とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第六十二話





 交渉する余地もなく、発砲。命乞いすら聞こうともしない。当然だ――食べていいのか、獲物に問うライオンなんていない。

ロシアンマフィアとテロリストにとって、未成年の日本人なんてちっぽけなアリンコ、踏みつぶして終わり。


強者と弱者――その認識を誤らなければ、不意打ちであろうと防げる。


『がっ、あぁぁぁ……ク、クリスチーナ、てめえ……!』

『ウサギは、クリスのもの。そう言ったよね、パーパ』


 けれど、所詮は素人。山と海の匂いが染み付いた田舎町の人間に、戦場の匂いを完全に嗅ぎ分けるのは無理だった。

マフィアのボスが撃った銃弾は俺の前に立つノエルが捌いたが、そもそも弾丸は撃つ前から銃口がぶれていた。


現役マフィアの早撃ちを、殺人姫であるクリスチーナが一瞬で撃ち抜いた――実の父親の、手を。


『ぐうう……何故だ、お前は俺の言う事だけを聞いていたじゃねえか……ボスに、なりたくねえのか!?』

『クリスはね、パーパの事大好きだったよ。パパのお願いなら、何でも聞いてあげてた。

でもね。

次にウサギに手を出したら、パーパでも殺すよ。脳味噌グチャグチャにしてあげる』


「――と言ってるけど、まさかあの父娘の仲違いを知っていての行動だったの!?」

「……親父の不意打ちまでは予想していたけど、あいつが自分の父親を撃つとは思わなかった」


 ロシア語で揉めている父娘の会話をさくらに翻訳してもらい、自分の本心を打ち明ける。クリスチーナがここまで狂っているとは。

俺への執着は分かっていたが、実の父への愛を優先すると思っていた。今まで得られなかったからこそ、娘は餓えて鬼となったのだから。

正直仲違いを利用する手は考えなくもなかったが、すぐに破棄した。父娘が撃ち合いになれば、こちらも巻き込まれてしまう。

実の父親を撃った銃を嬉々として手にする、殺人姫。使用人達はおろか、敵側のテロリスト達まで戦慄していた。


『ウサギー、今から全員片付けるからこっちに来て。ウサギは特別に、クリスが助けてあげる』


 全員を片付ける、殺人姫の冷酷な宣告に使用人達が泣き喚いた。母の名を叫ぶ者、命乞いする者など、大人子供問わず絶望している。

あいつは俺の殺害を第一に考えている。となると標的の俺を確保しておいて、テロリスト達に全員を撃ち殺されるつもりなのだろう。

必ず助けると俺が言わなければ、発狂していたかもしれない。チンクやトーレ、ルーテシアが必死でなだめてくれた。

こいつらを――俺を信じてくれている人達を、見捨てろというのか? 議長席の翻訳機を、乱暴に掴む。


「誰だ、お前」

『誰って――何を言ってるの、ウサギ。クリスだよ』

「知らねえなあ、お前なんて。赤の他人が、気安く話しかけんな」


 俺は、甘かった。クリスチーナとは一対一で戦って、決着をつけようとしていた。あいつは所詮、マフィアだというのに。

別に正々堂々と戦えると、期待していたのではない。銃と剣では、戦い方も違う。試合なんて出来るはずがない。

勝手な思い込み、幻想でしかなかったのだろうけど――


人間らしくもない者同士仲良く出来るのではないかと、思っていたんだ。


『ウ、ウサギ、もしかして怒ってるの……? クリスはね、ウサギの敵を全員殺してあげようとしてるんだよ』

「ふーん」

『どうしてそんな顔をするの!? クリスは、ウサギの為に――』

「俺は、そっちの男と話があるんだ。関係のない人は、黙っててくれないかな」

『!? と、トモダチ、ともだちって言ってく……』


 俺の為だと、ふざけやがって。お前にテロリストと手を組む策謀なんて思いつける筈がない。間違いなく、この襲撃はボスが仕組んだ。

こいつは単純に尻馬に乗っただけ。便乗して邪魔者を全員排除し、俺を確保して後継者になろうとしただけだ。舐めんな。

