とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十九話







 俺が海外へ来た目的は自分の腕の治療と、自分自身の成長。その二つを叶えられるのは、赤の他人の存在。

全世界の人間と仲良くなるのは、不可能だ。何万何億何兆といる、心を繋ぐなんて無理だ。そう考えて、何もしない自分を恥じている。

出逢ってみなければ分からない。話してみなければ分からない。分からない事尽くしだから、人間は学ぼうとするのだ。

人であれ、人以外であれ、俺は世界に出て会いに行こうと決めた。"女帝"と呼ばれる人物であっても、恐れる事なく。


「お前が、あの子の"ご主人様"かい――ふん、評判通り・・・・の冴えない顔だよ」


 ヴァイオラ・ルーズヴェルトの取り成しにより、アンジェラ・ルーズヴェルトとの対談が急遽行われる事になった。

舞台は婚約会場となった高級ホテル、同日の深夜。家族への面会を望んだら、一番のお偉いさんが出てきたという訳だ。

ヴァイオラとカミーユの話では、イギリスとフランスの同盟を提言したのは彼女自身。王の一言で、二国が動いたのだという。


イギリスとフランスの一族は同格、なのに女性一人の命で歴史的同盟が成立する。恐るべきは、帝王の権力。


これほど大きな話が事前に察知されなかったのも納得がいく。帝王には、誰も逆らえなかったのだ。

ヴァイオラ・ルーズヴェルトは跡取り娘だが、所詮は子供。子供の御願いを聞き入れる優しい大人、とは断じて思えない。


俺個人ならば、歯牙にもかけなかっただろう。会ってくれる気になったのは――やはり、あいつの存在。


「時間を取ってくれてありがとう、"女帝"殿。うちのメイドが世話になっている」

「こっちは忙しいんだ、話があるのならさっさとしな」


 ルーズヴェルト家の最長老、アンジェラ・ルーズヴェルト。上級貴族の血を引く、女帝。威厳ある、老婦人。

夜の一族は寿命が長い。話には聞いていたが、実際に対面してみると実感出来る。ゲートボールの老人共とは、格が違う。

若い頃、ではない。老婆であっても、気品溢れる美を感じさせる。刻まれた皺の一つ一つに、年代を感じさせた。


千年の古木を思わせる、深き存在感。見つめているだけで圧倒されるのと同時に、頭を下げたくなる。


相手はアンティークの椅子に座り、茶の一杯も出さずに俺と対面するのみ。社交辞令の一切を必要とせず、相手に価値を求めていない。

文字通り、話を聞くだけの態度。失礼にも値しない。俺に好かれようが嫌われようが、どうでもいいのだ。

相手がそういう態度に出るのならば――と、喧嘩腰になるつもりはなかった。最初から、分かっていた事だから。


「あんたが進めている、ルーズヴェルト家とオードラン家の同盟を取り止めて貰いに来た」

「……ヴァイオラが突然婚約を破棄すると言ったのも、アンタが何かしたんだね」

「あの子の願いを、俺が叶えた。だから――」

「当人が望んでいるのだから、この婚約を破談にしろと? 話にならないね、とっとと帰りな」


 けんもほろろ、取り付く島もない。日本語が流暢なだけに、言葉の棘は正確に俺の心に突き刺さる。

女帝にしては口が悪い、と思うのは浅はかだろう。こういう態度も交渉の一つ、若造であっても安易に隙を見せたりしない。

言い負かせる自信がなければ、こんな態度は取らない。悔しいが、真面目に相手にされていない証拠だった。


正直に言うと、怖い。通り魔の爺さんは刃で人を脅したが、この老婦人はただ在るだけで圧倒される。


「当人が望んでいない結婚を強制するのか」

「望んでいないのではない。あんたがそう仕向けただけだろう」

「ならば、カミーユとの婚約は相思相愛の結果であるとでも?」

「政略結婚だから悪い、とでも言うつもりかい? どんな事を言うのかと思えば……心底、呆れたよ」


 世間的な常識もこの老人には通じない。そもそも常識といっても日本の、しかも俺個人が勝手に思っている常識だ。

底の浅さを相手に指摘されて気付くようでは、それこそ話にならない。歯噛みする。


「この政略結婚は同盟を結ぶ事で、後継者争いを回避することを目的としているんだ。
敵対する勢力同士の和睦や臣従なんて、お前さんの国でも平気で行われている。現代でも、形を変えて。

それの何処が悪いというんだい?」

「一族や家の都合に、アンタの大事な孫を捧げるつもりなのかよ」

「"戦争は他家に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ"――この言葉の意味も知らない若造が、ナマ言ってるんじゃないよ。
それとも何だい。自分達さえよければ、他の一族がどうなってもいいというのかい?

