とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十話







 今時日本人でも珍しい、おしとやかな感じの女性。ルーテシア・アルピーノと名乗る女性の第一印象であった。

トーレやチンクのような隙のない佇まいではなく、ゆったりとした服装をしていて、覗かせる仕草や物腰もとても柔らかい。

教育により造られた品性ではなく、本人の生まれ持った品格によるものだろう。他の誰よりも女性らしい、女性だった。

血で血を洗う戦場に咲く、一輪の花。薔薇のような美しさではなく、春風に揺れるたんぽぽのように優しい。


こんな女性に自室へと招かれて、下心を抱かない異性は皆無だろう。警戒している、俺を除いて。


「ごめんなさいね、他の人にはどうしても聞かれたくなかったの」

「立ち話も何だから、と連れてこられたのに意味深だな」

「貴方も大切な話をするなら、人目を忍びなさい……立ち聞きしていた私からの注意よ」

「自慢なのか、謝罪なのか、よく分からん」


 罠を警戒するのが馬鹿らしくなるほど女性は無防備で、この部屋は殺風景だった。いや、機能的というべきか。

俺は一応クリスチーナの護衛だが、世界会議に正式に招待された身。用意された部屋も、実はそれなりに特別だったらしい。

何もないというより、無駄のない広い部屋。不自由は感じさせず、さりとて客への歓迎もない。

護衛に割り当てられているのは、このランクの部屋らしい。これでも、はやての家で過ごしていた俺の部屋よりも広いけどな。


ルーテシアは、お茶を入れてくれた。


「――日本茶と、煎餅?」

「ゆーあーじゃぱにーず」

「何人なのか、ハッキリしてくれ」

「ふふふ、私も好きなのよ」


 イギリスの女性は日本語が上手で、なかなかの日本通だった。人差し指をびしっと突きつけて、からかわれる。

好意的に見えるが、桃子やフィリスと比べると違いが分かる。優しさに、明確な線引きがされている。

気軽に接してくれているのも、単に本人の人柄ゆえだろう。気安いように見えて、心が見えない。少なくとも、家族や友人とは思ってない。


牙を向けられない分、敵対するよりも厄介だった。今までにいなかったタイプの、優しい敵だった。


「あんた、護衛なんだろう。護衛対象から離れていてもいいのか?」

「ルーズヴェルト家は、イギリスを代表する大名家よ。護衛が、私一人のはずがないでしょう。
私は急遽雇われた、言わば交代要員なの。チーム単位でヴァイオラ・ルーズヴェルト様を護衛しているのよ」


 ――そうか、対象一人につき護衛一人とは限らないのか。ドラマや映画の世界と混同してしまっていた。

夜の一族は闇に生きる一族、その世界会議となれば人選も限られるだろうけど、一人だけという制限がない。

となると、護衛が何人いるのか把握しなければならない。厄介だな……


「新参者が安々と雇われる仕事とは思えないけどな」

「貴方こそ、護衛に精通しているようには見えないわよ」


 失礼な奴だ、と反論するには俺の身体は傷つき過ぎていた。利き腕吊り下げて、松葉杖つく人間を誰が護衛で雇うというのか。

彼女の実力は未知数だが、彼女と俺のどちらを雇うか問えば、十人中十人共に彼女を指名するだろう。俺でもそうする。


「別に、貴方を軽視している訳ではないの。私はこうして雇われたのは、貴方のおかげだから」

「というと?」

「貴方がヴァイオラ様の婚約者を救ったのでしょう。箝口令は敷かれているけれど、貴方の活躍は各方面で語り草になっているのよ。
誘拐事件を未然に防げたのは、護衛ではなく貴方が助け出したから。役に立たなかった護衛は、当然責任を取らされて全員解雇されたの」

「全員というと……フランスだけではなく、イギリスの一族の護衛まで!?」

「婚約パーティの警護についていたのは、両一族の護衛チームよ。それにメンバーの中には、顔を変えたスパイまでいた。
警備情報も筒抜けになっていたのだから、危なっかしくて雇えないでしょう」


