とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第六話





 真夏の夜だというのに、心はとても冷えている。身体には斬られた傷の痛みと、微熱。蒸し暑い空気が肌に触れても、感じるのは凍えるような寒さだけだった。

俺が海鳴町へ来なければ良かったのだと、親しい人達に糾弾された。この町へ来て良かったのだと、自身を持って言えるのは俺一人だけ。出逢った人達全てを不幸にして、自分は幸せを感じている。

自分一人が良い変化を遂げられて、優しい人達は最悪の形で変貌してしまった。この町に帰って来て、誰も歓迎してくれない。皆に、拒絶されてしまった。

変わりつつあるのならば、まだ救いはある。この物語は既に、終わってしまっている。めでたしめでたしとは、もうならないのだ。帰って来た時にはもう、幕は下ろされていた。


バットエンディングを、迎えてしまった。



"もうやり直せないわよ、きっと"



 ――分かっている。結局のところ、駄々をこねているだけだ。俺がこの終わり方に納得がいかないなら、文句を言っているだけ。神様の台本に、クレームをつけているに過ぎない。

だったらどうだと言うんだ。泣き寝入りなんて、したくはない。絶望にはもう飽きている。希望なんて追いたくもない。俺が望むのは、俺が納得出来る完結なのだ。

傷付いた身体を引き摺って、家へと向かう。帰る家は、まだある。待っていてくれる家族はいる。再会の喜びだけが、消えてしまっただけだ。


期待しなければ、落ち込まない。心苦しいのは、期待を裏切ってしまったことだ。



「ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ、那美――ごめんな」



 逃げるように海外へ旅立った俺を、見送ってくれた人達。彼らの期待に応えるべく頑張ってきたつもりだったが、結果は最低最悪だった。

自分だけが救われて、自分に関わった全ての人達を不幸にした。絶望していた俺の未来は明るくて、幸福だった彼らの未来は暗く閉ざされている。

どの面下げて帰るのか。軽蔑する彼らの目を、俺は正面から受け止められるのか。彼らがずっとこの町に居た。俺のせいで起きた不幸を、全て見届けているはずだ。

帰りたくなかった。あれほど帰りたかったのに、今は向かう足取りが重い。


「……ちくしょう……」


 そんなつもりじゃなかった。俺はただ、優しくしてくれた人達に恩返しをしたかった。今の俺ならそれが出来るのだと、信じていた。今の自分を、信じることがようやく出来たのだ。

治った手を見せて、皆に喜んでもらいたかった。海外で出逢った人達を紹介して、皆に自慢したかった。今の俺を見せて、彼らを心から褒め称えたかったのだ。


他人に――優しく、したかったんだ。



「――それでも、帰らないと」



 目を覆いたくなる現実、希望が何処にも見えない未来。最悪しか残っていなくとも、俺は突き進む。必ず帰ると、約束したのだから。望まれていなくとも、帰らなければならない。

クイントは強くなったといってくれたが、多分違う。昔と比べたら、俺は確実に弱くなっている。一人で生きられなくなった、他人から目を離せなくなった。それは、弱さだ。

だからといって、自分の弱さを否定したりはしない。皆を不幸にしてしまったが――いや、不幸にしてしまったからこそ、胸を張らなくてどうするのか。犠牲にした意味を、なくしてはならない。

自分の弱さを抱えて、生きていく。幸せになるべく歩むのではなく、自分らしく生きていけるように努力する。幸福も、不幸も、結果でしかない。弱者が、頑張らなくてどうするのか。


