とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第八話






 高町恭也。

この男に最初に出会ったのは、深夜の夜道だった。

月陰る夜の闇に同化するかのような黒づくめの服装で、抜き身の剣を両手に携えて立っていた。

今でも思い出すだけで、身体が凍りつくような不可思議な感触に襲われる。

あの時はもう一人の勘違い野郎を手玉にとって場を濁したが、もし真剣に戦っていればどうなっていただろうか?

俺はベットに力なく寝そべったまま、天井を見つめる。


「あいつってさ…」

「うん? どうしたんや」


 俺の様子が変わったのに戸惑ったのか、レンは少し覗き込むように俺の顔を見つめる。

俺はちらりとレンに目を向けて、また天井へ視線を向けて声を出した。


「やっぱ…強いのか?」


 高町と顔を合わせたのは二度。

どちらも夜に、穏やかならざる世界において、俺達は対峙した。

二度目こそ停戦したので、対立というには少々おかしいかも知れない。

事件も終わり、もう何の関わりもないのに、どうして俺はこんな事を聞いたのだろうか?

俺が答えを出す前に、明るく弾んだ声が耳にダイレクトに響く。


「当然じゃないですか! 師匠は最強ですよ!」

「そ、そうなのか…?」


 レンに聞いたのに、何故か隣にいた晶が頬を高潮させて訴えかけた。

晶の勢いに思わず圧倒されて、曖昧にしか返せなかったのが悔しい。

晶自身はそんな俺にかまわず、まだ言い足りないのか続きを話す。


「この辺で師匠に勝てる奴なんかいませんから!
あ、勇兄も強いか…
い、いやでも俺の師匠にはまだまだ敵わないから、やっぱり師匠が一番強いんですよ!」

「分かった分かった、とりあえず落ち着け」


 拳をぎゅっと握り締めて必要以上に強い事をアピールする晶に、俺は手をひらひらさせて止める。

こういう手合いはほっておくと際限なく暴走するからな…

晶も自分が興奮している事に気がついたのか、より一層顔を赤くして体を縮める。

仕草だけ見ていて一瞬女に見え、俺ははっとして首を振る。

ここ最近女に妙な縁があるせいか、晶が一瞬女に見えてしまった。

全くどうかしているぞ、俺。

気を取り直して、俺は晶に話し掛けた。


「あいつってやっぱり剣士なんだな。あの時も両手に構えてたし…
確か永…何とかなんとか…御神真刀流だったっけか」


 道場破りの際に美由希が言っていたのを思い出す。

あの時はさして興味もわかずに聞き流していたが、あの男も同じ流派に属しているのだろう。

兄妹で別の流派というのも考えにくいからな。

曖昧な俺の言葉に、レンが呆れたような顔をして補足する。


「『永全不動八門一派・御神真刀流』。通称名、御神真刀流。
美由希ちゃんとお師匠が追随してる剣の流派なんや。
あんた、知ってたんか?」

「そうそう、それそれ。高町…じゃややこしいな。
美由希から聞いたんだよ」


 御神流、その名を深く刻んで俺は話す。

レンは驚いた顔をしたが、すぐに納得が言ったように手を打つ。


「道場破りをしたのもあんたやったな。
でも教えてもらったんやったら、ちゃんと覚えておかなあかんよ」

「あんな長ったらしい名前覚えてられるか。
それに流派とかそういうの、俺は興味はあんまりねえよ。
要は強いか弱いか、だ」


 いつもならここで山で拾った愛用の木刀(?)を握るのだが、今は握る力もなければ刀もない。

俺の身体はまだまだ復帰に時間がかかり、何より刀がへし折れてしまった。

完全に真ん中から折れている刀を見つめ、俺はため息をついた。


「宮本さんはあの師範と戦って倒したんですよね?」


 あの夜での経緯をどの程度まで聞いているのだろうか?

