とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第八十七話





 世界会議が再開される前に、やっておこうと決めていた事がある。ディアーナ・ボルドィレフと、クリスチーナ・ボルドィレフ。ロシアンマフィアの姉妹より血をもらう事。

ロシアは夜の一族の頂点に立つべく、暴力による支配という暴挙に出た。論争ではなく戦争、殺し合いにまで発展してしまったが辛くとも勝利を収める事が出来た。

マフィアのボスは逮捕、テロリスト達は全滅。ロシアは発言力を失ってしまい、ディアーナとクリスチーナは夜の一族の長となる資格を失ってしまった。

つまり世界会議が再開されても、彼女達は出席はするが後継者に名乗り出る気はないのである。戦う気のない人間を斬るのは通り魔と変わらない。さりとて勝たなければ、血は奪えない。

世界会議が終わってしまえば、二人は祖国ロシアに帰国するだろう。この同居生活が終わる前までに、何としても二人の血を勝ち取らなければならない。

幸いにも、勝利条件は確定されている。ディアーナ・ボルドィレフを、俺のファミリーとする事。クリスチーナ・ボルドィレフを、暴力で支配する事。



問題は、そのどちらも至難であること――















「ディアーナ、ゲームをしよう」

「……今度は、何を企んでいるのですか?」

「単なるゲームだよ、テレビゲーム。忍を通じてさくらに頼み、日本のテレビゲーム機を用意してもらった。遊ぼうぜ」

「質問に対する明確な答えになっていませんし、ゲームに興じる気分ではありません。取引の件でないのならば、お引取り下さい」

「日本のゲームなんだけど、日本の文字は読めるよな?」

「貴方の国の言葉なのですから、当然覚えました――あっ、ちょっと!」


 日本の家庭用ゲーム機は、世界でもトップクラスらしい。忍のご高説入りで教えてもらった手順で、室内にあるテレビにテレビゲーム機を接続していく。

ディアーナの為に用意させた高級別荘の部屋にはパソコンもあり、印刷機器も設置されている。ファイリングされた書類を見る限り、部屋で仕事をしていたらしい。

十代の若さで貿易路を新規開拓した、ロシアの貿易王。表の顔は貿易商、裏の顔はロシアンマフィアの次期ボス。財力と暴力で大陸を支配する、ロシアの魔女。

彼女は俺との子供を望み、俺は彼女の血を欲している。取引条件は成立しているが、どちらも鵜呑みにする性分ではない。少しでも優位に立とうと、睨み合っている。


「ゲームというからには勝負を持ちかけるつもりなのでしょうけど、私は貴方と戦うつもりはありません」

「そう固く考えなくてもいいだろう、ゲームなんだから」

「貴方に勝ちたくはありませんし、勝つ気もありません。貴方と戦うくらいなら、私は喜んで敗北を選びます」

「裏社会の大物が、勝つ気もなく生き残れるはずがないだろう」

「生死を賭けるのであれば――貴方に勝って生きるより、貴方に負けて死にます」


 ……こいつ、絶対恋愛経験とか皆無なんだろうな。重いというより、思い込みすぎている。思春期の一途さも、環境が違えばこうまで切実になるのか。

日本に居た頃ならば思い愛情に辟易していただろうが、海外へ来て少しは視野を広げたつもりだ。国が違えば人も違う、環境が変われば人もまた変わってくるものだ。

相手は夜の一族の女、人間でさえもない。そして、人間の方が偉いとも思わない。肝心なのは、どんな相手であろうと知る努力を放棄しないことだ。


「戦わないのであれば、お前の不戦敗になるぞ」

「ええ、かまいません。私が負けたからといって、何がどうなる訳でもありません。勝者の権利を望むのであれば、ゲーム機より契約書を用意するべきでしょう」


 つれなく、ふられてしまった。海千山千の商人達を相手に交渉し、莫大な利益を得ている女だ。ド素人の挑発なんぞに、乗っては来ない。口先勝負では、相手にもならないだろう。

態度が頑ななのは、この前怒らせてしまったからだ。あれから紆余曲折を経ても、諍いの原因がそのままである以上どうにもならない。

カレンやマフィアの先代ボス相手ならハッタリ上等でどうにか出来たが、ディアーナは揺るぎもしない。言葉や態度一つで相手の心理を読んで、殺しにかかる。


弱肉強食の商売の世界で育ち、子供の時分から裏社会でのし上がった、とびきりの"悪女"――ディアーナ・ボルドィレフ。


暴力を使わずとも、人を殺せる。口先だけで、大金を稼げる。国の行方を先読みし、蹂躙していく。微笑って、世界を壊滅させられる。

勝つのは、難しい。なので、素直に諦めた。


「……お前はさっきから、何の話をしているんだ」

「何と、おっしゃいますと? まさか、とぼけるつもりではないでしょうに」

「お前から血を貰うのは、もう諦めた。無理を言って、悪かったな」

「諦めた……貴方が?」

「会議が終われば、お前のことは諦めて俺は日本に帰る。だからせめていい思い出を作ろうと思って、ゲームに誘ったんだ。
デートでもしたいところだが、俺もお前も今は表に気軽に出歩ける状況じゃないからな」

