とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第七十話





 夜の一族の女達との、共同生活。日本人と外国人、男と女以上に、人と人外という決定的な違いのある俺と彼女達。人里離れた僻地にて、異常極まりない生活が始まった。

生まれた国も、育った環境も、秘めた信念も、個々の価値観も、何もかもが異なっている。共通点が何一つなく――


破滅するのは、最初から目に見えていた。















「カーミラ、起きろ。朝飯、持って来てやったぞ」

「んー」


 夜の一族は、血を重んじる。世界会議でも俺が糾弾材料としていたが、王となるべき者に必要とされるのは血の濃度。血こそが、人ならざる彼女達の力の源であり原点。

カーミラ・マンシュタインは濃度の高い後継者達の間でも異端で、蒼い髪に紅い瞳、黒い翼と白き牙を持ったドイツの吸血鬼であった。

別に棺桶で寝ている訳ではないのだが朝は格段に弱く、日差しの強い日には日傘を必要とする。よくそんな体質で、俺を付け狙ったものだ。爆弾テロでは、大いに苦しめられた。


「朝起きられないのなら、無理して食べなければいいのに。ほれ」

「あーん」


 白い肌が透けて見える黒のネグリジェ姿のまま、カーミラは寝ぼけ眼で口を開ける。完全に無防備、両手足が使えない俺でも簡単に襲える。

どういう感覚をしているのか、俺以外の人間が起こしに来れば途端に目覚めて警戒する。吸血鬼の分際で、ネコみたいな奴である。餌を上げても、あまり懐かない。


孤高の吸血鬼、ドイツのカリスマは簡単に他人を受け入れたりはしない。その生き様だけは、憧れる。


「口の回りがベトベトじゃねえか、たく……自分で拭けよ」

「うー」


 ちなみに純血種の妹さんは俺が早朝目を覚ます頃には、周辺警戒も兼ねて外でトレーニングをしている。清々しい朝日を浴びて、自分を鍛えていた。

日光は平気なのか試しに聞いてみると、何とも無いそうだ。あの娘の場合、昼夜俺を護る為なら克服しそうなので怖い。駄目な姉貴は、昼間からウトウトしているのに。

護衛ではなく主を自称するこいつの場合、俺に対して何の遠慮もしない。


「何かこう……不思議な感触だな、お前の翼。こら、動くな」

「んん……そこ、気持ちいい……もっと、弄ってぇ……」


 人間なら子供の頃誰しも一度は空を飛べる自由な翼に憧れたものだが、いざ生えると手入れが大変らしい。感覚も鋭くて、少し触れた程度でもくすぐったそうにする。

カーミラにとって翼は誇りであり、同時に弱点でもある。以前他人に無遠慮に触られた時、そいつを八つ裂きにしてやったと笑っていた。本当かどうか、怖いので追求しなかったが。