クリスチーナは顔を青ざめて、銃を取り落とした。ディアーナが拾いあげるが、気付いてもいない。彼女と、目があった。


先の会議で見た時と同じ、切実な瞳――今だからこそ分かる、彼女の苦悩。狂気に侵されない、理性の目。


敵か味方かも分からなかった。女を見る俺の目こそ、まだまだと言わざるをえない。

裏社会で財を築き上げた聡明な彼女が、こんな暴挙を許す筈がない。となれば、何か手を打っている。彼女には、強力な切り札がある。

あの時は何も言えなかったが、今はせめて安心させてやろう。彼女は、今の俺の雇い主でもあるのだから。


俺が笑いかけると、彼女はきょとんとして――ぷっと、吹き出した。おい!?


おかしいな、映画とかだとこういう場面でヒロインは男に惚れていたりするんだが……どうやら、俺はよほど笑顔の似合わない男らしい。

彼女は必死で笑いを堪えていた、目に涙まで溜めて。ぐぬぬ、腹にパンチしてやりたい。


「では、改めて問おう。物騒な連中引き連れて一体何の真似だ、マフィアのおっさん」

『ちっ……此処に面子を揃えたのはやはりてめえの差し金か、小僧。
馬鹿な野郎だ、てめえは。都合がいいぜ、全員まとめて殺せる』


 ボスの一言でクリスチーナの凶行から我に返ったテロリスト達が、この場に居る全員に銃を向ける。

壮絶な殺意の嵐にルーテシアやトーレ達まで身構えるが、俺は軽く鼻で笑ってやった。


「出来もしない事を口にするのはよくないな。器が知れるぞ」

『クリスチーナがいれば殺せねえとでも思っているのか、クソガキ!!』


 向こうは銃、こっちは翻訳用のマイクを持っているだけ。ガキであれど、自分への侮辱をマフィアは断じて許さない。

余裕こいて話しているが、生唾を何度も飲んでいる。プレシアや巨人兵とは違った、生々しい暴力がひたすら恐怖を煽る。

朗々たる声ではなく――ただ泥臭く、この弁論の場でがむしゃらに言葉を並べる。


「自動人形ノエルとファリンに、主が命じる。誰か殺されたら、この場に居る全員を敵味方問わず皆殺しにしろ」

「は、はい」

「分かりました」

『な、何だと!?』


 クリスチーナが奴の手を撃っていたのは、不幸中の幸いだった。向こうは早撃ちが出来ず、俺の命令が先に伝えられた。

敵を倒せ、では生温い。相手はチンピラではない、ロシアの裏社会を支配するマフィアと国家を脅かすテロリストなのだ。

ガキのハッタリなど、鼻で笑われるだけ。嘘であっても、血で濡らさなければならない。


『お、おいおい、てめえ……そいつらを助けたいんじゃねえのか!?』

「俺が死んだ後の事まで知らないね。こいつらだって、どうしても助けたい程価値のある連中でもない。
少しは立場が理解出来たか、馬鹿共。銃を何丁抱えようと、自動人形には通じない。命令が受理された以上、死人が出れば止まらないぞ」


 さあ、殺せるものなら殺してみろ。その瞬間、お前らも皆殺しにされる。こっちは自動人形を"二体"も保有しているのだ。

――命令が本当に受理されれば、の話だけど。この二人は俺の命令第一ではない。どんな命令でも頷くように言っておいただけだ。

すずかとファリンの心を俺が与えたのだと、誤解しているからかろうじて成立する嘘。本当に思い切られたら、やばい。


『はーん、時間稼ぎがしてえのか』

「おうよ、警察様が人数引き連れてくるからその場で大人しくしていてくれ」


 無駄な否定はしない。相手は暴力沙汰のプロ、全てを誤魔化すのは難しい。嘘の中に、真実も入れておかなければならない。

もっとも待っているのは警察だけではなく、ルーテシアが呼んだ救援も含まれている。そっちがむしろ本命だ。

俺の苦肉の策を、マフィアのボスは大袈裟に笑い飛ばした。


『だったら生憎だったな、来ないぜそんなもの』

「来ない……?」

『ディアーナは俺の自慢の娘でな、他国の警察にも睨みが利くのよ。お前如きには想像も出来ない、"力"だ。
念の為"龍"がよこした連中もディアーナの護衛と共に向かわせている、ぬかりはねえ』