「で、ですけど、私の血がなければ貴方の身体は治らないかもしれませんよ!?」

「確かに完全には回復しないかもしれないけど、随分良くはなっている。帰国した後医者にでも相談して、別の治療方法を探すさ」


 ディアーナは疑わしげに、そして訝しげに俺を観察している。俺の真意を図りかねて、戸惑っているらしい。昨日まで熱烈に求められたのに、突然手を引かれたのだから。

勘繰り過ぎである。下心はあるけど、裏はない。交渉するのは無理だと、本当に諦めている。どれほど言葉を重ねても多分、平行線で終わるだろう。

この前の作戦会議で忍に指摘されて、ようやく気付けた。俺は結果を求めるあまり、前のめりになり焦ってしまったのだ。一番大切な、相手の気持ちを考えていなかった。


人間関係を重んじるのならば、何より相手の気持ちというものを尊重するべきだろう。このゲーム機は、その為の道具なのである。


「……クリスチーナがいるから、私は必要ないということですか?」

「考えすぎ――というか気にはしていたんだな、その辺」

「クリスチーナは大切な妹ですが、それとこれとは話は別です」


 自分の父親やテロリスト達は容赦なく切り捨てて抹殺した悪女でも、恋愛関連は意外と初心らしい。随分と可愛らしい嫉妬であった。

さすがにそこまで俺も配慮はしていない。まあ、ここは素直に言っておこうか。


「姉の前で言うのも何だが、クリスチーナの血は絶対に奪う。戦って勝ち、友達になるんだ。でないと、あの子も俺も変われない」

「私の事は、簡単に諦めたのに」

「次元が違うだろう。お前とは、ファミリーになりたかった」

「……っ、そ、そうであるのならば、私を抱いて下さればいいじゃないですか! そんなに魅力がありませんか!?」

「一晩限りの関係なんて、俺は望んでいない」

「マフィアですよ、私は。貴方のような男性と、家族になる資格なんてありません。

……とても汚らしい、女なんです……自分の父親も、売って……妹には、嫉妬して……貴方を、利用して……私は……」

「俺は、剣士だぜ? 人を斬ってなんぼの生き方だ。同類だよ」

「……」


 首筋から白い肌を朱に染めて、ディアーナは涙を浮かべて俺を睨みつける。斬りつけるような優しさは嫌いだと、その目が訴えている。心まで、侵されてしまうから。

俺の頑なな心を溶かしてくれた高町家、異世界の連中や八神家の面々。彼らの優しさは、酒のように胸に染み入る。どうすれば、あんな優しさを持てるのだろうか?

きっと俺は、生来の剣士なのだろう。どんな言葉であっても、他人を切りつけて心を傷つけてしまう。ディアーナは、心から血を流して泣いていた。


黙々とゲーム機のセッティングを終えると――俺の隣にはコントローラーを握るマフィアのボスの姿があった。


「ゲームは、やらないんじゃなかったか?」

「貴方と話して、すごく不愉快になりました。気分転換です」


 吐息がかかる距離まで近づいて、ディアーナはくすぐったそうに微笑む。他人がここまで近いのに、俺も不快には思わなかった。

人間関係は物理的距離とは比例しないけれど、肌で感じ取れる女の体温には無条件の優しさを感じられた。


「……ゲームに勝てたら、いいですよ」

「えっ……?」

「私にゲームで勝てたら、血を差し上げてもいいと言っているんです! その代わり――」

「ああ」

「貴方が私の肌に牙を立てて、一生消えない傷を刻んで下さい」

「……、おっと、負ける気満々ですか」

「もう、照れるとすぐに茶化すのが貴方の悪い癖ですよ!」


 俺にぴっとりくっついて、ディアーナは画面に向き直る。決して顔を見せようとしないが、テレビのモニターに映る彼女の顔はとても幸せそうに見えた。

何だかとても優しい気分に満たされて、俺達は一緒にゲームを楽しんだ。言葉も無く、ただ純粋にゲームに興じる。それだけで、十分だった。


――ちなみにロシアンマフィアの次期ボスはゲームも鬼で、何度も撃ち殺されたと言っておく。















 クリスチーナ・ボルドィレフ、この子はわざわざ人間関係を配慮する必要はない。優しさも何も必要とせず、暴力で組み伏せて問答無用で血を奪えばいいのだ。

同居生活が始まって、挑んだのは数知れず。正攻法なんて言ってられず、ド汚い手にも訴えた。お風呂に入っているところを襲ったり、一緒に寝ているところを組み伏せたり、様々な手段に。

