とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第六十六話





 日本からはるばるドイツまでやって来たのは自身の成長の為でもなるが、何より壊れた腕の治療が目的だ。包帯を巻き直しながら、自分の身体の状態を測ってみる。

カーミラ・マンシュタイン、カミーユ・オードラン、カイザー・ウィリアムズ。各国の後継者候補の地で、深く傷付いていた身体は順調に回復してきていた。

怪我や疲労による極度の衰弱は新しい血と肉で元気を取り戻し、まとも立つ事も出来なかった両足は何とか歩行は出来るようにはなっている。松葉杖は外せないが。


なのに――手だけが、治らない。


「斬られた腕は何とか動くようにはなっているけど、ぶっ壊れた利き腕は感覚もないな……やはり、全員の血が必要なのか」


 ディアーナ・ボルドィレフ、クリスチーナ・ボルドィレフ、ヴァイオラ・ルーズヴェルト、カレン・ウィリアムズ。彼女達とも、深く繋がらなければならない。

全員に恩は売っているが、貸し借りによる契約だと多分完全には治らないだろう。単なる人間関係といえど妥協はせず、心から分かり合う。少なくとも、その努力はしなければ。


マフィアやテロリスト達による要人襲撃事件以降、全員音信不通。あんな世界的大事件が起きた後だ、用もなく俺に会うほど暇ではないだろう。俺だって、身を潜めている。


特にディアーナやクリスチーナ、カレンはどちらかといえば加害者側だ。直接的な関与はしておらずとも、事後処理には大わらわに違いない。俺自身、罪に問うつもりもないけど。

夜の一族が提供してくれたこの別荘に居るのはミヤと夜天の人、そして久遠。全て奪われてしまっていたが、何とか取り戻すことが出来た。

カミーユに可愛がられていたのか特に大きな混乱はなかったが、再会した瞬間久遠は少女に変化して大泣きされてしまった。がっしり抱きつかれてしまって、大変だった。マフィアより手強い。


純真な者同士気でも合ったのか、今はミヤと一緒に別荘内を駆け回っている。


「久遠ちゃん、久遠ちゃん。この家をミヤと一緒に探検して回りましょう!」

「うん!」

「探検隊のリーダーはお姉様です、ほらほらご挨拶を!」

「何故私が!? こ、こら、敬礼なんてやめるんだ、狐の娘!」


 一応命は救われたのでうるさくは言えないが、海外に来てもノンキな奴らである。夜天の人には申し訳ないが、臨時であっても起動してくれて本当によかった。

遊び回っているように見えるが、その実この別荘を見回ってくれているのは分かっている。久遠もミヤも俺の周辺を警戒してくれているのだ。


……お礼なんて、野暮な真似はしない。阿呆のように知らないふりをする、それが彼女達の気遣いへの最低限の礼儀だろう。心の中で、感謝しておいた。


さて、今後どう出るべきか。表立って動けず、世界会議も再開される様子は今のところ無い。世界が静まるまでは、目立った行動にも出れない。

残る敵はアンジェラ・ルーズベルトと、カレン・ウィリアムズ。ドイツの氷室達も運良く生き延びたらしいが、カーミラがこちらの味方である限り問題はない。

海外へ来たばかりの頃は孤立無援、負けに負けた惨めな敗残者だった。紆余曲折あったがよく生きて、ここまで漕ぎ着けられたものだと思う。出逢った人達のおかげだ。

ただ、やはりこうして一人で過ごすのもいいものだと思う。今更他人を拒絶したりはしないが、人間関係というのは複雑怪奇で色々悩まされるからな。

アンジェラやカレンへの対抗策は、既に打ってある。経過を見守る意味でも、しばらくは一人でのんびりと――


呼び鈴が、鳴った。


「いいですか、リョウスケ? 悪い人達は全員おまわりさんに捕まりましたが、此処が敵地であることを忘れてはいけません。
何かあればミヤや久遠ちゃん、お姉様も力になりますが決して油断はしないように。クラールヴィントにばかり、頼ってはいけませんよ」