 権力で黙らせたのか、暴力で沈黙させたのか。やけに遅いと思ったら、こいつら滅茶苦茶しやがる。

希望の糸は断ち切られたが、蜘蛛の糸はぶら下がっている。肝心要の抑えを、ディアーナに任せている点だ。

それにテロリストの連中と、師匠を一緒にするとは愚かな――あの人、テロリストを異常に嫌っていたからな。


『……アテが外れたにしては堂々としてやがるな。何を企んでいる?』

「自動人形を使ってお前らを皆殺しにした方が早そうだ」


『そいつは無理な相談だ――連れてこい』


 連中に引っ立てられたのは、徹底抗戦していた連中。ドイツ陣営にアメリカのカレン、イギリスのアンジェラ・ルーズヴェルト。

彼らは人質として非常に価値が高い。日本側が保有する自動人形への牽制にもなる。いきなり殺されたりはしないと思っていた。

しかしあくまで可能性でしかないので、ひとまず無事なのはホッとする。所詮、今だけの命でしかなくとも。


「全員、俺の敵じゃねえか。人質の意味がねえよ」

『じゃあ殺していいんだな?』


 ドキッとする。躊躇すれば弱みを握られる、理屈では分かっていても感情が必死で拒否する。


「好きにしろよ。誰かが死ねば、次はあんたが死ぬだけだ」


 マフィア相手に、譲歩など論外。甘い顔一つ見せただけで食われてしまう。自分が蟻である事を、どんな時でも忘れない。

ボスは部下に、俺は自動人形に、命令一つ与えるだけで殺せる。天秤は、危うい均衡を保っていた。

胃を手で直接絞られているような感覚、バケツを渡されたら思い切り胃の中の物をぶち撒けてしまいそうだった。


『ふっ……ははははははは、大したクソ度胸だ。日本人は腑抜け揃いとばかり思っていたんだがな、"サムライ"という奴か』

「認めてくれたんなら、お宅の娘の血をくれないか」

『はっ、いいぜ。ただし、他国の姫君の血だがな』


 前に出されたのはドイツの次期当主氷室にカーミラ、そしてカーミラの両親。全員押し黙る中、カーミラは屈する気配を見せない。

マフィアのボスが俺にニヤリと笑いかけ、葉巻に火をつけた。何をする気だ……?


『"サムライ"様の高潔なる魂に免じて、三人生かしてやる。誰でもいい、一人生贄を差し出せ』

『ほ、本当か!? 本当に、助けてくれるんだな!』

『ああ、約束してやる』


 地獄の底まで落とされると、ロシアのマフィアでも神様に見えるものらしい。ボスが笑って頷くと、氷室と両親の目が希望で輝いた。

映画やテレビドラマならば自分が率先して犠牲となり、大切な人達を守る。しかし、これは悪夢に等しい現実。


愛する婚約者が、産んだ母親が、育てた父親が――黒き翼を生やした、青い髪の忌み子を見やる。


『はっはっは、いいのかよ!? お前さんの大事なお姫様なんだろう?』

『じょ、冗談じゃない、こんな化物!? こいつを好きにしていいから、僕の命は助けてくれぇぇぇぇぇ!』

『わ、わたしらからもお願い致します! 娘は差し上げますから、どうか――どうか、助けてくださいぃぃぃぃぃ!!」

『――だとよ、こいつらが望んでいるんだ。文句はねえよな、サムライ?』

「……っ」


 人は誰もが皆、勇者ではない。かくいう俺もあいつらと同じ、この場に俺一人ならばあんな風に命乞いしていた。それは認める。

けれどそんなもの、当事者には何の慰めにもならない。死の淵で、吸血鬼の少女は自分の味方から見捨てられてしまった。


彼らの本音を聞いて、カーミラ・マンシュタインは静かに絶望する。孤独の冷たさが、血を通じて俺にも伝わってきた。


一人になったのではない。最初から独りだったのだと、最後に思い知らされただけ。

涙を見せず、少女は哭いていた。俺は――笑ってやった。


"日頃から人様を馬鹿にしているからそんな目に合うんだよ。ざまあみろ、ゲラゲラ"

"下僕、お、お前まで……!"