結果として、惨敗。銃を持たず裸でも強いし、熟睡していても奇襲に対応できる非常識。俺の前では隙だらけなのに、一切の隙のない完璧な暗殺者。


問答無用の、"殺人姫"――殺人マシーンであった。


「動くな、クリスチーナ。この女が、どうなってもいいのか?」

「ディアーナ……?」

「ごめんなさい、クリスチーナ。捕まっちゃったの」


 ディアーナの顔に果物ナイフを突きつけたまま、クリスチーナと対峙。起きたてのところを狙った、完璧な奇襲。判断力が鈍っているところを仕留める、人質作戦。

何度も挑んだ甲斐あって、彼女の間合いは完璧に把握している。朝ご飯前で、銃を持っていないことも調査済み。俺がプレゼントしたパジャマは野暮ったく、動きも制限される。

ふふふ、この瞬間を狙って今までの失敗があったのだ。さあ、今度こそ勝たせてもらおうか。


「侍君さ……もう何というか、プライドが微塵もないよね」

「良介様、正義の味方が悪党の真似をしてはいけませんよー!」

「すずか様、お止めにならなくてもよいのですか?」

「……剣士さんには手を出すなと言われているの、ノエル」

「どうだ、賭けをしないか? 私は浅はかな策に出た下僕が今日も負けるのに、朝食のスープをかけよう」

「でしたら、わたくしは王子様が惨めに敗北するのに、パンをレイズいたしますわ」

「私は、あの人の敗北に自分の人生を賭けるわ」

「……婚約者である君まで信じてないんだね、彼の勝利を」


 外野のお嬢様方が、やかましかった。


「何故、人質を取るの! どうして、男らしく戦おうとしないの!?」

「男らしく戦え? よく言うぜこいつ。我々2人は今ここで何をしているんだ、ロシアの人よ」

「――仲良く漫画の読み過ぎですよ、二人共」


 当の人質まで、呆れた顔をしている。ちなみにこいつは、俺に掴まれても一切抵抗しなかった。むしろこの状況を、思いっきり楽しんでいた。

クリスチーナとそれは同じで、自分の姉を人質に取られているのにワクワクした顔をしている。おのれ、俺に出来はしないと高を括っていやがるな。

俺は、果物ナイフを握り締める。


「それ以上、一切動くなよ。この女に、一生消えない傷をつけるぞ」

「……? ねえディアーナ、首の絆創膏どうしたの?」

「!? こ、これは――」


「……そういえば侍君。利き腕はともかく、もう片方は何で動かせてるの?」

「……ちなみに、私は何の加護もしていないぞ。理由を聞かせてもらおうか、下僕」

「……つくづく、イヤらしい女ですこと。王子様を、いつの間にか誑かすなんて」

「……私は、浮気には寛容よ。お仕置きは、するけれど」

「……ボ、ボクは君の味方だよ!」


 外野のお嬢様方が、本当にうるさかった。ディアーナは傷のついた首を真っ赤にして、俯いている。ポーカーフェイスくらいしろよ、商人なら!

姉の不審な様子を目敏く嗅ぎつけて、クリスチーナはニッコリ笑った。


「ウサギー、クリスの目を盗んで何をしたの?」

「しゃ、喋るな。この女が、どうなってもいいのか!」


 膨れ上がる殺気は室内の空気さえ圧迫して、物理的に俺の喉を締め付ける。息苦しい、殺意。夜の一族の血が無ければ、飲まれて正気を失っている。

殺伐したこの状況を、この場にいる誰もが平然と見守っている。彼女達もまた夜の一族であり、正当なる後継者。この程度では、揺らぎもしない。

クリスチーナは、黙って両手を上げる。本当は人質なんてどうでもいいのだろうが、この子は俺との戦いにおいてはルールを守る。


「よし、今から俺が攻撃するから黙って受け入れ――あれ?」


 目を向けたその瞬間、クリスチーナの姿が消えていた。慌てて周囲を見渡すが、どこにも姿がない。殺気まで、あっという間に消失していた。

超常現象、生じる焦り。人質から目を離してしまう。その時、自分の迂闊さに気づいた。


逃げ場は、ある。ありえないが、この子ならば可能な移動経路――


「上か!?」

「短編小説を一冊――気軽に読み終えられるのは無理だけど、このくらいなら余裕!」

「ガハッ!」


 指でつまんで天上からぶら下がっていたクリスチーナが、俺を顎から蹴り上げる。手から果物ナイフが飛んでいき、俺は仰け反って床に転がった。

奇想天外の、軽業。攻撃される瞬間まで、彼女の姿を視界に捉えることさえ出来なかった。為す術もなく、ノックアウトさせられる。


ぐうの音も出ない俺の股間を、ロシアンマフィアの小悪魔が踏みつける。


「クリスに内緒で他の女に手を出しちゃだめだよ、ウサギ。分かったー?」

「は、はい……」


「はい、侍君の負け。終わった、終わった。さあ、朝ご飯を食べよう」

「ほれ、私が勝ったぞ。お前のパンをよこせ」

「貴方こそ、スープを温めなおして下さい。冷めてしまいましたわ」

「負けたので、きちんと私の人生を背負ってくださいね」

「あっ、このサラダ美味しい!」


 外野のお嬢様方が、とても冷たかった。うぐぐ。
















<続く>








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