とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十三話







 いきなり追われる身になったが、いい加減トラブルにも慣れてきている。少なくとも今は慌てず、落ち着いて行動出来る。

俺の顔を直視したのは、あの女性のみ。すぐに回れ右して逃げたので、会場内にいた招待客や警備には見られていない。

コソコソしていたら、余計に怪しまれる。矛盾しているが、控えめに堂々とホテル内を移動する。


"ハリウッドスター顔負けの度胸ね。自分の人生を映画にしてみたらどうかしら"

"俺だって、もっと穏便に事を進めたかったわ"


 警備の動きを単純に追っていたらすぐに見つかる。個人個人の動きではなく、警備全体の流れを把握して位置を掴む。

あの女性は恐らく、ヴァイオラ・ルーズヴェルトの身内。となれば、警備も自然そちらに重点的に移る。カミーユを追おう。

警備が厚いのはどちらも同じだが、確率の高い方を攻める。一方を説得できれば、もう一方にも取りなしてもらえる。


それに、異性よりも同性の方が話しやすい。初対面の女にはほぼ例外なく嫌われているからな、俺は。


"警備はパーティ会場に招集されたようね。目の色を変えて、お前を捕まえようとしているわよ。クスクス"

"何で俺の事を目の敵にするんだ!? 今日初めて会ったのに――と、あの部屋だな"


 不幸中の幸いにも一時的に警備が会場に招集されたせいで、途中で捕まらずに目的の部屋を探し出せた。

部屋のナンバーを探る必要はなかった。何しろ、分かりやすく部屋の前に屈強な護衛が立っているのだから。

ドイツの貴族であるカーミラは一族の後継者候補、フランスの貴公子が滞在しているのを感じ取れる。


"部屋にいるのは間違い無いわ。それで、どうするつもりなの?"

"下手に勘繰られたくなかったから逃げたけど、本人には堂々と会いに行くさ"

"アポイントも無しに会ってくれるとは思えないけれど――仕方が無いわね、私の名前を出しなさい。
私よりは劣るけれど、カミーユ・オードランも夜の一族。お前と対面すれば、私の血を感知できる"

"助かるよ"


"私が主である事を光栄に――待って、誰か来たわ"


 距離を取って物陰から様子を伺っていると、顔に傷のある黒服の男が来た。護衛と一言二言話し、部屋へ入る。

程なくして、黒服の男が静かに部屋から出てくる。金髪の、青年を連れて。

白の礼装が似合う、線の細い美男子。写真と同じ容姿、カミーユ・オードラン。耳を傾けて、カーミラに会話を翻訳してもらう。


『トラブル発生により、安全の為部屋を移す事になった。お前は、パーティ会場の警備に移れ』

『分かりました』

『あ、あの、一体何があったのですか……? ボク、部屋に貴重品を置いたままで――』

『申し訳ありませんが、急を要します。説明は後ほど』


 黒服の男がカミーユを連れてエレベーターホールへ、護衛は安全確認後階段側へとそれぞれ去って行った。

部屋を変えられるとまずい。当然警備も厳重になり、フロアも関係者以外立ち入り禁止になってしまう。

チャンスは今しかない。部屋の中に荷物が置きっぱなしならば、久遠も取り残されている可能性が高い。

警備のいない、この空白の隙を突くしかない――俺は素早く移動して、警戒しながら部屋の前に立つ。


「久遠、聞こえて――おい、声を戻せ――俺だ。ドアの鍵を開けろ、逃げるぞ」


 同盟も阻止しなければならないが、まずは久遠の安全を確保しなければならない。化け狐になられると厄介だ。

後顧の憂いさえ無くなれば、後は自己責任。フランスとイギリスとの戦いに集中できる。

何度も何度もドアの前で呼びかける――その前のめり気味な必死さが、まずかった。


"下僕!?"

「えっ――うがっ!?」


 抵抗する間もなく腕を捻られて、床に取り押さえられる。身じろぎ一つ出来無い、完璧な押さえ込みだった。

五分も経たずに他の警備が来るとは、随分と職務熱心な連中である。部屋に、カミーユはいないというのに。

床を舐めさせられているが、何とか弁解しようと目線を上げて――あん……?


『私だ。不審者を発見した。警備はどうなって――部屋を移動? そんな話は――』


 俺を取り押さえているのは顔に傷のある・・・・・・、黒服の男だった。何で、こいつが此処に!?

カミーユを連れて行って、もう戻って来た? 馬鹿な、早すぎる。隣の部屋ならともかく、こいつはエレベーターホールに行ったはずだ。

荷物を取りに戻ったのなら、カミーユが一緒じゃないとおかしい。大体通路の奥へと行ったのに、何故手前から戻って来れる!?


