とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第十一話




--------------------------------------------------------------------------------



我ながらどうかしていると思う。

馬鹿な事をしていると、俺本人が心底分かっている。


「くぅ〜ん」

「こら、鼻をこすりつけるんじゃない!くすぐったいだろうが!」


 夜――

気の向くままに夜中の散歩していた俺の前に突如現れたこの生き物。

脈絡もなく病院内に侵入し、中庭にいた俺を察知してやって来た。

首に鈴をつけた子狐。

犬や猫なら珍しくもないが、子狐が街中にいるというのは珍しい。

野生にはない首の鈴を鳴らし、俺に向かって甘えた声で鳴く。

狐と言うと目つきの悪い小生意気な顔を連想させるが、この子狐は動物に興味のない俺ですら愛嬌を感じさせる可愛らしさがある。

本来ならペットショップにでも高値で売り飛ばすのだが、こいつは実は俺の知っている狐だった。

数日間だが行動を共にした俺の家来。

飼い主であるあの娘が「久遠」と呼んでいた子狐である。


「はあ〜・・・何で連れて来ちまったんだろう、俺」


 夜遅くに俺の元へやって来たこいつを、俺は病室へと連れて来てしまっていた。

自分でもどうして連れてきたのかは分からない。

昨晩暇潰しにちょっと遊んでやり、やがて眠くなった俺は久遠を放して自分の個室へ帰ろうとした。

――のだが、何故か久遠は俺に付いて来た。

どういう経緯で俺の所へ来たのかは知らないが、この子狐にはきちんとした飼い主がいる。

見た目にもほんわかとした優しそうな娘。
数日以上行方不明になっていたペットを夜遅くわざわざ探しに出歩くくらいだから、こいつは余程可愛がられているのだろう。

愛着はないとは言わないが、飼い主のいる狐を飼う趣味はない。

それに俺が連れて行けば、あの娘はまた心配して探し回るだろう。

俺は必死で突き放そうとしたのだが、久遠は言う事を聞かずに俺の後ろをついて来る。

走る、石を投げる、病院内の一室に駆け込む、エレベータに乗って逃げる――

手段はあった。

どんなに頑張ろうと、所詮獣。

俺が本気になって逃げれば、子狐の一匹や二匹平気で振り切れる。

振り切れたんだが・・・・


「くぅ〜ん」


 結局、昨晩の夜をこいつと病室で過ごしてしまった。

懐いて来る久遠を適当にあしらいながら、俺は寝転がったままぼんやりと思い悩む。

分かっている、よ〜く分かっている。

病院内に動物を持ち込むのは御法度――

入院経験はおろか通院経験もない俺にだって、最低限の規則は知っている。

衛生面には普段から神経を尖らせている人間が集まっている施設だ。

こんな子狐を持ち込んだら、医者や看護婦がどういう対応をするか目に見える。

子狐は有無を言わさずに追い出されるだろうし、俺本人もこっぴどく注意されるだろう。

まあ問題ばかり起こしているのは自覚しているから、今更何を言われるのも気にはしないが・・・・

問題は俺の今の担当医だ。

あいつがこの子狐を見たら何て言うだろうか?

俺は頭の中で想像してみる―――



『りょ、良介さん!?貴方はまた何をしているんですか!
すぐに追い出してください!!』



 ・・・温厚とはいえ、病院内の規則とかにはうるさそうだ。

リアルに怒るあいつの姿が想像出来る。

やっぱり病院内の個室に入れたのはまずかったかもしれない。


「しょうがないか。おいお前、今日はもう帰れ」

「くぅん?」


 数日間一緒に行動して分かったのだが、こいつは人間の言葉を理解出来ている。

言語としてではなく、意味的に捕らえていると言うべきか。

とにかく、見た目以上に頭がいい子狐なのだ。

不思議そうな顔(?)をする久遠に、俺はやや視線を逸らして言った。


「お前がここにいるのはまずいんだよ。
俺がこっそり病院から出してやるから、もう飼い主の所へ帰れ」

「くぅ〜ん、きゅ〜ん」

「だああ、擦り寄っても駄目!お前がいると俺が・・・!」



コンコンッ



 ビクっと身体を震わせる俺。

い、今誰かドアをノックしたような音が・・・・・

ま、まさか?そのまさか?

は・・・・はっはっは、こんな良過ぎるタイミングで誰か来る訳が――



コンコンッ



 来てる!?

だ、誰だ!?

毎朝様子見に来る看護婦ならさっき来て、次は夕方にしか来ない筈だ。

久遠はあの時ちゃんとベットの下に隠したから、ばれているとは考えにくい。

俺を見舞いに来る客に心当たりはもうない。

なら、一体誰が・・・


『良介さん?お休みになっているんですか?』


 よりによってフィリスかよぉぉぉーー!!

何でだ!?

何でよりによってこんなタイミングで来る!?

もう往診の時間だっけ?

と、と、とにかく何とかしないと!