そんな大事な翼を預けてくれるのは信頼されている何よりの証拠なのだろうが、俺が怪我人であることを忘れないで欲しい。


「げぼくー、ひざまくら」

「はいはい」


 吸血鬼と、人間。奇妙な、主従関係。何もかもお互いをさらけ出して、何とか関係は維持出来ている。















「もらったぁぁぁぁー!」

「奇襲する時に、声かけちゃダーメ」

「ごへぇっ!?」


 無防備だった腹を殴られて、俺は唾液を撒き散らしながらその場に転がった。痛いというよりも苦しくて、地面に寝転がったまま咳き込む。土の味が、舌にまとわりついた。

苦しげに顔を上げると、眩い朝日を背に銀髪の少女が陽気な笑顔でこちらを見下ろしていた。殺されかけたのに、ゴキゲンだった。


「おはよー、ウサギ」

「がは、げほ……お、おはよう……ぜぇ、ぜぇ……」

「こんな可愛い女の子に腹パンされて、 今どんな気持ち? ねぇねぇ、どんな気持ちぃー?」

「くそう、無駄に日本語通でむかつく」


 クリスチーナ・ボルドィレフ、彼女とは時間さえあれば戦い続けている。仲良くするなどとんでもなく、まぎれもない敵対関係に置かれていた。

とにかく隙あればと出会い頭攻撃を決行しており、常に殺すつもりで襲いかかっている。二十四時間、集中力が続く人間など居ない。緩んだ瞬間を狙えば、マグレもあり得る。

それほどの心構えで挑んでいるのに、今のところかすり傷一つ付けられずボコられていた。


「出会い頭の攻撃が有効なのは一度切り、何度続けても効果はないよ」

「ええい、敵からの忠告など聞けぬわ!」

「もう、素直にクリスのものになれば血を吸わせてあげるのに。とびきりの処女の血を、舐めさせてあげる」


 わざわざ首元をさらけ出して、陶器のように美しい肌を見せつける。その柔肌に歯を突き立てて血を飲めばどれほど美味いのか、人間なのに思わず生唾を飲んでしまう。

蠱惑的なロシアの美少女。こんな女の子がロシアの裏社会を恐怖に染め上げ、プロのボディガードやテロリスト達を破壊した。人殺しの達人、ロシアンマフィアの殺人姫。

人殺しはやめても、牙が丸くなっても、人食い虎。子供のチャンバラ程度では、話にもならない。負傷していれば、尚の事勝ち目はなかった。


マグレ勝ちを執拗に狙えと師匠は言ったが、どれほど挑んでも突破口すら見いだせなかった。銃を持っていないのに、これほど強いとは。


「――今の一撃、ちょっと力を込めればウサギの腹わたをグチャグチャにも出来た」

「クリスチーナ……?」

「ウサギを見る度に、ウサギが好きになる。ウサギに触れる度に、ウサギが大好きになる。独り占めしたくて、堪らない。クリスだけのものにしたい。
どうすれば、一番手っ取り早いと思う?

殺すの。

クリスの手で、ウサギを殺すの。ウサギを殺して、血を全部吸い尽くすの。そうすれば、ウサギはクリスだけのものになる。あの女達はもう、触れることも出来ない。
殺したくて、殺したくて、堪らないの。想像するだけで、ゾクゾクする。弱いウサギを、早く食べてしまいたい」


 目を爛々と赤く輝かせて、殺意と欲望に濡れた瞳にか弱い獲物を映し出す。舌なめずりして、身動きが取れない俺を見て涎を垂れ流している。

空気が歪むほどの、殺意。俺の戦意を丸ごと削ぐ、悪意。目を潤せて、唇を舐めて、下着を濡らし、俺をモノにしようとしている。


蛇に睨まれた、蛙。一撃入れられた俺には、抵抗も出来ない。動けなければ、窮鼠もネコは噛めない。ただ、噛まれるのを待つだけ。


「次、クリスに手を出したら殺すよ。ううん、もう今殺しちゃおうかな。お腹も、空いた」

「そうだな、そろそろ昼飯の支度をするか。たまには、クリスチーナも作ってくれよ」


「……」

「何だ?」

「……殺すって言ってるのに……」

「殺す詐欺はもういいから」

「う、嘘だと思ってるんでしょ!? ほんとだもん。クリスはね、今までみーんなに怖がられてきたんだから!」

「今までは、だろう。次に俺が勝てば、めでたくお前は俺の友達だ。マフィアはやめてもらうからな」

「っ――い、今だって、ウサギを殺せたんだからね!」

「俺を倒す度に言ってるじゃねえか、それ」

「つ、次は殺してやるもん。ふん、だ!」

「おいおい、俺の隣に寝転がるなよ。服が汚れるぞ」

「後で一緒に、ウサギとお風呂に入る」

「他の連中がうるさく言――いや、いいぞ。一緒に、入ろうではないか」


「『わざわざ丸腰になってくれるとは、馬鹿なガキめ。背中を洗ってあげるフリをして、ぶん殴ってくれるわ』」


「げげっ!? ロシアの殺人姫は、心まで読めるのか!」

「ウサギ、分り易すぎ。絶対、ロリコンにしてやる」

「何だ、その殺人予告!?」


 殺人姫と、人間。毎日殺し合う事で、何とか関係を保っている。















「私の血が欲しければ、差し上げます」

「俺を、認めてくれたのか」

「貴方は、私の妹を変えてくれた。期待していた以上に、私の予想を遥かに超えて。貴女がいる限りあの子は闇に染まらず、陽の光に満たされた道を歩んでくれるでしょう。
礼を言い尽くせないほど、深く感謝しております。今は私闘に励まれているようですが、あの娘はもう貴方に自分の血を捧げる覚悟は出来ているのですよ。

ただし、依頼の報酬はあくまで車の弁済。貴方個人を評価しておりますが、私の血とあれば話は別です」

「……なるほど、腹を割って話した方がよさそうだ。ロシアの貿易王は自分の血と引き換えに、何を望んでいる?」


「貴方の精液を下さい」

「ぶっ!?」


 昼食後の、憩いの一時。ディアーナの部屋に呼ばれた俺は、男女二人きりでお茶を飲んでいる。妹と殺し合った後の、姉との会話というのも妙な感じだった。

ディアーナ・ボルドィレフ、ロシアの裏社会やテロリスト達が執拗に命を狙っている女性。欲望にまみれたケモノ達が、彼女に牙を突き立てんと暗躍している。

彼等と同じく敵対関係にある俺を、彼女は喜んで部屋に迎え入れている。紅茶を飲むその仕草に警戒も緊張もなく、無骨な男と一緒だというのに表情は生娘のように弾んでいる。


これほど麗しい美姫に精液を求められて、俺はどう返答しろというのか。


「精液って――あの精液だよね?」

「他の誰でもありません。貴方の精液を、私に下さい」


 ……セックスアピール? いや待て、恋愛経験のない俺が深読みするのはまずい。もしかすると別の意味で――精液の別の意味でってなんだよ!