『身元を確認する。一緒に来てもらおう』


 完全に不審者と決めつけているようだ。一応招待客の一人なのだが、この男は穏便に済ませてくれそうもない。

床に取り押さえられただけで、身体に力が入らなくなった。諦めまいと意気込んでも、怪我や疲労は消えてはくれない。

反論しても多分、聞き入れてもらえないだろう。最低でも、パーティ会場から追い出される。そうなれば、もう取り次いでもらえない。

今晩を逃せば、フランスとイギリスの同盟が成立する。そうなれば日本は終わりだ――さくらも、忍も、ノエルも、ファリンも。


あの子だって――



格闘戦技ストライクアーツ、唐竹蹴り」



 拘束が、解けた。



「遅くなりまして申し訳ありません」



 男が、倒れる。



「怪我はありませんか、剣士さん」


 意外な場所での、意外な再会。ワンピースドレスを着た月村すずかが、俺に手を差し伸べた。

別れてまだ半月も経っていないのに、ひどく懐かしく思える。久しぶりなのに、妹さんは驚くほど何も変わっていない。


――俺の外見は、これほど変わっているのに。


「ど、どなたか知りませんが、助けてくれてありがとうございました!」

「護衛ですので当然です」

「失礼ですが、誰かと間違えていませんかね!?」

「いいえ、間違えていません」

「私はクロノ・ハラオウン、貴方が思っている人間とは違います」

「そのお名前が、剣士さんの本名なのですね。覚えておきます」

「何でどいつもこいつも、俺だと分かるんだ!?」


 顔も髪型も服装も名前も何もかも違っていたら、別人だろう!? 何ですぐに俺だと気づくんだ、コンチクショウめ!

別人で押し通そうとしたが、妹さんの俺を見る瞳は揺ぎなかった。疑いの入る余地もない。


口数は少ないが、この子の想いは深く――純粋だった。


「私が、剣士さんの"声"を聞き間違えたりしません」

「声……? 声だって、カーミラが――」

"無駄よ。その子、月村すずかは宇宙に存在するすべての"声"が聞こえる。
物事の本質を知るが故に、一族の誰もがこの子を敬い、そして恐れた。

流転する万物の意思を掌握する、夜の女王の能力――その子の前では、あらゆる嘘が通じない"


 ようやく、納得がいった。仮にも一国を牛耳る権力者達が、何故こんな小さい子を恐れていたのか――その全てが、分かった。

権力者が擦り寄っても、この子は本心が分かってしまう。偽りの愛情を向けられて、従順になる犬などいない。

全てを理解できたから、全てから心を閉ざした。どれもこれもが、嘘ばかりだったから。


「嘘か本当か聞き分けられるのか、妹さんは……何か恥ずかしいな、俺も嘘ばっかりついていたから」

「そうですね。剣士さんは、自分に・・・嘘ばかりついています」

「そ、そんな事はないぞ! あれ、でも俺の事は分からないとか、前は言ってなかったか?」

「はい、心の声までは聞き取れません。剣士さんは、一人ではありませんから」


 忍の血と那美の魂、ミヤとの融合、法術によるアリサやアリシア達とのつながり。俺は多くの他人に支えられて、生きている。

今もこうして何とか生きているのは、カーミラの血に助けられたからだ。一人で生き残ることは出来なかった。

他人と繋がって生きている俺の心は、妹さんにはノイズなのかもしれない。


「他にも色々聞きたいことはあるけど、ひとまず俺はカミーユを追う。妹さんは――」

「行きます」

「……そう言うと思った。駄目だ」

「失礼します」

「のわっ!?」


 音もなく足を払われて、一回転して俺は床に転がった。鮮やかすぎて、痛みすら感じない。


「一本、取りました」

「だ、誰から教わったんだ、こんな格闘技……?」

先生・・と、お姉ちゃんです」

「先生? いやそれよりも、忍の奴に何を吹きこまれた!?」

「先月格闘戦技ストライクアーツを始める事を話したら、ゲームやアニメ、漫画の類を見せてくれました」

「あいつめ……明らかに面白がっているな」


 ほんの少し前までは世間知らずのお嬢様だったのに、この娘は不意打ちとはいえプロの警備を倒せるほど強くなっている。

多分、俺の訃報を聞いてもこの娘は揺るぎもせず修行に没頭したのだろう。俺は生きていると、確信して。

一点の曇りもない想い、明鏡止水。妹さんなら将来、誰でも守れる強い人間になれそうだった。

どうせ、この身体ではもう戦えない。何故此処にいるのか分からないが、護衛がいるのはありがたい。


"話には聞いていたけれど……改めて、驚かされたわ。本当に変わったのね、この子は"

"人間らしくなっているだろう?"

