおく。


『さて、まずは宮本。無事に戻って来たようだな。腕はもう大丈夫なのか?』

『ああ、ちゃんと治して来たよ。向こうの連中とも上手くやっているから安心してくれ』

『僕達を安心させたいのなら、元気な顔を見せてくれ』


 ボコボコになった俺の顔を空間モニター越しに一瞥して、クロノが溜息を吐いた。エイミィの奴が背後で、意地悪そうに笑っていやがる。野郎、今度会ったら可愛い顔を泣きっ面にしてくれるわ。

怪我の原因まで聞かれるとやばかったが、クロノ達は追求したりはしなかった。私的な事情だと、分かったのだろう。詮索してこないのはありがたかった。


彼らが聞きたいことは、もっと別にある。


『その後の経過を、出来る限り詳しく聞かせてもらえるか。特に、こちらの技術が流失した件について』

「分かってる。ルーテシアと別れた後は世界会議が再開されたんだが、その前にも色々あって――」


 クロノ達の最大の関心は夜の一族そのものではなく、一族が研究していたクローンと自動人形製造技術。事と次第によっては、ローゼやカレンが危うくなってしまう。

夜の一族の世界会議の経過を報告した上で、異世界の技術が完全に破棄された事を強調する。この一事において、カレンは絶対に嘘はつかない。

彼女は研究資材を処分し、データや施設等も廃棄した。何処かに残したりもせず、地球から葬り去られた。夜の一族はもう、技術を保有していない。


唯一残された技術の粋である自動人形も、俺の手元にある。


「あの一族は長が変わり、世代交代となった。一族の構図も劇的に変化して、今の時代に沿った変革が成されている。
今の長は人間には非常に好意的で、現代社会では異端視されている技術にも手は出さないつもりだ。その点は入念に確認しておいた」