「お前や夜天の人にはこっぴどく怒られたばかりだ、平和だからといって呆けたりはしないよ」


 久遠に乗って素早く戻って来たミヤが、注意。ミヤや夜天の人は魔法で、久遠は妖狐の感覚で敵か味方か判別できる。

こいつらの反応からすると、来訪者は敵ではないが警戒が必要な人物のようだ。うーむ、ややこしいな……

敵ではないが、安易に味方だと思ってはいけない人間。忍達を除けばそんな連中ばかりなので、該当者が多すぎて特定ができない。

この別荘は比較的古い作りだが、最新鋭のセキュリティがついている。呼び鈴を鳴らした人物もいちいち出ていかずとも、室内からカメラで確認できる。


「何だ、師匠じゃねえか」


 御神美沙斗、ディアーナの護衛を務めている女性で俺の師匠でもある。カメラ映像を見ると、どうやら一人でわざわざ来てくれたらしい。

ミヤや久遠が警戒するのも何となく分かる。基本的に物静かな人なんだけど、表情は常に張り詰めていて他人を寄せ付けない雰囲気があるからな。


あの人を閉ざす門などない。松葉杖を不格好についてでも、自分から師と仰ぐ人を出迎えた。


「無事だと聞いてはいたが、元気そうで安心した。大変な目にあったな」

「本当だよ、生きた心地がしなかった。あんたに戦い方を教わっていなければ、対処法も満足に浮かばずに殺されていたよ。偶然と運にも随分助けられてしまったけど」

「それでも生き残れたのなら上出来だ。今、少し話せるか」

「上がっていってくれよ、日本茶を出せるぞ」

「いや、いい。最後に、挨拶に来ただけだ」


 さも当然のように、師匠は最後を告げる。恐らくは、永遠の別れ――二度と会うことはないであろう、離別。悲しみも寂しさも無縁のまま、すれ違っていく。

不思議と、驚きはなかった。そもそも生きている世界が違う。本来ならば、こうした師弟関係だってありえなかった。束の間の縁でしかない。

この人には、やらねばならないことがある。多分、それは――


「あのテロ組織を、追うつもりなのか?」

「……何故、そう思った」


「マフィアのボスがあんたに付けたテロリスト達が全員、事件後に惨殺死体で発見された。テロリスト達の仲間割れなんて脚本をゴリ押ししたのは、ディアーナだな」


 要人襲撃事件でマフィアのボスは派遣されたテロリストのチームを二手に分けて、一方を城の襲撃に、もう一方を警察への抑止力にあてて作戦を実行した。

世界中が俺を祭り上げている中、悪役のテロリスト達の末路がひっそりと伝えられる。ディアーナが処理したのか、大して表沙汰にもなっていない。すぐに、世界は忘れるだろう。


一人や二人じゃない、全員が切り刻まれて痛みに苦しみ抜いて死んでいったのだ。たった一人の、剣士の手で。


「ディアーナの、ロシアンマフィアの護衛に就いたのもテロ組織の足取りを掴む為だったのか?」

「やれやれ、自分の事以外には察しがいいのだな。その調子でこれまでの自分を顧みれば、己の欠点にもすぐ気付けただろうに。
剣を置き、戦うのを諌めて、ようやく少しは見えてきたか」