 カミーユを誘拐した犯人は、警備員に化けて堂々と接触していた。俺はたまたま本物と偽物を見かけたから、気付く事が出来た。

連帯責任というだけではなく、不安要素の一切を排除する為にも全員切り捨てたのだろう。


だとすると、


「雇用条件は破格であっても、選考は相当厳しくなる。新入りなんて雇われないだろう」

「ふっふっふー、私の人脈甘く見てもらっちゃあ困りますねー」


 子供のように得意げな顔で、人差し指をチッチッチと軽やかに振る。コネ入社じゃねえか、大人って本当に汚い。

くそっ、俺が世界会議に参加するのにどれほど苦労したと思ってやがる。会うだけでも、泣くほど大変だったんだぞ!



人脈――これに、勝機を見い出せないか?



欧州の覇者達に勝つのは、今の俺では無理。恐竜を相手に蟻は何匹群がっても、踏み潰されて終わるだろう。

だったら、同じ恐竜を仲間にすればいいのではないか? ルーテシアが言っていたではないか、護衛はチームであると。

剣は折れて、身体は使い物にならなくなった。けれど海鳴で培った、他人との結びつきは今も根付いている。


「今度は私から質問。率直に聞くけど、貴方の目的は何なの?」

「……金と、名誉」

「咄嗟についた嘘なだけあって、下手ね。どちらもこの会議で手に入れるにしては遠回しな上に、個人では非常に難しい。
きっと分かっていると思うけれど、会議に列席しても貴方には一切発言する機会は与えられないわ。

まして英語も満足に話せないとくれば、聞いても理解すら出来ない。笑い者になるだけよ」


 自覚していても、他人に現実を突きつけられると動揺してしまう。対策が思い付いていないだけに、胸が痛くなる。

人出は欲しい。味方を増やしたい。敵を倒したい。そのどれも、今自分が言った金と名誉がなければ手に入らない。


「俺の話を盗み聞きしていたのだろう。あのお坊ちゃんに取り入って、大金を稼ぐ」

「……まさか、私が聞いていたのを知っての行動?」


 頭が良いというのも考えものである。自分で勝手に想像して、敵を巨大にしてしまう。無意味な判断材料を、宝のように大切にする。

この女がつけていたのを知ったのは、姿を見せてからである。正直、声をかけられて驚かされたのだ。


とはいえ、この誤認を利用しない手はない。


「今度は、こっちからの質問。そもそも俺をつけ回していた理由を聞かせてもらおうか」

「貴方に、興味があるの」

「俺はあんたを知らない、接点なんて無いはずだ」

「貴方に興味を持っているのは、私一人ではないでしょう」


 チンクやトーレを始めとした、海外で出逢った他人共の顔が思い浮かぶ。俺は全く知らないのに、次々と声をかけてきた。

隙を見せたと思ったのに、すぐに態勢を立て直して切り返される。海外で出逢う女はどいつも一級品の美女で、悪魔のように恐ろしい。


「貴方の目的を聞かせてくれたら、私の目的も答えてあげる」

「つまり、単純な興味ではないということだな」

「異国へ来て、少し場馴れしたようね。経験がちゃんと生きている」


 まるで、俺を知っているかのような言葉。この接触も、単純に俺との交流を求めたのではないらしい。

海鳴りでの平凡な日常が懐かしい。女一人との会話にも神経を使い、頭を常に働かさなければならない。

いい機会だ……こいつの言う経験値を、稼いでやる。


「俺の目的は、この身体を治す事。特に利き腕は完全に壊れていて、日本の医者からも見放された。
海外に来れば治せると、単純には思っていない。名医を紹介してもらうべく、名家との接触を求めて来た」

「……どうして、このような形で? それに、この地での貴方自身の行動が矛盾しているわ。
民間人を襲うテロリスト達と戦い、名家の跡取りを狙う誘拐犯に自分から立ち向かった。