ならば、と押し倒してもいいけど、仮にも婚約者が同じ屋根の下にいるのに性行為に及んでどうするんだ。火種をこれ以上増やすと、流石に手に負えなくなるぞ。

それに深く傷付いた身体は食欲や睡眠欲を最優先する為、性欲は急激に減退している。子孫を増やす前に、自分を治せと身体が悲鳴を上げるのだ。


「正当な要求だと、私は認識しています。夜の一族の女が、異性に血を捧げる意味をもうご存知ですよね」

「……知っているし、俺も覚悟して海外へ来た。ただ、あんたの場合事情が異なるだろう」

「ならばこそ、です。私は間もなく父の跡を継ぎ、ロシアンマフィアのボスとなります。状況を見通して既に準備は終えていますが、激しい権力闘争となるでしょう。
相手の弱みに付け込むのに家族や親類縁者を狙うのは、常套手段の一つ。私の家族はクリスチーナ一人、今のあの娘とならば共にやっていけます。

私はこの先仲間も、友人も、恋人も作るつもりはありません――が、跡取りはどうしても必要となります。

血縁に拘るのは愚かな慣習ではありますが、私とて夜の一族。血を絶やす訳にはまいりません。父が用意した男性、もしくは――
父自身の手で私の子供を作るつもりだったのです、本来は」

「じ、実の父親が、娘を!?」

「――母に似た、私の容貌を気に入っていたようで。私を見る目はもう、父のそれではありませんでした」


 はにかむように笑うその表情は、酷い自虐に歪んでいるように見えた。血に濡れた家系は夜の一族の闇に狂い、ただ欲望だけを求めるようになってしまった。

彼女が莫大な財を築き上げたのも、金による城を作って自分を守る為だったのだろう。金こそが、裏社会で身を守る鎧。保身が、彼女を強く悲しく成長させてしまった。

彼女にとっては、家族が他の誰よりも気を許せなかったのだろう。クリスチーナさえ、かつては姉を殺そうとしていた。


「父を陥れようとすれば、この時期でなくとも可能でした。けれど、踏み切れなかった。身体を狙われていると知りながらも――怖くて、抵抗できなかった。
暴力と権力でロシアの闇を支配する父は絶対であり、誰も逆らえなかったのです。

貴方を、除いて」

「……」

「強大な父と真っ向から対峙する、貴方。会議中いかなる強弁にも怯まず、襲撃されても暴力には屈せず、貴方は父と戦って勝利を果たした。
貴方がどれほど謙遜なされても、私の中の真実は変わりません。貴方は私にとって、他の誰よりも強く偉大な方。


貴方の子供を、私に産ませて欲しいのです。私が裏社会の制度を変えて、貴方と私の子供が――人の心を、変える」


 単なる恋の告白ではない。求めるだけの愛の告白でもない。クリスチーナの独占欲に等しい、俺という存在の全てを彼女は望んでいた。

二の句が告げなかった。忍にも告白はされたが、これほどまでに男して求められた事など無い。俺はこの時、初めて祝福されたのだ。

女の血と男の精液、これほどまでに対等な交換などありはしない。利益を超えた関係を、望まれている。



だからこそ、気に入らなかった。



「それは――NO、ということか」

「……そうです。私は、一人で生きていく。貴方の家族になれません」


 家族になろう――この共同生活への宣言を、否定された。彼女は、俺を恋人にも旦那にもするつもりなどない。子供だけ作って、距離を置くつもりなのだ。

クリスチーナがこの先ずっと傍にいても、彼女の在り方は一人のまま。裏社会を支配する王は、孤高であらなければならない。愛だの恋だの、必要ない。


それは、"海鳴"の否定だった。


「だったら、断る」

「私が、気に入りませんか……? カラダだけの関係は、殿方にとっての理想でしょう」


「俺を舐めてんのか、お前!? マフィアの分際で!」

「婚約者も、愛人もいるくせに!? ちゃんと調べたんですよ、女の敵!」


 ロシアンマフィアと、人間。全てをさらけ出した結果、彼女とは敵同士となった。















 ファミリードラマならば、家族となれよう。恋愛ゲームならば、恋人となれよう。映画ならば、仲間となれよう。官能小説ならば、色恋沙汰にもなろう。けれど、これはまぎれもない現実。

お粗末な舞台を楽しめる、観客なんて居ない。誰も憧れもしない、退廃的な日常生活。俺達は集まりながらも、単なる個人。


何の筋道もなければ、脚本も出来ず――物語は、破綻するしかない。















<続く>








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