純粋にただ質問しているようにしか見えない晶に、俺はああと頷いた。


「年取ってるだけあって、結構手を焼いたけどな。
俺の見事な完全勝利だぜ」


 堂々とそう言って、俺は親指を立てる。

もしこの場に月村辺りがいればすぐ様文句を言いそうで、俺は口元が緩むのを慌てて抑えた。

最早二度と会う事もないだろう女を思い出すのは、未練というものだ。


「宮本さんの剣術って俺見たことないから分からないですが、きっとかなり強いんでしょうね」


 俺の言葉をそのまま鵜呑みにしたのか、感心したように晶はそう言う。

良心が痛まない訳でもないが、俺はどうせ天下を取る男になる。

世間の基準はどうか知らんが、いずれは誰にも負けない男になる自信はある。

なら別にこのまま尊敬対象でいても、何の問題もないだろう。

俺は否定せず、雄大な表情で晶に笑顔を向ける。

しかし、その後晶が言った言葉は俺の予想を覆した。


「でも、俺の師匠はもっと強いと思います」

「…何だと」


 身体を動かせば途端肩は痛むが、今はそんな事どうでもいい。

俺は上半身を起こして、晶をじっと睨む。


「俺があいつよりも弱いってか?」


 対する晶も真っ向から受け止めて、はっきり答えた。


「気を悪くしたんなら謝ります。
でも俺、師匠の身近にいて何年も一緒だったから分かるんです。
師匠は、誰よりも、強いって」


 誰よりも強い…だと?

それは俺にこそ相応しい言葉だ。

あいつが弱いと決め付けている訳じゃない。

まだ戦った事がないからはっきりとした強さは知らないが、あいつがかなりの達人である事は認める。

あの時の二刀は決して飾りではなく、構えだって出鱈目でも何でもなかった。

じいさんもあの男と対面した時にこう言ってた。


『君が本気になれば、私をも凌駕する事くらいはな…』


 あの言葉は恐らく嘘でもなんでもないのだろう。

だけど――


「あいつがどれほど強いのか知らんが…」


 じいさんをあの時倒したのは間違いなく俺だ。

俺だって、あのじいさん相手に戦えた。

ならば――


「俺だって戦って負けるつもりはねえよ。
もし戦うのなら、たとえ相手があいつでも俺は斬る」


 目の前の二人がこうまで信じられる強さであれ、戦えばきっと俺が勝つ。

倒せる筈だ、あの男を。

脳裏にちらつく冷静な表情を睨むかのように、俺は虚空を見上げた。

しばし室内が静まり返り、やがてクスクスと笑い声が上がる。

俺が気になって視線を向けると、何が可笑しいのかレンが堪え切れないように身体を震わせている。


「何だよ。何が可笑しいんだ、てめえ」


 笑われているのだと思い俺が睥睨すると、レンは尚肩を震わせている。

何がそんなに面白いというのだろうか?

レンは口元を抑えながらも、声すら震わせて答えた。


「斬るってあんた…獲物もなしにどうするつもりや?」

「あっ!?」


 頭を横にして、台の上を見る。

半ばから完全に折れてしまっている木刀と俺の愛刀。

俺の身体は治療すれば治るが、刀は直そうとしても二度と直らない。

爺さんとの戦いで俺の大切な愛刀は死んでしまったのだ…


「また探さないといけないな…」


 再生不能となった以上、新しい刀を得る必要があるだろう。

俺の戦いはまだこれから始まったばかり。

剣への志を持ってこれからも戦い続ける為に、また新しい刀が必要となる。

また例の山で新しい木切れを探すのも悪くはない。

ただ…木切れであいつに対抗できるだろうか?

この前あいつが持っていたのは紛れもなく真剣である。

木切れと真剣では、勝負は見えているようなものだ。

俺も真剣が欲しいな…

などとあれこれ考えていると、不意に扉が開く。


「お待たせしてごめんなさい!」


 慌ててばたばたと室内に入ってきたのは、フィリスだった。

余程慌てたのか、買ってきた飲み物類を横脇に大切に抱えている。


「随分遅かったな。何してたんだ?」


 フィリスはこの病院で働いている以上、一番病院内に詳しくと言えるだろう。

そんな女がまさか迷っていたとはちょっと考えられない。

フィリスは俺の質問に、買ってきた飲み物類を置いて扉を振り返りながら言った。


「良介さんにお客さんです。
お部屋を探されていたようなので、ここまで一緒に案内してきたんですよ」

「客? 一体誰が…」


 そう言いかけて、呼吸が止まった――


「あの、えと、こんにちは…」

「…失礼する」


 フィリスが連れてやって来たのは、噂の主高町兄弟だった。



















<第九話へ続く>







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