「よく生きてこれたものだと、我が事ながら冷や汗を掻いているよ」

「気付けたのならば、何時だろうと遅くはないさ。大切なものさえ失っていなければ、何度でもやり直せる」


 師匠は、プロだった。顔色も表情も変わっていない。けれど、俺には何となく分かった。テロリスト達と二度も戦ったからこそ、悟れたのかもしれない。

あのテロ組織は標的を殺すためならば、民間人を何人巻き込もうともかまわない。この人はきっと、あのテロ組織に大切なものを無慈悲に奪われたのだ。


俺だって、奪われかねなかった。かろうじてどうにかなかったのは、皆の協力と――この人の教えのおかげだった。


「クリスチーナお嬢様との経緯も聞いている。あの子とだけは、戦うのを許そう。彼女以外は引き続き、怪我が治るまで戦闘を禁ずる」

「もういいだろう!? マフィアらテロリスト達に襲われた時も戦えなかったんだぞ!」

「お前が戦って勝てる相手だったのか?」

「うっ――」

「身の程を知れ、馬鹿者。今の体調、今の実力でお前が勝てる相手など世界中探しても殆どいない。その辺をうろつく野良犬でも、お前の喉笛を噛み千切れる」


 辛辣だが的確な指摘に、ぐぅの音も出ない。世界会議が始まってどの局面においても、俺の剣が通じそうな状況なんてありはしなかった。

剣を置いて勝つための方法を常に考えるようになって、ようやく新しい景色が見え始めた。俺は剣どころか、実戦に出るのも早すぎたようだ。

この人は、正しかった。全てを奪われて路頭に迷い、最後に頼ったのがこの人で本当に良かった。彼女は厳しいだけでは、決してない。


「今のお前に勝てるのは、クリスチーナお嬢様だけだ」

「俺を殺すのはやめたとはいえ、ロシアの裏社会を震撼させた人殺しの達人。ロシアンマフィアの殺人姫だぜ?」

「どれほど鋭い刃でも、切るつもりがないのならば単なるナマクラにすぎん。勝てるまで、何度でも挑戦しろ。マグレを狙え」

「俺なら勝てるといったのに、マグレ狙いかよ!?」

「他の者ならば、マグレも狙えず殺されるだけだ。命の奪い合いではない以上、実践ではない。お前は、運と偶然には恵まれている。その持ち味を、活かせ」


 お前はもう、クリスチーナお嬢様には勝っているのだから――まるで我が事のように、誇らしげに師匠はそう言ってくれた。母親に褒められるというのは、こういう感覚なのだろうか?

確かに、一度でも勝てばいいんだ。今の俺が実力で勝てる可能性なんて皆無に等しいがゼロではない。クリスチーナも多分、喜んで付き合ってくれる。

ここまで持ってこれたのは、あの子から目を背けず、常に向き合ってきたからだ。分かり合えなければ、あの子との試合なんてありえなかった。


「本当に、このまま行ってしまうのか」

「お前の言う通り、ディアーナお嬢様の護衛に就いたのは奴らに関する情報を掴む為だった。今回の一件で手掛かりも掴めたし、思いがけず痛手も与えられた。
契約自体はまだ続いているが、かなり派手に動いたからな……しばらくは身を隠し、然る後追撃に移る。この機を逃さない内に、徹底的に叩いてやる。

お前とも、もう会うことはないだろう。これは、返しておく」

「高町家の――写真」

「……、私には必要ない。達者でな」


 つながりを全て断ち切り、御神美沙斗は背を向けた。何の迷いもない足取り、未練も感傷も感じさせずに去っていく。

居ても立っても居られない、もどかしさ。このつながりは奇跡的であり偶然の代物、二度はない。今度は偶然でも、会えることはないだろう。

あの人が本気で姿を消せば、俺ごときに探し出せるはずがない。テロリストやマフィアと比較しても、あの人とは比べ物にならない。

テロリストを追っているのは、正義ではなく復讐。組織を壊滅させ、テロリスト達を皆殺しにするまで、己の刃を血で染め続ける。本当に強い女性、一人で生きていける人。

……俺だって、正義の味方じゃない。アリサを殺した誘拐犯は、今でも殺してやりたい。あの襲撃で忍達が殺されたら、俺だって連中を許せるものか。


このままでいいのか……? そう考える前に、人差し指を噛んで――受け取った写真の裏に、血文字を刻んでいく。


俺はもう、迷ったりしない。自分から他人に関わっていくのだと、決めたのだ。それがどんなつながりであろうとも、決して疎かにはしない。

人間は、一人でも生きられる。一人で生きて、一人で死んでいける。他人は必ずしも、必要はない。それは、分かっている。


だけど――独りのままじゃ、何も変われはしないんだ。それを教えてくれたのは、あんたじゃないか!