この結婚を破談にすることで得しているのは、お前一人じゃないか」


 震えた。そんな風に思ったことは、無かった。自分と、自分以外の誰かの為だと、今の今まで思っていた。

その認識は間違えていない。同盟を破棄させれば、さくらや忍達が助かる――そう思っていたのは、俺一人だ。


確認も何もしていない、当人に。さくらに、忍に、すずかにだって、何も聞かなかった。


「よほど平和な世界で生まれ育ったんだね、お前さんは。世の中を、舐めすぎだ。
血縁関係で回りを固めるということはね、自分の大事なものを守ることにだって繋がるんだよ」

「アンタがただ単純に、夜の一族の覇権を握りたいだけだろう!」

「頭の悪いガキだね……アタシじゃない、ルーズヴェルト家とオードラン家で盛り立てるのさ。
大体、主導権を握るのに文句を言われる筋合いはない。人間だって、形成された社会で頂点を目指すべく努力はするだろう。

お前も、そうだったんだろう――目を見れば、分かる。荒んだ、負け犬の目だ。

勝ちたかったのに、負けてしまった。負け過ぎて、勝てる気がしなくなった。
だから自分に価値が見いだせず、他人を追いかけている。おこぼれにあやかろうと、必死なんだよ」


 何一つ、言い返せない。このまま床に突っ伏して、泣きたくなる。帝王の理論は、勝利の栄光で輝いていた。

俺の言葉には、何一つ力がない。全て上っ面、どこかで聞いたような言葉を並べて価値観を押し付けているだけだ。


全て、見透かされている。どうすればいいのか、全く分からない。何を言えばいいのか、思いもつかない。


勝つ為に努力をして何が悪い? 全く、その通りだ。俺だってそうする。そう思っている限り、絶対に勝てない。

人でなしと、彼女を罵る権利は俺にはない。俺だって今まで、散々自分の為に相手を傷つけてきたのだ。

そうまでしても、俺は勝てなかった――そうまでしたから、彼女は帝王となれた。器が、違いすぎる。


「ヴァイオラとカミーユは幼馴染でね、両家は懇意にしていたから仲良くやっていたんだよ。
当人達は戸惑っているけどね、アタシは上手くいくと思ってる。両家の間でも、反対する人間は誰もいない。

政略結婚? 上等じゃないか。今は好きでなくても、これから好きになればいい。

もう一度言うよ。反対しているのは誰もいない、婚約破棄を望んでいるのはお前さんだけだ。
話がそれだけならば、帰んな。時間を無駄したよ、まったく」


 初めて、椅子から立ち上がった。つまらない話を聞いたとばかりに、俺に一瞥もくれずに退席する。

戦意なんて萎えている。反撃する手段がない。反論する言葉も持たない。何もかもに、差があり過ぎる。

これが、世界。これが、欧州の覇者達。こんなものに挑むなんて、どうかしていた。絶対に、勝てる訳がない。



そうやって諦めるから――俺は、負けたんだ。



「あの子は、結婚なんて望んでいない」

「くどいよ」

「アンタだって、分かっている。ヴァイオラ・ルーズヴェルトは、何も望んでいない・・・・・・・
言われた事に従うだけならば、確かに楽だよな。言いなりになればいい。結婚までお膳立ててやれば、生涯安泰というわけだ。

レールに乗っかっていれば、確かに安全な旅が出来る。けれど――終着駅は、見えているぞ」

「――言いたいことがあるなら、ハッキリ言いな」


「自分の意思で生きようとしない奴に、他人を好きになんてならねえよ!!」


 初めてだ、この時初めて――アンジェラ・ルーズヴェルトは、俺を見た。自分の瞳の中に、俺を明確に映し出している。

好意的どころか、人を殺せる視線で俺を突き刺す。しかし今度は、恐怖を感じなかった。奮い立つのは、勇気。


俺一人では、確かにこの人には勝てない。そして、俺は勝つ為にここへ来たのではない。


「言ってくれるじゃないか……今日初めて会った女の何を知る?」

「どれだけ長く生きてきたのか知らねえけどな、バアさんよ……世の中には、アンタの知らない事だってあるんだよ。
俺はな、アンタが想像も出来ない世界を見てきた。アンタが会ったこともない人達と接してきた。

こんな俺だから、分かる事だってあるんだよ!」


 確かに負けがこんでいるけど、負かした奴を恨んでなんていない。自分の意志で、戦ったからだ。

反省するべき点は山ほどあるが、後悔は不思議としていない。馬鹿やっちまったから、今なんとかしようと頑張れる。


そういうのを、生きるっていうんじゃないか?