『分かった。君を信用するが、裏付けは取らせてもらう。そこは分かって欲しい』

「口では何とでも言えるからな――あっ、別に嫌味で言ったつもりはないぞ」

『僕も、君個人を疑っていない。技術の流出には、それほど神経を尖らせる必要があるというだけだ』


 人を疑うのも、クロノ達の仕事だ。ちょっと前なら自分を棚上げして怒ったかもしれないが、今はむしろ信用しているから疑われた事に怒りを抱かない。

俺がカレン達を信用しているのは、俺個人の事でしかない。そして、個人の信用だけでは捜査の信頼性を高める事にはならないのだ。

疑って、疑って、探りに探りを重ねることで、ようやく真実に辿り着ける。友達だから信用するなんて、子供にしか通じない。


「ローゼについては、約束通りお前達に引き渡す。好きに調べてくれ」

『随分な言い様だな……本人は、検査について何か言っていたか?』

「ローゼが他人に弄ばれるのを見て楽しむのですね、とかアホな事を言っていたので殴っておいた。管理局であの軽い脳みそを取り替えてくれ」

『――指揮官タイプと、調査報告を受けていたんだが……』


 ローゼは異世界の技術だけではなく、最終機体と呼ばれる自動人形最高傑作をベースに製造された人間兵器。ガジェットドローンと呼ばれる機械兵器を大量に運用出来る。

一体で一軍に匹敵する、大量殺戮兵器。ローゼがその気になれば、一国どころか世界そのものを破滅させられる。それほどまでに、危険なのだ。

時空管理局も、こいつの扱いだけは手を焼いている。なまじ人としての心があるだけに、単純に取り扱えないのだ。


多分クロノ達以外が担当になれば、ローゼは完全処分か永久封印させられるだろう。


『こちらで信用の置ける技術者と、相応の設備を手配した。ただ場合によっては、外部に頼ることになるかもしれない』

「外部……?」

『詳しい事情は離せないんだけど――本局、そして陸上本部には今の段階でその子は預けられないの。
良介さんが封印したジュエルシードの一件があるから』


 "紅い"ジュエルシード、法術により封印した蒼い宝石は変質して血のように紅い輝きを放つようになった。極限の、魔力を秘めて。

その宝石は管理局にて厳重封印されたが、内部犯により何処かへ持ち出されてしまった。犯人も含めて、今も不明となっている。

万が一ローゼまで何処かに運び出されてしまったら――今度こそ、大惨事になってしまう。


「あのアホの事だから、自分で勝手に帰ってきそうだけどな。囮捜査にどうだ?」

『冗談はやめてくれ。君はその子を信用しているようだが、僕達はまだ何も知らないんだ。心理状態については、念入りに調べなければならない。
どれほどの危険な技術が使用されているかも、判明されていない。もしかすると、僕達の手にさえ余るかもしれないんだ』

「だからこその、外部ということか。管理局ってのは何だ、怪しいところとも関係があるのか。
もしかして局内でもやばい研究とかしているんじゃねえのか、こっそりと」


 馬鹿を言え、と怒られるとばかり思っていたが、何故だか皆が神妙な顔。えっ、何だこの空気。もしかして、また余計な事に触れてしまったのか。

昔さながらに空気の読めない発言としたのかと焦ったが、その辺は流石大人というべきか、ゼスト隊長が代わって説明してくれた。


『君が提供してくれた情報、そしてルーテシア捜査官が現地で捜査した内容を元に、我々も合同捜査を本格的に開始した。
まず我々が目星をつけていた"戦闘機人プラント"――』

「それって、あんたらが強行突入するつもりだった例の施設?」

『……そうだ。君の貴重な情報提供により上を何とか説得して、捜査の継続が認められた。改めて、礼を言う』

「お、大袈裟だな……一市民の単なる情報提供じゃねえか」


「ところが、そうでもなかったのさ」


 ゲンヤの親父が、神妙な顔で首を振る。ゼストの旦那も眉間に皺を寄せたまま、重々しく語りだした。


『重要施設なのは分かっていたが、犯人側も万全の備えをしていたらしい。捜査に乗り出した時は既に放棄された後だったが、機械兵器の痕跡が大量に見つかった。
加えて戦闘機人が居た可能性も高い。もしも我々だけで突入していれば襲撃にあい、極めて危険な状態に陥っていたかもしれない。