"――隙を作ってやるから、こっちに飛んで来い"


"! わ、私を救けようというのか!? 何故だ、どうしてそんな危険を犯してまで!"

"昼飯、一緒に食う約束をしたじゃないか"

"……っ……っっ……、はは、ははは……そうだった、そうだったな……下僕のまずい飯を、食べてやらねばならんな……"


 本当、何やってるんだろうな俺は。怖くて泣きそうなくせに、泣いている女を助ける余裕があるのかよ。意味が分からん。

隙を作るとは言ったが、多分俺からアプローチする必要はない。氷室の奴、とうとう化けの皮が剥がれたな。


本物の悪党ってのはな――どういう訳か、クズを嫌うもんなんだぜ?


『オッケー、じゃあとっとと死ねや』

『は、話が違う!? 一人差し出せば助けると、約束したじゃないか!』

『人ならば助けるが、ゴミクズは片付けるに限る』

『やめろぉぉぉぉぉーーーーー、死にたくないぃぃぃぃぃーーーーー!!!』


"カーミラ、来い!!"


 銃声が、鳴り響く。テロリスト達は容赦なく撃ちまくり、会議場は悲鳴と銃声に満たされた。

彼らとて伊達にドイツの貴族を名乗っていない。蝙蝠に変化して惨めに飛び去っていく、銃弾が命中したかどうかは分からない。

退避したカーミラにも追撃が入ったが、ノエルがカバーに入って銃弾を切り捌いた――って、腕から剣が生えている!?


い、いや、今は驚いている場合じゃない。思考を止めるな、死に物狂いで脳を回せ!


「さくら、カーミラを頼む」

「あ、あああ……に、兄さん……」

「さくら!」

「!? わ、分かったわ!」

「――大丈夫、ああいう奴ほどしぶといもんだ」


 生きているのか死んでいるのか分からないのなら、気休めであろうと生きている方に望みを託すべきだろう。

カーミラは何とか無事だったが、テロリスト達の一斉射撃は俺達全員の戦意を撃ち抜いた。全員、ネズミのように怯えている。

さくらは忍とカーミラを抱き締めて必死で恐怖を耐えており、フランス大財閥の会長やイギリスの未亡人も蒼白になっていた。

大したデモンストレーションだ、マフィアのボスも得意満面になっている。


『どうだい、お前ら。なかなか愉快な愛憎劇だっただろう』

「脚本家の才能はないな、あんた。くだらない三文芝居だった」

「……てめえ、よほど死にたいらしいな……」


 肝心の俺自身が少しも怯えていないことに、ボスは不愉快そうに顔を歪める。逆に、味方の陣営は賞賛と尊敬の眼差しで俺を見ている。

ふふふ、余裕そうに見えるだろう? 違うよ。最初から既にビビっているから、どれほど脅されてもこれ以上怯えようがないだけだ。

議長席に座っているのも、膝が笑って立てないだけだったりする。こええ、銃こええ……!

くそっ、何でここに居る全員赤の他人じゃねえんだ。関係者が混じっていなければ、とっとと見捨てて逃げていたのに。

俺が逃げたら、こいつらが死ぬじゃねえか。くそったれ、それだけは――それだけは、嫌なんだ。ちくしょうめ。

自分が死ぬよりも辛い事があるなんて、知りたくなかった。おかげで、死の恐怖に苦しめられ続けている。


『てめえは分かってねえよ。俺はロシアンマフィアを束ねるボスなんだぜ……?
ガキの脅しに怯むとでも、思っているのか!!』


 目の色が変わった!? 殺す気だ! 誰を!? 俺を!? やばい、まずい、えとえとえと、うおおおお……!!