心は重くても、歩む足は止めずに――懐かしき、八神の家へと帰ってきた。



「ただいま」



 玄関前に、全員が揃っていた。連絡でも届いたのか、待っていてくれたようだ。臆しはしたが、躊躇はせずに、俺は帰参の挨拶をする。腹を括り、覚悟を決めて。

車椅子に乗った八神はやてを中心に、守護騎士達が揃っている。メイド服を着たアリサの手には夜天の魔導書、ユニゾンデバイスのミヤも夜空に浮かんで待っていた。

自分の言葉を口にしようとした俺を、はやては手をかざして制する。騎士達も口を挟まない。他ならぬ主の言葉が、全て。彼女の決定に、俺も従う。

どんな文句も、どんな罵声も、どんな不平不満も、全て黙って受け止める。俺はそれほどの事をしたのだ、家の主が叱りつけるのは当然だ。

八神はやては一度目を閉じて、車椅子に手をつき――


「――えっ!?」



 立った。



八神はやては自分の足で車椅子から立ち上がり、一歩。また一歩と、前に進んでいく。額に汗を浮かべて、歯を食いしばって、苦痛に表情を浮かべて、それでも歩いて行く。

ふらついている。健常などとは、お世辞にも言えない。明らかに、無理をしている。自由とは、程遠い。マリオネットのように、ぎこちなく足を動かしているだけだ。

誰も、助けようとはしない。メイドも、騎士達も、夜天の書も、ユニゾンデバイスも、救いの手は差し伸べない。はやて以上に苦しげな顔をして、耐えている。


そうして、八神はやては俺の前に立った。



「おかえり、良介」



 汗が滲んだ笑顔で、出迎えてくれた――心からの、微笑み。一ヶ月前と同じ、優しい笑顔。八神はやては、何も変わっていない。

変わらないまま、成長していた。八神はやてという少女の本質は奇跡のように変わらずに、真っ直ぐな心だけを伸ばしている。俺と出逢っても、逆境にも負けずに頑張って。

彼女が笑ってくれたその意味を、今の俺ならば痛いほど理解できた。だから、こう言えたのだろう。


「よろけているようじゃ、まだまだ足を使えるとは言えないな」

「斬られているようじゃ、まだまだ手が使えているとは言われへんよ」


「お互い、まだまだ他人の力が必要だな」

「うん、これからも助け合っていこう」


 笑い合って、再会の抱擁を交わした。本当に無邪気に、今度こそ自分の感情を素直にさらけ出して、本当の家族のように抱きしめ合った。

貧弱だった身体が、女性らしく丸みを帯びてきている。俺のいない一ヶ月、どれほどリハビリに専念してきたのか、伝わってくるようだった。


何年も動かしていなかった足、立ち上がるようになれるまで地獄だったはずだ。諦めようとしたことも、一度や二度とではないだろう。


カウンセラーだったフィリスも居ない。支えてくれていた人を失って、それでも八神はやては立ち向かうのを止めなかった。頑張り続けた。

どうしてそこまで頑張れたのか、聞くのも馬鹿らしい。少女が強かったからでは、理由にならない。まだ子供でしかないはやてが、大人顔負けに頑張れたのは一つしかない。

俺が頑張っていると信じ抜いたから、彼女も自分を信じられたのだ。俺との出会いを、肯定するために。文字通り体を張って、彼女は俺を救ってくれた。


なんという、気高き少女なのだろう――この子こそが、俺の希望だった。


「ほんとに、バカな奴だな。逃げてりゃ、楽だったのによ」


 そっぽを向いて腕を組んだまま、ヴィータがぶっきらぼうに声を投げかける。多分事情の全てを理解した上で、言ってくれている。至極、真っ当な忠告だった。

自分の足で海鳴町から離れる。クイントの差し伸べる手を取って、異世界へと旅立つ。あるいは、海外に残ってカレン達と生きていく。幸福な選択肢は、無数にあった。

別に不幸になりたくて、この道を選んだのではない。自分への試練とも思わない。他人を不幸にしておいて、自分への挑戦だなんて口が裂けても言えない。

この先に何かがあるから、進むのではない。この道を歩きながら、生み出していくのだ。人と、共に。


「あんた達を前にして、何処へもいけないよ。辛くても、立ち向かう」