「ちょ、ちょっと待ってろ!今ドアを開けたら殺す!」

『えっ!?』

「いいからドアを開けるな!一分だけ待ってろ!」

『は、はあ・・・・・』


 冷静に考えれば怪しい事この上ない発言である。

普通に入ろうとする医者に対して、患者がドアを開けるなと言うのだ。

どう考えても、部屋内で見られては困る事をやっているのだと宣言しているようなものだ。

自分が異常事態にあるのだと、医者に教えているのと変わらない。

なのに律儀に入ってこない辺りが、フィリスのフィリスたる所以かも知れない。

とにかく、今はフィリスの性格に感謝だ。

俺は呑気に毛繕いしている久遠を担いで、ベットの上から部屋内を見渡す。

隠せる場所がない――

ベットの下だと看護婦はすぐに立ち去るのでいいが、フィリスは長居する可能性があるので見つかるかもしれない。

棚の中にしまうのは気が引けるし、冷蔵庫の中に放り込むのもどうかとは俺でも思う。


『一分、ですね。では・・・』


 律儀すぎるぞ、フィリス!?

心の中で絶叫しながら、下手に悩みすぎた自分に舌打ちする。

ゆっくりとドアが開かれていくのを見て、俺は咄嗟に久遠を布団の中に放り込んだ。


「良介さん?」

「よ、よう、フィリス!今日も綺麗だな、うんうん。
笑顔が輝いているじゃないか」


 愛想笑いを浮かべながら、もぞもぞ動く久遠の上に布団をかける。

み、見られていないだろうな・・・・・?

内心ひやひやだったが、フィリスは気づいた様子もなく怪訝な顔を一変させて頬を染める。


「ど、どうかされたんですか、良介さん。
きゅ、急にそんな事言われても私・・・」


 うーん、純情な奴だな。

久遠が暴れないように押さえつつ、俺は感心しながらも明るく話し掛けた。


「俺は本当の事を言っているだけだぞ。
いつも献身的で優しいあんたにはこれでも感謝しているんだ」

「も、もう・・・
お世辞を言っても何も出ませんよ、良介さん。
・・・あ!分かりました!」


 ギクッ!?

もじもじと顔を赤くしていたフィリスが、急に何か思いついたのか俺に詰め寄る。

ば、ばれたか・・・?


「良介さん、駄目ですよ!」


 ギクギクッ!?

くそ、適当に褒めて久遠がいるのを和やかに許してもらおうという俺の作戦をみやぶるとは・・・


「剣の練習は肩がちゃんと治ってからです!」


 やるなフィリスって、え?

きょとんとした俺を見て、フィリスは可愛らしく口を尖らせる。


「私をその気にさせて許しを得ようとしたんでしょう?
その手には引っかかりませんからね」


 な、なんだ・・・剣の練習の許しだと勘違いしているのか。

そういえば、毎日会う度にいつ鍛錬が出来るのか聞いてばかりだった気がする。

フィリスが勘違いするのも無理はないかもしれない。


「・・・良介さんっていつも私を見ればそればっかりなんですから」

「な、何だよ?」


 フィリスは拗ねたような顔をしてベットの横の椅子に座る。


「剣、剣って・・・・
好きなのは分かりますけど、もう少し違うお話もしましょうよ」

「違う話って・・・お前は医者だろうが」


 何で医者相手に世間話なんぞしなければいけないんだ。

俺の不満を、フィリスが得意げな顔で押し返した。


「そうですよ。私は担当医として、良介さんの心身を第一に考えないといけません。
だからこそ、私は良介さんの事をもっともっと知る必要があります」

「俺の事なんて知らなくても全然問題ないと思うんだが・・・」

「駄目です。今日はちゃんと話してくれるまで帰りません」


 使命感にでも燃えているのか、フィリスは今日はどこか不敵に見える。

言葉通り椅子にしっかりと座っており、一分や二分で帰る雰囲気ではない。

・・・・今日のこいつは一体何があったんだ?

俺の日頃の態度に問題でも・・・・あるな。

思えば常に友好的に笑顔で話し掛けて来るフィリスに、おなざりな反応ばかり返していた気がする。

で、でもこいつと俺とは医者と患者の関係にすぎない。

友達でもないんだから、毎日親しくする必要はないだろう。

―――と俺が思っているのがまずいのか。

とはいえ、困った・・・・


「お前、他にも患者がいるんだろう?
俺はもう今日は異常なしって事でさっさと・・・・」

「ほら、そうやってすぐに追い出そうとします。
まだ時間はたくさんありますから、往診には困りません」

「暇なら別にやる事があるだろう。
俺にかまう必要はないからよ・・・」

「管理はきちんと出来ています。
今日の私のやるべき最重要事項は、良介さんの心のケアとコミュニケーションです」


 うわ、ありがた迷惑。

何がこいつを動かしているのか分からないが、日頃の不満が爆発でもしたのか?

一患者の俺にそこまで踏み込む必要は全然ないだろうに・・・・

困った、非常に困った。

男なら怒鳴って追い返せば済むが、フィリスにそれをやると泣くかもしれない。

どう見てもうたれ弱そうだ。

「出て行け!」とか言えば、心に激しく傷をつく気がする。

くっそ、今日に限って・・・・・・



コンコンッ



「・・・・え?」

「はい、どうぞ」


 何でお前が答える!?

にこやかに入室を促すフィリスの声に、ドアが開いて誰かが入って来る。

ああ、もう!ややこしい時に誰だよ!


「失礼します」


 入室してくるなり頭を下げるラフな格好をした女と、


「おにーちゃん、お邪魔します」

「あ、お前・・・・」


 見知らぬ女に連れられて入ってきたのは、事件現場で襲われていたなのはとかいう女のガキだった。























<第十二話へ続く>

--------------------------------------------------------------------------------




小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     












戻る