「俺を殺す前に、約束を守ってもらおうか」

『あん……?』


「一人差し出せば、三人助けると言ったな? ドイツの連中を殺した分、差し引きさせてもらおうか。

カーミラ・マンシュタインで、まず一人。後二人――カレン・ウィリアムズと、アンジェラ・ルーズヴェルトをよこせ」


 この提案に驚いたのは、マフィアやテロリスト達だけではない。解放を命じられた人質二人が目を丸くしていた。

何言っているんだこいつ、と思ったか? 安心しろ、俺も自分で何言っているのか分からん。先延ばしだからって必死すぎだろ、俺。


『お前……頭、おかしいだろう?』

「テロリストと組んでいるマフィアに言われたくはない」

『こいつら、お前の敵じゃねえのか? 会議中、何度もお前を殺そうとしていたじゃねえか』

「あんたと一緒にしないでもらおうか。会議でやられたのなら、会議でやり返す。そうでなければ、勝った事にはならない。
テロリストと手を組んで、銃なんて持ち出してきやがって。仮にもマフィアを束ねるボスともあろう者が、みっともねえとは思わないのか」


 自分でも青臭いことを言っているとは思う。勝てば官軍とは、どこの国の言葉だったか。俺だって何でもやる気で海外に来た。

この戦に勝てば王の位、人を殺してでも奪い取る価値はあるのだろう。どれほど犠牲にしても、勝てば全てを得られる。

結局、俺のこだわりにすぎない。こんなやり方が勝利と言えるのか? こんなの結局、会議では勝てないと認めたのと同じだ。


俺の主張を案の定、マフィアのボスは馬鹿にするように笑う。


『ガキに何を言われようと、どうも思わんね。死体に変えれば、何も言えなくなる』

「なるほど、名案だ。あんたのクビを斬れば、嘘も言えなくなるだろうよ」

『……』

「二人を、離せ」


 こちらに手を出せば、自分が死ぬ。マフィアの中で保身と憤怒が葛藤し、理性と感情がせめぎ合っていた。

怒らせたらまずいのは分かっている。下手には出ず、それでいて人質の命は尊重しなければならない。難しいが、やるしかない。

問題なのは、肝心の人質が俺の敵であること。


『……けっ、冗談じゃないよ。こいつに助けられるなんてゴメンだね、とっとと殺しな』

「うるせえ、ババア。負け犬の御託なんぞ聞きたかねえんだよ」

『アタシが負け犬だって!?』

「護衛チームが全滅したんだぞ、てめえの馬鹿な行動のせいで。勘違いするなよ、クソババア。
お前を助けるのはあくまでヴァイオラと、ヴァイオラのママさんが心配しているからだ。

権力の道具にした家族に助けられる惨めさを、思う存分噛み締めやがれ」

『どんな理由があろうと、お前に助けられてたまるものか!』

「俺にむかついているなら、世界会議でぶちのめせよ。死ぬなんて許さねえ、会議の場で返り討ちにしてやるからよ」


 てめえと俺との戦いに、銃なんぞ要らねえんだよ。弁論の場、世界会議で決着をつけてやる。死に逃げんじゃねえ。

散々罵倒してやったのに、女帝は怒り心頭になるどころか目を白黒させて――にやりと笑って、急に大人しくなった。


……? ……?? あっ、俺をのせやがったな、こいつ! 思いっきり、本音を暴露しちまった!?