「本当に、馬鹿な人。貴方一人では、どうにもならないのに」


 シャマルからの辛辣な一言に、俺は正直落胆した。どうにもならない、つまりは彼女達の力でもフィリスは助けられない。魔法では彼女を治療出来ないと、宣告された。

可能性は、次々と潰されていく。心が、引き裂かれていくようだった。どうしてこうまで、残酷なのか。救いなんて、どうにもありはしない。

俺は自分の指からクラールヴィントを抜いて、彼女に差し出した。


「自分一人で、何もかもするつもりはないよ。助けてほしい」

「いきなり泣き言か」

「あいつらを助けるためならば、俺はなんだってやるさ。頭だって、さげるとも」


 シグナムの問いかけに、真っ向から応える。古代の騎士の鋭い眼差しに、何ら恐怖は感じなかった。厳しさも優しさだと分かった今ならば、ちゃんと受け止められる。

自分でどこまで出来るのか、分からない。どうにもならないかもしれない。そしてきっと、どうにもならないのだろう。終わってしまっているのだから。

どうにかするのではない。どうにだって、してやるのだ。どこまでも我がままに、必死で足掻いてやる。


「この男の決心は固いようだぞ」


 ザフィーラの最後の問いかけは俺ではなく、自分の仲間達に向けて。彼だけは、俺には何も問わなかった。何も聞かずとも分かっていると、狼の目がそう言っていた。

ヴィータは面倒臭そうだが笑って、シャマルは肩を落とし、シグナムは目を閉じて頷いた。夜天の書は開かれて、彼女が出てくる。

ミヤは俺の前まで来て、ビシっと指を突きつけた。


「『八神道場』ですぅ!」

「……は?」


「我々が、お前を鍛えてやると言っているんだ」


 妹の突然の宣言に、姉が呆れた顔で補足する。俺は顔を上げて、その場に居た全員を見つめる。恐れていた批判は、誰からも出なかった。

知らないのではない。知っていながら、迎え入れようとしている。知り合った人達全員を不幸にしたのに、厳しくも優しく赦そうとしている。


本当の、家族のように。


「へっへっへ。"プログラムとは本物の家族にはなれない"、偉そうに言ってくれたな!」

「貴方がどれほど頑張ってきたのか、よーく知っていますけど、私達だって努力したんですよ。ふふん」

「恐れ多くも主である八神の姓を授かり、我ら守護騎士は主はやての家族となった」


「お前の言葉が、その意志が――我らを、変えたのだ」


「貴様ごときに不幸にされる程、我々はひ弱ではない。私がこうして出てきた以上、皆を必ず護ってみせる」

「リョウスケが頑張ってきたことは、家族皆が知っています。今度はミヤ達が、リョウスケの頑張りに報いる番です。 安心して、どーんとミヤ達に頼って下さい!」


「――だってさ」


 にしし、とアリサは得意満面な顔をする。俺の悩みなんて馬鹿馬鹿しいと、俺の心配なんて見当違いなのだと、アリサの明るい表情が健やかに言い切っている。

八神はやてと守護騎士達、彼らはたった一ヶ月で本当の家族となった。人という存在を知る俺には、その困難さが痛いほど理解できる。


他人とは、簡単に分かり合えない。まして、守護騎士達はプログラムだ。人ではない彼女達が、人として家族となった。


心から分かり合うには、労力を費やしたのだろう。努力も欠かさなかった。何より、自分から変わろうと懸命に行動した。

先月、自分のやったことがちっぽけに感じられる。彼らは、本当にすごい。心の底から尊敬するのと同時に、自分の思い違いを恥じた。


俺如きの影響で、彼らが不幸になることなんてありえない。本当の家族となった八神家は、無敵だった。



「さあ、良介も帰ってきたし、晩御飯をいっぱい食べて家族会議をしよう!

今度はわたし達が、優しくしてくれた人達を幸せにするんや。頼りにしているよ、わたしの家族達」

「我ら守護騎士、あなたと共に」



 八神はやてが、高らかに気勢を上げた。
















<続く>








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