「待ってくれ、師匠! くそ、こんなもの――うぎぎぎぎっ!!」

「……? なっ!? ば、馬鹿者、何をしている!!」


 松葉杖を放り出してよろめきながら走りだした俺を気付き、師匠は振り返って目を剥いた。あの人は俺の身体の状態を知っている、慌てて駆け寄ってきた。

歩行は何とか出来るが、走りだすなんて無茶無謀。パンクしたタイヤで車を全力で走らせるのと同じ、肉も骨も傷めつけて足はボロボロになる。

師匠は持っていた剣を置いて、俺を平手打ちした。手を差し伸べないあたり、本当に厳しいな。


「何がしたいんだ、お前は――いや、やりたい事は何となく分かるが無意味だ」

「いたた……わ、分かっているならば、話が早い。一人前になるまで、ちゃんと弟子の面倒を見てもらおうか」

「……私が居なくても、お前はもうやっていける。お前には、友達も家族もいるだろう。仲間が、お前を強くしてくれる」

「そこにあんたが加われば、百人力だろう。頼むよ、師匠」

「私には、目的がある。お前よりも優先される、大事な用だ。はっきりと言われなければ、分からないようだな。


もしもお前が私の邪魔をするのならば――私は、お前を躊躇なく斬れる」


 本気の眼だった。嘘偽りもない、漆黒の瞳。どれほど復讐の念に染まれば、こんな壮絶な殺意を燃やせるのか。薄ら寒い綺麗事なんて、黒く染められて終わりだ。

人殺しを止める、復讐をやめさせる、真っ当な人生に戻す。クロノや恭也のような強い信念、眩い正義感があればこの復讐鬼でも止められるかもしれない。

俺には到底、無理だった。強くも何ともなく、善にも悪にも偏れない中途半端。単なる子供に、大人を止められるはずもない。


だからこそ、俺は――人とつながることを、望んだのだ。


「じゃあ、あんたにこれが斬れるのか?」

「!?」


 写真を取り出して、彼女の前に突き付けた。目に見えて分かる、彼女の動揺。師が弟子を分かっているように、弟子だって師を理解しようとしているんだよ。

何度も顔を合わせていたのに、写真をなかなか返さなかったのは何故だ? 別れ際にようやく、振り切るように俺に押し付けたのはどういう事情があったんだ?


何で――俺の隣に写っている高町美由希の顔に、こんなに涙の痕がついているんだ!?


「この写真、あんたにやるよ。あんたが、持っていた方がいい」

「――写真の裏に書いているのは、電話番号か――馬鹿者が。私はお前に、電話なんてしないぞ」

「人と人とは、つながっている。この写真が海を超え、国を超えて、あんたに辿り着いたのはきっと意味がある。

それに、俺とあんたとも繋いでくれたものじゃないか――必要がないなんて言わないでくれよ、"師匠"」

「……っ、甘えるな」


 師匠は転んだ俺を放り出して、そのまま足早に去っていった。やはり止められなかった、分かりきっていた結果だ。復讐を、俺は一切否定しなかったのだから。

大切なものを失った気持ちは、俺にも分かる。アリサを失ったあの時、俺は狂い死にしかけたのだ。師匠を止める言葉も、力もありはしない。

俺は単に求めただけ、自分勝手な我儘だ。だからこそ、写真を渡した――つながりさえあれば、見失わずに済む。俺はそうして、桃子達に救われた。


「その写真にこめられた温もりは、俺達のような人間には意外と病みつきになるんだぜ。あんたには手放せないさ、師匠」


 写真を持って立ち去った師匠を、俺は自信を持って見送る事が出来た。無様に寝転がってはいるが、後悔も寂しさもありはしない。

本当にありがとう、師匠。いずれはあんたを助けられるほど強くなってみせる。出来の悪い弟子にもそれくらいの孝行はさせてくれよ、師匠。



――後日あっさりと連絡が来て、治っていない足で走った事も含めてガミガミ叱られた。この縁は、まだまだ続きそうだ。















<続く>








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