ぐおおお、恥ずかしい……ヴァイオラやママさんが今どんな顔をしているのか、見たくない。やはり手強いな、あの女は。望むところだが。

イギリスはどうでもいいとして、アメリカも屈服していなかった。こちら側を見て勝機を見つけたとばかりに、不遜な笑みを浮かべている。


『王子様、貴方のご厚意には感謝しますがこれ以上貸しを作るのはゴメンですわ』

「あんたは金のなる木、命まで取らなくてもそいつらは枯れるまで絞り取るぞ」


 女帝を人質としているのは長に次ぐ一族の古老である為、カレンを生かしているのは技術を奪い取る為だ。五体満足である必要はない。

実際美貌には痛々しい痕があり、綺麗なドレスが破られている。こちらの女性陣も、命とは違う危機に震え上がっていた。

これほど絶望的な状況であるというのに、カレンは笑みを崩さない。


『――自分の目を一瞬疑ってしまったわ、こんな所に来ているなんて……よくもわたくしの研究所を破壊しましたわね、"ゼロ"』


 研究所の破壊……? もしかして、新聞に載っていたあの施設か!?


『まあいいわ、貴方がここに居るのは好都合。カレン・ウィリアムズの名において命じます。
この下劣な賊共を全員殺しなさい、"ゼロ"!!」


 ! ま、まさか、研究所を破壊したのはガジェットドローンなのか!? あの最新型が、自律行動している!?

この城に来ているとは迂闊だった。この顔ぶれの中で知らない顔の奴、多分使用人の中にまぎれこんでいたんだ。

誰だ、誰がガジェットドローンなんだ!? ええい、ローゼ、キョロキョロするんじゃない! じっとしていろ、お前は!!



息が詰まる瞬間――反応は、ない……?



『……くくく……ははは……あははははははははは!!!』

『な、何が可笑しいんですの!? "ゼロ"、貴女も早くこいつらを――』

『いやー、面白かった。こいつが見たかったんだよ、お嬢ちゃん。それに、クソガキも』

「……どういう意味だ?」


 鳥肌が、立った。ボスだけじゃない、テロリスト達まで薄ら笑いを浮かべている。俺を見て、完全に馬鹿にしていた。

何だ、何が可笑しいんだ? 有利なのは、こちらの筈だろう……!?


『なかなかの粘りだったぜ、てめえは。正直、部下に欲しいくらいだ。だが、遊びはこれで終わりだ』

「何だと……?」

『てめえが切り札にしているポンコツなんぞものともしねえ、最新型ってのをこっちが握っているのさ!』


 急転直下、猛烈に目眩がした。事実を受け入れるのを、脳が必死で拒絶している。何が何だか分からない。

理解不能なのは、カレンも同じだろう。経済界の若き王が唖然としていた。テロリスト達は変わらず、ニヤニヤしている。


何もかも、手の平の上だった……? で、でも、どうして!?


『お嬢さんよ、最新型の機材には"最終機体"を使ったんだろう。アレはな、「最初に」主と設定した人間の言うことを聞くのさ』

『で、ですから、その主をわたくしに――』

『おいおい、最終機体をお前さんに提供したのは誰だよ』



「かっかっか、最後に笑うのはワシやったということや」



「て、てめえは!?」


 もったいつけて会議室に参上したのは、成金丸出しのスーツを着た中年男。傍らに控えているのは、ビジネススーツを着た女性。

月村安次郎に、ドゥーエ。アメリカと手を組んでいたはずの二人が、ロシアンマフィアと仲良く並んでいる。

全てのカラクリが見えた時、俺は自身の敗北を悟った。全ては、企てられていた――俺如きには及びもつかない、遠大な戦略。


「……最終機体を気前よくアメリカに渡したのは、ロシアと共に強国を陥れる為か!」

「はん、この小娘が儂を使い捨てるつもりなのは見え見えやったからな。利用させてもらったんや。おかげで、貴重な情報が手に入った。
ボウズ、お前もよう頑張ってくれたな。お前が掻き乱してくれたおかげで、動きやすかったわ。ありがとさん」


 腹立つぅぅぅぅぅーーーーー! 殺されるのは目に見えているが、せめて最後にアイツを殴らせろ!!