「同盟の阻止は、あの子の為でもあると?」

「いいや、自分の為だ。それは認めるよ、アンタの指摘は正しい。引く気はないけどな」

「アタシも含めて、大勢の人間を敵に回す事になるよ。アンタ一人なんて、簡単に潰せる。
万が一同盟が阻止できても、今度は後継者争いが激化する。自分一人のために、戦争が起きてもいいというんだね。


その覚悟は――あるんだね?」


 これまでとは、桁の違う戦い。自分の判断次第で、世界を巻き込んでしまう。

責任感とか罪悪感とか感じたこともないけれど、俺個人の感情なんてどうでもよくなるだろう。何もかも、破滅するのだから。

夜の一族の――欧州の覇者達との、戦争。世界の裏側を支配する王達との、決戦。


「もう二度と、他人には引き摺られたりはしない。俺は自分の意志で、あんた達に挑む」

「誰の血を流そうとも、自分の願いを果たすつもりなんだね」


「血に狂ったりはしないさ。俺の中には、他人の血と魂がある。
アンタ達の血も飲んでやるつもりだから覚悟しておけよ、バアさん」


「くっ――くくく、あはははははは!! なるほど、馬鹿だ。本当に、馬鹿だ。
喧嘩売るだけじゃなく、アタシら全員を取り込むつもりかい。呆れた無法者だよ!」


 笑われているけれど、不快には感じなかった。仲良くなったとも思わない、これ以上ないほどに喧嘩を売ったのだから。

手と手を取り合える道もあったのかもしれない。やり方も多分、悪かった。後になって思い出せば、多分赤面してしまうだろう。

思い出となるその時が来ればきっと、笑ってしまう。


「お前のその馬鹿さ加減に免じて、婚約披露パーティは延期してやるよ。
カミーユを助けてくれた恩は、これでチャラだ。もう容赦はしないよ」

「当然だ、絶対に同盟なんて破棄させてやるからな!」

「いいだろう、その喧嘩買ってやるよ。お前は今から、夜の一族の敵だ。
アタシが招待してやろう――世界中の一族が集まる、会議に。正当なる後継者を争う、戦場だよ。

今のお前じゃ生き残ることも出来無い、戦争。世界の闇が、お前に牙を向く」


 世界会議への、招待!? まさか、敵から招待されることになろうとは夢にも思わなかった。

戦場への片道チケット。渡された招待状は、血で濡れている。


アンジェラ・ルーズヴェルトは、壮絶なる笑みを浮かべた。


「この部屋を出た瞬間、お前はアタシらの敵だ――すぐに、その意味を思い知る」















 ――部屋に戻った時、何も残っていなかった。もぬけの殻、カミーユもヴァイオラもいない。

妹さんの姿が見えない。アリサも何処かに行っている。探そうとして、やめた。

ソファーに座る。疲労が、一気に襲いかかった。


「……ちくしょう……」


 俺は、どこまで馬鹿なのだろう? あのバアさんの言う通り、他人を追いかけていて自分の足元が見えていなかった。

自分の発言の数々を振り返り、目眩までしてくる。何というお人好し、何という滑稽さ。


全てを、奪われた。


カミーユとヴァイオラに、久遠と夜天の魔導書を奪われた。自分の物だと、わざわざ相手に教えてしまったから。

アンジェラに、アリサを奪われた。自分のメイドだと、いちいち礼まで言ってしまったから。

月村すずかを、遠ざけられた――自分は敵だと、ご丁寧に宣戦布告までしたのだから。


「……ちくしょうぉぉぉぉーーー!!」


 手元から外せば、子狐や本なんて簡単に奪われる。何故、敵の家族に預けてしまったのか。

雇用契約している相手には、天才少女でも逆らえない。契約を破棄すれば、迷惑するのはアリサではなく主人の俺だから。

後継者争いが始まると吹き込まれたら、俺を気遣って妹さんが離れるのは当然だ。巻き込まないためにも。

全ては、アンジェラの思惑通り。俺と話している間に、全てお膳立てを整えたのだ。

何もかも、奪い取ったのだ――


「うっ――ぐぅ……ま、まさか、カーミラまで……!?」


 カーミラの血に支えられていなければ、この身体は瀕死。身体中に激痛が走って、俺は堪らず床に転がった。

そういえば、カーミラの意思をまるで感じない。あのバアさんに会って以降、話しかけて来なくなった。

もしも――もしも、あの老人がアンジェラの味方ならば……老人の家で寝かされている、カーミラは!?


「ぅぅ……まずい……今すぐ、此処から逃げないと――ぐっ……」


 このホテルも、敵の陣地。宣戦布告した以上、敵地にいては俺の命が危ない。決して、大袈裟な心配ではなかった。

集中治療室行きの、この身体。想像を絶する痛みと、目眩が止まらない疲労に、苦しめられる。

涎と涙をまき散らしながら、俺は身体を引きずって、ホテルから出ていく。



「……つよく、なりてえな……」



 世界中を敵に回して――俺は、孤独となった。


こうなることを望んでいたはずなのに、ただ悔しくて、惨めで……辛かった。















 


















































<続く>







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