腕を治しに来たのに、胸を撃たれて足を無くしたのよ。その身体、絶対安静が必要なのに――次は、権力者達を相手にしている。

悪いけれど、貴方の言う事はとても信じられない。貴方は馬鹿ではない、勝ち目がないのは分かっているでしょう。
何の為に、貴方はここにいるの? 正義の為ではないはずよ!」


 ――ムキになっている。絶対に違うのだと決めつけて、自分の中にある何かを必死で否定しようとしている。

他人に関心を示している、今の俺ならば分かる。彼女はきっと、俺を悪人にしたいのだろう。そうしなければいけない理由が、きっとある。

しかし、行動原理を求められても困ってしまう。彼女の言う通りだからだ、ご立派な理由ではない。


「あんたが言ったじゃないか。俺なんて、権力者達が相手をするはずがないと。その通りだ、素寒貧な奴を誰が優しくするものか。
金持ち相手にコネを作る最善の方法は、恩を売ることだ。テロリスト相手に戦って、俺はアメリカのお坊ちゃんを助けられた。

誘拐事件も然りだ、これからフランスとイギリスのお嬢ちゃんお坊ちゃん相手に恩返ししてもらうつもりだぜ」

「下手をすれば命を落としたのよ、考えられない」

「保身を考えていては、いつまでたっても立身出世は出来ない。成り上がる奴はいつだって、命懸けさ」


 自分で理由を述べて、そうだったのかと今更思ってしまう。そのくらい、考え無しの行動だった。

爆破テロ事件も途中で逃げる機会は多々あったのに、結局クリスチーナまで助けてしまった。血を手に入れる為に、命懸けなんておかしい。

カミーユの誘拐も恩を売ろうと考えるよりも早く、走っていた。必死で、死に物狂いで、何とか間に合って、心から安心した。

理由なんて後からついてくる。多分だけど、クロノ達も同じなのだ。だから助けられて、我が事のように嬉しかった。


「……私が貴方に興味があった理由はね、貴方がどんな子なのか知りたかったからなの」

「興味があるから知りたいのだろう? そうじゃなくて、あんたが俺に接触を求めた理由だ」


「"反対している友人知人に直接会ってでも"、自分を認めさせてやるのでしょう。意気込みを聞かせてもらいたかったの」


 ……? ……?? ……、……??? その言葉、何処かで聞いたような気がするぞ。

思い出したいのだが、思い出せない。思い出そうとすると、何だか妙に恥ずかしくなって頭が拒否してしまう。

自分の幼い頃やった恥ずかしい失敗を、無理やり忘れようとするかのように。


「時間を取ってもらって、ありがとう。貴方の事が少しだけ、分かったわ。立ち聞きしてごめんなさいね」

「ちょ、ちょっと待て。肝心な事を何一つ話してないだろう、あんた!」

「一つだけ覚えておいて。私は、貴方の味方よ。困ったことがあれば、いつでも力になってあげる。

けれど――友達になれるかどうかは、分からないわ。君は悪人じゃないけれど、善人でもなさそうだから」


 別にあんたと友達になんてなりたくない、そう言っていただろう――昔の俺ならば。


「力になってくれるだけで充分だ。早速だけど、一つ頼みたい事がある」

「またいきなりね……図々しい子は好かれないわよ」

「"友達になれるかどうかは、わからないのだろう"?」

「……ふふ、あはははは。まったく――そういう所はそっくりね」

「そっくり……?」

「頼みたい事というのは何?」


「カミーユとヴァイオラの二人を、朝食に招待したい。断れば、会議の席で泥棒呼ばわりしてやる」


「……君って、やっぱり悪い子」


 友達になれるかどうかは別にして、あいつらは絶対許さん。ぶん殴ってでも、久遠と夜天の魔導書は取り戻してやる。

勢い込む俺を、ルーテシアは呆れた顔で見る。こうして明け透けに言えるのは、彼女と話せたからだ。


人は知り合ってみなければ、分からない。怖がってばかりでは、友達なんて出来ないのだ。














 


















































<続く>







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