「嘘つけ、お前がこんな凄まじい戦略を編み出せるはずがねえ! 何でこいつに入れ知恵しているんだ、ドゥーエ!!
こんなの思い付けるんなら、お前一人で財でも何でも手に入れられるだろう!」

『過大評価ですわ、陛下。"私が"練り上げた戦略ではありません』

「一体、何が目的なんだ!?」

『彼の研究は別にして……私はただ見たいだけですわ。貴方の武勇を、貴方の起こす奇跡を。貴方のファンですもの。
貴方は彼らとは違うのでしょう、貴方は"彼"をも超える存在なのかもしれない――それを、私に"魅せて"頂きたいの』


 窮地に立たされた俺を楽しげに見つめるドゥーエ、ふざけている。こいつは俺を追い詰める為に、ここまでやったのか!?

安次郎の奴、信じ難い馬鹿だ。漁夫の利、上手に立ち回って全てを掻っ攫うつもりなのだろうが上手くいく筈がない。

ロシアンマフィアが、日本の成金相手に取引なんぞする筈がない。殺されて奪われるだけ、アメリカと組んでいた方がマシだったのだ。


くそっ、くそっ――確実に言えるのは、たぶらかされた成金親父に巻き込まれて俺達が殺される事だ。最悪の結末、誰も報われない。


「カレン嬢ちゃん、あいつが今までアンタの言うことを聞いてたのはワシがおったからや。どんな気分? なあ、どんな気分や?」

『……王子様、申し訳ありません……貴方に救われたこの生命、無駄にしてしまいました』

「よせよ、いつものお嬢様ぶりはどうした」

『貴方と共に、世界を手にしたかった――これは、本当でしたのよ』


 ……っ、カレンは俺より頭がいい。全てを理解したからこそ、諦めた。無能であれば、まだ希望を持てたかもしれないのに。

すまない、ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ。最後の最後でドジっちまった。期待に応えられなかった。


最終機体、最新型自動人形ガジェットドローン。こいつだけは、何が何でも味方にしておかなければならなかったのだ。


カレンと一時的に手を組むことになっても、ガジェットドローンと会うべきだった。せめて、話はしなければならなかった。

ノエルやファリンのように、上手くはいかないかもしれない。でも、積極的になるべきだった。策を弄したばかりに、このザマ。

一体この場の誰なのか分からないが、そいつに殺されて終わりだ。ノエルやファリンでは、勝てない。


仲良くなれていれば、これほどの逆境すら覆せたのに――何が奇跡だ、馬鹿野郎。そんなもの、俺に起こせるもんか!!



「さあ今こそ、本当の主であるワシが命じたる。起動せい、"イレイン"!!」



 お、終わった―――!!!



「……」

「……」

「……」



 ……えっ……イ、イレイン……?



「どうした、イレイン。起動せんか、ワシが命じとるんやぞ」

「……」

「……」



 ……いや、イレインって、確か……



「ど、どないしたんや!? 起動や、き・ど・う!!」

「……」

「……」



……えーと、あのおっさんが唾飛ばして命じている相手は――いや、でも、そんな馬鹿な。



「"ゼロ"、やはりわたくしを本当の主と認識しているのね!」

「"イレイン"、ワシが本当の主や!」

「……」



 ……う、嘘だろ……?



「"ローゼ"」

「はい、何でしょう?」

「はあっ!?」

「げえっ!?」



 カレンと安次郎、ロシアンマフィアやテロリスト――この場に居る全員が、ひっくり返った。チンクなんて涙まで流して俺を拝んでいる。

げええええええええええ、マジか!? 一体どうなっているんだよ、この世界は!



「あのさ、もしかして、ひょっとしたら、まさかとは思うけど――こいつら、お前に命令していないか?」

「ああ、"ローゼ"に命じていたのですか。先程から誰に話しかけているのかと」

「お、お前が……最終機体、ガジェットドローンだったのか? こいつらが、お前の主……?」

「わたくしが貴方の主ですわ、"ゼロ"!!」

「違う!! ワシがお前の主じゃ、"イレイン"!!」

「何をおっしゃいます」



 ローゼはかつての主達に見向きもせず――俺に恭しく、跪いた。



「ローゼは、貴方の松葉杖ですよ」















<続く>








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