"お前という人間は、本当に……一体、どんな魔法を使ったの? フランスやイギリスが危機感を抱くのも分かるわ。
ここまでの変化はありえない。馴れ初めを聞かなければ、洗脳を疑うわよ"


 正直、ホッとした。プライドの高いドイツのお嬢様でも、これほどの反応を見せるのだ。会議でもきっと、上手く行く。

今のすずかやファリンを見れば、人間らしさを疑う余地もありはしない。後は、俺が会議に出られるように努力するまでだ。

妹さんが倒した黒服の男を目立たない場所に寝かせて、俺達はエレベーターホールへと向かう。

同じ顔の人間が二人、気になる。双子ではないのだとすれば――


「エレベーターが地下一階で止まっている!? やっぱり、部屋の移動じゃない!」

"先に連れ出した黒服の男は、偽物だというの? 他の人間が、エレベーターを使ったかもしれないのよ"

「そうじゃない場合、やばいだろう。偽物だった場合、地下駐車場から連れ去られる!」


 警備に化けた誰かが潜りこんで、カミーユを連れ去る。シンプルに見えるが、警備に関する情報を掴んでいなければ出来ない。

多分もっと念入りに作戦は練っていたのだろうが、俺の存在で騒ぎが起きたので急遽変更して作戦を実行に移した。


つまり、2人に接触する良い機会と思ったのは俺だけではないという事。くそったれ、誘拐犯と同じ行動を取ってしまった。


「……? 何だこのエレベーター、下のボタンを押しているのに動かないぞ」

"お前の推測通り敵がいるのだとすると、エレベーターを止めたのね。ホテルの構造上、階段では地下には行けないから"

「ええい、用意周到な!? だったら、一階から外に出て回りこんで――っ、や……る!」

"それ以上走っては駄目よ、下僕!? 傷が開いてしまう!"

「へっ……他人を助けるために無理をするなんざ、あの町では当たり前だぜ!」


 走れる身体ではない。でもあのお人好しな連中ならば、どいつもこいつも無茶やって助けようとするだろう。

撃たれた傷が泣きたくなるほど痛むが、歯を食いしばって走る。無理をしなければ、限界なんて超えられるものか!

死ぬよりも、何も出来ないほうがよっぽど辛い。俺はもう二度と、負けたくはないんだ。

人目を憚る余裕はない。多くの人の目に止まるのも承知でホテル内を走り、一階へ。多数の制止を振り切って、正面口から外へ出る。


外へ飛び出したその瞬間――黒塗りの車が一台、地下から発進する。


「行かせるか!」

"や、やめなさい、下僕!?"

「剣士さん!?」


 馬鹿が咄嗟に取る行動とは、実に大馬鹿であるらしい。車の進路上に、両手を広げて立ちふさがる。

妹さんも飛び出そうとするが、もう間に合わない。車は急加速して俺に向かってくる。轢き飛ばして逃げるつもりなのだろう。

体内の血まで悲鳴を上げる。ハリウッドスターとは、よくいったものだ。俺のようなチンピラに、ヒーローなんて似合わないのに。


誘拐犯が主人公の無謀な勇気に怯んで、車を停める――この映画は、それほど都合良く出来ていない。


俺だってそうだ。奇跡なんて、信じていない。神様にだって、頼ったりしない。

頼れるのはいつだって、


「とまれぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!」


 車は、停まった。俺の眼前を、横滑りして。


急ブレーキをかけた車の運転席から、男が悲鳴を上げて飛び出してくる。間違いなく、先ほど見た傷の男だ。

遠目からでは見えないだろうが、男の頭の上には小さな少女が飛びついている。必死になって、髪の毛を引っ張っていた。

笑いが、こみ上げてくる。あいつはいつだって、誰かを助けようと努力するのだ。


「リョウスケ、早く捕まえるです! この人、人攫いですよー!」

「妹さん、頼む」

「釘パンチ」

「ぐはっ!?」


 そうさ。いざという時頼むのは、神様じゃない。頼れるのはいつだって――自分と繋がった、他人なんだ。

あいつが誘拐犯を追っていた保証なんてない。俺はただ単に、ミヤの事を信じていただけだ。

ミヤならきっと車を停めてくれると、思っていた。そして、ちゃんと停めてくれた。これは、当たり前のこと。


他人とつながっていれば――奇跡なんて、当たり前のように起こせる。


妹さんとチビスケの連携攻撃で、誘拐犯は昏倒。俺は抵抗できないように寝転がし、締め上げておいた。

噴煙を上げる車の後部座席のドアを開けると、目的の人物を発見出来た。


「……男のくせに、女みたいな寝顔をしているな……こいつ」


 気絶させられている貴公子を片手で抱き上げて、救い出す。まあ、怪我がなかったのはよかった。

あの時無理をしなければ、この結末はありえなかった。他人の為に一生懸命頑張って、俺はようやく結果を残せた。

俺は少しでも、なのは達のようになれたのだろうか……? 変わったという実感は、今のところない。

婚約披露会場となったホテルの前での、大乱闘。招待された客である権力者達が、俺に注目している。

隠密行動どころか、世界中のVIP達の目をひいてしまった。やれやれ、どうしたものか……?

ふと、目に留まる。豪華絢爛な観客の中でも一際輝いている、一人の女性。


写真で見た通りの――そして写真よりも美しいイギリスの姫君、ヴァイオラ・ルーズヴェルト。


救い出された婚約者よりも、救った俺を――彼女はじっと、見つめていた。















 


















































<続く>







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