……本来このような恥を民間人に言うべきではないのだが、どうしても君には感謝を伝えたかった』

「クイントも捜査に参加する予定だったらしいからな――お前のおかげで、独り者にならずに済んだよ」


 "戦闘機人"なるものの説明を未だに受けていないのだが、言葉のニュアンスで何となくだが察しは付いた。ローゼと同じ人型兵器か、ファリンがよく口にする改造人間。

当時ゼスト隊長率いる部隊は、上からの圧力で捜査中止を命じられていた。捜査が行き詰っており、強行せざるを得なかったからだ。

俺が情報提供した事により強引な突入は取り止めとなり、クロノ達の協力もあって万全の体制で正式な施設捜査が行われたようだ。


――もしも捜査を急いで施設に投入していたら、クイント達は返り討ちにあっていたかもしれない。そうなれば、こうして顔を合わせることも無かっただろう。


この世の中、何が幸いするのか分からないものだ。俺が海外に出たからクイント達は助かって、フィリス達は不幸に陥ってしまった。

じゃあ、俺はどうすればよかったのだろうか……? 余計に分からなくなってしまったが、海外に出る選択肢が間違っていた訳でもなかったのは確かだ。


少なくともまだ、フィリス達が死んでいない。俺がもし海鳴町に留まり続けていたら、少なくともクイント達は死んでいたかもしれないのだから。


「犯人達には結局逃げられたのか。機械兵器の痕跡が大量に残っていたのなら、余裕はなかったのかもしれないな」

『慌てて逃げた、というより急いで引き払った印象がある』

「……? どっちも同じだろう、それ」

『前者は僕達を警戒しての動きだが、後者は個人的な事情による可能性もある。いずれにしても、多くの手掛かりが残されていたのは収穫だった』


 ゼスト隊長の説明を、クロノ執務官が補足する。なるほど、捜査の視点によりあらゆる可能性を吟味するのか。勉強になるな、こういう話は。

クロノ達の捜査によると肝心の研究データは既に移されていたが、研究施設関連の機密データは完全には抹消されていなかったようだ。

犯人自身の研究は不明のままだが、犯人の研究に関連する施設は判明出来たらしい。犯人達は姿を消したが、彼らの足取りを追う大きな一歩だった。


俺が再開された世界会議にてカレン達と戦っている間、非合法な研究施設にゼスト達が片っ端から踏み込んでいたらしいが――


『――ふむ』

「……? 何だよ、ルーテシア。俺の顔を、じっと見て」

『ローゼという子についてなんだけど、あの子と知り合ったのはあの事件が起きた当日?』

『質問の意図がよく分からんが、お前には一番に説明しただろう。マフィア共が襲ってきた日の、朝のことだよ』

『当時、あの子には心と呼べる概念がなかった。そんな子が製作者や英才教育したスポンサーを差し置いて、君を主と認めた。
その理由は、あれから何か分かったかしら?』

「アホの考える事なんざ、俺には分からん」

『クイントの生徒になったクローンの女の子、そして自動人形のオプションである少女も、君には心を開いている。
心と呼ばれる機能そのものがないのに、君は彼女達に感情を与えられた。それは、どうして?』

「……?? 話の脈絡が分からん」


 妹さんとは普通に喋ってただけだし、ファリンはライダー映画を見せたら勝手に正義に目覚めた。ローゼなんて、名前つけてうどんを食わせただけだ。

研究施設の話をしていたのに、何故こんな事を聞くのがさっぱり分からん。というか、聞かれたら困る事をいちいち探らないでくれ。


疑問符を浮かべる俺を前に、ルーテシアは何故か強い確信を持って当事者不在の提案をする。


『ゼスト隊長、先日例の研究施設で保護した"あの子"を彼に任せてみるのはいかがですか?』

『何だと……!? 馬鹿な、彼は民間人――しかも、ミッドチルダの人間でもないんだぞ!』


『"あの子"は非合法な実験体として扱われ、囚われる前の記憶を無くして心を完全に閉ざしています。
何度私達が話しかけても、敵意を剥き出しにするだけ。"あの子"にとって、私達は犯人達と同列なんです。
私達には恐らく、心を開いてはくれないでしょう。


しかし彼ならば――人ならざる者達に、人の心を与えられた彼ならば、"あの子"にも心を与えられるかもしれません』


『……いつもの茶目っ気では済まされないのだぞ、"メガーヌ"! "あの子"は、人を傷つける力を持っている。
彼をお前個人が試すのはかまわないが、彼個人を任務に巻き込んだ上に危険に晒すつもりか!!』

『私が、責任を取ります』

『軽々しく、責任などと――』


 ……あ、あの……肝心のボクに対する説明を、ですね……ああ、くそ! 上司と部下がすげえ真剣に睨み合ってやがる。

頭を掻き毟って、同僚である母上に耳打ちをする。


「何の話をしているんだ、あいつら。またなんか俺に厄介事を押し付けるつもりじゃないだろうな」

「……確かに、極めて厄介な事案ね。でも、私は賛成だわ。

リョウスケ――君にならきっと、"あの子"は心を開いてくれるわ。人の心の弱さを知っている、貴方なら」

「はぐらかすなよ、クイント。あの子というのは誰なんだ」



「ミッドチルダでも現存数が少ない、本物の古代ベルカ式融合騎――非合法の実験体として扱われていた、ユニゾンデバイスよ」



 ――デバイスと聞いて真っ先に浮かんだのは、心優しいユニゾンデバイスの少女。

思えばミヤははやてのデバイスであり、これまで力を借りていただけだった。



自分の相棒となる道具、時空管理局の地上部隊が危険視するデバイス。古代より封印されていた刃が、鞘から引き抜かれようとしていた。
















<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.